新たな刻(1)
ようやく内政です。お待たせしました
50、新たな刻
三週間ぶりのレオスの街は戦勝とトルゴレオ軍(一部)の凱旋で半狂乱といえるほど盛り上がっていた。街道には溢れるほど人が集まって口々に歓声が上がり、アチコチから赤、白、黄色の花びらがバラまかれている。その凄まじい興奮振りといったら、俺がお供の500人と街に入ろうとした時など押し寄せる人並みに負けて一度城門から外まで押し戻されるなんて事態まで発生したくらいだ。
結局、あまりにも騒ぎが大きくなりすぎたため城から衛兵が派遣され、住民達は通行の邪魔にならないよう道路から排除されることになったが、ハレ状態の戦勝ムードは俺が城下町を通過してレオス城に入城した後も続いた。
「おお、陛下! お久しゅうございます! そしてこの度の御戦勝、真に喜ばしい!」
「トスカナ、待たせたな。ようやく帰ってこれたよ」
レオス城の前ではトスカナが出迎えてくれた。トスカナは相変わらず手を揉みながらヘコヘコとお辞儀するため小物っぽいオーラを出しているのだが、この一ヶ月で一皮向けた俺には小物オーラ以外にも商人や政治家としての強かなオーラまで感じ取れる。
「ずいぶん手酷くやられたようですな。護衛が陛下をこんなに危険な目に合わせるとは……全く、我が娘は何をやっているのか。」
「この怪我は仕方なかったんだ。リグレッタには戦死した貴族の代わりに部隊を指揮してもらったし、確か今は捕虜の武装解除をしてもらっているはずだ」
「捕虜をとったのですか?」
トスカナは目を見開いた。どうやら戦場の情報はまだ完全には届いていないようだ。
「一万5千人ほどね。あとでキスレヴのガーター将軍が護送されて来るから捕虜の処遇と合わせてよろしく」
「ほほぉ、彼の将軍を捕虜にしたのですか。この間の停戦協定の折に直接会って交渉しましたが……よくぞあの狸爺を生け捕りにしましたな。これで戦後交渉が楽になります」
「年寄りだったのか。でも、大砲がなければまず間違いなく負けていたよ。アンのお父さんにはいくら感謝しても足りないな」
「ではメルコヴ男爵には領地の加増を考えおきます。幸い、今のトルゴレオには領主のいない領地がたくさんありますからな」
城内に入った俺はトスカナといくつか情報を交換を行う。
トスカナは三週間前に俺の敗北の報告を受け取った後、予想外の損害を受けて動揺するキスレヴ軍の本営まで出向きガーター将軍と交渉を行った。敗北直後のトルゴレオ軍は戦力無し、総大将無し、戦意無しの無い無い尽くしの酷い状態だったが、一方のキスレヴ軍も青獅子騎士団に物資や食料を焼かれた上に、本国でギューン・マーツ近衛将軍のクーデターが噂されていたため陸将軍であるニー・ガーターの緊急帰還命令が出ていた。つまり両軍とも非常にグダグダな展開に陥っていたらしい。
交渉の最中、ずっとソワソワして落ち着きの無いガーター将軍の様子を不審に思ったトスカナが思い切って"三週間の停戦の後、無血開城に応じる"という条件を吹っかけたところすっかり平静を失っていた将軍はあっさりとその条件を呑んで飛ぶようにキスレヴへ帰っていったそうだ。
その後の三週間は、補給も代理の司令官の指名も無いまま放置されたキスレヴ軍が付近の村から略奪しようとするのを防いだり防げなかったりを繰り返しながらエンロームの反乱の決着が付くのを待っていた。というのが大まかな流れだった。
「結局、俺もガーター将軍も外敵より身内との戦いの方に忙しかったんだな。全然戦争らしくないや」
「この戦いはどちらにとっても突発的な戦争でしたからな。内憂に足を引っ張られるのは仕方ありません。ですが、敗北してタキア国王の発言力が更に低下したキスレヴと違い、我が王国は陛下が此度の戦を乗り越えたおかげで一息つくことができます。この隙に溜まった国内問題を解消していきましょう。陛下がご不在の間、私の方で西部の復興案を計画させていただきました」
「あ、震災被害の救援だよね。許可許可。すぐにやってくれ」
詳しい内容は後で聞けばいいし、丸々一ヶ月暖めた計画にそうそう問題が起こるとは思わない。
手をヒラヒラと振ってトスカナへの同意を示した。
「御意のままに。それと陛下、戴冠式の日取りについてなのですが……」
戴冠式?
