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城主がやってきた

 砂漠がやがて草原となり、所々に林が見られるようになって来ると、彼方の地平線に海が見えて来た。

 海辺には小規模な集落と、小さいが活気のある市が立っていた。ここはこの辺りの辺境を行き来する交易商人達が集まる場所らしい。


 ルーダン城のある島は水平線の彼方にうっすらと広がって見えていた。僕はまず、島に渡る船を探す。


「島へ帰りたいって? だけどあんたにゃ長い耳も獣の尻尾も生えてねえようだが」


 渡船の船頭は僕のような人間の子供が一人で海を渡ろうとしてる事をいぶかしみ、僕の後ろに回ってじろじろとお尻の方を見回す。


「あの、獣人じゃないですけどあの島に、ルーダン城に用があるんです……シルレインはもういいでしょ、北へ戻るキャラバンが来るのを待つといいよ」

「まあ……私を荷役用のラクダとセットで二束三文で売り払うおつもりですのね、酷薄無情なクローゼさま」

「じゃあついて来てお願いだから!」


 市場でラクダを手放した僕は、シルレインと共に渡船に乗る。

 海は穏やかで波は小さく、海水はとても透明度が高くかなり深くまで見渡せる。

 船は滑るように海面を進み、やがて島は近づいて来る……明るい色の草木に覆われた大きな島だ。

 海岸線は彼方まで続いていて全体は見渡せない……だけど人里はそのどこにもないように見える。

 不安になった僕は船頭に尋ねる。


「あの、ルーダン城は本当にここにあるんですか?」

「城は島の反対側、山の向こうにある。村があるのもそっちだ、この船で海岸線を回って村まで行く事も出来るが、一昼夜かかるんで相応の追加料金を貰わんと」

「貧しいクローゼ様、そんな金は」

「解ってるってば! 大丈夫、その入り江までで十分です」


 入り江で船を降りた僕らは、草木の生い茂る島の山道を登って行く……結構な時間歩いたけど、人家は一軒もない。本当にこんな所に城なんかあるんだろうか?

 やがて道は峠を越え、島の反対側の海岸線が見えて来た。


「……シルレイン、向こうの山に建物の屋根が見えるよ!」


 そして王都を離れて20日。僕はついにルーダン城に到着した。


   †


「これが……ルーダン城?」


 それは50m四方の生垣で囲まれた広い庭だった。真ん中に幅10mくらいの母屋があり、その脇に三棟の5mくらいの小屋が並んでいる。建物はすべて平屋建てで、木の板と柱、藁の屋根で出来ている。


「読み書きは苦手でしたかクローゼさま。門柱にルーダン城と書いてあります」

「読めるよ字くらい……へえ……思っていたより素敵な城じゃないか」

「強がりをおっしゃっていませんか」

「強がりじゃないよ。さて、守備隊に挨拶をしなきゃ」


 僕はシルレインと共にあけっぴろげな門柱の間を通り、母屋の方に向かう。


「こんにちはー! ミストルティン家から来ましたクローゼです、守備隊の方はどちらですかー?」


 しかし建物の周りを一周しても、小屋を覗いても。人影は一つもなかった。


「台所にも生活の痕跡がありません。守備隊は全滅したものと思われます」

「全滅って、そんな……」

「仕方ありませんクローゼさま、尻尾を巻いて王都に逃げ帰り、赤子のように泣きわめいてエーリヒ公爵の慈悲にすがりましょう」

「町に行って聞いてみるから! 守備隊がどうしたのか!」


   †


 高台にある屋敷から鮮やかな森の中を下る道を歩いて行くと、すぐに海辺の町、いや集落が見えて来た。海と陸を分けているのはどこまでも続く、白く広い砂浜だ。

 集落にはもちろん人の姿も……あれは……獣人?


「あっ……」「だれ?」


 僕が獣人を見たのは初めてではなかった。王都にはサーカスや芝居小屋があり、獣人はそういう所で様々なショーに参加している。中には観客から大人気のスターになっている獣人もいる。

 一口に獣人と言ってもその姿は様々だ。猫の姿の獣人、犬の姿の獣人、ウサギやリス、キツネ……狼の獣人だって居ると聞く。

 そして例えば犬の獣人と言っても一様ではなく、ほとんど普通の人間だけど耳と尻尾だけが犬という獣人も居れば、鼻と口のマズルの形まで犬に近い獣人、全身に毛が生えていて関節の形も犬に近い獣人、本当にただの犬が二足で歩いているだけに見える獣人までいるという。


 前から来る四人の獣人の子供が、まさにそういう感じだった。この子達はみんな猫型の獣人らしいが、猫型と言ってもその姿は様々だ。

 だけど……この子達は王都の華やかなステージで見る獣人とは全く違っていた。


「知らない人間……」


 人間と猫の中間の造型をした、茶虎の女の子が、僕を見ておびえるようにそうつぶやく。この子達はみんな女の子らしい。そして、みんな僕とシルレインを見て怖がっている。


「こんにちは。僕はクローゼ。旅をしてここまで来ました。はじめまして」


 僕はなるべくいい笑顔を作り、そう言って丁寧に頭を下げる。シルレインも後ろで頭を下げたようだ。


「……こんにちは」


 一番前に居た、耳と尻尾以外は普通の人間に見える女の子が、消え入りそうな声でようやくそう言ってくれた。だけど他の子達はその子の後ろに隠れてしまった。

 何か聞こうかとも思ったんだけど……僕はこれ以上この子達を足止めするのが気の毒なような気がして来た。女の子達はみんな壺のような物を抱えている。何かのお使いの途中なのだろう。


