第3話 初めての外と絵本
お!おお!おおお!
本棚を物色してたらたまたまそれを見つけた。
この本は…!!もしかして魔物図鑑!?
わくわくするなぁ。
早速中身を覗いてみるぞ!
緑色の体表に長い鼻に子供のような体躯、これはもしかしなくてもゴブリン?文字はまだ読めないけどイラスト付きですごく読みやすい!
こっちの茶色の肌に豚の鼻、でっぷりと太った体で二足歩行、これはオークかな?
こっちはドラゴン!東洋の翼のない龍ではなくてしっかりと翼のある西洋の龍だ。
かっこいいなぁ。
こんなのみてしまったら外に出たい欲求が止まらなくなっちゃうよ。
そこで頼むことにした。
「お母さん、外に出たい!」
魔物図鑑読んだばっかりで外がどんなふうなのか興味が一層増したぼくはそうお母さんに言った。
「だめよ、外は危ないものが多いのよ。」
そうお母さんは嗜めるが、どうしても外の世界がみたいぼくは駄々をこねることにした。
「お願い、お願い!ちょっとだけでいいから。」
そう何度も言うとお母さんは渋々といったふうに、
「仕方ないわね…今から丁度洗濯しに外に出ようと思っていたところだから手伝ってくれる?ただし、庭から出ないようにね。」
「うん。」
ゴネ得だね。これで庭限定だが外の世界を見れるぞ。
トイレで用を足すために下の階に降りたことはあったけど、屋敷の外に出るのは初めてだから楽しみだな。
ちなみにこの屋敷は本館と別にある別館で、主に使用人が使用する屋敷なんだって。
屋根裏部屋も合わせて4階建てで結構広い。
屋根裏部屋の扉を開けて下の3階へと降りる。
ここまでは見たことある。豪華そうな絨毯が敷かれていてる廊下で、等間隔に部屋の扉が設置されている。
「ここにはたくさん部屋があるけど何に使われてるの?」
「ここはね、あそこの窓からみえる大きなお屋敷で働く人たちの住むお部屋があるのよ。この階は女の人たちのお部屋で、この1つ下の階は男の人の住むお部屋があるの。」
なるほど、つまり2階と3階は本館で働く使用人の部屋なんだな。
最後に1階。ここはお風呂や食事をとったりする共用のスペースみたい。
お母さんはいっつも屋根裏部屋で食事をとってたけどそれはぼくのためなのかな。
そしてやっと庭とご対面だ。
雲が全くといっていいほどない快晴だ。
太陽が燦々と照っていて上を見上げると実に眩しい。
今までずっと部屋に閉じこもっていたからその影響もあるかもね。
「ミナ、道具を持ってくるからちょっと待っててね。」
お母さんが洗濯用の道具を用意してる間、少し辺りを見渡してみる。
結構広いな。一面に芝生が植えてあって壁際には木が植えてある。
木が邪魔で柵の向こうが見えづらいな…
ただ、秋も本番だからかちょっと肌寒い風が吹いている。
今まで屋根裏部屋から出たことがなかったから、なんだか風が新鮮に感じた。
外の空気を堪能していると、お母さんがきちゃった。
桶の中に石鹸と洗濯板が入っている。
お母さんは桶から石鹸と洗濯板を取り出し、魔法で桶に水をためる。
この世界には洗剤はないのかな?