「何を今更。俺ってもうとっくに国王なんじゃないの? そんなことしなくてもいいじゃん」
というか王冠なら確かこの世界に来たその日に渡されて勝手に一人で被った記憶がある。鉄でできた王冠はよくズレる上に宝石の留め金に髪の毛が引っかかったり、やたら重くて首が痛くなるなど俺の純な期待を随分と裏切ってくれた。あれを被るのは二度とゴメンだ。
「勿論、シュージ陛下は既にこの国の支配者ですとも。しかし民衆や貴族にはまだ陛下を臨時の代理のように思っている者がいるのも事実。そういった輩に後々厄介事をおこさせないために、ここは慣習に基づいた行事を行ってはっきりと時代の節目を示す必要があるのです!」
手がプルプルと震えるくらいに力を入れて力説するトスカナ。よく見ればその目はLED電球並みに輝いている。
「じゃあ仕方が無いな……って、騙されるか! その目の輝き様は見たことがあるぞ! 嫌だよ、どうせ記念にかこつけてパーティ開きたいだけだろ? 堅苦しい奴なら俺抜きでやってくれよ」
「……ゴホン、それで日取りについてなのですが……」
トスカナは何事も無かったかのように繰り返した。
「嫌だ」
「何時にいたしましょう? すでに予告は打ってありますが、戦後のあまり早い時期では不謹慎です。ここは来月くらいにしますか?」
「断る」
「さすがに一週間後はちょっと……大行事ですので準備に時間がかかりますから」
言葉のキャッチボールが一方的過ぎるだろ……これじゃノック練習だ。
どうにか断れないかと考え、ふと今の自分の惨状を利用することを思いついた。
「ああっ! 思い出した。ホラッ、この足。指なんて骨折れてるし! 俺怪我してるじゃん! 体中ボコボコだし、重傷だよ俺。あーあーこれじゃー"たいかんしき"なんてできないなー。残念だなーせっかくトスカナが考えてくれたのになー」
俺は思い出したようにフラフラとよろめいて重傷っぷりをアピール。だがトスカナは俺の様子に満足げにウンウンと頷くと
「そのお怪我でしたら一ヶ月見ておけば十分でしょう。完治に三週間、その後の準備に一週間。例え足が折れたままでも式には間に合わせて見せます。ほほほ、腕が鳴りますな!」
「この鬼畜め!!」
トスカナがここまで強硬に出るからには戴冠式は国中の貴族を呼んだ大規模な物になりそうだ。当然そんな大事が簡単に済むはずもなく、おそらくは丸一日がかりの儀式のために何日も何日も練習をさせられるのは間違いない。
またしてもチハルト親子の特別講習を受けなければならないのかと思うととんでもなく憂鬱になってきた。
「楽しみにしていてください陛下。トルゴレオ、いえ世界中で千年は語り草になるであろう壮大な戴冠式を陛下のためにご用意いたしましょう!」
妙に目をキラキラさせるトスカナを見て、いっそガーター将軍と一緒に牢屋にでも入っていようかなと思った。
***ティア・エイブラムス***
戴冠式当日、旧首都ライオネルではこの国唯一といっていい宗教施設である太陽神殿から流れる荘厳な音楽に包まれていた。トルゴレオ中からかき集められた千人の音楽家が街のアチコチに配置され、下はフルートから上は太陽神殿備え付けの巨大パイプオルガンまで古今東西のあらゆる楽器が共通のリズムで街の大気を震わせていた。
千人の音楽家が演奏している曲の名は"大王シュージ・ナガサカ"。このダサいタイトルの曲は高名な作曲家3人がこの戴冠式に間に合うよう作曲した代物で、企画から完成まで15日という恐ろしく過密なスケジュールのせいで作曲家の一人が心不全で亡くなりそのまま遺作となってしまったいわくつきの楽曲だ。
「やはり曲は悪くないな。しかし……」
さすがに高名な作曲家が命をかけただけあっていい曲だった。あらゆる楽器で演奏できる柔軟性と比較的シンプルな和音での構成は新鮮だがどんな人間にも親しみやすい響きを持っている。これでネーミングセンスさえあれば作曲家達は音楽史に残る偉人になれたかもしれない。
