魔地 第壱話
この作品は「親父と同居(脳内)のスクールライフ」の登場人物・須藤文行が作品中で書いた作品という設定です。
「親父と同居(脳内)のスクールライフ」もよろしくお願いします。
少し蒸し暑い夕刻。
まだ元気な子供たちが何人か遊んでいる新興住宅地のまだ新しい公園。
少年、田野倉凌空は一人、黒いランドセルを背負ったままベンチに座っていた。
暑さがまだ残る9月。学校が始まって、まだ1週間も経っていない。
それでも、思い出したように同級生からいじめを受けた。
今日は算数の教科書を隠された。
算数の時間、絶対に持ってきたはずの、その教科書は自分の机になく、担任の鈴木剛先生から怒られた。
「また忘れたのか、田野倉!もう夏休みが終わって5日も経ったのに、まだ休みボケか!」
この鈴木という担任は、自分のクラスにはいじめはないと信じて疑っていない。
この4月にこの駒西小学校に転校してきた。
クラスは6年3組。担任は今年30歳になる鈴木剛先生。
体格のいい豪快に笑う先生だ。
田野倉凌空は、その威圧的な雰囲気にすっかり委縮した。
もともと他人との触れ合いが得意ではない。
前の学校でも、あまり友人は出来なかった。
しかし、担任の田中加奈子先生の細やかな気配りで、最低限のコミュニケーションは出来ていた。
父・田野倉修と母・真奈美は、新興住宅地として開発されたこの烏森地区の建売住宅を35年ローンで念願の一戸建てを手にした。
その結果の転校である。
実はこの土地の近くに田野倉修の父で大学で考古学を教えてる田野倉修太朗が住む実家がある。
ただそこは少し山の中に位置しており、交通の便が良くない。
この烏森地区は、大烏山という、どちらかと言えば山というより小高い丘と言える未開発地域を、この地区の大地主の里池家の当主・里池陸郎の死に伴い、土地開発を生業とする開発会社に売られたことによる。
田野倉修太朗の家の近辺はその集落のそれぞれが土地を持っているので今回の開発事業とは無縁だった。
結果的に、その開発業者と鉄道業者で大規模な開発が行われ、鉄道が引かれ、駅ができ、住宅地と商業地区が整備された。
凌空の父、修は都内の会社に通っているが、ここからはギリギリ通勤圏内であった。
また、妻を亡くした父・修太朗の面倒を見るにも都合がよかったことから、この物件を購入したのである。
とはいえ、その修太朗は60代ではあるが、心身とも健康で、大学まではバイクで通っている。
この修太朗のうちに同居も検討したが、駅までかなりの距離があり、断念している。
凌空自身は知識が豊富で、面白く話を聞かせてくれる祖父が大好きであった。
その為、今回の転校も賛成した。
田中加奈子先生をはじめ、数少ないが遊んでくれていた友人と別れることに幾ばくかの寂しさはあったものの、会うことが不可能な距離でもなかったことが、この転校に対する気持ちを後押しした。
だが、今は後悔しかなかった。
祖父の家に行けば喜んで相手をしてくれる。
祖父が宝物だという様々な古代の書物や、出土品を見せて暮れたりもした。
夏休みには、前の地域に遊びにいき、昔の友人に笑顔で迎えてもらったりした。
だが、現在の状況は悪化の一途だった。
一番の理由は、このクラスのボス、大泉玲央に目を付けられたことである。
転校して間もなく、凌空が祖父からもらった大切な勾玉のレプリカを問答無用で渡せと命令してきた。
大泉玲央の父親はこの一帯の開発を担った会社の重役に名を連ねている。
商業施設の誘致や、少し離れたところに開発している工業団地の開発も玲央の父の力に負うところが大きい。
この学校に通う子供たちの半分以上が、玲央の父の会社と関係しているため、大人たち、強いてはその子供たちが大泉玲央に変な忖度をしてしまっている。
結果、大泉玲央はそれを自分の力だと誤解し、増長した。
これは田野倉凌空にとってはいささかも関係ない話であった。
そして、強引にものを奪い取る行為は犯罪以外の何物でもなかった。
勾玉のレプリカは、玲央の子分たちによって壊された。
それを鈴木先生に凌空は訴えたが、一方的に凌空が悪者にされた。
父母に話そうとしたが、大きなローンを抱え、遠距離に通勤する修はほとんど凌空に会えず、母の真奈美は慣れないパートと、家事で疲れ切っていた。
そして、いじめが、親たちにわからないように進行する。
一度だけ、父に訴えが通り、学校側にいじめの相談をしたが、「我がクラスにいじめはない」を信奉する鈴木剛により、凌空の妄想扱いになってしまった。
そして、思い出したかのように教科書を隠され、鉛筆の芯はおられ、靴が排水路から汚れて出てくるようになった。
