夜星の三騎士(2)
9、活路の曙光
「――ですから、いい加減"寝小便"などと10年も前のことを持ち出すのはやめなさい!」
「いいだろう、鼻垂れッタ。9年前ならセーフなんだよな?」
「ティア! あなたは、いつも屁理屈を!」
会議室ではドア越しに、まだリグレッタとティアは言い争っている様子が聞こえる。
ドアの前でオロオロしているアンを尻目に、俺は部屋に滑り込んで何事も無かったかのように元の席に座った。アンが遅れて部屋に入ってくる。
「あ、あの!」
「ん? アンキシェッタなのか? 久しぶりだな!」
俺の入室には二人とも無反応だったが、ドアを大きく開けたアンの入室には激昂していたリグレッタよりもティアが先に気付いた。
「アン? あなたが何故ここに?」
「その……外でシュージ様にお会いして……」
「シュージ陛下が? 陛下はずっとここで我々と協議していたのだ。外で会えるはずがない」
眉をひそめて反論するリグレッタ。
部屋を出てからかれこれ30分以上経っていたはずだが、リグレッタは俺が居ないことにずっと気付いていなかったらしい。
「よく見ろ、レッタ。シュージの腫れがさっきより引いてるし、塗り薬らしき物が頬についている。我々の気付かぬうちに抜け出して、どこかで治療してきたようだ」
……ティア、お前もか。
なんだろうこれは。新手のいじめだろうか?
ちょっと挫けそうになる心をどうにか支えて、俺はかくかくしかじかとさっきのことを二人に説明した。
「なるほど……火薬を使った新兵器ですか。前王の宣言で騎士が飛び道具を持つことは忌避されていたので、赤獅子騎士団は密かに訓練を行っていたのですね」
「"騎士団"という癖に馬上槍大会で全敗するというあまりの弱さに国王に騎馬を取り上げられたと聞いたときはさすがに呆れてしまったがな。別の訓練をしていたのならそれも納得できる。なんにせよ新兵器というのは興味深い。見せてみろ、アンキシェッタ」
「はい!」
二人に促されてアンは細長い袋から"アンキシェッタ5号"を取り出した。
木製のストックに鉄の銃身と、パーツだけを見れば普通の火縄銃なのだが……。
「元々は西大陸の狩猟用の武器だったんですけど……その構造や技術に父がいたく感激して、領地の職人に量産させたんです」
「メルコヴ男爵が? さすがは工業都市を治める方だな。人徳もあり、先進技術にも敏感だとは」
ティアが感心して言う。
アンの父親が製作者なのか。確かにアンは可愛いから溺愛する気持ちはわからんでもないが……いくらなんでも"アンキシェッタ5号"なんて銃の名称に使うことはあるまい。これではこの武器に殺された奴に祟られそうだ。
「しかしティア、これでは少々……」
「ああ、――さすがに大きすぎだな」
「ですよね……。……今後の課題として父様に報告しておきます」
そうなのだ。このアンキシェッタ5号は普通の火縄銃に比べて遥かに大きい。
大砲、とは言わないまでもバズーカ砲並みに大きいため取り回しが難しそうな武器だった。
「すみません。本来なら個人用の……ええと"火縄銃"、ですか? を扱う赤獅子騎士団の本隊が参加するはずだったんですけど……」
やっぱり自分の名前を使われるのは嫌だったらしく、アンは説明に俺が教えた火縄銃という名称を採用した。
本隊というのは騎士団領への防備に戻った部隊のことだろう。本来なら3500人の大所帯らしいが、今現在レオスに残ってくれているのはアンキシェッタの部下である400人だけだった。
「ほとんどの赤獅子騎士は普通の火縄銃を使っているのか?」
気になったので聞いてみる。
「あ、はい。私の部隊を除いて赤獅子騎士は全員個人用の銃を扱います。この武器は本来ならもっとずっと大きな弾丸を発射するはずだったんですけど……どうしても銃身の問題がクリアできなくて」
「で、こんな中途半端なサイズになったと」
もっと大きい弾丸ということは"銃"ではなくもっと射程と威力の高い"大砲"を作りたかったのだろう。
銃身の問題というのは多分強度のことだ。大砲の弾丸は発射の圧力が大きすぎるため、携行用の銃の銃身とは違う金属や構造が必要なはずだ。
(待てよ? なんでこんなことを知っているんだ?)
知っているからには見たことがあるはずだ。しかし俺の学校の授業でこんなことやったっけ?
(……ああ、そうだ、またゲームの知識だったな)
日本でプレイしていたRTSゲームではマニュアルには最低限のことしか書いていない癖に兵士に持たせる銃の質や大砲の数が戦力に大きく影響するため、武器の種類や技術の知識をある程度自分で調べなくてはならなかった。特に上級者と戦うとなると相手はマイナーな武器を平気で使ってくるため必要以上に高い知識を要求されたものだ。
「なあアン、確か……銅を鉄に混ぜた銃身なら大きな圧力に耐えられるって聞いたことがある。あと俺が知ってる大砲はこういう木のストックじゃなくて車輪をつけて転がしてたかな?」
「なるほど……銅に車輪ですか。ありがとうございますシュージ様! 父様、とっても喜ぶと思います!」
思わず俺の手を握ってウルウルと上目遣いに感謝してくるアンキシェッタ。
趣味程度で聞きかじりの知識ではあるが、向こうの世界の知識が役に立ったのは俺も嬉しい。
俺は手を取られたままアンのニコニコした顔を見て、しばらくこのシチュエーションが続けばいいなーなんて考えていた。
「ウオッホン! アン!」
「ひゃっ! ご、ごめんなさいシュージ様……」
リグレッタの横槍にビクッとアンが飛び上がった。その拍子に繋いでいた手が離れる。
ううむ、残念。
「やれやれ、レッタの過保護も相変わらずだな。で、この武器に威力は解ったが、シュージは肝心の戦場をどうするつもりだ? いくらなんでもこの武器200丁だけで敵軍を追い払えるわけじゃないだろう?」
会議室に置いてある地図をティアがトントンと指し示した。
さっきのティアとリグレッタなら俺に判断を委ねるようなことはしなかったはずだが……おそらく二人で話し合っても埒が明かないと考えたんだろう。
「そうですよぅ、シュージ様。火縄銃は強力ですが、寡兵で戦うにはやはり地の利がないと……この辺りで戦うならやはりレオスの街内か、南東の森のどちらかだと思います」
キスレヴ軍は機動力のある騎兵を攻撃の主役として戦略を立ててくるはずだ。戦場ではその機動力をいかしてこちらの背後を取り、その突撃力を最大限に生かしてくるだろう。
セオリーならば予備の戦力かもしくは同じく機動力のある騎兵を使って回り込むのを邪魔するのだが、生憎今のトルゴレオには予備も騎兵も存在しない。背後を取らせないためには兵士を守る城壁や木々などの障害物がなんとしても必要だった。しかし――
「俺なら、ここだ。勝つなら、ここしかない」
「……シュージ陛下?」
リグレッタが訝しそうに俺を見ているが、それも仕方ない。
俺が地図で示したのはレオスのすぐ東。レオスから伸びる道が南北の街道と接するT字路。
―――障害物など何も無い、まさに平地のど真ん中だった。