石鹸で衣服を洗うみたいだ。
「お母さん、どうやって洗うの?」
「お母さんが先にやるから、まずは洗うところを見ててね。この服だと、ここが汚れてるでしょ?この汚れた部分を水で濡らして、石鹸をつけてもみもみするのよ。するとだんだん汚れが落ちていくの。」
なるほど、服の汚れなどの部分的な汚れに対して、手洗いで石鹼を用い汚れた部分を水で濡らしてから直接石鹸をこすり付けてもみ洗いするんだって。
いつかはこの世界を冒険してみたいから、こういった家事は全部できるようにならないと。
「そう、上手上手。将来は立派なお嫁さんになるわね。」
「えーぼくは結婚するつもりはないよ。」
そりゃそうだ。
結婚したら世界を旅することができなくなっちゃう。
その上、女の子と結婚できるならまだしも今は女の子の体。結婚相手はもちろん男ってことになるだろう。それは絶対に嫌だなぁ。
「どうして?」
「イヤなものはイヤだから。」
「答えになってないよ」
お母さんは微笑する。
「いつかミナにとって大切な人ができる時がくるよ。今はまだできるかどうかなんてわからないだろうけどね。」
そういうものなのかな…
今はまったく想像できないな。
洗濯も終わりに差し掛かったころ、前方からメイド服を着た女性が2人談笑しながら歩いてきた。
すると、先ほどまで楽しげに談笑していたメイド達がこちらを見ると一変し、ぼくとお母さんを憎々しげに見てひそひそと、
「よくあんなみすぼらしい格好で公爵様の寵愛を頂けたわね。」
「それに見て、あの子供。黒髪よ。なんて汚らわしい。母親の性格が子の外見に現れたって感じかしら。」
「はやくこのお屋敷から追放されてほしいわ。視界に入るだけでも不快だもの。」
「そうね。その通りよ。そして母娘共々のたれ死ねばいいわ。」
そんな話が聞こえてくる。
この話をぼくに聞かせたくないのかお母さんは、そそくさと洗濯物を干しぼくの手を引き屋根裏部屋へと戻った。
今まで屋根裏部屋から出たことがなかったため気づかなかったが、この世界の黒髪はどうやら嫌悪の対象みたいだ。
「どうして黒髪は嫌われてるの?」
そう問うとお母さんは困った顔をして十数秒悩んだ結果、応えるようにしたようだ。
「それはね、昔々、黒くて大きな巨人と悪魔に人間が支配…うーんと、黒くて悪い人たちに私たちのご先祖様がいじめられてたからなのよ。それから黒色はあまり良くない色ってことになってるの。たしか、ここの本棚に絵本があったはず…」
そしてお母さんは本棚から絵本を取り出した。
タイトルは『空白の勇者伝説』
「あったあった。それじゃあ読むわね。むかーしむかし、あるところに大地の神様と黒い巨人と黒い悪魔と魔物と人間がいました。巨人と悪魔は仲良しでした。でも人間のことは嫌いだったようで、よく魔物を操って人間のことをいじめていました。そこで、人間は大地の神様に巨人と悪魔に自分たちをいじめるのをやめるように言って欲しいと、頼みました。しかし、大地の神様は大きな力を持っているのに何もしませんでした。人間たちはどうしようかとうーん、うーんと頭を悩ませましたが、答えは見つかりません。大地の神様に告げ口したと怒った巨人と悪魔はさらに人間をいじめるようになりました。これ以上黙っていられるか!そう立ち上がったのは最初の勇者様、空白の勇者なのです!!人間は空白の勇者様に続き、大地の神様と巨人と悪魔を倒し、ついに自由を手に入れたのでした。おしまい。」
この絵本は見たことないな。
しかし、黒髪が嫌われる理由がちょっとだけわかったぞ。
つまり黒色全般が嫌悪される色なんだな。
「お母さんはぼくの髪の毛嫌い?」
「そんなことないわよ、本当に真っ黒で美しいわ。あなたの髪の毛。私は大好きよ。だから自分の髪の毛を悪く言わないであげて。」
「ありがとう。」
ぼくは少しはにかんだ。
それで気になった単語について聞いてみる。
「ところでお母さん、勇者はその1人だけなの?」
「いいえ、今まで何十人の勇者がいたわ。さっきの昔話の続きで大海の神様を黄金の勇者様が倒したり、大空の神様を万断の勇者様が倒したり、その他にも色んなすごいことを達成した勇者様がいるのよ!今も生きている勇者様は澄清の勇者様ね。ふふっ、目をキラキラさせて、男の子みたいね。」
そりゃ目もキラキラしちゃうでしょ…!
勇者だよ!勇者!
