表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔地   作者: 新竹芳
2/6

魔地 第弐話

この作品は「親父と同居(脳内)のスクールライフ」の登場人物・須藤文行が作品中で書いた作品という設定です。




「親父と同居(脳内)のスクールライフ」もよろしくお願いします。

 凌空(リク)は夕闇が広がっていく中を、祖父の家に続く坂道を登っていた。


 かなり前から、絡みついてくるような視線を感じていた。

 ここ数か月、夏休みの時に祖父の家近くでたまに感じる視線。

 だが、その方向に目を向けても、そのような視線を送る者を見つけることは出来なかった。

 自分自身に気のせいであることを強く言い聞かせてきたが、今回の視線は今までに加え、さらに異質さを増していた。

 そう、人間が発するような類のものと一線を画している。


 ゆっくりと、今上っている坂道を振り返った。


 その道は、新しく開発されてる土地に、住宅地、商業施設、そしてその先に鉄道の高架線が見渡せる。そのはずだった。


 確かにその景色は見えるのだが、微妙に黒い(モヤ)がかかる感じ。


 違う!

 靄がかかっているのではなかった。

 黒い靄のようなものが、(ウゴメ)いている。


 凌空は恐怖が沸き上がってきた。


 走りながら、凌空は最近の不思議な現象を語る大人たちの言葉が蘇る。


「女子高生のスカートが黒く焦げたようになっている。」

「通勤帰りのOLのヒールの両方が折れて、転倒してけがを負った。」

「主婦のエコバックの手持ち部分が急に切れ、中のものをぶちまけた。」


 聞いている限りだと痴漢事件にしか聞こえなかったが、その犯行を行ったものを誰も見ていない。

 ただ、黒い靄のようなものが漂っていたと囁かれている。


 その噂は今確実に恐怖となり、凌空の胸を締め付けてくる。


 凌空は恐怖を抱えたまま、坂道を祖父の家に向かって駆け出した。


 その黒い何かから逃げるために。

 その絡み憑いてくるような視線から隠れるために。


 数分、勾配のある道をかけ続け、やっと層の塀の代わりの生け垣が見えてきた。

 凌空は心臓が異常な速さで脈動を起こしていたが、懸命に足を動かし、生け垣に設置された門扉(モンピ)を力いっぱい押し開けた。

 そのまま体を潜り込ませ、その門扉を閉める。

 そして、喘ぐように周りの空気を肺に送り込んだ。

 足が体を支えられず、その門扉に体を預けるような形で座り込んだ。


 なぜだろう、この敷地にいると、言いようのない安心感があった。


 さっきの黒い「ナニカ」は、今はいないことが感覚で分かった。

 絡みつくような視線も感じない。


 凌空はその小学6年生としては小さな体を持ち上げ、石畳を歩いていく。

 玄関も家の中も照明は点いていなかった。

 まだ、祖父である田野倉修太朗(タノクラシュウタロウ)は帰ってきていないようだ。


 与えられている鍵で玄関を開け、家の中に凌空は入った。

 いつも泊まるときに使わせてもらっている部屋にランドセルを置き、さらに奥へ進む。

 突き当りの窓を開け、縁側から中庭に出た。


 凌空はこのくらいの時間のここから見る風景が気に入っていた。


 暗い空に星が瞬き始めていた。

 眼下には、新興住宅地や商業施設、鉄道の高架線に灯りが点っている。

 そして少しずつ暗闇が世界を覆ってくる。

 その中で、星々が、地上の灯りがその存在を強調してくる。


 凌空はその今のような瞬間が好きであった。


 凌空にとって至福の時間を堪能してると、甲高いエンジンの音が聞こえてきた。

 修太朗のバイクの音だ。


 凌空は祖父を迎えるために縁側に戻ろうとした。

 玄関が開く音が聞こえる。


 その時、凌空は見たことがないものがその中庭にあることに気付いた。

 少し土を盛り上げその中央に十字架のようなものが立っている。


 中庭には照明がないため、部屋からの灯りに薄ぼんやりと見えた。


 前に祖父の家に来た時には見た覚えはない。

 まるでそれは、テレビか何かで見た、外国のお墓を連想させた。


「凌空、来てるのか?遅くなってごめんな。」


 修太朗が玄関から声を掛けてきた。


「ううん、そんなに待ってないよ。ちょっと中庭からの景色、見てた。」


 凌空はそう言って、中庭から縁側に上がり、玄関にいる祖父の修太朗を迎えに行った。


 修太朗は何か四角いものを持ち上げて、凌空に見せた。


「お腹すいたろう。何もなくて、申し訳ないんだけど、途中でピザ買ってきたから、一緒に食おう。」


「ありがとう、おじいちゃん。僕、ピザ大好きだよ。」


 そう言って、自分がランドセルを置いた部屋の廊下をはさんだ反対側の今に修太朗と一緒に入った。


 今は畳張りで、少しすり切れたところがある。

 その上に低めのテーブルが置いてあった。修太朗はその上にデリバリーのピザの箱を置いた。

 冷蔵庫から冷やされた麦茶を凌空のために出してやり、修太朗自身は同じ冷蔵庫に詰めてある缶ビールを取り出す。


「いただきます。」


 二人で声をあわせて言うと、箱の中から手づかみで切られているピザの一片を持ち上げ、直接食べた。

 凌空は麦茶で、修太朗はビールを口から流し込む。


「今日は学校で何してたんだ。」


 修太朗は熱そうにピザを食べる凌空に尋ねる。

 修太朗は凌空が学校の話題になると口が重くなるのを感じていた。


 この地区に転校してきて馴染むのに時間がかかっているのではないかと考えていたのだが、今回は少し踏み込んでみようかと思っている。


 すでにそのために凌空の両親は動いている。

