魔地 第参話
この作品は「親父と同居(脳内)のスクールライフ」の登場人物・須藤文行が作品中で書いた作品という設定です。
「親父と同居(脳内)のスクールライフ」もよろしくお願いします。
凌空は、まだそれほど年老いている様には見えない修太朗のことを不思議に思いながら、刀の柄のような十字架の上の部分を右手で握ってみた。
確かな手ごたえと硬さが凌空の右手の平に伝わってくる。
だが、凌空が握ったその「モノ」を修太朗は知覚できなかった。
わかるのは、確かに凌空の右手が「モノ」を握っていること。
懐中電灯の光に、本来なら見ることのできない凌空の右手が何かを握っていることを示す皮膚の動きだった。
修太朗は理解した。
この大烏山の結界を作るために配置された三種の神器、「勾玉」「鏡」の他の「剣」が見つからなかった理由。
今の世で言うなら、光学迷彩が施されており、多分条件の整ったものにしかその「モノ」を知覚できないようになっている。
「モノ」、多分「剣」の形をしたものは、条件の整った今しか、凌空にしか見えていない。
その「剣」は古代の世よりそこにあったはずなのだ。
「勾玉」「鏡」のあったところから正三角形のも一つの頂点がちょうどこの敷地なのだ。
そして、この田野倉家は古文書に記されていた神官の末裔らしいという事実。
今夜、凌空は初めてそこに十字架らしいものがあることを言ったのだ。
つまり今まで凌空にも見ることが出来なかったことを物語っている。
それと同時に、一つの危惧が修太朗の心に広がった。
この地域の開発事業のため、「勾玉」と「鏡」を歴史資料として保管するために移動させてしまっている。
巷で囁かれている奇怪な出来事が、「勾玉」と「鏡」の移動に端を発していたとしたら…。
今、凌空はその「モノ」を握りしめた状態だ。
それを引き抜いたら何が起こるのだろうか?
だが、そんなことを考えているうちに、凌空の右手に異変が生じ始めていた。
「モノ」を握っている筈の凌空の右手が、徐々に懐中電灯の光に照らされている筈なのに、消え始めた来たのだ。
「凌空、危ない!その手を離しなさい!」
修太朗はそう凌空に叫びながら、ポケットに入れてあったスマホを取り出し、大慌て手で古谷美澄の連絡先を呼び出した。
凌空は祖父のただならぬ気配に驚き、慌てて右手をその刀の柄のような部分から離そうとした。
しかし、右手はその柄から離れず、十字架の下から何か光るものが蠢きながら自分の右手の指に絡みついてきた。
「う、うわー。」
凌空はたまらず大声を出して、右手を揺さぶり、その「モノ」から手を外そうとしているのだが、張り付いた状態でびくともしない。
蠢く光るものはドンドン上に這い上がってきて、完全に右手をその光の中に飲み込んでしまった。
凌空ははあまりのことに呆然としてその右手がある筈の場所を凝視した。
すると、今まで十字架のように白かったものが、光りはじめてきた。
「古谷君、申し訳ない!緊急事態だ。すぐに簡単な撮影機材をもって、いやスマホで十分だ。私のうちまで来てくれ。異常事態が進行している。例の「剣」が見つかったようだ。」
修太朗は、美澄に連絡を取りながら、凌空を助けるために中庭に出た。
中庭用のサンダルに足を入れ、凌空に近づく。
スマホの向こうから美澄の「了解」の言葉を聞きながら切ると、録画のモードに合わせて撮影を開始した。
「凌空、大丈夫か、痛くはないか?」
「うん、おじいちゃん。痛くはないけど、手が離れない!」
凌空の右手を完全に隠したその光る蠢くものから、脳内に直接しびれるような感覚を受けた。
(私は…君たちに…害を加えるつもりはない。)
光る蠢くものからと思われるメッセージが凌空の脳内にダイレクトで届いた。
修太朗は背後から凌空を抱えるようにして、引きはがそうとする。
だが、凌空の右手はビクともしない。
「おじいちゃん、大丈夫みたい。この十字架のようなものから、なんか光るものが出てきて僕の右手を巻き込んでるけど。僕に危害を与えることはしないって。」
「わかるのか?」
凌空の右腕を掴んでいる修太朗の右手の指に、修太朗には見えない光るものの先端が触れた。
瞬間、修太朗の身体を電気が走ったように脳にしびれを覚えた。
と、同時に懐かしい温かさも感じていた。
今、目に見えないものの正体も一緒に脳内にあふれてきた。
修太朗の身体から力が抜け、凌空の後ろに腰から落ちるように座り込んだ。
「なんということだ。」
修太朗はなんとか立ち上がり、凌空から離れて、縁側に腰を落ち着けた。
修太朗は、人生のほぼすべてをかけて研究してきた、大烏山とそこに祭られていた出土品に関して、その大まかなことを、今、まさに知らされる結果になった。
