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新たな刻(3)

52、銀星と彼の訓練


***リグレッタ・チハルト***


「ああ……! 素晴らしい天気だわ!」


 私は王城の壁で切り取られた空に向かって呟いた。

 頭上にはどこまでも青い空、遮られること無く降り注ぐ日光。気温はまだ涼しいが時折吹く風が石と草の匂いと共に夏の兆しを感じさせる暖かい空気を運んでくる。


『ぎゃああああああああああああ!!』


 鳥のさえずりや木々の葉が擦れる音を聞きながら私はつい先日手に入れたばかりのお茶を手元のカップに注ぎ、立ち上る芳香を楽しんだ。こんな最高の日には外でお茶を楽しむに限る。


『勘弁! もう本当に勘弁っ!』


『なんだ、まだ口を開く余裕があったのか? これはいかんな。私も手温かったか』


 薔薇に似た香りのする湯気を吸い込みながらカップに口付けると期待通りの、まろやかだがしっかりとした味わいが返ってくる。間違いなくこれは最高級の茶葉、そして完璧な手順で淹れられた紅茶だ。


「ふぅ……ここのお茶は今年も良い物が取れたようですね。わざわざ取り寄せた甲斐がありました。お義父様もいかがですか?」


「いや、儂は……それよりアレはいいのか?」


 私の前に座った我が義父ちちでありこの国の内務卿であるトスカナ・チハルトがでっぷりとした顔立ちを青くしながら首を振った。


「アレですか? 大丈夫です。お父様が心配するようなことはありません」


「むぅ……しかし、陛下もアレではさすがに……」


 義父の視線の先にあるのはレオスの城の中でも王族かその教育係しか使えない訓練場だ。前王には子供は王子は一人しかおらず、その王子が成人して以来何年も使われなかったその訓練場で二人の男女が木剣で斬り合っていた。

 一人は私の幼馴染であるティア・エイブラムス。

 南部最大の貴族であるエイブラムス家の長女として本来なら貴族の令嬢の模範となるべき彼女だが、幼い頃から何故かその興味と行動が軍略の勉強と武術の訓練にばかりに偏っていたせいで、思慮深さと慎ましさと女性らしい趣味を知らないまま胸と運動神経ばかりの猪武者となってしまった。


――まったく。百歩譲って私より胸が大きいのは許せるとしても、男性もいるこの場であんな風に見せ付けるのは犯罪だわ。


 彼女が着ているのは本来なら運動のための色気の無い綿の上下であるはずなのだが、汗で服に張り付いているせいで不快な二つの塊がその形をあらわにしたままゆさゆさと揺れる凶器となっている。

 ……正直に言うと羨ましい。時々自分にも彼女くらいの胸があればと思うが、もしそんな事を口にしたらもっと苦しい現状に耐えているもう一人の幼馴染の立場が無くなってしまうので決して言葉にはできないが。


『では最後の一回にしてやろう。今度は本気で剣を振るから、避けなければまた空を飛ぶことになるぞ』


『ひぃっ! 止めてくれぇ! も、もう空を飛ぶのは嫌だ!』


『なんだ? 見ず知らずの女の恋文は受けられて私の愛情表現が受け取れないというのか?』


『愛情表現っ!?』


 彼女に相対している少年の名はシュージ・ナガサカ。このトルゴレオ王国の王であり、少し前まで異世界のニホンという国のただの学生だった男の子だ。

 二ヵ月半前に別の世界からこの国に来た彼は本来ならその場限りの生贄としてその命を使い捨てられるはずだったが、彼は周囲のあらゆる人物(義父を除く)の期待を裏切って侵攻して来たキスレヴの迎撃、南部の雄エンローム・エイブラムス侯爵の反乱、そしてキスレヴとの再戦という一ヶ月に渡る戦を乗り越え10日前に正式にこの国の王となった。

 トルゴレオへ来た当初こそ貧弱で傷つきやすい英雄願望をもっただけの普通人だった彼だが、異様で過酷な状況と幾度もの命の危機を経たおかげで魔法を操る術を覚え、王としての風格を身につけた上に神経も太くなった。……そう、せっかく私の忠告を五分で破るくらいに。


「リグレッタ! 助けて!」


 彼は無謀にもティアに背を向けて私に叫んだ。


「あらあらシュージ陛下? たかだか木剣の訓練で何を大げさな。それに助けというのなら私はとっくにあなたを助けていますとも。あの夜会で私のパートナーとしての忠告を五分で忘れてアンやティアに鼻の下を伸ばしたにも関わらず、あなたの名誉をおもんばかってあの事は内緒にしておいてあげたでしょう?」


