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追放聖女、義兄と仲良く辺境へ  作者: 佐久矢この


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10


あの轟音事件から半月ほどしてから、修道院に王都からの使者が訪れた。修道院の庭で薬草の束を抱えていたフェリシティとアレクシスの元に、重々しい声で使者が命令を伝える。


「フェリシティ・エルフィン様。教皇陛下よりの命により、直ちに王都へ戻るようにとのご命令です」


フェリシティは使者の顔をまじまじと見ながら、ふっと微笑んだ。


「あらまあ、直ちにだなんて随分と急な話ねぇ。修道院での暮らしにやっと慣れたところなのに」


アレクシスは使者に鋭い視線を向けながら、冷たく言い放つ。


「教皇が今さら何の用だ?俺たちはここで十分に役目を果たしている。わざわざ戻る理由があるのか」


使者は顔を曇らせたが、しぶしぶ答えた。


「聖都では、治癒の聖女セシリア様の奇跡を欲しがる国民たちが、一部で暴動が起こしています。教皇陛下はフェリシティ様の知恵が必要だと……」


フェリシティは静かにため息をつき、束ねた薬草をそっと下ろした。


「暴動ねぇ……セシリア様が贅沢三昧で奇跡を振りまく余裕がないなら、わたしが何とかするしかないのかしら」


その声には皮肉が混じっていたが、どこか冷静で鋭い響きがあった。





王都へ向かう馬車の中、フェリシティは窓の外を眺めながらぽつりと呟いた。


「まあ、聖都に戻るだなんて少し気が重いわねぇ。兄様はどう思う?」


アレクシスは腕を組みながら肩をすくめる。


「俺は戻りたくない。だが、お前が無理やり連れて行かれるなら仕方ない。護衛としてついて行く」

「護衛なんてありがたいわねぇ。でも、兄様って時々ただの付き添いみたいに見えるのよね」


アレクシスはわざとらしく大きくため息をつく。


「付き添いのように見えるのは、お前が護衛される側らしい振る舞いをしないからだ。もう少し大人しく修道女らしくしていろ」

「それは失礼ねぇ。わたしは立派に修道女らしい振る舞いをしていたつもりよ?」

「それが修道女らしいと言えるなら、世の中の修道院はみんな閉鎖されるな」


フェリシティはくすりと笑い、窓の外に目を戻した。






一行は小さな宿場町で足を止めた。夕食を取るために立ち寄った店は、素朴な作りながらも暖かな雰囲気に包まれていた。石造りの壁には灯籠がかけられ、木のテーブルと椅子が並んでいる。店内には焼き立てのパンと肉の香りが漂っていた。


「兄様、こういう場所も悪くないわねぇ。なんだかほっとするわ」


フェリシティはにっこりと微笑みながら、焼きたてのパンを小さくちぎって口に運んだ。


「そうだな。こういう静かな場所で一生を終えるのも悪くないかもしれない」


アレクシスは軽く肩をすくめながら、フェリシティの言葉に答えた。


「まあ、兄様にそんな落ち着いた暮らしが似合うとは思えないけれどねぇ」


フェリシティは小さく笑い、次いで店主が持ってきたワインの瓶をじっと見つめた。


「せっかくだから飲んでみようかしら。旅の疲れも少し取れるかもしれないわねぇ」

「お前に酒は早すぎるんじゃないのか?」


アレクシスが目を細めて止めようとするが、フェリシティは全く気に留める様子もなくグラスにワインを注ぎ始める。


「まあまあ、たまにはいいじゃない。兄様だって付き合ってくれるでしょ?」

「後で後悔するなよ」





ワインを一口、二口と飲み進めるうちに、フェリシティの頬がほんのり赤く染まってきた。彼女は目を細めながら微笑み、グラスを揺らす。


「あらまあ、このワインって意外とおいしいのねぇ。もっと飲んでもいいかしら?」

「もう十分だ」


アレクシスは半ば呆れたようにグラスを取り上げたが、フェリシティはふらふらと立ち上がり、テーブルをぐるりと回る。


「兄様って、本当に優しいのねぇ。こうしてずっと一緒にいてくれるなんて……感謝しなきゃいけないわねぇ」

「酔っぱらって言うセリフじゃないな」


アレクシスは眉間に皺を寄せながらも、よろめきそうになるフェリシティをそっと支えた。だが彼女はその手を振り払うようにしてさらに一歩前に出る。


「あらまあ、兄様。そんなに心配しなくても大丈夫よ。わたしは……ほら……立派な聖女なんだからねぇ」


その言葉とは裏腹に、フェリシティの足元はふらつき、次の瞬間には倒れそうになった。アレクシスは素早く腕を伸ばし、彼女の細い体を引き寄せる。


「ほら、だから言っただろ。飲みすぎるなって」


フェリシティはふんわりとした笑顔を浮かべながら、彼の胸に頭を預けるようにして囁く。


「ねぇ、兄様……昔、わたしのこと嫌いだった?」


アレクシスはその言葉に息を呑み、一瞬だけ動きを止めた。そして、彼女の顔を見下ろしながら静かに答えた。


「……嫌いなわけがないだろ」

「でも、昔は冷たかったじゃない……初めて会った時、わたしを見てどんなふうに思ったの?」


アレクシスはその問いに少し困ったような顔をしながら、ゆっくりと口を開いた。


「……最初にお前を見たとき、俺は……妖精かと思った」

「……妖精?」


フェリシティはぼんやりとした目で彼を見上げた。アレクシスは恥ずかしそうに目を逸らしながら続ける。


「あの時、お前は小さくて、薄汚れた格好をしてたけど……その目だけは、不思議なほど光を持ってたんだ。……だから、どこかこの世界のものじゃないように思えた」


その言葉に、フェリシティの頬がさらに赤く染まる。


「……兄様、それって……褒めてるの?」

「どうだろうな」


アレクシスは目を伏せ、苦笑するように呟いた。


フェリシティはアレクシスの胸に顔を埋めるようにして、小さく囁く。


「……でも、そんなふうに思ってくれてたなら……嬉しいわねぇ」


アレクシスは何も言わず、彼女の体を支え続けた。その腕には、幼い頃から抱え続けてきた、彼女への特別な想いが滲んでいた。





翌朝、フェリシティは少し頭を抑えながら目を覚ました。部屋に入ると、アレクシスが椅子に腰掛け、腕を組んでこちらを睨むように見ている。


「昨日のこと、覚えてるのか?」


フェリシティは目を伏せてしばらく考えたが、ふわりと笑みを浮かべた。


「あらまあ……よく覚えてないけど、兄様のおかげで無事だったんでしょうねぇ」

「まあな。だが、次に酒を飲むときは、俺に先に許可を取れ」

「なるほど。兄様が許してくれるなら、次はもっと飲めそうねぇ」


アレクシスはまたしてもため息をついたが、フェリシティの柔らかな笑みにどこか安心している自分に気づいていた。


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