「驚かせてごめんね。じゃあ行くね。行こう、シルレイン」


 僕はそう言ってゆっくりシルレインに合図し、女の子達とすれ違って再び集落の方に向かう。シルレインは僕が一度も見た事がない優しい顔で女の子達に微笑んでいたので、僕は内心びっくりした。


   †


 集落の中央には小さな広場があり、獣人の老人が三人、木陰に座っておしゃべりをしていた。鹿の獣人、牛の獣人、犬の獣人……三人とも人間よりそれぞれの獣に近い姿をしている。

 老人達は怯えたりせず、僕達の方を真っすぐ向いてくれた。


「なんと、ミストルティン家の旦那様が、やっと城代様を派遣して下さったのか……こりゃ有難い、有難い」

「何年もお願いして来た甲斐がありました。城代様、どうかこの領地を治めてやって下さい」


 老人達はそう言って、シルレインに向かい手をこすり合わせる。どうやら子供の僕ではなくシルレインが城代だと思ったようだ。シルレイン、僕より10cmくらい背も高いし。だけどシルレインだって僕より5歳くらい年上なだけだよ?


「困りましたわクローゼさま、貴方があまりにも不甲斐ないせいで皆様が私を城代と勘違いされてらっしゃいます」

「あの皆様、僕はクローゼ・ミストルティン、ミストルティン家当主エーリヒの六男です。僕は城代ではなく、城主としてここに来ました!」


 シルレインに煽られた僕は、思わずそう宣言した。すると。


「なんとなんと、領主様が来て下さったのか、王都の公爵様のおうちから」

「大変だあ、公爵様のご子息が、わしらの領主様になってくれると」

「ありがたやありがたや、クローゼさまぁ、どうか末永くここをお治めください」


 獣人の老人達はにわかに興奮した様子で僕の周りに集まって来る、ヒエッ!? ほぼ牛のおばあさんが僕の顔をなめる!? ほぼ鹿のおじいさんも!


「わ、わかりましたから、やめて、くすぐったいから!」

「クローゼさまばんざぁい、どうかいつまでもここに居てください」

「皆の衆にも伝えないと、ルーダン城にミストルティン公爵のご子息様が領主としてやって来たぞぉ」


   †


 城代が居なくなると、守備兵には給料が出なくなった。その時点でこの地を去った者も数多く居た。

 何人かの兵士は自給自足の生活をして代わりの城代が来るのを待った。住民達は兵士がここに残ってくれるよう願い、野菜や魚を持って来た。

 しかし一年が過ぎ、二年が経っても代わりの城代は来なかった。最後の兵士が獣人達に見送られながら内地へ帰って行ったのは半年前の事だそうだ。


 僕らは老人たちから離れ、集落の中を見廻っていた。


 大人が少ないな……特に男はほとんど居ない。漁にでも出てるのかな? だけど浜にはボートひとつ見当たらない。漁業は行われてないのだろうか。

 集落には川もあった。今は満ち潮らしく、水は下流から上流へと流れている……両岸をマングローブのような木々に覆われた景色のいい川なんだけど、この水は塩水だろう。


 村には石造りの砦の遺構のような物もあった。結構な大きさだし、柱に施されている彫刻は王都で見る物に似ている。この石畳の広場のような物は、神殿か何かの跡だろうか?


「兵士も予算もないのでは、哀れなクローゼさまに出来る事は何もありません、この上は王都に戻り、エーリヒ公爵にルーダン城の窮状をお伝えする事が貴方に出来る精一杯の誠実な仕事ではないかと」

「僕もそんな気がして来たよ。だけど喜んでくれてる人達に何て言おう」


 一時間ほど集落を見て回った僕は一度城の方へ戻る。すると先ほどすれ違った女の子たちが、今度は向こうから降りて来た。みんな、あの壺を抱えたり頭の上に乗せたりして、辛そうに歩いている。


「あの、君達それは何が入っているの?」


 僕が近づこうとすると女の子達はまた怯えて立ちすくむ。一番人間に近いあの子が、どうにか答えてくれた。


「……水だよ」

「水を? どこから汲んできたの」

「山の向こうから。村の井戸は、干上がっちゃったから」


 女の子はそう言ってうつむく。とても可愛い子なのに元気がないなとはさっきも思ったんだけど……みんな、疲れていたのか。どうやらこの集落では女の子たちが水汲みの仕事に従事しているらしい。


「井戸が干上がったって……いつから? どうして?」


 僕は思わずその子に迫っていた。女の子はただ、首を振りながら縮こまる。いけない、そんな事この子にだってわからないのだ。

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