第6話 どうして君は生きるのか
「ふぁ〜ぁ」
夜、目が覚めてしまった。
冬だからかトイレが近くなってる気がする。
トイレに行こうかな。
お母さんは横でぐっすり眠ってる。
1人で部屋の外に出るなと言われてるけど、トイレぐらいで起こすのも忍びないな…
トイレのついでに1人で館内の探検もついでにしてみようかな。
バレたらお母さんにめっちゃ怒られそうだから内緒でね。
そ〜っと屋根裏部屋の扉を開けて下へと降りる。
明かりを持ってたら巡回の人にバレちゃうから持ってこなかったけど、暗いから危ないし気を付けないと…
先にトイレで用を足しちゃおうか。
間違って立って用を足しちゃうところだった。
未だに女の子の体に慣れないなぁ…
さて、お待ちかねの探検タイムだ!
L字に曲がってる廊下を抜け、まずは3階の探索…
部屋数は10個、さすがに部屋の中は見れないけど別館でこの広さは大したものだなぁ。
2階も同じ感じだろうから飛ばして…
次は1階。
階段の先には食堂が。
そういえばこの世界の野菜ってどんな感じなんだろう?
食糧庫は…食堂の近くにありそうだな。
少し探してみるか…
あったあった…!
それじゃお邪魔しま…
「そこにいるのは誰だ!!!」
突然の大声にびっくりした。
「ご、ごめんなさい。トイレに行こうとしたら道に迷っちゃって…」
子どもだしこれで言い逃れできないか…?
「なんだ…子どもか…しかしなぜこんなところに子どもが…ん?お前その髪色…なんで黒髪がここにいるんだ!!ここは公爵様の敷地内であるぞ!!こっちにこい!」
逃げ出そうとするも捕まってしまい、警備員はぼくの髪の毛を引っ張り外へ連れ出そうとする。
ぶちぶちと髪の毛が抜ける音がする。
「ま、待って…」
「誰が待つか!!この悪魔の子め!!」
「痛っ…!!」
そして庭に放り投げられた。
「悪魔の子を成敗してやる!こらっ!逃げるんじゃない!!」
「痛い…!!痛い…!!!」
「おらっ…!!おらっ…!!魔女狩りだ…!ははっ!それにしても頑丈だな!もっと力を込めても大丈夫かぁ?」
剣の鞘で頭と体をガンガンと叩かれる。
身体強化魔法を発動するもなお痛い。
身体強化魔法を発動してなかったら確実に死んでたであろう威力だ。
頭頂部から流れた血で視界が赤色に染まる。
「どうだ!思い知ったか!どうだ!!本当は殺したいくらいなんだがなぁ!しかし、こんなんでも殺せば罪に問われる…そうだ!すまんなぁ汚しちまって綺麗にしてやるよ。」
そう警備員はニヤニヤとしながら姿を消す。
今のうちに逃げだそう…!!
地面を這って逃げようとするも、
「おいおい?誰が逃すかよ?」
後ろから声が聞こえた。
恐る恐る振り返ってみると、そこには桶を持った警備員が。
「ほらよ!浄化してやる!」
そう言って桶の中の水をかけてくる。
さ、寒い…
「ごめんなさい、やめてください…」
「仕方ねぇなぁ!これくらいにしといてやるよ!でもよぉ!後片付けはしないとなぁ!」
そう言った警備員は上機嫌な声色でぼくの髪の毛を再び掴み引き摺る。
またしてもぶちぶちと音が鳴るも一向にお構いなし。
そして、ゴミ捨て場に捨てられた。
警備員がいなくなって十数分。
ぼくの体は動かなかった。
体中が痛い…朝までに戻らないと…他の人に見つかったら今より酷い目に遭うかも…
黒い髪というだけでここまでするのか…
半ば記憶がない状態でなんとか部屋に戻り、ぼくは気絶した。
目を覚ますと、お母さんが泣きながらぼくを抱いている。
「ミナ!ミナ!大丈夫!?」
「だい…じょうぶ…でも…ちょっと痛い…」
「どこが痛いの!?頭!?お腹!?」
「どっちも…」
「少し待ってね、お医者さん呼んでくるから!」
そういってお母さんはドタバタと下の階に降りた。
「…重度の打撲ですな。冷水につけたタオルで患部を冷やしなさい。以上。」
そう軽く診断すると医者はすぐに屋根裏部屋から出ていった。
「ミナ…どうしてこんな怪我を負ったの?」
「ごめんなさい…夜、トイレ1人で行って、そのまま1階を探検してたら警備員に見つかっちゃって…」
「それだけでこんなことに!?次からはトイレに行く時は声をかけてちょうだい…お願い…」
「うん…ごめんなさい…」
そうして、今日はずっと寝たきりだった。
次の日、夢を見た。
苦しい…どうして人は生きるのか…
生きるのは苦しい…でも死ぬのも苦しい…
生きたくない…でも死にたくもない…
この世のありとあらゆるものは苦痛でしかないのに…
どうして…どうして…人は生きるの?