「その代わりにティアとアンにいらんことを吹き込んだだろ! あれからもう十日も経ってるんだぞ! いい加減許してくれよ!」


「オホホ、まだ十日ですわ。生憎、ナポリ小父おじ様からあなたの体力不足について指摘を受けていますからね。少なくとも一ヶ月は訓練を続けていただきます」


 哀れっぽい悲鳴をあげる彼を見て背筋にゾクゾクと電流が走るのを自覚しながら私はそっとほくそ笑んだ。


――いい気味だわ。


 数時間かけて化粧や衣装の準備をし、ありったけの勇気を振り絞ってパートナーを名乗り出た乙女の心を僅か五分で砕いてくれた男。その罪は重い。

 ちなみに訓練の担当は剣術がティア、魔法が私、馬術をアンが行うことになっている。ティアならあらゆる武器を扱えるから教師兼練習相手としてはピッタリだし、彼の空間を使う魔法の特性は圧縮したり引き伸ばしたりする点で風を扱う私が一番近い。アンは乗馬が特別得意という訳ではなかったが馬の世話の注意点や体調の見極め方等を良く知っていた。

 訓練を始めて十日になるが彼は私が受け持っている魔法についてはまずまずの成長を見せている。


「そら、まずは今日のおさらいだ。受けてみろ」


 ティアは鉄芯の入った両手用の木剣をまるで小枝でも操るかのように、ヒュンヒュンと軽快に振り回して彼に切りつける。

 すばやく何度も繰り出されるソレを彼は慎重に受け止めていく。さすがに数日訓練を続けただけあり、この程度の速さであればもはや問題なく捌けるようになっていた。

 だがティアは教え子に楽をさせるような性格ではない。彼女はそのまま何度か同じ速さで目を慣れさせた後、唐突にその速度をいきなり神速へと変え、下から掬い上げるように切りつけた。