私が今いるのは太陽神殿の中枢にある大聖堂という場所だ。この大聖堂は国中のどんな建物よりも巨大で壮麗なアーチ型の天井を持つ広間でトルゴレオの歴代の王達の戴冠式や結婚式に使われた由緒ある場所でもある。見上げるほど高い壁には色とりどりの花が編みこまれた絹の垂れ幕やトルゴレオの象徴であるライオンを象った旗で飾られており、壁に埋め込まれた神官の彫像には顔料が塗られて今日の祝事のために生き生きとした顔色を見せていた。火神ではなく太陽神を祭る神殿であるためほとんど燭台が使われていなかったが、燭台の代わりに巧妙に計算して配置された何枚もの大鏡が透過率の低いガラスから入る僅かな日光を何倍にも増幅させて王が座る玉座に集められていた。
正面の、赤い絨毯の引かれた舞台には既に5人の神官が各々の道具を持って立っている。
その舞台を中心に整列しているのは地域ごとに分けられたトルゴレオ王国の貴族達だ。さすがに此度の震災と戦争のせいでアチコチに空席が目立つが、それでも老若男女500人のキラキラと輝く華やかな衣装を纏った貴人の列は目を眩ませるには十分だろう。
「まったく、けしからん。今日の主役はシュージなのに、どいつもこいつも狙ったように派手派手しい服装で着飾っている。これでは主役が目立たんではないか。あいつに恥をかかせる気か」
私は視界を塞ぐ赤、オレンジ、黄色と暑苦しい暖色ばかりがそろった布の塊に憤慨しながら隣に座っていたアンキシェッタに話しかけた。
「……ティ、ティアちゃん? 私達もとてもじゃないけど人のことは言えないと思うよ」
どんよりした様子でアンキシェッタが言う。彼女は私のドレスを指差していた。
そうだった。今朝はこの行事のために夜明け前に起きて風呂に入り、3時間をかけて髪を結い上げ入念に化粧を施したのだ。衣装だってこの場の誰にも負けてはいない。さすがに公の場なので露出や色合いに色々と制限があったが、このオフホワイトのマーメイドドレスは結婚式にだって使える私のとっておきの一品だ。袖や襟元に高価なクロッチェレースを惜しみ無く使い、スカートから胸元にかけて飾られた赤い薔薇の刺繍と宝石はそれだけでさらにもう一着ドレスを仕立てられるほどの手間と金銭がかかっている。
隣を見ればアンキシェッタとリグレッタも私と同じように服装に気合を入れ、かなり入念に準備をしてきたのが見て取れた。これでは誰も周囲の貴族のことは非難できない。
「しぃーーっ! あなた達、静かにしなさい。もうすぐ式開始の時刻ですよ」
リグレッタが唇に人差し指を当てて警告した。
「レッタよ、そうは言うがな、一足早く西部から戻ったお前と違って私とアンキシェッタはほとんど一ヶ月ぶりにシュージに会うんだ。予行演習は見てないし、今日着る衣装も知らない。アイツは本当に大丈夫なんだろうな?」
以前新王のお披露目のために開いた舞踏会ではシュージはイマイチパッとしなかった。彼自身は決して醜男というわけではないのだが、平和な国で普通の教育を受けて育ったせいか、生粋の貴族達と比べるとどうしても立ち振る舞いや雰囲気に隙があるのだ。結果、本人のサボりもあったが舞踏会での目的はイマイチ果たせず、ほとんど貴族達の目に触れないまま終わってしまった。
まあ過ぎてしまったことは仕方ない。だが目先の話は別だ。
今回は国中の貴族を集め今までに無い規模で行う戴冠式。期待が大きいだけに失敗すればそれは直接シュージの今後の名声に繋がる可能性があった。
「ふふんっ、それは無用な心配よ、ティア。今回のことに私がどれだけ時間を手間をかけたと思っているの?」
意味ありげに笑う彼女のもったいぶった様子に私は少しだけ腹が立った。
「そんなにムッとしないで。ほら、もうすぐ陛下の入場ですよ」
リグレッタが言うとおり、今までずっと繰り返していた音楽が徐々に転調していく。高く流れるようだったオルガンの音が腹に直接響くような重低音に。やがてすっかり曲の調子が変わると共に扉が開かれ儀仗兵が二列で入場し主役が通る赤い絨毯の上に儀仗のアーチを整えた。
