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夜星の三騎士(1)

8、日中のフランケン




「――で、異世界からいらしたドスケベ様はエンローム軍務卿をむざむざと逃がしておきながら、こんな脳筋女と楽しんでいらっしゃったのですね。他人が苦労しているときにする女遊びとは、また格別に楽しかったでしょう」

「………ゴベンヴァサイ」


 ここはレオスの主城にある会議室だ。

 昨夜舞踏会が終わって気持ちよく寝たのも束の間、朝日が昇ると同時にリグレッタに頬を猛烈につねられて起こされた。

 その剣幕たるやすさまじく、直接的被害にあった俺の頬は両方が真っ赤に腫れ上がっていまだに感覚が無い。おまけに腫れが口を圧迫してうまく喋れなくなっていた。

 女の子なのにこんな腕力を発揮できるのは、やはり魔術のおかげなのだろうか? もしそうでなければ脳筋はおまえだ、リグレッタ。


「私は陛下が入場してからお姿を見かけないので心配しておりましたのに……陛下は踊った後貴族方に挨拶もせずにさっさと寝てしまってるなんて!」


 叩き起こされたことで思い出したのだが、昨夜のパーティは俺の味方を手に入れるための催しだったらしい。

 サボったりさっさと寝てしまった俺と違い、リグレッタやトスカナは自分達の地元である北部に領地を持つ貴族達を中心に声をかけまくり、一定の成果をあげたようだった。


「まあそんなに興奮するなよ寝小便レッタ。どうせ南部の貴族は親父殿が根回しし尽くしていたし、そんな中じゃ社交界新入りのシュージではどうせ何もできなかったさ」


「その寝小便というのはいい加減に止めてください! もう何年も前の話ではないですか!」


 とリグレッタの剣幕をサラリと受け流しているのはティアだ。昨日のドレス姿とは違い黒の学ランのような軍服の上下にに青いライオンが描かれたマントを羽織った青獅子騎士団騎士の正装をしていた。

 ちなみに二人は幼馴染だったらしく、さっきからお互いに罵倒し合ったり、過去のトラウマをえぐるような話題を掘り出しては喧嘩している。


(あちゃーやっぱり相性は最悪だったか)


 ちなみにトルゴレオ王国は広大な平原を持ち他国との交易も盛んな西部、農業が盛んな南部、工業都市の集まる北部、首都レオスのある中央に分かれている。東部という地域はないが平原より東、南部中央北部をまとめて東部と呼ぶこともあるらしい。


「まあそもそもシュージ王に交渉術など期待していませんでしたが……自分の仕事を忘れてた上にこんな余計なものを連れてくるとは思いませんでした」

「……ビドイ」

「口答えするならムニャムニャしないではっきりとお言いなさい!」


 このリグレッタの意見にも言いたいことはあったが相変わらず頬の腫れが酷くて上手く舌と顎が動かない。

 しかも大事な舞踏会でサボってしまった負い目もあり今回は反論の余地はなかった。


「まあ、シュージとの戯れはここまでにするとしてだ。いい加減作戦会議に入ろうじゃないか」

「ティアも陛下には敬称を……いえ、こんなヘタレにこれ以上時間と敬語を割くのは惜しいですわね。確かに、一刻も早く作戦会議を始めたほうが有意義な時間の使い方と言えるでしょう」


―――ひどい


「さてここにレオスとその周辺の地図を用意したわけだが。訂正として現在この6箇所、街の外壁と塔が崩れている。他の箇所は崩れていないが……地震を受けた西側の城壁はもろくなっているかもな」


 ティアが慣れた手つきで地図に赤い丸印をつけていく。改めて訂正された地図をみると城壁は3分の一が使い物にならずまさにボロボロというべき惨状であった。


「これでは城壁の穴に兵を並べるだけで兵力を使い切ってしまいますね……」

「ああ、だから戦闘はレオスへの侵入を前提にやるしかない。弓兵による援護と地の利と住居を生かした伏撃、撤退戦術しかないと私は考えている」

「じかじ、それじゃば、住民が……」


 建物や路地に隠れて攻撃、というのは現代でもゲリラ戦術としてその有効性が立証されている。しかしゲリラ戦術というのは諸刃の刃である。

 もしこの戦術を繰り返したら敵は建物全てを狙ってくるだろう。当然街の建物には兵だけでなく住民が隠れている住居がありそこにいるのは戦闘力の無い一般市民なのだ。

 確かに戦果は上げられるかも知れないが待っているのは市民への徹底的な虐殺。

 仮に勝利したとしてもトルゴレオの国として信頼はガタ落ちしこの戦いは永遠に拭えない傷跡となって残ってしまうだろう。


「それにキスレヴも国境のある北東からきてそのまま攻めてきたりはしませんよ。包囲して消耗を誘いながら北部から来る私たちの援軍をその機動力で各個撃破してくるじゃないですか?」