「うわっ、わわっ!?」


 遅い剣に目が慣れていた彼は一瞬焦った様子だったが必死で自分の木剣を持ち上げて姿勢を崩しながらもなんとか胸の辺りでティアの剣を受け止める。

 だがそれでも無理があったようで続く2撃目をふらつきながら受け止めると三度は受けられないと判断し、素早く"意志"を集めて口内で鍵呪文キーワードを呟く。


「くっ――"空間跳躍ジャンプ"!!」


 彼が集めたのは"意志"はごく僅かな物でしかなかったが、それでも魔法の発動には十分。"意志"は特性通り空間に作用し、バシンという破裂音とともに彼の姿が消えた。


「リグレッタよ、今のは……?」


「あれは空間跳躍ジャンプ。瞬間移動をする魔法で今の所、彼が咄嗟に使える唯一の魔法です」


 一対一どころか多数との戦いにおいても破格の性能を持つ魔法はしかし、ティアには通じなかった。

 ティアは彼が視界から消えたと見るや否や、迷いもせずに振り返り、右側背の死角に現れた彼に斬り付けたのだ。


「甘いっ! そう何度も背後狙いが成功すると思うなよ!」


「――っ!?」


 ティアがそう叫ぶと同時に胸の辺りで止めていた木剣を跳ね上げる。彼の剣は上へ、ティアの剣は反動で下へ。

 彼は慌てて剣を下げようとしたが今度は防御が間に合わなかった。


「ふんんッ!!」


 ティアがその一瞬の間に彼の無防備な足元を木剣でなぎ払うと、続いて支えを失い横に倒れようとする彼の腹に強烈な蹴りを入れて彼を訓練場の反対側の石壁まで吹き飛ばす。

 グルグルと複雑に回転しながら訓練場を横断した彼は壁に激突して生々しい音を響かせた。


「このように」


 ティアは木剣を収めながら彼に歩み寄った。


「下からの攻撃は胸元で受け止めてしまうと腹部や下半身への攻撃を防げなくなる。受けるなら左右に逸らすか思い切って上に逃がしてしまうのも手だ」


「………………」


 ティアは教師らしく先の攻防の反省点を彼に教えるが、当の本人からの反応が無い。見れば陛下はさきほど壁に叩きつけられた姿勢のままぐったりとしていた。


「………………」


「ん? 気絶しているのかシュージ? いい加減に受身ぐらいはを覚えろと言っただろう」


「………………」


「仕方ないな。冷水でも浴びせれば目を覚ますか」


 人間が果たしてきりもみで宙を飛びながら受身を取れるものなのかはわからない。

 ティアは白目を剥いて動かない彼の襟元を引き上げると治療のために城内へと彼を引き摺って行った。


「……へ、陛下は無事なのだろうな?」


 先程まで以上に顔を青くしながら義父が言った。


「まず大丈夫でしょう。元々頑丈な方ですしティアも本気で蹴ってはいなかったようです。ただ――」


「ただ?」


「これで10日連続の気絶です。少しずつの進歩は見られますが……」


「あまり剣の才能をお持ちでない、ということか」


「今はまだ何とも。しかしこの調子ではお父様や民衆が期待するような一騎当千の猛者になるには少なくとも4、5年はかかると思います」


 私は嘘や偏見の無い自分の率直な意見を述べた。この件に関しては恐らくティアやアンも同じ意見だと思う。


「ふ~む、そうか。だが陛下の戦闘力については残念ではあるが大したことではない。国王とは手持ちの軍隊が強ければそれでよいのだ。最近お前達が忙しくしているのは陛下の仰っている新しい軍隊を作るためなのだろう?」


「はい」


 彼が王になってからこの国の軍隊は大きく変わった。『国軍』や『常備軍』という概念や制度もそうだが最も眼に見える変化は銃と大砲という新兵器の存在だ。

 これまでトルゴレオで「軍隊」といえば軍馬に乗り突撃槍ランスと板金鎧を着た騎士の集団だけを指す言葉であった。

 戦場において騎士達とは多少の陣形や地理的条件による戦術はあったものの、大抵の場合正面から一斉に突撃してその攻撃力で持って敵を粉砕するというのが彼らの仕事になる。兵力とは騎士と軍馬の数。平原の多いトルゴレオでは機動力を生かせる戦場に事欠かず「騎士同士のぶつかりあいに歩兵は無用」というのがトルゴレオ建国以来の常識だったのだ。

 しかしその常識は壊され過去となった。銃という新兵器と彼の持ち込んだ異界の知識によって。


剣槍斧弓盾けんやりおのゆみたて、様々な装備を持っていた歩兵は全員銃と銃剣だけを持った"戦列歩兵"に。装甲し長大な突撃槍ランスでぶそうしていた騎士達はサーベル一本で戦う"驃騎兵ひょうきへい"へ、そして戦場の要となる砲兵……この三つが組み合わさって戦うというのが彼の考えている新しい軍隊です。彼らは火薬のおかげで高い攻撃力を持っていますがそれに対して防具はあまりにお粗末。これがどういうことになるかわかりますか?」


「儂は兵馬の事は知らぬし、わからぬ」


 きっぱりと首を横に振る義父を見て、私はこの優秀な政治家がまったくの軍事音痴だったことを思い出した。

 普通一領地の領主となれば誰でも盗賊退治や治安維持のためにそれなりに軍を扱うのに、この義父まったくその才能が無く、初陣で懲りた若い義父はその後軍事の一切を特別に雇った代官に任せてしまったのだ。


「つまり、これからの戦争にはとんでもない数の命とお金が消費されるということですわ。命の方はともかく、今のトルゴレオ王国に果たしてこれだけの数の鉄砲や砲を維持できる収入があるかどうか……。知識が無いのは仕方ありませんが、彼……シュージ陛下には軍事だけではなく少しは国家経済という物を考えていただかないと」


「ほう、なるほど。だがその心配は杞憂だぞ。これを見てみなさい」


 そう言ってお義父様おとうさまが出したのは百枚近い羊皮紙の束。彼の字ではなくナポリ小父おじ様の字で綴られた大量の書類はどうやらそれぞれが何かの計画の素案そあんのようだ。


「……なんですか、コレは?」


「陛下が考えた金策をナポリが口述筆記した物だ」


 促されるままに羊皮紙を手にとって読んでみる。何枚かめくってみるが金策といっても経済全体に影響するような物は少なく、国営で儲かりそうな店を開く計画のものが多いのだが……。


「……漫画喫茶にメイド喫茶、縁日えんにちにお化け屋敷……なんと幼稚な……」


 主題を見ただけで絶対に失敗するのが分かるような計画ばかり。その後に書かれている細かな説明が寒々しく思えるほどだ。

 彼は本気でこんな子供だましの案で国の経済を立て直せると思っているのかしら。


「殆どは、そうだな。全く幼稚だ」


 義父はそういうとまるでごみでも払うように机から地面へと書類を押しのけた。そして代わりに腰元から赤い印が押された数枚の羊皮紙を取り出す。


「だがこれらは違う。これまでの何倍も製品を作れるようになる"水力式の織物工場"、集団化して農業の効率を上げる"プランテーション""銀行制度"はしばらく実現が難しいが……おお、中でも儂が最も感動したのはこれだ! 王族の収入ではなく国家の歳入を担保として金を借りる"国債"という新しい概念! 儂はこれを見たときこのトルゴレオに新しい世界を見た! 間違いなく陛下には偉大な借金の才能がある、そう感じたのだ!」


