すべてを失った私を必要としてくれたのは、余命5年の呪われ公爵様でした
『契約期間5年。三食昼寝、結婚付き。満了時には爵位と全財産を譲渡。お話するだけの簡単なお仕事です』
義妹に婚約者をとられ、親にも見捨てられ、修道院に身を寄せていた私に提案されたのは、条件が破格すぎるお仕事だった。
提案してきたのは叔父の親友、若き公爵リンツだ。
久しぶりの再会。彼は自邸のエントランスホールに立ち尽くしながらも、柔らかな笑みを浮かべていた。
「アメリさん。僕を見て気が変わったなら、辞退して構わないよ」
リンツは膝から下が石化して、床と一体になっていた。
「石化はまだ足だけだけどね。僕はもう食事は必要ないし、大怪我をしてもすぐに治る。体すべてが石化する五年後まで、ここに立っていることしかできない化け物だ」
「リンツ様は化け物ではないし、世界を救った勇者様のお役に立てることは誉れです」
私がそう答えると、倒した魔王に呪われた元勇者のリンツ様は、泣きそうな顔で
「ありがとう」と言った。
◇
私の勤務は朝昼晩、それぞれ一時間ずつだった。それ以外は好きにしていいという。
けれど一日の大半をリンツと話して過ごす。
お互いのこと。家族や友人。それから趣味。ときには意見の相違や些細な苛立ちからケンカをすることもある。けれど仲直りはいつだってすぐにする。私たちはとても気が合うのだ。
リンツは他人に会いたがらない。だから私は彼の日常に彩りが出るよう、声楽や楽器、奇術やダンスを習っては彼に披露をする。リンツは『上手い』と褒めてくれるし、『楽しい妻をもらえて僕は幸せだ』とも言う。
私たちはとても満ち足りていた。
けれどリンツの呪いは解けず、石化は進む。
胸まで進行したころから、彼は私に時どき
「僕が完全に石化したら死亡届を出して、素敵な男性と再婚をするんだよ」と言うようになった。その都度私は胸がつぶれるような痛みを感じながら、
「そんなことしないわ」と答えた。
やがて石化は頭部にまで及び、口がうまく動かなくなった。リンツは苦し気な顔で、
「アメリとキスをしたい」
と願い、私たちは初めてのキスをした。
「ありがとう。愛しているよ」
それがリンツの最後の言葉になった。
◇
契約締結から丸五年。リンツは完全に石像と化した。
私は旅装姿で彼の前に立つ。
「残念だけれどお別れよ」
当然ながら返事はない。
「解呪方法を絶対にみつけてくるから、それまでここで待っていてね」
伸びあがって、物言わぬ唇にキスをする。再びリンツと言葉を交わす日を夢見ながら。
書きたいことを入れきれなかったので、ロングバージョンを書くかもしれません。その際はまたお読みいただけると嬉しいです。