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軍曹ガニ食べたい

 ルーダン城の井戸にも水はなかった。まさかこの草木の生い茂る島が水不足の島だとは思ってもみなかった。


 夕方には雨が降って来た……しかし集落の家々には別段、雨水貯めをするような工夫はなかったように思う。たぶん、ここは元々は豊富な井戸水が使える村だったのだ。


「どうなさいます? 明日から川の水でも汲んで『浄水』して売り歩きますか? きっと意地汚いクローゼさまにぴったりの商売ですわ」

「問題の根源を調べるよ! 長旅の後で悪いけど、もう少し付き合ってくれると嬉しい」


 ルーダン城にはちゃんと色々な道具が残っていた。藪切り刀とスコップ、それにバケツを手に、僕は翌日から山道を離れ、藪の中に入って行く。

 藪は鬱蒼と生い茂っていて歩きにくい……これで何で水がないの? そんな事はない、山には溜め池や野池もあるじゃないか。いや、だけど。


「ここも、ここも……なんでこんなに濁ってるんだろう」


 池はみんな酷く濁り、臭いの強い藻草が繁殖していて使えたものではなかった。

 僕はバケツに汲んだ池の水を『浄水』してみる。これはただ水を清めるだけのスキルだが、同じ量の水でも元々どれだけ汚れてるかによって、かかる時間、必要な念力の量が違うのだ。


「こんな事をして、何になるのですか?」

「各所の水の汚れ具合を比べるんだ……役に立つかはわからないけど」

「なるほど、クローゼさまらしいとても泥臭いやり方だと思いますわ」


 藪の中には危険な生き物も居た。あの女の子たちも危ない目に遭ったりしないのだろうか? 僕の目の前にも全長1mくらいの巨大なカニが現れた……これは図鑑で見た事がある。


「うわ軍曹ガニだ、挟まれたら痛いらしいぞ」

「お下がりください軟弱なクローゼさま」

「このくらい、僕だって倒せるから!」


 しかし僕は転倒し、危うくそのはさみで足を挟まれそうになった。シルレインが持っていたつるはしで一撃で倒してくれてなかったら、結構な怪我をしていたかもしれない。

 あーあ。こんなザマじゃまたバカにされるだろうなと思いきや。


「こういう事は誰にでもありますわ。どうかお気を落とさずに」


 シルレインは、それだけしか言わなかった。


   †


 その後数日掛けて調査を進めると、池の汚れの比較地図が出来た。汚れはある地点から扇状に広がっているように見える。


「やはり、この中心に何かありそうだ」

「クローゼさま、ここを調べるなら戦力を集めた方が良いですわ。城を離れても近隣に残っている兵士も居ると思います、彼らを探し出しましょう、それから、住民の中からも有志を募ってはいかがかと」


 うーん。シルレインの言う事はもっともだけど。


「これは僕がやってみせるべきだと思う。僕が出来る所を見せたら兵士も戻って来るかもしれないし、地元の人だってついて来てくれるようになると思うんだ」


 地元の人々、特に大人の男は皆、遠くに出稼ぎに行っているそうだ。女の人も、子供がある程度手を離れたら出稼ぎに行くのだと。

 ここはどうしてそんなに貧しいのだろう。水の問題が起きる前からそうだったのだろうか。


「かしこまりました。見栄っ張りで身の程知らずのクローゼさまの覚悟、最後まで見届けさせていただきますわ」

「ありがとうシルレイン……でも今夜はまずこのカニを食べようか」


 今日の夕食はちゃんと僕が倒した軍曹カニの鍋だ。男の成長は早いんだぞ、僕だって数日前の僕とは違う、男子三日会わざれば刮目して見よである。


   †


 翌日。僕は城に残っていた兵士の鎧と兵士の槍を身に着ける。鎧はかなり大きかったが、シルレインがひものサイズを調整してくれた。


 どこから噂を聞きつけたのか。城の門の前には獣人の子供たちが集まって来ていた。猫の女の子、狐の女の子、犬の女の子……女の子は僕より年上の子も居るようだが、男の子は僕より小さな子しか居ない。みんな早くに、他所に奉公に出されるらしい。


「領主さま……戦争に行くの?」


 あの猫の女の子がおずおずと尋ねてくる。身体能力の高い獣人は傭兵としても珍重されるらしい。そして、帰らぬ者となる者も多いのだと。彼女たちにとって戦争とは大好きな父や兄を、帰って来れない程遠くへ連れて行ってしまう、恐ろしいものの事だった。