「……それは……まあ大層な才能のようで……」


 果たしてそんな不憫な才能がこの世にあっていいのだろうか? 私は以前ラスティに同じ事を言われたときの彼の顔を思い出した。

 と、同時に思い至ることがある。


「しかしそれだけ高度な知識をお持ちなのに何故、ほとんどがこのような……」


「う~~む。恐らくはナポリへの反発だろう。たったこれだけの物を得るのにあやつは無駄に百枚近い書類を書かされたようなものだからな」


「小父様と陛下の仲はそんなに悪化しているのですか?」


 ナポリ小父様といえば私にとっては義父よりも親しい育ての親同然の存在だ。

 当時忙しい義父様の代わりにまだ幼い私の面倒を見てくれた小父様は、また王宮の空気や社交界に馴染めなかった私に流行のドレスを贈ってくれたり友達の作り方を教えてくれた、ある意味で義父や実の両親以上の存在とも言える。

 その小父様が彼に対しては態度が極めて厳しい。普段の優しい面影を消して政治向けの、厳しい表情で彼を叱責している小父様の姿を見る度に悲しい気持ちが胸に溜まっている。


「悪化はしておる。現に先週も陛下はナポリを遠ざけようとして一計を投じたらしい。ま、それはトレン殿が被害を受けただけで何ともなかったようだが、あやつはこんな事は十分計算のうちだと言っておったよ」


「計算だなんて! お義父様は平気なのですか? 小父様があんな風に血統主義や保守派のような主張ばかりをして、汚らわしい腰巾着共まで引き連れているのを見ても! 一体何を企んで、あんな……」


 私は掴みかからんばかりの勢いで義父に迫ったが、義父は強く手を押し出してそれを制した。


「この件に関しては」


 義父は首を横に振った。


「お前は関与してはならん。儂とナポリで決めた事だ。儂の言葉で足りんならナポリの言葉と思うと良い。誰一人として絶対に陛下にこの事を喋ってはならん」


「そんな……それではナポリ小父様があまりにも……」


「いずれ時がくれば話す事もできるだろう。そうでなくとも我らは年寄りだ。20に満たぬ子供に嫌われてうろたえるようなタマではないわ」


「………………」


 私にそれ以上の反論はできなかった。

 トルゴレオという巨大国家の国政を何十年も動かし続けた重鎮が二人がかりで彼に何かを伝えようとしている。目論見どおりにいけば今後50年の安定が築けるし、うまくいかなくても彼の記憶に嫌味な老人が一人残るだけ。

 うまくいくならいい。でももしそうでなかったら私の家族の一人が彼から永遠に嫌われてしまう。

 せめて彼がナポリ小父様について私に相談に来てくれれば多少の助けになれるのに……。だが今の所彼からそういった愚痴を聞けるような様子は全く無い。それがどうにも歯がゆい。

 思い悩む私の元に、再び訓練場に戻ってきた彼とティアが見えた。


『ほらっ! 目を覚ませ!』


 ティアは頭上から汲んできたバケツの水を彼にぶちまけた。


『うっ……ゲホッゲホッ! な、なんだ? い、いてぇ! 体中が……』


 がくがくと頭を揺らしながら覚醒した彼は頭を打ったせいで直前までの記憶を失っているようだった。


『シュージ、お前は訓練を始める前にコケて気絶したのだ』


 彼の様子を見て思案したティアが言った。


『コケて気絶……? いや、それよりも訓練が始まる前だって? 待てよ、確か今日の訓練はさっきもう――』


『それは夢だ。ほらやるぞ。さっさと構えろ! 本気でやれ! でないと――"また"飛ぶことになるからな♪』


 のんきにはしゃぐティアと彼。

 自分は彼のことでこんなに悩んでいるのに、ティアと彼の間にはまったくそんな素振りが無い。その様子がなんだかそのままティアと私の差をを表しているようで不愉快になった。


(もしかして、私には話していない事もティアにだけは愚痴をこぼしているのかしら?)


