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その人は正しかった

 僕らはついに、彼方に王都の城壁を見下ろせる丘の上までやって来た。

 王都の様子はここから見る限りでは、立ち去った時とほとんど変わりがない。どんな敵も跳ね返す強い城壁、豊かさを象徴する五層、六層の住居、それよりさらに高くそびえる尖塔、そして奥に控える壮大な宮殿……


 フロイデン王国は繁栄している。世界が衰退に向かっていると言われる今でさえも。

 王都に住む人々は魔物など見た事がないし、親しい者が魔物に殺されて泣く事もない。

 それは王都近郊の田園地帯でも同様だ、王国軍はそこに魔物が存在する事を許さない、噂を聞けばすぐに部隊を派遣しローラー作戦を掛けて徹底的に討滅する。

 地方ではどうか。国王は領主たちに魔物の討滅を命じており、それが出来ない者は領地を没収される事になっている……しかし実際には魔物を討滅出来ていない地方領主は多く、王国にも全ての領土から魔物を追放する力はない。

 辺境に行けばなおさらだ。軍隊は城や町を守るのが精一杯で、魔物の討伐は民間業者、すなわち冒険者が頼りという領主も多い。ルーダン城の領主である僕だってそうだ、最近まで魔物の討伐は現地の有志だけが頼りだった。

 だけどフロイデン王国はまだマシなのだ。隣国オスワルド帝国では、都のスラム街にまで魔物が入り込み、人々の生活を脅かしているという。


「クローゼさま。ポポロン、レーニャと共にここでお待ちいただけませんか? 私には深窓の令息でいらしたクローゼさまの10倍の人脈がありますわ、私が先に王都の様子を探って参ります」

「ありがとうシルレイン、だけど僕は深窓の令息なんかじゃなかったしここで待ちたくもない。ポポロン、レーニャ、やっぱりルーダン城に引き返して貰えない? ここから先は愉快な事なんか何一つない、だけど僕がやらなきゃいけない事なんだ」

「だったら俺達はそれを手伝うだけだ。なあ? レーニャ」

「ぜったい領主さまについて行く。領主さまが悲しそうな顔をしなくなるまで、元の領主さまの顔に戻るまで」


 僕らはお互いの顔を見合わせ、笑う……だめだこりゃ。僕らは四人ともひどく頑固で、誰も自分の意志を曲げないみたいだ。


   †


 王都の城壁の外には、街に入りきれない人々が築いた集落がある。遠くから見てもわからなかったが、そこは地獄と化していた。街の中で亡くなった人々の亡骸が運ばれて来るのだ、本来の日常のように、手厚く弔われる事もなく。

 そんな状況の王都の城門に誰が入りたいか? 僕はそう思ったのだが、実際には王都の城門前ではたくさんの人々が足止めされていた。


「頼むから中に入れてくれ! 母が病気なんだ!」

「息子を助けたいんだ、金ならある、医者の居る所に行かせてくれ!」


 城外で疫病に罹った患者を抱えた人々が、医者の居る王都に入りたがっているのだ。親や子供、恋人や伴侶、大切な人を助けたいと願う人たちが。


「何と言おうと一緒だ! ここは今、手形のない者は通せない!」


 門を守る衛兵も辛いだろう、親を、子を救いたいと泣き叫ぶ人々の手を跳ね退けるのは、だけどそれは彼らがしなくてはならない仕事なのだ。


「手形ならこちらで不足かしら?」


 シルレインは持っていたミストルティン家の紋章のついた印籠を見せる。それは僕がルーダン城を発つ時に持ち出すのを忘れていたものだった。


「公爵様の……失礼致しました、お通り下さい!」


 門の衛兵は僕ら四人だけを通過させる。残された人々の視線が僕の心に突き刺さる……みんなここを通りたい、通って身内を医者に診せたいのに。例えその医者が何も出来ないのだとしても。

 ごめん、本当に。今は必要以上の騒ぎを起こす事はしたくないし、僕には全員を門の向こうに連れて行くような事は出来ない。

 その代わり、僕は必ずこの疫病を止めてみせる。


   †


 町の空気は澱んでいて、どこに居ても膿と腐敗の匂いがした。

 王都には遠い昔、人類が今よりもっと繁栄していた時代に建設された高度な上下水道システムがあるのだが、長年の戦乱と人々の驕慢により技術の後継者が不足し、今では管理が不十分になっている区域も多い。


「水量が少な過ぎる……どうしてこんな事に」


 僕は淀んで流れを止めているどぶ川の縁に降り、その水を汲んでみる。


「おやめ下さいクローゼさま、そういう事は私がやりますわ、そこを離れて」

「いいから、シルレインはそのきれいな水を持っていて、大事な仕事だから」


 ポポロンとレーニャには離れて見張りをするようお願いしている。純朴な獣人である二人には、下水を触らせたくないというのもあったのだが。


「領主さま、誰か来るよ!」


 実際に二人の目は、ひとまず隠密裏に行動したかった僕にとってとてもありがたかった。町の衛兵や住人の目から逃れながら、僕は調査を続けた。

『浄水』のスキルはとても役に立った。


「ここはひどい、半年以上流れが止まってるのにみんな構わず汚物を流すから」


 王都の各地点での汚染の程度を調べて行くと、やがて問題の根源が見えて来た。宮殿にほど近い大きな広場の工事現場。地下水の流れがそこで止まっているのだ。


「シルレイン、この工事は何なの?」


 広場の真ん中には緑地があったのだが、そこにあった木は残らず切り倒されていた。樹齢千年、王都が建設された時からここに居た巨木も、無残な切り株となっている。そして肝心の工事はおそらく疫病の蔓延の為、一か月以上前からストップしたままになっている。


「凱旋門を建てていたのです……今の国王陛下の、戦勝を称える物ですわ」


 国王陛下か……!


 僕の家はミストルティン公爵家、フロイデン王国建国以前まで遡る名門でフロイデン四公家の一つなのだが……当たり前だが国王の権威は公爵より上だ、仮に僕が当主だったとしても、国王を称える凱旋門の建設はそう簡単に止められまい。

 辺りは既に深夜になっていた。僕はランプを手に、かつては都会の中の憩いの場所であった緑地に入る。ここは宮殿の正門へと続く大通りの途中にある、王都全体の中でも格別の一等地でもある。

 緑地の中心部には露天掘りのような大穴が開けられ、その下から出て来た古代の地下建造物は、半ば解体されていた。


「めちゃくちゃだ。国王陛下の凱旋門の下を下水道が通っている事が気に入らなかったのか」


 王都がこれほどの疫病に見舞われた理由はまだ解らないが、それを蔓延させ収束を見えなくさせているのはこの、建設の為に王都の下水道システムの根幹を破壊した国王陛下の凱旋門だ。

 僕の脳裏に、スキルを授かった後で姉の一人に言われた言葉が木霊する。


―― 貴女の弟は下水道局にでも勤めたらいいと言われたわ!


 こんな事になると解っていたら、僕は本当に王都の下水道局に就職していたのに。公爵家の権力でも何でも使ってさ……実際『浄水』スキルの真髄はわずかな水質変化も見逃さない検査能力だ、きっと技術者達から重宝して貰えただろう。


「これで手土産が出来たよ、いくら心配だからって手ぶらで帰ったんじゃ父に叱られるからね……ありがとう、みんな」


 僕は三人にうなずいてみせる。

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