古城の攻防――リーンを捜して
冒険者達の一団は驚異的な速さだった。金貨五枚がよほど効いたのか、日没前に目的地に到着した。
現場は、海側を背にした小高い丘に古城が建っており、麓に家が建ち並ぶ村のようなものが広がっている。それらがぎりぎり視認できる距離で一団は行軍を止めた。
ファンテは馬を下りた。
三百人の先頭に立ち、彼らに背を向けたまま、無言で右手を挙げる。
一団から切り取られるように百人、全員が騎乗し馬を走らせる。彼らはファンテをかわし、一直線に村に向けて疾走して行った。
戦いは始まった。
打ち合わせの通り、最初の百人は城の麓に建てられている家々の周囲で騒ぎ、迎撃に出て来た戦闘員を最大限引きつけ始めた。
十分な陽動が確認できたと思えたところで、ファンテがもう一度右手を振る。第二陣。馬で走り、無人と確認できた家に火を放っていく。
それを見て、家に残っていた信者達も慌てて逃げ出す。既に日は落ち、薄暮の空に赤々と燃えさかる炎。
第二陣は逃げ出す人々には目もくれない。無人になった家をひたすらに焼き、壊し、現場の混乱度を高めていく。
先発部隊と引きつけた戦闘員達との間で小競り合いが起きる。
怒号、悲鳴、剣のぶつかり合う音が遠くファンテの耳にも聞こえた。
――無理はするなよ。
思い通りの混乱が演出できたと判断し、ファンテは再び騎乗する。
「我々も行くぞ。城まで一直線だ。周囲には十分警戒すること」男の眼光が鋭くなった。
――リーン、今行く。
手綱を入れた。
「敵襲だと? どこの連中だ! ゼシオか」胴間声が部屋に響いた。
「分かりません。いきなり攻め込んで来て」
グロフはリーンを見た。やがて思い出したのか、一人頷いた。
「――なるほど」立ち上がる。「あの男か。存外、やりおる」
グロフは部下を見下ろし口を開けた。
「城の守りを固める。城内の守備隊を集め、城門に急行させよ」
部下は頷き、慌てて部屋を出ていった。
「あの男は余程、お前に死なれては困るのだろうな」
グロフは壇上から下りた。リーンに向き合い、腕を組んだ。
「我らは芸術や文化を否定する。それは何故かわかるか?」
「そんなの分からないよ」分かりたくもない、鋭く言い放つ。
「人々を迷わせるからだ。迷わせ、堕落させる。人はな、弱く、不確かなものだ。迷うことのない人生を送るのに、それらは不要である。お前も我らの仲間になれば歌など忘れ、世界新党の為に働けるのだぞ」
名誉なことだとでも言いたげだ。
リーンは腹が立ったのか、呆れたのか自分でもよく分からなかった。とは言え、おかしな思考に凝り固まった人間はこんな反応をするものだと理解した。
「そんなことないよ。歌はね、人を迷わせるんじゃない」
思い出す。いつだって、歌うことが自分を。
「支えるんだ」
言い切り、リーンはくるりと踵を返した。走り出す。グロフは意表を突かれた。反応が遅れる。リーンは扉に辿り着き、力の限り体当たりした。扉が僅かに開く。隙間に身体をねじ込み外へ出て、さらに走った。
――きっと、ファンテは。
私を見つけてくれる。必死に息を繋ぎ回廊の石床を蹴り、滅茶苦茶に走った。
幾つ階段を降り、上がったのか。いつしかリーンは大きな広間に出た。
荒い息遣いが反響する。
壁に沿って、アーチ状に床まで伸びる大きな開口部が幾つもあった、その一つに歩を進め足下を見下ろす。火の手があちこちから上がり、剣と剣、人と人がぶつかり合う音がした。
――どこ? ファンテ。
遠く眼下には激しく動き回る人々。おまけに幾筋も黒い煙が立ち上り視界も悪い。これでは、見つけられない。
「全く、手が掛かる」
声にぎょっとしてリーンが振り返れば、渦巻きからグロフと、男が二人出てくるところだった。
神速だった。
ファンテがひとたび地面を踏めば、彼は鋭く前に飛び出し敵を斬り伏せる。守備隊が固める城門を、その先の回廊を、彼は瞬く間に無力化していく。他の冒険者達は鬼気迫るファンテに圧倒されながらも進軍し、そろそろ城の二階に上がろうかと言うところだった。
ファンテは舌打ちする。しっかりと陽動をやった割には予想以上に城内に敵が残っていた。次から次へ湧いてくる。相当に骨が折れる戦いだった。
二階に上がろうと広い階段に足をかける。勿論、上から降りてくる敵を撃退しながらだ。手間取っているうちに下からも敵の突き上げに遭う。
「先に行け、大将!」冒険者の一人が剣戟の合間から声を張り上げた。
「ここは俺達に任せておけ、ファンテさん!」
「何だか知らないが、大切な人なんだろっ」
ファンテは前方を抜き、どうにか二階に上がり切った。
「――後を頼む!」
振り返らず、ファンテは走り出した。
「やはり、お前にはここで死んでもらう。どの道、あまり期待してなど」
転移魔法を使って広間に現れたグロフは部下から剣を受け取り鞘を払った。
要するに、グロフがリーンを『世界新党』に誘ったのはただのお為ごかしだったのだろう。結局、殺すつもりだったのだ。
激しい怒りが湧いた。そうは行かない。
――なめんなよっ。
今度こそ音の攻撃を仕掛けるべくリーンは息を吸い込む。右肩に衝撃を受けた。見ると、部下の一人が射た矢が突き立てられていた。たまらず膝を折るリーン。痛みが集中を阻害する。
「さらばだ」見上げればグロフの右腕に閃く白刃。
「どうして、そんなに歌を毛嫌いするの?」
悔しかった。涙は出ない。ただ、悔しかった。
「我らが版図を広げるため。厳格さの中にこそ人は安らぎを見出せるのだ」
剣が振り下ろされる。
その腕を誰かが掴み、止めるのはほぼ同時だった。
ぎゅっと眼を閉じていたリーンは、予想された衝撃が訪れず、恐る恐る目を開け、一杯に開いた。
「無事か?」
無事だよな、リーン。
とても切羽詰まった、美しい男がリーンを見下ろしていた。