 何かトラブルに巻き込まれている事はそれとなく修たちから聞いている。

 今日はそのために凌空を預かったのだ。


 場合によっては、中学を別の地区に行くか、一層中学受験を考えてもいいのではないかと思っている、と修たちから聞いている。

 もうこの時期で、受験勉強をして間に合うかと言われれば、かなり苦しいと思えるのだが、凌空の地頭はそれほど悪くはないのではないかと、親馬鹿とじじ馬鹿は思っている。


「うーん、別に。いつも通りってとこ。」


 だが、返ってくる言葉はいつもと一緒だった。

 踏み込もうにも、材料がない。

 自分の前では、凌空はいつも笑顔なのだ。


「そうか、まだ馴染めないかもしれないが。もし何なら、中学受験という選択肢もまだ間に合うからな。」


 中学入試。

 勉強自体はそれほど好きではないが、あいつらから逃げる手としては考える価値があるかもしれない。

 凌空は祖父の言葉に少し考えを改めていた。


「うん、まあ、そうだね。嫌なことがあったら、おじいちゃんに相談するよ。」


 実際問題として、もし受験して私立中学に通うことになれば、修の家計を圧迫するかもしれん。

 家を建てたばかりだという事もあるし。

 私がその分を援助することも伝えた方がいいな。


 修太朗はそんなことを考えていた。


「あ、そうだ。おじいちゃん、最近買ってる犬とか猫かなんかいた?」


 凌空は先ほど中庭で見た光景を思い起こし、祖父であり、この家の持ち主である修太朗に聞いてみた。

 お墓だとすると、飼い犬とかだと素直に思ったのだ。

 まさか人間の遺体を埋めるとは思えない。


「いや、ここ数年動物は飼ったことないな。ばあさんが生きていた時には犬でも飼うか、なんて話は出たことはあったが、ばあさんが癌になってあっさり亡くなってな。動物を飼う気力はなくなってしもうた。でもなんでだ?」


 凌空はその話を聞いて、先ほどの墓のようなものを聞いていいものか分からなくなった。

 もしお墓でないとすると何なんだろう?


 聞いていいものか分からなかったが、好奇心が凌空の中で勝ってしまった。


「さっき中庭で外見てたら、物置の前くらいのところに土が盛り上げてあって、十字架みたいなものがそこにあったんだ。だから、なんかお墓みたいで、飼っていた動物でもなくなったのかなと思って。」


「十字架?」


 修太朗の顔が変わった。

 先程迄の孫を愛でる好々爺の顔から、学者としての鋭利な顔が覗いている。

 それが何を意味するのか、凌空にはわからない。


「凌空、悪いんだが、その場所に案内してくれんか?」


「え、良いけど。あれ、おじいちゃんが作ったんじゃないの。」


「私は作った覚えはないよ。凌空、懐中電灯をもって、その場所指示しておくれ。」


 修太朗はキッチンの流しのところに置いてある懐中電灯を凌空に渡した。

 凌空はそれのスイッチを点けて点灯し、中庭への縁側に向かった。

 その後ろを修太朗がついていく。


 凌空は、暗いながらに朧げに見えるその十字架のような場所に、懐中電灯の光を向けた。


 その十字架のようなものはライトの光を一身に受けて、その存在を主張する。

 だが、凌空にはライトを当てたときに出来るはずの影が生じないことに違和感を覚えた。


「おじいちゃん、あそこだよ。」


 凌空はそんな小さな違和感を胸に秘め、振り返って祖父の修太朗にその十字架のある場所を見せた。

 だが、修太朗の態度は、凌空が予想していたものではなかった。

 凌空は、お墓でなかったにせよ、考古学的な意味の造形物ではないかと予想していたのだ。

 普段祖父がよく口にする考古学的な意味合いと絡めて。


 修太朗は口を開け、驚いていた。


 つまりあれは、修太朗が作ったものではないという事か。

 だが、修太朗の目が向いている位置が微妙に違う気がする。


「凌空!今、ライトを指しているところに十字架があるんだな?」


「うん、そこにあるよ。でも変なんだ。こんなにライトで照らしてるのに影が出来ないんだよ。」


「あ、あああ~。」


 修太朗が悔しそうな声をあげた。


「そうか、そうだよな。見つからないわけだ、これでは。」


 修太朗がそう言いながら座り込んだ。


「僕、なんか悪いことしちゃった?」


「いいや、違うぞ、凌空。お前は凄いことをしたんだ。さすが、おじいちゃんの孫だ。」


 悔しそうでもあり、嬉しそうでもある表情で凌空に感謝の想いを口にしている。


「凌空、悪いんだが、おじいちゃんには、今、凌空が見えているものが見えないんだ。不思議だけどね。悪いんだけど、その十字架に触ることが出来るか、ちょっと、試してみてくれないか」


「うん、わかった。」


 凌空は先ほど同様、縁側から、中庭に置かれているサンダルをひっかけ、縁側から光のラインに乗って、十字架の刺さってる場所まで行く。


 凌空は、まだそれほど年老いている様には見えない修太朗のことを不思議に思いながら、刀の柄のような十字架の上の部分を右手で握ってみた。

 確かな手ごたえと硬さが凌空の右手の平に伝わってくる。


 だが、凌空が握ったその「モノ」を修太朗は知覚できなかった。

 わかるのは、確かに凌空の右手が「モノ」を握っていること。

 懐中電灯の光に、本来なら見ることのできない凌空の右手が何かを握っていることを示す皮膚の動きだった。


 修太朗は理解した。


 この大烏山の決壊を作るために配置された三種の神器、「勾玉」「鏡」の他の「剣」が見つからなかった理由。



読んでいただいてありがとうございます。


気に入ってくださったら、ブックマーク、いいね、評価宜しくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