部隊編成――ファンテの作戦
意識を取り戻し、鉄格子のはまった窓から差し込む月明かりでリーンはここが牢屋だと分かった。束ねていた紐が切れ、長い黒髪が彼女の背中一面に広がっている。自分の体勢はうつ伏せだ。石床の冷たさが全身から上がってくる。たまらず身体を起こし、石壁に凭れかかった。
この世界には普段、青、赤、緑の三つの月が掛かる。今宵、青と赤の月は見えず視界は緑がかっていた。
ここに連れて来られる前、リーンは相棒のファンテから魔法の鞄を受け取ろうとしていた。そこへ、突如二人の男が現れた。両脇を押さえられ、何処かへ連れ込まれ、目を覚ましたらここに転がされていた。
――や、参ったね。
そう言えばここはどこなんだ。
立ち上がると足下がふらついてよろめいた。
見上げた窓は高い位置にある。分かったことと言えば、周囲に同じ高さの建物は見当たらない、それだけ。反対の通路側、格子の隙間から外を覗いてみた。ずらりと並んだ牢屋。人の気配はない。
――さて、どうするか……。
もう一度、石の床に腰を下ろした。
拉致された時、普段着だったのは不幸中の幸い。もう秋で夜は冷える。
口元の猿轡がたまらなく不快だったが、両手を後ろ手に縛られていては外せない。暫くは様子を見るしかない。リーンは諦めたように石壁に凭れ掛かり、眼を閉じた。
同日、ゼシオの街。
夜間の召集だったため五百人全員は集まらなかった。それでも組合の人間や冒険者達が独自のコネクションを使って声をかけまくり、実に三百人の冒険者が集まった。無理もない、報酬、一人当たり金貨五枚と言われては。内訳はファンテが四枚、組合が一枚を負担する。
――いつだったか、リーンが言っていたな。金貨一枚はニマンエンなんだよ、とかなんとか。
それがどの程度の価値なのかファンテには知りようがなかったが、この辺りではどうやら半年は遊んで暮らせる額らしかった。
大人数を収容可能な場所が確保できず冒険者達は街の外、平原に集められた。急遽松明が焚かれた。炎の明かりで夜が照らされる中、ファンテは居並ぶ冒険者達の前に進み出た。
「遅くに済まない。俺が今回の依頼を出した、ファンテという。宜しく頼む」
冒険者達はファンテの話を黙って聞いている。本来なら彼らは、他人の指図など大人しく聞かないものだ。
――金貨五枚、様々だな。
リーンが攫われ、それが『世界新党』なる危険な集団の仕業だと分かった時、ファンテは一人で本拠に乗り込もうと考えた。思い留まらせたのは、彼の過去の記憶だ。
――俺は、もう二度としくじらない。
ただでさえ相手は危険な思想の集団だ、こちらも人手を集めなくては。彼はそう考えたのだった。
「これより、俺達は『世界新党』の本部に乗り込んで、攫われた俺の相棒を奪還する」
どよめく冒険者達。だが 世界新党の連中はたびたび街中で騒ぎを起こしている。いい加減腹に据えかねている者が多いのか、不満を言ったり、降りたりする冒険者はいなかった。
世界新党の本部はここから南、馬で一日の距離にある荒れた古城だ。信者は城の裾野に城下町宜しく集落を形成しているという。
「――大将、作戦は?」前列にいた男が口を開ける。
「幸いにも奴らは大半が非戦闘員だ。とは言え、正面から行けば思わぬ抵抗を受けるかもしれん。そこでだ」
ファンテは三百人を百人ずつに分けるように指示を出す。
「先発部隊は派手に騒ぎ、出来るだけ奴らを引きつけてくれ。勿論、敵が強ければ諦めて逃げること。それに、非戦闘員には手を出すな」
――難しいのは分かっているが、一応言うだけは言っておかないとな。
目的はリーンの救出、それだけだ。無用な血は流さないに越したことはない。
「次発部隊は先発が引きつけた部隊を無視して、奴らの無人の家に火をかけてくれ」
敵は恐らく数千人、こちらはたかが三百だ。その為に徹底的な陽動と攪乱を行う。且つ、出来るだけ城から兵士を絞り出す。
「後発部隊は俺が指揮を取る。城に入って戦う最も過酷な部隊だ。覚悟しておいてくれ」
言うべきことを言い、ファンテは話を終えた。総勢三百人の冒険者達はすぐさま世界新党の本拠地に向けて出発する事になった。
何人かはファンテに声をかけ、その他は思い思いに自分の装備を調えている。
到着はどんなに急いでも明日の夜。焦る気持ちはある。それどころかいますぐにでも自分だけ走り出し、リーンを救出に行きたかった。その場合はまず間違いなくファンテは死ぬだろう。と言うことは、そこでリーンの命運も尽きるのだ。
月を振り仰いだ。緑の月は幻想的に部隊を照らし出す。
――無事でいろよ、リーン。
美貌の戦士は月に願う。