魔地 最終話
この作品は「親父と同居(脳内)のスクールライフ」の登場人物・須藤文行が作品中で書いた作品という設定です。
「親父と同居(脳内)のスクールライフ」もよろしくお願いします。
見つけた!
田野倉の血、器。
「黒い靄」は集めたすべてでその家を包み込んだ。
その全力で家を潰そうとする。
が、やはり量が少ない。
少し揺れたが、壊れそうにない。
続いて隙間から次々と中に入る。
1階に人の気配。
どれが田野倉修なんだ。
「黒い靄」の気配にきづいた3つのヒトの意識が、その顔に恐怖を見た。
田野倉修。個体認識。
一番体格のいい男が慌てたように騒ぎながら家を飛び出した。
「真奈美、逃げろ。奴らの標的は俺だ。」
「嫌よ、あなたと凌空といつも一緒。こんな奴ら蹴散らして、凌空を迎えに行くの!」
「黒い靄」は一気に二人を包み込む。ココロに入り込む。
「やめろ、俺たちをお前らには渡さない!」
「黒い靄」との接触は父の修太朗、息子の凌空と「黒い靄」の関係が情報として、修の心に流れ込んできた。
修は「黒い靄」の目論見を正確に把握した。
奴らはこの体を手に入れ、いま、奴らを追い立てる凌空と「剣」に対抗しようとしている。
俺と真奈美の身体を奴らに渡すわけにはいかない。
凌空が、俺たちと戦えるわけがない。
では、出来ることは一つ。
修は真奈美を庇いながらキッチンに向かう。
ガス台についている安全装置を解除。
ガスのホースを外し、ガスの弁を開ける。
あとはこの身体に奴らを多く取り込むこと。
俺の身体には田野倉の血が流れている。
親父が今まで語っていた、この地の伝承を信じて。
「さあ来い。」
一気にその「黒い靄」が体に、ココロに入ってくる。
その奴らの意識がココロを侵食しようとする。
修は妻を左手で庇いながら、キッチンにあった使い捨てライターを手にする。
凄まじい浸食をする「黒い靄」に意識を持っていかれないように懸命に自分の心を維持する。
ガスにつけられているにおいが鼻をつき始めた。
ガスの警報装置が作動、警告音がけたたましく鳴り響いた。
「よし。」
小さく声を出す。
妻が身体を固くした。
俺が何をしようとしているか十分に理解しているようだ。
俺は死んでも、何とか真奈美は生きてくれ。
声に出さずに胸の中で叫ぶ。
「凌空、生き抜け!」
使い捨てライターの着火石を回転させた。
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轟音と、火炎が凌空のもとに届いた。
自分の目の前で、両親が頑張って買った新築の家が、一瞬で四散した。
右手に握りしめていた「剣」が地に落ちた。
そのまま凌空は地面にひざをつくように倒れそうになる。
そして、思い出した。父の出張を、母の食事会を。
「そうだ、確かに家はなくなったけど、父さんと母さんは。」
燃え上がる家の前にうずくまる人物を見つけた。
凌空は落とした「剣」を拾い、立ち上がった。
家の前にiる人物に近寄る。
鈴木剛先生だった。
先生は、燃える炎から身を守るようにうずくまっている。
見る限り、火傷も怪我もないようだ。
「急に黒いものが入ってきて、爆発したんだ。」
近づいてきた人物に顔をあげることなく、そうつぶやいた。
体は小刻みに震えている。家の燃える匂いの中に微かにアンモニア臭を凌空は嗅ぎ取った。
恐怖で小便を漏らす大人を1日で二人も見ることになった。
だが、一人は恐怖に立ち向かった姿だが、こいつは只逃げただけだ。
人間の尊厳など、この男にはないことを知った。
凌空は「剣」を握りなおした。
「先生。なんでここにいるんですか。」
怒りに震える声で、鈴木剛に言葉を向けた。
「俺のクラスにはいじめはないって、何度も言うのにこいつらがうるさいから、今日話し合いに来たんだよお。俺が悪いんじゃない、こいつらが、田野倉凌空が、全部悪いんだ。」
当の凌空に顔を向けることなく、自己弁護の言葉を吐いてきた。
こいつ、このまま殺してしまおうか。
(この「剣」には人を殺せる力はない。物理的な重さを使い、殴打する分には別だが。)
「式神」が言う。
だが、そんなことより、先の鈴木の言葉で、両親の生存が絶望的になった。
両親は凌空に嘘をついてた。
たぶん祖父の修太朗も知っていたことだろう。
凌空を修太朗に託し、鈴木剛と自分のいじめの問題で話し合おうとしていたのだろう。
つまり、爆発したあの家に両親はいたんだ。
凌空の両眼から、涙が流れ落ちた。
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その後、近くにいる「黒い靄」を狩り続けた。