 はたまた普段は厳しい訓練を心がけているティアも私の知らないところで彼を甘やかしているのかもしれない。

 私の知らないところで一緒に食事をし、私の知らないところで二人で楽しく談笑しているのかもしれない。いや、ひょっとしたら二人はもう……。


「ところでリグレッタよ。お前はもう陛下の寝室には通っておるのか?」


「――ブフッ!!? ゲホッゲホッ!」


 お義父様の突然の発言に思わず飲みかけていた紅茶を詰まらせてしまった。


「ゴホンッ。失礼しました。ですが、その……」


「どうなのだ?」


「…………」


 本当ならこんな事、実の親にだって気軽に話す話題ではない。

 しかし私の義父は自由主義であるとはいえ家名を守る義務を持つ貴族で、私はそもそも政略結婚のためにチハルト家に養子に入ったようなものだ。他のことはともかく異性関係に関して隠していいはずが無い

 私は諦観を覚えながら義父に正直に話すことにした。


「……寝室には通っていません。私とシュージ様はそういった関係ではありませんので」


「そうなのか? 一ヶ月間ずっと一緒に行動していたのだろう? お前は随分と陛下を気に入っているように見えたが……本当に一度も寝なかったのか?」


「……はい」


 義父のあまりにもあけすけな物言いに私は歯軋りしながら答えた。


(お義父様はずっと独身とはいえ……まさかここまで女心のわからない人だったなんて!)


「ふぅむ……ひょっとすると陛下の方もまだ女の扱い方がわからぬのやもしれんな。一度陛下のために街で"宿やど"を取って見るのも良いか」


――"宿"


「待って……待ってください!」


 その一言を聞いて私は思わず立ち上がった。

 お義父様はもちろん驚いていたが、自分にとってもその動作があまりにも突然だったため声は上ずり背筋が微妙に震えていた。


「お義父様は彼を宿に――あの汚らわしい裸踊りの店に連れて行く気ですか!?」


 "宿"というのは義父が経営する娼館の中でも商売や外交での接待に用いる特殊な娼館のことだ。

 ちょうど去年の冬辺りに一度だけ、後学のために連れて行ってもらった事があったが男女共用の一番軽いショーですら筆舌に尽くしがたい乱痴気騒ぎであった事を覚えている。

 ただでさえ助平な彼をそんな場所へ連れて行けば一体どうなることやら。


「そ、そうだが……言っておくがあの店はお前が思い込んでいるよりずっと健全で安全だぞ。病気は勿論、娘達の身元だってキチンとしおるし……それに陛下が今のうちに経験を積んでおけばお前だって……」


「そういう問題ではありません!」


 そうだ。彼の寝技のスキルなんてどうでもいい。

 しかしティアやアンキシェッタ、それに私という王国で一番の綺麗所を身近に揃えながら、彼がどこかの店で行き釣りの女性を抱くというのはどうにも許せないことだった。

 それは女としての沽券に関わるし、私達3人が築き上げた将来設計にも大きく影響してしまう。


「し、しかしだな、女のお前には理解し辛いもしれんがああいった娯楽は若い男にとってどうしても不可欠なのだ」


 義父は弁解気味に言った。


「そんな屁理屈を言って……! 一度そんな事を許したらあの人は調子に乗るに決まっています。国中アチコチで彼の子供ができたらお義父様はどう責任を取るのですか?」


「認知してやれば良い。シュージ陛下の王朝は今のところ彼一人。跡継ぎも信頼できる譜代もいない。我々からすれば陛下の御子ができるのは大歓迎だ。それにお前が心配する陛下の気性も陛下に自分の子供ができれば収まるであろう。男とはそういうものだ」


 浮気を繰り返して子供を作れば男の浮気が収まる? この人は何を言ってるんだろう?

 義父の言葉は女の私には到底理解しかねる物だった。

 しかしそれより何より、私がここで義父の提案を許してしまえば今後何度も何度も彼が他所で抱いた女とその子供を受け入れなければならない嵌めになるかもしれない。

 想像しただけでぶるりと背筋が寒気で震え、肌が嫌悪感でブツブツと粟立つ。怒りで嫌悪感で体中の血がグツグツと煮えたぎって体中の血管をかき毟った。


(そんな最低の未来……冗談じゃないわ!)


「必要ありません。つまりは今後はそういった方面に向かう体力を残さなければいいのでしょう?」


「まさか! それだけのためにこれ以上訓練を厳しくするつもりか!? たかがストリップショー、ちょっとした遊びじゃないか!」


「とにかく」


 往生際悪く食い下がろうとするお義父様に向かって私はさきほどやられたの同じように掌を義父に向かってかざす。

 と同時スラリと、わざと音を立ててサーベルを半分抜いて見せた。


「この件に関してはお義父様は一切陛下には手出し無用です。もし守れないようなら私は一切の武力行使を躊躇することはありません」


 今までになく強烈に、視線で人を殺せるほど睨みつけると義父は顔を真っ青にをしながらコクコクと頷いた。

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