教科書は隠されるが、その時間が過ぎると、何故か机の中にあるという事も繰り返されている。
肉体的な暴力はない。
ただ、運悪く足に引っかかり、ランドセルを背負おうとすると、何故か後ろの留め具が外れ、中身が四散したり、偶然振り向いた同級生の肘が凌空の顔に当たったりしただけであった。
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凌空は公園のベンチから自分に気合を入れて立ち上がった。
今日は父は出張、母は新しい職場での会食という事で、祖父の家に泊まりに行くことになっていた。
今日は金曜日で、この週末は学校も休みということで凌空自身はこの外泊を楽しみにしていた。
ただ、祖父が大学から帰ってくるのが7時くらいになるという事で、公園のベンチで時間をつぶしていたのである。
家の鍵は持っているので一度ランドセルを置きに行くことも考えたが、中の教科書の状況を父母に知られることを防ぐため、帰るのをやめたのだ。
この公園から少し高い位置にある祖父の家までは、凌空の足だとそれなりの時間がかかるが、今からならちょうどいいと判断していた。
今日の嫌なことも、祖父の顔を見ればきっと忘れられるに違いない。
凌空は、まだ熱い空気が絡みつく不快さに負けそうになったが、それでも祖父の家に向けた脚を止めることはなかった。
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「以上のような理由から、この大学の西南に位置する大烏山と呼ばれる一帯は、災害や病疫などの役を払う上で非常に重大な場所だったのではないかと考えられるわけです。」
スクリーンに示した大烏山の航空写真を指し示しながら筑羽大学考古学部教授、田野倉修太朗はそう言ってこの授業を締めくくった。
そう多くはない学生が、講義室から出ていく。
助教を務める古谷美澄が機材を片付けながら近寄ってくる。
「あまり、先生の業績には興味がないようですね。」
聞く人が聞けば皮肉にしか聞こえない内容を、この女性が発言すると驚きのように響くから不思議である。
この古谷美澄は田野倉研で博士前期課程を修了し、本来であればそのまま後期課程に進むはずだったが、前任の中野茂一が私立大学の講師の口に飛びつき、空席になったところで今年から職員になった。
引き続きこの研究室で研究を続けて博士号を取得する予定である。
「先生の考えでは、確かに重要な祭祀が行われていた感はありますが、古代の日本でよくある、いわゆる三種の神器で鏡と勾玉は発見されていますが、剣がまだですよね。大烏山、これについて書かれた古文書には、精霊、魔物などを封じたと言われる剣がしっかりとかかれていますもんね。」
「まあ、それが頭の痛いところだ。なんと言っても、勾玉と鏡が発掘された場所から古文書の位置関係だと、やっぱり私の家の近辺にあっておかしくないんだけどな。」
田野倉教授はそう言って肩を落とした。
古谷も同じようにため息をついた。
本来であればもう少し広範囲に調べたいところだが、その場所はここ数年開発が進んで、調べようが無くなっている。
あの開発は、この地区の地主が亡くなった時にその子息たちによって大手開発業者に売られてしまった。
前当主の里池陸郎は、この地区のこと、特に古くからの伝承など、誇りに思って生きてきた人だった。
だがその子供たちは金銭にしか興味がなかった。
大体が、この地区に住まず、東京に居を構えていたのだから。
もし古代の遺跡が発見されれば、そこで開発はいったん中止になるのだが、現時点ではその兆候はない。
「先生、そろそろ向かわないと、お孫さん、凌空君でしたっけ、待ってるんじゃないんですか?」
「ああ、そうだった。今日は凌空の事、任されていたんだ。古谷君、ちょっと済まんが、あとよろしくな。」
「了解です。」
修太朗は後の片づけと研究室の研究資料の整理を頼み、ヘルメットを片手に駐車場に向かった。
教授専用の駐車スペースに400㏄のバイクの後部座席に荷物を固定する。
イグニッションキーを回し、バイクにまたがり、アクセルを回す。
颯爽と大学を後にする修太朗を研究室から見送り、古谷美澄は今月に入って処理を続けているPCの端末の前に座り、状況の整理を始めた。
どこかにある筈の剣の場所の仮説。
かなりの高確率で田野倉修太朗の所有する敷地にあることを示しているが、さて、どこにある?
読んでいただいてありがとうございます。
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