いつか一度会ってみたいな!
それにこの絵本には続きがありそうだ。
「お母さん!この絵本の続きは?」
「少し待っててね。」
そう言って取り出したのは、
『万断の勇者伝説』と『黄金の勇者伝説』と書かれた本だった。
さっそく読んでもらおう。
「『空白の勇者伝説』の続きは、『万断の勇者伝説』だからこっちを読むわね。」
今度はどんな勇者なんだろう!
楽しみで胸がはちきれんばかりだ。
「空白の勇者様が大地の神様を倒して100年後、平和になったかと思ったら全然そんなことはありません。むしろ、大地の神様を倒した人間に怒った魔物たちはより強く人間達を攻撃するようになりました。頑張って人間達は耐え続けますが、限界が訪れます。今まで3人の神様で世界のバランスを取っていたのに、人間が大地の神様を倒してしまったせいで世界のバランスが大きく崩れてしまったのです。それを知った大空の神様が世界のバランスを崩した人間達に罰を与えようとします。もう、空白の勇者様はいません。どうしようか、どうしようか、と人間達は困りました。そこで人知れず立ち上がったのが万断の勇者様!大空の神様はとてもとても強く、人間では太刀打ちできませんでしたが、そこは万断の勇者様。なんとか傷だらけになりながらもなんとか、なんとか勝てたのです!こうして人々は万断の勇者様をこう讃えるようになったのです。最強の勇者様と!そして後には、初代剣聖と呼ばれるようにもなりました。
これで終わりよ。どうだったかしら?聞くまでもないかしら?」
ふふっとお母さんは笑いながら次の本の用意をする。
一方僕はと言うと、もう興奮しっぱなし。
鼻息荒くなってるもん。
だってそれも仕方ないよね。
最強の勇者だよ!最強…憧れるよね。
「続き、続きを読んで!」
「わかったわ。それじゃ『黄金の勇者伝説』。
大地の神様に続き、大空の神様をも倒した人間達に、またしても危険が迫ります。大地の神様と大空の神様がいなくなった世界を支配しようと、次はなんと!大海の神様が攻撃してきたのです!大海の神様が一度ジャンプすると、大陸の半分が海に沈み、人々は次々と溺れていきました。万断の勇者様の行方もわからない人々は口々にやはり、神様に逆らうんじゃなかった、とそう言います。人々はただただ、新しい勇者様が現れるのを祈ります。人々の祈りが通じたのか、1人の青年が立ち上がります。その名は黄金の勇者!黄金の勇者様は大海の神様を相手に、一歩も譲りません。どちらが勝ってもおかしくはありません。戦いは三日三晩続いたとされます。ついに均衡が崩れ、勝利を手にしたのは黄金の勇者様!しかし、大きな傷を与えたものの、大海の神様には逃げられてしまいました。そこで、黄金の勇者様は次攻められても人間が団結して神様に対抗できるようにと、国を興したのです。それが今もなお現存する黄金の王国!そして年老いてなお、被災地に足を運び人々に勇気を与え続けた心優しい黄金の勇者様を、最高の勇者、そう呼ぶようになったのです。おしまい。」
なるほど、人類に最も貢献したのは黄金の勇者なんだな!
黄金歴とあるように、この世界の人たちにとって黄金という文字は大切なんだな。
ところで一つ疑問がある。
「ところでお母さん、勇者様がいた証拠とかはあるの?」
そう、実在したのかって疑問。
これが架空の話だったら悲しいったらありゃしない。
「もちろんよ、黄金の勇者様の使った武器が黄金の王国にあるって話だし、万断の勇者様の2人のお弟子さんのうちの1人が2代目の剣聖となって今もなお剣聖の制度は受け継がれてるからね。でも、空白の勇者様のいた証拠がないのよ。だから空白の勇者様は最も謎の勇者様って言われてるわ。」
「空白の勇者様も実在しててほしいなぁ。」
「そうね。私もそう思うわ。それじゃ今日はもう寝ましょうね。おやすみなさい。」
今日は興奮して眠れなかった。