 これはリグレッタの意見。

 トルゴレオは前回の戦いで軍馬と騎士の殆どを失っていて地方領主の軍では偵察も満足に行えない状態らしい。

 そんな目隠しされたような団体様ではキスレヴ騎兵が四方八方から襲ってきたらひとたまりもあるまい。


「それじゃあ、どうしろと言うんだ?」

「ここはレオス東南の森に敵兵を誘い込んで……」

「ハッ! 兵法の基礎も知らん素人め。練度の低いうちの兵が森林で陣形など取れるものか。それに森に打撃に十分な数の兵を配置してみろ、レオスはすっからかんになるぞ」

「じゃあ! 外周に………」


 次第にヒートアップしていく二人の議論とは対象的に俺は冷めた感情で二人の様子を眺めていた。

 おそらくどれだけやっても結論は出ないだろう。今のトルゴレオにはこの戦争に勝つためのピースが足りない。どんなにパズルを組みなおしても、ピースが欠けている限りトルゴレオの勝利の図は現れないのだ。

 敵の後ろを取れる機動力、鉄壁を誇る防備、圧倒的な火力、なんでもいいが勝つためには少なくともあと一つ、何か武器が必要だった。


「ぢょっどドイレに」


 議論を白熱させている二人を尻目に俺はそっと部屋を抜け出した。

 席を立ち、部屋を出て後ろ手にドアを閉めても議論は止まなかったので、ひょっとしたら俺が出たことに気付いていないかもしれない。まあ一応断ったし、議論が一段落つけばどちらかが気付くだろう。


「どりあえず、洗面所、どこだろう?」


 だんだんつねられた頬の痛みが戻ってきた。腫れたままでは不自由なので腫れが引くようにいい加減この頬を冷やしたい。

 どうしたものかと辺りを見回していると、偶然廊下を通りかかったマント姿の小柄な女性がいたので、彼女に道を尋ねることにした。


「あの、ずぃまぜん――」

「はい?―――きゃっ!」


 振り返って俺を見た女性が驚きのあまり転んで尻餅をついてしまった。

 後で聞いたところその時の俺の顔はパンパンに腫れていた上に赤、青、紫に内出血をおこしてフランケンシュタインもかくや、という形相だったらしい。

 そりゃあ昼間とはいえ突然ゾンビ野郎に後ろから話しかけられたら転びもするさ。


「ヴぁーだいびょうぶでふか?」

「え?は、はい。すみません、驚いてしまって……」

「ごちらごそ、ずぃまぜん。ぞれでぞのぅ、この顔ぼ冷やじたいんでずが洗面所かだんかば」

「ひどい怪我……蜂にでも刺されたんですか? 水場なら場所はわかりますけど……この近くの水場は王族の方しか使ってはいけないんですよ」


 どうやら顔が変形しすぎて俺が誰かわからないらしい。名乗ってしまうのは簡単だったが彼女に変に気を使わせてしまいそうだったので黙っておくことにした。

 マントの女性は灰青の髪をベリーショートに切り揃えていたので、顔だけ見れば綺麗な男の子にも見えてしまう。しかしスレンダーながら女性的な丸みを帯びた体と、そこからスラッと伸びた長い手足をみれば女性――しかも美人であることは疑いようがない。


「そうだ、調理場なら水が置いてあるはず……こっちです」


 女の子は親切にも俺の手を引いて調理場の裏庭、薪置き場まで連れてきてくれた。

 のみならず俺のかわりに調理場で水を汲んで来てくれたり、医務室から腫れのための塗り薬まで持ってきてくれた。

 さらにこれだけでは留まらず、タオルを濡らして俺の頬に当ててくれるこの甲斐甲斐しさ! 会議室にいるドS二人は同じ性別でも人間の姿をした別の生き物なんじゃないかとさえ思えてきた。


(――ん?)