修太朗に先程触れた「モノ」は、大げさに言えば、この山の、地域の守り神のような存在だった。
「私はいったい何を見たんだ。」
つい、口をついて出てしまった。
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日本には「万物に神が宿る」という信仰がある。
いわゆる八百万の神である。
この大烏山にも、様々なものに魂が宿る世界であった。
が、この地域で起こった人々の醜い争いは、やがて、この大烏山におびただしい遺体を埋葬するようになった。
結果的には土がそれらの遺体を分解し、土壌を豊かにしていったのだが、同時に殺された恨みつらみを抱える邪悪な魂をも作り上げていく。
その魂が集合体となり、黒い靄のようなものが生まれた。
この「黒い靄」は生きとし生けるものたちが持つ純粋な魂、精霊とも呼ばれたその魂をも侵食していくようになる。
大烏山の一帯には、戦が終わった後、荒れた田畑や家屋を再生した部族がいた。
のちに「田の蔵」と呼ばれるその集団は、疫病や災厄を招くようになるそれら「黒い靄」を鎮めるべく、人柱を立て、さらに大和朝廷と同じ手法で人の善なる魂を封じ込めた三種の神器「勾玉」「鏡」「剣」を聖なる三角に配置することによって、その「黒い靄」の封じ込めに成功した…。
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だが、現在。
土地開発の名のもと、「勾玉」と「鏡」は動かされてしまった。
その為、封じられていた「黒い靄」がこぼれ出ている。
「どうすればいいんだ。」
「方法はある。」
急に凌空が言葉を発した。
しかし、その声は甲高い凌空の声であったが、話し方は全くの別人のものだった。
既に凌空の右腕のほとんどが見えなくなっていた。
「凌空?ではないな。その言葉は。」
「私には名前はない。昔「田の蔵」に集っていた者たちの集合体だ。そして、その血、いまでならDNAと言った方がすっきりするか。この田野倉の血筋のものの身体を借りて、お主と語れるようになったのだ。これから行う「黒い靄」を浄化するために、お主たち田野倉の血筋のものに協力してもらわねばならん。」
「何をする気だ。凌空を巻き込むようなことに加担などできん。」
「もう、無理だ。この子がいなければ、お主との意思疎通もできん。すでに「黒い靄」たちは確実にこの人々の生活空間を侵食し始めている。まだいたずら程度のレベルだが、今後多くなればなるほど、この街を、国を壊していく。今なら、まだ間に合う。我々の声に従ってほしい、田野倉の血脈のものよ。」
「何をする気だ?」
修太朗はとりあえず話だけでも聞く気になった。
現時点で凌空を助けることが出来ないことが分かったためである。
機会を待つ必要がある。
うまく時間を稼ぎ、古谷助教の力を借りるしかない。
先程の接触で、この声を発するもの記憶を垣間見た。
どこまでが本当かわからないが。
「今、この子はお主たちの言うところの、三種の神器のうちの一つ「剣」を握っている。この剣には多くの我々が宿り、「黒い靄」をこの地に押さえ込んでいる。だが、この剣だけでは漏れ出ているものをすべて抑え込むことはできない。一度この場所から引き抜き、拡散している黒い靄を浄化しなければならない。お主にこの子と一緒にそれを手伝ってほしい。」
「いやだ、といったら?」
「この子供、凌空と共に「黒い靄」ども、いや、「魔」を狩りに行く。」
当然のように凌空に憑りついた神もどきが言い放った。
「我にはこの剣を動かす力はない。そして我を「見る」事が出来るものは、田野倉の血脈、DNAを持つもので、子供でなければならん。」
だから、私や倅ではダメなのか。
しかし、私は生まれた時からこの家で暮らしてる。
兄弟もいた。
倅の修はもとより、娘の亜希子もこの家で育った。
だが私の知る限り、誰も今、凌空が握っている「剣」のことを言う者はいなかった。
「お主の考えている通り、通常では見えないように我々はこの「剣」を守っている。」
こちらの思考が読まれているのか!
「先ほどの主との接触で表層意識程度は我々でも見ることができる。」
「あんたらが凌空を必要としていることは承知した。人質をとられているようなものだしな。凌空に危害を加えないというのなら、話を聞こう。」
修太朗は大きく深呼吸をして、乱れている思考能力を整えることに努める。
凌空の右手は肘から下が見えない。
読んでいただいてありがとうございます。
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