1話 依頼を受ける
緑覆い茂る森の奥、蔦や葉っぱで遮られる様にして建っている一軒の小屋の中で、わたしは『師匠』から言い渡された日課をこなしています。硝子製の器が軽く打つ音に石製の薬研で薬草を潰す音が響き、薬品を調合するのに集中していました。
そんな最中に小屋の外から鳥の羽ばたきが聞こえたのです。多分伝書鳥が来たんだと思います。その音を聞いて小屋を出たのはわたしの師匠である小さな妖精種でした。
手のひらに乗れるほどの大きさで、背中には妖精種の翅生族特有の虫の羽が生えています。足は裸足ですが形が変わっていて、指が三本だけで前に二本、後ろに一本ある鳥の鉤爪の様な大きな足をしています。
師匠の琥珀色の目が飛んで来た中型の鳥を捉え、その鳥が着地するであろう止まり木の前に立ち、その主な勘に師匠は慣れた手つきで鳥の足に括り付けられた手紙を外し、役目を終えた鳥は羽ばたき飛び立って行きました。
「ロジエ、仕事だ!」
手紙を一足先に読んだであろう師匠は、小屋の中でまだ調合に集中するわたしを呼びます。わたしは手を止めて、自分の柚葉色の目を師匠の声のする方へと向けました。
「ハァーイ師匠、呼びましたかぁ?」
道具が何かの拍子に壊れない様丁寧に置いてから、椅子から立ち上がり声のした方へと遅めの駆け足で行きますと、そこに私の頭の位置まで飛んで状態の師匠が待っていました。
「オーっ来たなぁ。
…呼んだら直ぐに来んかい!」
「へぐぁ!」
瞬間、師匠の蹴りがわたしの頭を飛ばす勢いで繰り出され、直撃しました。
「わたしは師匠に言われた事やってただけなんですけど!?」
「判ってる!だがソレはソレ、コレはコレだ!」
何て理不尽なんでしょう。でも師匠のこの姿はいつも通りの事です。何を言っても直ぐにあれこれ言い返されるだけで終わります。わたしはもう半分諦めています。それよりも仕事の話です。
「あぁそうだったな。」
忘れてたんですね。口に出したら師匠に髪の毛一本抜かれました。痛いです。
「東のむらで急患が出た。荷物用意してすぐ出るぞ。」
「了解ですっ。」
言われて既に準備済みだった薬や調合道具の入った大きな木箱を背負い、こちらの準備済みだった師匠の後に続いて小屋を出ます。
むらには徒歩で直ぐに到着し、患者がいると言う家にも直ぐに着きました。
扉を数回叩き、中の者が出て来て師匠とわたしの姿を見ると直ぐに家の中へと入れ、患者の眠る部屋へと通されました。
「娘は朝早くから森に出かけて、山菜を採りに行きました。」
「森の奥には行かないと約束したんですが、見つけた時にはもう―」
そう言い、わたし達は改めて説明をする夫婦もとい親御さんの娘さんを見ました。
娘さんは確かに寝台の上で横になり寝ています。そう、本人が聞けば恥ずかしがるでしょうけど、離れた場所からでも聞こえる程の寝息を立てて、ぐっすりと眠っていました。
「成る程、どんなに声を掛けても目を覚まさなかったと?」
師匠の言葉に親御さんは肯定しながらもワッと声を荒げた泣き出してしまいました。それもそうでしょう。年頃の娘さんが寝息を立てて眠る姿を人様の前に晒すなど、親であれば出来る事ではありません。なんだかこちらが加害者であるように思えてしまいます。
「はいぃ!体を揺すったり、耳元で大声を出しても起きないんです!」
「酷な事ではありますが、頬を叩いたりもしましたが、全く反応しないんです!」
娘さんに対して恥となる事をするという親にとって確かに酷な事をしたようですが、それでも目を開かない娘さんに親御さんはただただ絶望するしかありません。
親御さんの心身の為にもコレは一刻も早く娘さんを起こしてやらなければいけません。そうと決まれば、早速診察をしなければ、と意気込んでいたら師匠は既に診察を始めていました。これはわたしも早く診察に加わらないと後で師匠に怒られてしまう!
そうしてわたしも患者である娘さんに近寄ると、早速師匠から遅いと叱られつつ、患者の状態を診るように言ってきました。そして娘さんに近寄る事で、恐らく師匠は既に気付いているであろう事にわたしも気付きました。
「髪に日が当たって何かが光ってますね。」
「あぁ、日が丁度差し込む時間になったから一目見ただけでこれは気付くな。恐らく両親が見た時は影になって気付けなかったんだろう。」
そう言い、わたしと一緒に髪に着いた光るものを取り、指に付いたそれに鼻を近付け嗅ぎました。鼻に付く様な甘い匂いは知っている匂いでした。
「…うん。これは胞子で間違いないな。茸人のものに近いがどうだろう?それにヤツらは森の奥から出て来る事は無い筈だが?
一先ず現場を見ておかなくてはな。早速行ってみるか…って、これっぽっちの胞子嗅いで船を漕ぐな!」
「ほぐっ!」
胞子の臭いを嗅いで眠気に襲われたわたしの側頭部を師匠が蹴り、起こされてわたしも師匠に続き外に出る事にしました。心配する親御さん方に師匠は専門家だから平気だと言い、颯爽と家を出て森に向かった。