 その時、視界にすっと例の黒い影が現れた。

 なんとなく確信がある。なぜかはわからないがこいつは俺以外に見えず、俺の体調不良や不安感に反応して現れるのだ。

 黒い影は昨日と同じように俺をじっと眺めた後、やはり胸に吸い込まれるように消えた。


「すごい……さっき冷やし始めたばかりなのにもう腫れが引いてきましたね」

「あ、うん。ちゃんと喋れるし、大分楽になったよ。ありがとう、えと……」

「アンキシェッタ。アンキシェッタ・メルコヴと申します。アンとお呼びください、シュージ陛下……ですよね?」

「うん。あっ………あー、バレてたか」


 どうやら顔の腫れがマシになったので素性がバレたみたいだ。有名人という奴は色々便利だが初対面の人に自己紹介できないってのはちょっと寂しいな。

 俺は手を伸ばすと、恐縮しきりのアンに握手を求めた。おずおずと手を伸ばし握手に応じるアンキシェッタ。


「アン、改めてありがとう。助かったよ」

「い、いえ恐縮です。あの、さっきの怪我の原因ってひょっとして、レッタちゃんなんじゃ……?」

「レッタ?……ああ。うん、ちょっとリグレッタに怒られてね。アンはひょっとしてリグレッタと知り合いなのか?」

「レッタちゃんとは幼馴染です。小さい頃は三人で良く遊んだんですけど………」


 "三人"のもう一人とはティアのことだろう。そういえば三人とも同じくらいの年だし、王城に出入りするような身分の女の子同士なら仲良くなっていても不思議ではないな。


「あの、シュージ様! レッタちゃん、無愛想で乱暴に見えるかもしれないけど、本当は優しい子なんです! ただちょっと自己表現が不器用っていうか極端っていうか……今日の陛下ほど酷いのは無かったけど私もよくやられてたから、わかるんです!」

「あいつは子供の頃から人の頬をつねっていたのか!?」


 恐るべしリグレッタ。まさに生まれながらの人間ペンチ。

 根は優しいけど不器用なせいで、つい人あたりがきつくなってしまう、そんなツーテールの女の子。これだけ聞けばツンデレとしては逸材なのだが……いかんせん行動がバイオレンスすぎる。昨日のダンスレッスンだけで体は青痣だらけだし、今朝は握力だけで俺の顔をゾンビかフランケンみたいにしやがった。明らかにヒロイン失格である。


「―――痛っ」


 興奮してつい口を大きく開けてしまった。

 まだ完全に腫れは引いておらず、感覚の戻った頬は動かすとかなり痛い。


「あ、大丈夫ですかシュージ陛下? 今お薬を塗ります」


 そういうと彼女は医務室から借りた貝のような容器から軟膏を指ですくった。


「ん……陛下、私では背が届かないので、少し屈んでください」

「あ、ああ」


 アンの言うとおり屈むと彼女の顔がグッと近くなった。

 自然と自分の意識がアンの上目遣いの黄茶色の瞳や、薄いけど若々しい唇に向いてしまうことに気付き鼓動が早くなる。

 アンはそんな俺の様子に気付くこと無く、その白くて細い指を使って冷たい軟膏を黙々と、俺の頬の熱を持った部分に塗りつけていった。


「そういえばさ、アンはどこかの騎士なんだよね? 今度の決戦にのために来てくれたの?」


 黙々と彼女に見られることに耐えられなくなり、適当に質問を投げかける。

 アンのマントは白地に赤の獅子とティアのマントと色が違う。おそらくこれが昨日エンローム公爵との話題にでた赤獅子騎士団とやらのマントなのだろう。

 するとアンは薬を塗る手を止め申し訳なさそうに答えた。


「その……ごめんなさい。私達は今回の作戦には参加できそうにありません。私達の騎士団はエンローム公爵様とは仲が悪くて……公爵が領地に戻るなら私達も戦力を南部の領地に置いておかなくちゃいけないんです」


「そっか……確かに相手があのおっさんじゃ油断ならないもんな」


(――ここでも、か)


 思わず唇を噛む。

 異世界に来て、自分が巻き込まれた恐ろしい状況を知り、それでもなんとかしてみせようと思った。

 しかし決戦まであと三日しかないのに状況は一向に良くならず、それどころか徐々に悪化すらしているように思える。


――自分の運命がすでに決まっているように思える。


 命運はすでに尽きていて、俺は生きながら死につつあるのだ。


「あ、あの! それでも、全部は無理でも少しなら、へ、兵力を置いていけるんです。でもその、私が自由にできるのは……火薬を使う新武器の実験部隊で、……戦術はまだまだ研究中……」


 俺の落ち込みようを見てアンが慌ててフォローを入れてくれる。

 気持ちは嬉しいが地方騎士団の、それも分隊では――って


「火薬?」


――火薬を使う武器とはなんだ?

 

 決まっている。銃か爆弾だ。

 

――使い方が解らない?

 

 なら俺の、元の世界の知識を使えばいい。確かに俺の命運は尽きているのかもしれないが、フランケンシュタインは死んでから大暴れしたのだ。


「アン、その武器を見せてくれないか?」

「は、はい。すぐお持ちします」


 そう言うとアンは脱兎のごとく調理場から兵舎へと走って行った。彼女は走るのがかなり速い。

 程なく戻ってきた彼女が、細長い物を抱えているのがわかり思わずニヤっとしてしまう。

 あれは銃だ。これで俺は勝利に必要な"火力"を手に入れた。だが、


「…………何これ?」

「その、新兵器の……"アンキシェッタ5号"、です」


 名前もつっこみどころなのか。

 しかしもっと重大なことに、彼女が持ってきた武器は俺の知っている銃とは全然違ったのである。


作中で主人公が遊んでいたゲームというのはトータルウォーシリーズ、エイジオブエンパイアシリーズという設定です。

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