Episode 0 『大妖魔のいる街』
ーー2020年 東京
世間では負の感情が募る時代。
妖怪と呼ばれる者達の活動は活発化していた。
「ここも、妖怪の気配が多いな」
月と街灯が街を照らす深夜のビルの屋上。一人の青年がそう呟いた。
「”冥怪魔”か……。また面倒なことをしてくれたものだ」
青年は一歩、前へ出た。
「まあ良い。次の街だ。妖魔のいないこの街に用などない」
落ちていく、青年はいつの間にか風に消えていた……。
ーー数日後 口緑高校
「えー最近この近辺で刀を持った不審者の目撃情報があるそうです。なので当分の間は部活動や自習等の放課後活動は禁止とし、帰りは最寄り駅まで教職員が見守る形をとることにします。もちろん寄り道は禁止です」
全校生徒が体育館ではなく、教室で放送を聞くだけの朝礼。生活指導部長の言葉に教室の中はざわめきだした。
「お前ら静かにしろ―。まあ無理もないか。最寄りまでは俺たち先生が見守るからな。歩きスマホしてる奴いたら注意だぞ」
喧騒に包まれた教室をなだめるように担任が口を開いたのだが、歩きスマホ禁止というところに学生は敏感に反応し、逆に生徒の声を大きくすることになってしまった。
「めんどーだな。な、和人」
「うん、そうだね。学校の外でも先生になんか言われるのは嫌だなぁ」
高校二年生の近峰和人と親友の佐竹浩二も他の生徒と同じように文句を垂らしていた。
「あ、そうだ。なな、放課後バナナジュースの店行こうぜ。最近話題の。ここから電車で二駅のところだからさ」
「えぇ、寄り道するなって言われてるんだよ?」
「いいじゃんいいじゃん。な?」
浩二は正確に反して綺麗な顔つきなので、片目ウインクして和人にお願いしてくる姿に気持ち悪さを感じられない。和人もそんなさわやかイケメンの誘いを断れるはずもなく……
「わかったよ。行こう」
「やった!あんがとな」
文系選択の二人は午前のうちに授業を終わらせ、先生たちの誘導に従いながら最寄り駅に向かった。
「よし、今日はこっち方面だな」
「えーっと、千太町の十六半駅だよね」
「そう!楽しみだなぁ、行くぞ!」
二人は発射サインの鳴る電車に駆け込み乗車した。
都会の平日昼前の電車に乗る人はそう多くなく、乗っているのはこれから秋葉原に向かうのであろうヲタクと、余生を謳歌している年寄りだけだった。
「よし!着いたぜ十六半駅!」
外に出てみるとそこはビルばっかり立ち並ぶ大通りと建設途中の近未来的な施設があった。
「うわぁすげえ。高校があるところも結構な都会なはずだけど、こっちもすげぇな」
「ねー。見てよあれ、図書館になるんだって」
「嘘だろ!あんな近未来感出てる場所が図書館?すげえなここ」
二人は大都会の渦に巻き込まれながらもバナナジュース専門店を目指す。
「あれじゃない?バナナジュースのお店」
「お!あれだな!」
大行列を作るその匂いは間違いなくバナナ。求めていた場所へたどり着いたのだ。
二人も行列に並び早くも15分。ようやく順番が回ってきた。
「Lサイズ二つください!!」
「え、L?」
「おう!おれのおごりだ!」
「良いの?」
「おうよ!」
料金を支払い、二人は近くにあった公園で高速道路の音に包まれながらバナナジュースで喉を癒し始めた。
「うまーいー!!な!和人!」
「うん!おいしい……」
和人はどこか喜びきれない態度でいた。
「ねえ、浩二君。ありがとう……」
「……」
「僕を元気づけようとしてくれてるんだよね」
「……まあな……。親友の落ち込んだ顔見たくねえから……」
浩二は、和人の過去にあまり触れたがらなかった。しかし、笑顔を取り戻してもらおうとしていたのだ。
「おかげで元気出たよ!ありがとう!!」
「……それなら、良かったよ。無理するなよ。おれはいつでもお前の味方だからな」
二人は飲み終えたジュースのカップをゴミ箱に捨てて十六半駅に戻り始めた。
少し歩いていると、突然悲鳴が聞こえてきた。
「今のって!?」
「とにかく行ってみるぞ」
声の方向へ進むと、刀を持った男が女性を襲っていた。