家の爆発に巻き込まれた「黒い靄」のほとんどは浄化されたようだ。
生き残った残渣はあっさり「剣」に浄化されていった。
夜が明け、凌空はボロボロになった身体を引きづるように大烏山に入り、中腹にある祠で眠りについた。
陽が出ている状態では「黒い靄」は活動しづらいらしい。
また、陽の光で「黒い靄」自体を見ることが難しいという一面がある。
夕刻になった。
昨日は公園にいたな、と凌空は思い出していた。
いじめられたことと、祖父の家に泊まれることを考えていたことを思い出し、なんだかえらく
昔のような気がした。
祖父の修太朗と助手の古谷美澄の容態がどうなったのかわからない。
両親があの家の中で見つかったかどうかもわからない。
凌空の心の中には、憎しみ、恨みで満たされていた。
完全に負の感情で満たされていた。
祠から這い出てきた凌空はもう昨日までの凌空とは別人だった。
瞳に黒い感情を乗せ、涙の後に煤と土が張り付いていた。
戦い、走り続けてなくなった体力は、しっかりと体に戻っていた。
今、奴らはこの大烏山に集まってきている。
これは「式神」が凌空に伝えた。
「黒い靄」は二度の浄化でそのほとんどを失ったはずである。
この大烏山は彼らを封印していた土地である。
だが、一番慣れ親しんだ土地でもある。
現在、封印していた「勾玉」も「鏡」もない。
「剣」は凌空が持ち出し、奴らにはどこにあるかはわからないはずだ。
ここで奴らを根絶やしにする!
凌空の心は暗く燃えていた。
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もう、「黒い靄」に力が残っていないことは解っていた。
しかも、バラバラで人のココロに入ることはもう不可能に近い。
今は残った粒子のような「黒い靄」は集まるしかなかった。
その集まる場所は大烏山、封印された場所しかなかった。
何故、この場所で封じられたのか?
ここに「黒い靄」を発生させた元凶があるから…。
戦争で死んでいった多くの遺体。鎮魂されぬまま放置された魂。
そして、単純にこの場所と「黒い靄」の相性がいいからだ。
今、力を貯めるためにこの場所に集まるしかなかった。
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「来たな。」
「式神」が凌空の口を使い呟いた。
草原のような開けた場所に凌空は「剣」を抱えて座っていた。
ただ、待っていた。
奴らが来るのを。
すでに、少しずつ集まってきているのは解っていた。
今、本体と言える大部分がこの地に向かってきている。
さあ、迎えに行こう。
「黒い靄」が徐々に濃くなっている。
この場所が一番いいのだろう。
「お・・ま・え・・たち。」
「ほお、しゃべれるようになったのか。」
凌空は今まで全くコミュニケーションを取れなかった相手が、拙いながらも声を出したことに驚きを感じた。
奴らも生き残りに必死という訳だ。
もう、力のないものが交渉で生き残る道を模索する。人間と同じだ。
「何か言いたいことがあるのか。」
「式神」が凌空の身体を使い、尋ねる。
だが、凌空の心は憎悪で滾っている。
集まり次第、浄化する。
父、母、祖父の無念を込めて。
いつも優しくしてくれたおじいちゃん。
忙しくてたまにしか会えなかったけど、いつも僕のことを考えてくれたお父さん。
たぶん、あのくそ教師と話し合うことを考えていたのは父さんだろう。
そして、いつも優しかったお母さん。
胸がさらに締め付けられる。
「剣」を握る右手に力がこもる。
「われ・われは、もとは、ヒト・・であり・・・・木々の・・想い。」
「だが、それらを飲み込み、滅亡させる力でもある。」
「式神」は何が言いたいのだ。
もういい。消し去るのみ。
「きえたくない。」
「そうやって、時間を伸ばして、仲間を増やそうとするんだろう。」
「式神」はすべての「黒い靄」を集める気か。
一網打尽を狙っている。
凌空は「剣」を一振りした。
「黒い靄」が凌空から離れるように蠢く。
「やめ・ろ!」
「剣」を突くように「黒い靄」に向けた。
瞬時に「黒い靄」が引く。少量の靄が消滅した。
だが、その瞬間に凌空のココロに触れた。
「おまえは・・われわ・れが、・・・にくい・のか。」
「当たり前だ。じいちゃんを、父ちゃんを、母ちゃんを、殺した。」
憎しみが、また、凌空の心を締め付ける。
「それは、ほん・・とうに・・われわれの・・・せいか?」
「なに!」
凌空の心の負の熱が下がる。
考えた。
昨日、何故、僕は、おじいちゃんの家にいたんだ?
