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修道院の小さな食堂に、ほのかに灯る蝋燭の光。木製のテーブルの上には、温かいスープ、焼きたてのパン、素朴な野菜の煮物が並んでいる。ふんわりと漂う香りが、長旅で疲れたフェリシティとアレクシスの体をじんわりと癒していた。
「まあまあ……こんなに素敵な晩餐をご用意いただいて、ありがとうございますわ、ミリナ様」
椅子に腰掛けたフェリシティが、心底感激したように微笑む。
ミリナは食卓に腰掛けながら、穏やかに笑った。
「いいのよ。あなたたちがいつ来てもいいように、準備しておいたの。旅は疲れたでしょう?しっかり食べてちょうだい」
「お心遣いが嬉しいですわ。こうして温かい食事をいただけるなんて……久しぶりですもの」
フェリシティは目を細め、まずスープを一口飲んだ。その瞬間、思わず声が漏れた。
「……まあ、美味しいですわ。とても優しいお味ですのねぇ」
アレクシスもスプーンを手に取り、スープを飲む。
「確かに、美味いな。旅の間にこんな食事が出てきたら、もっと楽だっただろうに」
ミリナはくすりと笑いながらパンを手に取る。
「旅の食事は簡素でしょう?こういう食事があると少し気持ちがほぐれるものよね」
フェリシティはスープをもう一口飲んだ後、ふと顔を上げた。
「ミリナ様、このスープ、ぜひ作り方を教えていただけませんこと?とても美味しいですもの」
「まあ、レシピを聞きたいだなんて……貴族のお嬢様なのに料理が好きなの?」
ミリナは少し驚いたように目を丸くした。
「はい。母上に料理を教えていただいたので、それなりにできるつもりですの。でも、まだまだ未熟ですから、こういう優しいお味を学びたいですわ」
ミリナは微笑みながらうなずく。
「いいわよ。明日一緒に作りましょうか。こうして伝えることも、修道院の楽しみの一つだから」
「まあ、ありがとうございますわねぇ。わたし、これを覚えたら、きっと将来良いお嫁さんになれるかもしれませんわ」
その言葉に、隣のアレクシスが一瞬動きを止めた。スプーンを置いてフェリシティをじっと見る。
「……嫁?」
「ええ、兄様。お料理が上手だと、お嫁さんになる条件が整うそうですわねぇ。母上もそうおっしゃっていたじゃありませんの。まあ貴族には料理人がつきますが、いまの私が嫁ぐとしたらそういう人がいないところですわねぇ」
フェリシティはあっさりと答える。
「いや……まあ、そうだろうけど、お前がそんな話をするとは思わなかったな」
アレクシスは微妙に困惑したように視線をそらし、パンを手に取った。
「兄様ったら、何をそんなに驚いていらっしゃるんですの?将来の話ですわ。まだ先のことですもの」
「……いや、別にいいけどな。お前が嫁に行くと俺の苦労が減る」
アレクシスは目を逸らしたまま小さく呟くが、どこか落ち着かない様子だった。
ミリナは二人のやり取りに笑いながら、軽く肩をすくめた。
「フェリシティ、いいお嫁さんになるかどうかは分からないけれど、一緒に料理をするのは楽しそうね。修道院に来たからには、私にも教えられることを伝えたいわ」
「ありがとうございますわ、ミリナ様。ぜひ、よろしくお願いいたしますわねぇ」
フェリシティが微笑みながら答えると、食卓に柔らかな笑顔が広がった。ミリナの優しさと温かい料理が、修道院での新しい生活の始まりを優しく彩っていた。
翌日から、フェリシティは修道院での生活を始めた。ミリナから与えられた修道服に身を包み、村人たちと触れ合う日々が始まる。
フェリシティは村人の相談に耳を傾け、薬草や知恵を使って人々を助け始めた。そのふんわりとした笑顔と毒舌交じりの言葉に、最初は驚いていた村人たちも次第に安心し、信頼を寄せるようになる。
「あらまあ、そんな古傷を放っておいたら、大変なことになるわよ。でも、これを煎じて飲んだらきっと良くなるはずよ」
「あ、ありがとうございます、聖女様!」
「聖女様だなんて、そんな大それた呼び方はやめてちょうだい。元、よ。ただの修道院のお手伝いさんみたいなものよ」
一方、修道院の外で力仕事を任されているアレクシスは、慣れない環境に苦戦していた。荷物を運び終えたところで、フェリシティが近づいてくる。
「あらまあ、兄様、ずいぶん働いてらっしゃるのねぇ」
「まあな。お前が働けない分、俺が補ってやってるだけだ」
「まあ、それはありがたいわねぇ。でも、村の人たちに『侯爵家の跡取り様が汗水垂らしてくれるなんて』って言われたら、兄様のプライドが傷つくんじゃない?」
「俺が気にすると思うか?」
「そうねぇ……気にしてる暇があったら、もっと仕事してくれそうよね」
アレクシスはぐっと言葉を飲み込み、肩をすくめる。
「お前は口だけ動かしてないで、少しは手を動かせ」
「兄様、口も動かさないと薬の説明ができないのよ。それに、私が喋るだけで皆さん笑顔になってくれるんだから、これも立派なお仕事でしょ?」
アレクシスはため息をつきながら「どの口が言うんだか」と呟いた。