「あ、あれって……」
「あ、ああ……学校で言ってたやつ……」
二人は震えが止まらなかった。目の前で凶器を持っている人間が暴れて、人が傷つけられ、命を奪われていく様子に。自分たちは何も動けずにいた。
「に、逃げよう……。逃げるぞ!」
二人は走り出した。二人の後ろでは、今も女性が切りつけられている。悲鳴が聞こえてくる。残酷な音がビルにこだまして、聞きたくもないのに耳元にやってくる。気持ちが悪くなっていった。
いつの間にか二人は十六半駅についていた。駅員がいる、昼を回って休憩に入った会社員が駅のコンビニにかけていく、和人たちと同じように午前で学校が終わった学生の笑い声が聞こえてくる。
二人はそんな日常に、安堵してしまっていた。そんな自分が情けなくて、気持ち悪かった。
「う、おおぇ」
駅のトイレで浩二は吐いてしまった。和人はもう何も考えられなくなっていた。自分たちの見たことを素直に誰かに言うべきか、このまま何もなかったことにするか。
二人は、二人だけの秘密にすることにした。
二人は別々に帰路についた。和人は自分の家の最寄り駅で降り、階段から何度か転げ落ちそうになった。駅を出て、いつも通っているはずの道。今日はあの日と同じように、いやそれ以上に黒く、鳥肌が止まらなかった。
「ど…………てぇ……」
後ろから声が聞こえる。
「……うし……ぇ……」
肩が重くなっていく。
「……どうして」
何かにぎゅっと腕を掴まれた。
「私を……見殺しにした……の?」
それはぐちゃぐちゃの黒いなにか……妖怪と形容するのに近い存在だった。
「……ぁあ…………」
和人は震えていた。それが、さっきの女性であることに気が付いたのだ。後悔しているのだろうか、謝罪の言葉が頭に流れる。いや、違う。生きながらえたいのだ。人の命を見捨てておいて、この少年は生きたいのだ。きっとこの女性も生きていたくて何度も謝っていただろう。それなのに、近峰和人は自分が生きていたいと思ったのだ。
「ぁああ……ご……ご……」
声などでない、恐怖がそれをさせないのだ。あの時、助けることのできなかった足は逃げることには動いたはずなのに、今はどちらにおいても、動くことを許さないのだ。
「し……し……お……え。……お前……」
ぎゅうっと、腕を握る力が強くなる。
「お前も……死ねぇぇぇえええええええええええええええええええぇぇえぇぇぇええ!!!!!!!!!!!!」
妖怪の長い腕のようなものが振り下ろされそうになる……。その時だった。
「大丈夫か、小僧ー」
妖怪は一瞬にして吹き飛び、和人の隣には青年が立っていた。
「さてと、こいつは……。やはり、妖刀蔵咲の仕業ではなさそうだ。となると、冥怪魔か……」
一人でわけのわからないことを言い始めた青年は、次に手で何か印を結びだした。
「どちらにせよ、貴重なサンプルだ。封印させてもらう」
結び終えたのだろうか、手の動きをやめて今度は口を動かす。
「我がしもべたちよ、汝の肉体、我にささげよ……【皇魔式ー封呪命葬】」
言い終えた時、赤い光が妖怪を包み込み、青年の持っていた小瓶の中に入っていった。
「よし。回収完了か。神崎の小僧にもあとで連絡せねばな」
一仕事終えた青年は、何が起こったのか理解が追い付かない和人の前に、ずいと体を寄せた。
「小僧、今お前が見たのは妖怪と呼ばれる存在だ。よほどお前に恨みがあったのだろう。生まれて間もないのに妖力に満ち溢れていた。お前が何をしたのか。わー、いやおれは知っている。どうだ、ここはひとつ取引といかないか?」
「……」
「まだ、理解できていないか……まあいい。お前にやってもらいたいことがある。その代わりにそれが終わったらおれがなんでも願いをかなえてやる。例えばーー」
その例えを聞いた瞬間、和人の表情が変わった。
「……何をすればいいんですか?」
「やる気になったか。だが簡単ではないぞ。お前にやってもらいたいことそれはー」
青年がにやりと笑う。
「この街にいる”妖魔”を殺すこと、だ」
Episode 0 終