それは両親が、担任と話し合うため。
なぜ、わざわざ家で担任と話し合う必要があったんだ?
学校では僕のことを全く信用しないから。
なぜ僕は学校に、担任に信用されなかったんだ?
僕が地元の有力な保護者の息子にいじめられていたから。
誰が悪い?「黒い靄」だ。
だが、それだけじゃない!
あいつらが!担任の鈴木剛が!大泉玲央が!同級生が!
凌空の心の憎しみの炎が、別の燃料によりさらに燃え上がった。
(その考えは、やめろ!田野倉凌空!)
「我々なら、そいつらに、復讐できる、力を、あたえられる。」
「式神」が凌空の右手を振り上げ、「剣」を「黒い靄」の濃厚な場所に振り下ろそうとした。
だが、その右手は「黒い靄」に接触するギリギリで、止まった!
「凌空、戯言を信じるな!お前の家族を殺したのは、こいつらだ!」
「いや、じいちゃんを殺したのは「式神」、お前だ。お前がじいちゃんの胸をこの「剣」で刺し貫いたんだ!」
「式神」の動きが、凌空のその言葉で止まった。動かすことが出来なくなった。
凌空は「剣」の切っ先を地面に刺し、「黒い靄」と対峙した。
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「今日は、悲しいお知らせをしなければなりません。」
悲しみのこもった声音で担任の鈴木剛が語り始めた。
鈴木剛はあの夜、小便で濡れたズボンのまま、現場から逃げ出し、自分から関係を伝えることはなかった。
田野倉家の火災は不注意によるガス爆発という事で警察が調査中だ。
大烏山の中腹の集落に救急車が駆けつけたことはこの担任は知らない。
このクラスの田野倉凌空は行方不明である。
しかし、担任の職務を放棄し、この件に関して全くの無関心ぶりは、職員会議でも非難されたが、完全に無視していた。
そういう人物である。
クラスの窓側に位置する生徒は、ある程度の事情は保護者の噂からそのことを知っていた。
それでなくとも、大泉玲央の傍若無人ぶりを知っているのにもかかわらず、「このクラスにいじめは存在しない」という信念をもとに何もしていない担任だ。
このクラスの生徒の大半はこの担任を見放していた。
そして、校門の見える外を眺めていた。
ホームルーム中の今の時間、校庭にも、校門付近にも誰もいない。
いや、校門に一人いた。
話題の人物だ。
「先生!」
「なんだ!先生は今重要な話をしているんだぞ!」
「その話題の田野倉凌空君が登校してきたようです。」
「なんだと!」
鈴木剛は慌てて校庭側の窓に飛びついた。
煤と土、草などが薄汚れた服に張り付いている少年が、3階建ての校舎の2階にある6年3組を見上げている。
その右手には大きな「剣」が握られていた。
今、その「剣」は凌空が抜いたときよりも、大きく、誰でも見えるようになっていた。
見上げるその瞳は、黒い炎が燃えているように見える。
持っている「剣」が白く、黒く輝き始めた。
凌空はその「剣」を振りかぶり、助走なしに一気に跳躍する。
6年3組目掛けて…。
完
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