生きると幸せなことがある?
それ以上に不幸が存在しているのに?
子供なんてものは親によるエゴイズムで生まれただけの存在なのに?
どうして親は子に生きることを強制するのか?
こんなに苦しいのなら生まれてこなければよかった…
苦しい…
「はっ…はっ…はっ…はっ…はっ…はっ…」
「大丈夫?ミナ。悪い夢でも見たの?」
この夢は…いや、夢なのか…?
今生で死にたいなんて思ったことはないのに、他人事ではない気がしてならない…
「ミナ!本当に大丈夫!?涙が出てるわよ!」
「ゔっ…ゔっゔっ…」
「よしよし、怖かったね。」
そう言ってぼくを抱きしめる。
涙が出たのは怖かったからじゃない…
ぼくのじゃないぼくの心が締め付けられるようで苦しいんだ…
「ねぇ、お母さん。」
「どうしたの?」
「どうして人は生きるの?」
「え、それは難しい質問ね。」
「難しくてもいいから答えて。」
「わかったわ…私だけじゃなくてみんなにも当てはまると思うんだけど、人はね、幸せになるために生きるのよ。私はね今まで辛いことが沢山あったけど、あなたに出会えただけで生まれてよかったってそう思ってるわ。」
「どうして?たまたまぼくがお母さんから生まれただけでどうしてそう思えるの?苦しんで産んだから、愛着が強いってだけじゃないの?」
「たまたまでも産まれて来てくれたのがあなただからよ。それに苦しんだかなんてものは些細なことよ。」
「だったらぼくじゃなくても良かったってわけじゃん。こんなに苦しいのなら最初から生まれたくなかった。」
「そんなこと言わないで。「じゃあ!生きる意味を教えてよ!!幸せって何!?どうして苦しんでも生きなくちゃいけないの!?ぼくを産んだんでしょ!!なら責任取って殺すなり助けるなりしてよ!!!産まれたくなかった…」」
「落ち着いて、ミナ。そんな悲しいこと言わないでよ…」
「だったら答えてよ!!幸せって…幸せって何!?たとえ幸せでも不幸になったらその落差で余計に苦しむだけだ!」
「幸せってね、人それぞれなのよ。だから私にはあなたの幸せはわからないわ。でもね、幸せは生きていればいつか必ず訪れるわ。」
「そんな言葉で丸め込もうとしても無駄だ!いつかなんて絶対にこない!!」
「どうしてそんなことがわかるの?」
「ぼくは前世の記憶を持っている!お母さんの本当の子どもじゃない!前世じゃ幸せになることなく不幸なまま死んだんだ!!だから、ぼくを憎め!殺せ!!!」
「いえ、あなたは間違いなくお腹を痛めて産んだ私の子どもよ。生と死の恐怖と不安に怯え小さく蹲ってる子供よ…。よっぽど前世では辛かったのね。でももう大丈夫。大丈夫。」
「何を根拠に…っ!!」
「根拠なんてないわ。でもそう願うしかないじゃない…っ!!」
お母さんも涙を流した…
「自分の子どもの幸せを信じない親なんて親じゃない!!絶対に大丈夫よ…!!生きて…!お願い。私のために生きて…。」
「ぼくのことを何も知らないくせに、よくそんな生きてなんて言えるな!!」
「何も知らないわよ!!だって、教えてくれなかったじゃない…話さないと何も伝わらないわよ…」
「話して何になる!全ては過去!!過ぎた時間は元には戻らない!!」
「違うの!!!あなたを1人にしたくないって言ってるの!!!あなたが苦しんでるなら私も苦しませて!あなたが泣いているなら私も泣かせて…!!あなたはひとりじゃないって教えさせて…」
ぼくとお母さんはその日の夜、夜通し泣いた。
そしていつの間にか寝て、起きたのは昼過ぎだった。
「お母さん、聞いて。ぼくの前世の話。」
お母さんは静かに頷いた。
「自分に関する記憶は漠然としか思い出せないけど…」
そしてお母さんに前世の自分を話した。
まだ、生きる意味や幸せなんてものは全くわからないけどとりあえずはお母さんのために少し生きてみようかな。