「そんな大げさなものじゃないよ、今日は軍曹ガニや大イモムシに遭うかもしれないから、一応ね」


 いつもきちんと洗濯しアイロンをあてたメイド服を着ているシルレインも、今日は長い黒髪を全て結い上げて団子状にまとめ、兵士の服を着て鎧をつけ槍を手にしている。


「それじゃ、行って来まーす」


 僕はなるべくのんびりとそう言って、ルーダン城の門を出て行く。

 獣人たちは二手に別れて道を空け、僕らを見送ってくれた。


   †


 その藪の中には所々に敷石があった。かつてはここに道があったのだが、繁茂する森に飲まれて消えてしまっていたらしい。

 僕とシルレインは手分けして藪を切り拓いてゆく。あんな事を言って出て来たけど、今日中に目的地にたどり着けるかもわからない。


 やがて森の様子が変わって来た。所々に、草木がまとめて腐って枯れているような場所がある。それから、クモの巣のような物も……クモの巣と言ってもその糸は太さが3cmぐらいあり、酷く強力で粘り気も強い。こんなのに絡まったら人間だって動けなくなるだろう。


「何だか帰りたくなって来た」

「賢明ですわ意気地なしのクローゼさま、暗くなる前に」

「冗談だよ冗談! 向こうに森の開けた場所がある、あそこにきっと何かある」


 果たして。


「……うわああ!?」

「危ない!」


 森の開けた所に出た瞬間、僕は思わず悲鳴をあげてしまった。シルレインはとっさに僕の体を抱えて飛びのく! 僕が今さっきまで居た空間を、あの太くて強力なクモの糸が通過して行く。


「でっかいクモだ、こいつが何かしてたのか!」


 そこには5m四方程の、半分地中に埋まった巨大な石の棺桶のような場所があった。周りはクモの巣と卵嚢に包まれ、腐敗した草木の臭いが立ち込めている。

 巨大グモはそこに居た。体長3m、紫と黒の縞模様をした見るも恐ろしいやつだ。


「クローゼさま下がって!」

「見てろシルレイン!」


 立ち上がった僕は迷わず槍を構えて突っ込む。真ん中の空間にはクモの巣はなかった。奴だって自分の糸が絡まると困るのだろう、そしてこんな強力な糸、そうそう連射が出来るものか!


―― ザクゥゥウ!!


 僕の槍は巨大グモの腹の関節の柔らかそうな所を貫き、そのまま後ろの腐りかけた木の幹に突き刺さった! うわっ、クモの口から漏れた粘液が、僕の頭に降りかかる、そして槍を手放し飛びのく僕の上から、クモの巨大な顎が迫る……!


―― ザシュウ!


 そこへシルレインの槍が閃き、クモの口の中へと突き刺さる!


「無茶をなさらないで下さい! 貴方の頭には腐った豆でも詰まっているのですか、本当に能天気で無謀なクローゼさま!!」


 飛びのいた僕の腕を掴み、シルレインはそう言って涙ぐむ。なんかごめん。そんな顔をさせるつもりはなかったんだけど。


「糸を吐いた後がチャンスだと思ったんだよ、いい連携だったね」

「知りませんわ小さなクローゼさま、いえ矮小なクローゼさま!」


 何かのセリフを言い直したシルレインは一瞬向こうを向いたが、急にこちらに向き直ると、


―― ゴォォオオ!!


 うわああっ!? 突然その手から火炎魔法を放って来た、僕は慌てて座り込む!


―― ギ、ギィィィィイ!


 シルレインが放った炎は、二本の槍に動きを封じられた巨大グモを包む……気の毒だけど、村の災いの原因はこいつのせいのような気がする。

 この棺桶のような物は、古代王国時代の水道設備じゃないかなあ。こんな辺境によく作ったものだ。


 やがて巨大グモは黒焦げの亡骸となった。シルレインはさらに巣の周りの糸を焼いて行く。

 僕は石造りの枯れた水槽の中に降り、辺りを調べる。村のある下流側には直径1mぐらいの丸いトンネルが続いている……その底には、かつては水が流れていたような跡があった。だけどこれは何十年も使われていなかったんじゃないか。

 反対側の壁は、古い卵嚢と積み重なった泥に覆われていた。これも数年単位で積もった物には見えない……この場所、井戸が干上がった原因とは関係ないの?


 シルレインはそこにあった古い卵嚢にも念入りに炎を浴びせて行った。僕は腰の藪切り刀を取り、焼け焦げた泥の塊と化したそれを突っついてみた……次の瞬間。


―― ドゴォォォォン!!


 それはいきなり爆発した!? 違う、向こうから何かが押し寄せて、


「クローゼさま!?」


 シルレインが必死に手を伸ばすのが一瞬見えた、だけど僕は持っていた藪切り刀を手放すのが精一杯だった、


「うわああああああ!!」


 壁の向こうから爆発的に流れ込んで来た水流に飲まれ、僕の体は下流のトンネルの中へと落ちて行った。

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