「トルゴレオ国王シュージ・ナガサカ陛下のおなぁーーーーーーりぃーーーーーー!!」
儀式官が甲高い声で叫び、調子に合わせて一際大きくファンファーレが吹き鳴らされる。
――まずは一回。
しかし扉からは誰も現れない。
――二回目のファンファーレが鳴り響く。
演者が顔を真っ赤にして管楽器を吹き鳴らす。だがまだ彼は現れない。
若い貴族達が浮き足立って騒ぎ出したが、三回目のファンファーレでようやく大聖堂へシュージが入場すると喧騒はピタリと止んだ。若い貴族だけではない。夜会や行事など慣れっこであるはずの老貴族も含めて全員が彼に魂を奪われたかのように魅入ってしまったのだ。
音楽の中で驚きと畏怖と羨望が混じった不思議な沈黙が訪れる。
シュージが何か特別なことをしたわけではない。彼はただ掲げられた儀仗の間をゆっくりと一歩ずつ絨毯を踏みしめながら歩いているだけなのだが、以前と違いその単純な動作だけで普通の貴族どころか大国の王としてもずば抜けた威厳を放っているのだ。
「これは……!」
「ふわぁ……!」
彼の衣装は磨き抜かれた革の長靴から始まり、しなやかな足の筋肉を浮き上がらせるホーズ、床に引き摺るテンの毛皮のマントも髪と瞳の色と同じ艶のある黒で作られている。夜の黒のような装束は胴衣に付けられた純金のボタンと肋骨のような飾り綱は髪に飾られた銀のビーズと相まってまるで星がちりばめられているようだ。
シュージは歩く度にまるで巨人のような存在感を振りまき、儀仗兵の間を進んでいく。それはまるで神代の英雄か、でなければ夜と月の神であるカロトの化身がこの場に訪れたような衝撃を大聖堂にもたらした。
――信じられない!
彼は大聖堂を――建築以来数百年に渡って太陽神を祭り続け太陽の祭壇とまで呼ばれたこの空間を――ただ歩いただけですっかり夜の色に変えてしまった!
沈黙から一転、驚き興奮した観衆の声に混じってリグレッタが自慢げに話しかけてきた。
「ふふんっ、どうですか、二人とも。同じ暖色系の衣装を着てしまえば黒髪の彼に対して金髪や茶髪の人間のほうが有利なのは明らか。見栄っ張りで保守的な有象無象が彼の面目を潰すために赤やオレンジを着てくるのは想定していました。だから今回はあえて慣習を破り黒と金を基調とした衣装を用意したのです。素晴らしい判断だと思いませんか? そもそも彼の目や髪に合う微妙な黒の布地をこの短期間で探すために私とがどれだけ苦労をしたことか。西部の交易路が使えないから、大陸と取引をしていた商人は役立たず。そこで私は内海の港町の商会まで出向いて――――」
返事も無いのに滝のように喋り続けるリグレッタの言葉は全く私の耳に入らない。私は自分の意中の男の晴れ姿にすっかり満足していたし、アンキシェッタも見知った男性の"変身"に興奮しミーハーな田舎娘のように騒いでいた。
「すごい! すごいよティアちゃん! あれって本当にシュージ様なの?」
「確かに別人のようだな。以前の舞踏会の時はあんなに頼りなかったのに」
「……あの、二人とも。私がこれだけ努力したということを説明したのですから、少しは衣装のほうも褒めてくれませんか?」
「そんな事をしても時間の無駄だ。お前も分かっているのだろう? 今ここで本当に賞賛されるべき人間が誰なのか」
「………………」
確かに、リグレッタが用意した衣装はここにいる貴族達の思惑を断ち切り多大な戦果をあげた。大変に質が良く革新的ともいえるデザインを持ったこの衣装はしばらくの間社交界で流行するかもしれない。その点についてはリグレッタの仕事は十分評価できる。
だがいくら物が良くても所詮は服だ。衣装は彼の"夜"というイメージを増幅するのに役立っているが、今この大聖堂で繰り広げられている光景の九割はシュージ個人の実力によって引き起こされていた。
シュージがたっぷり三分はかけて大聖堂から舞台までを横断すると舞台の上では待機していた神官がシュージに祝福の言葉を授けた後、手に持った藁束に火を付けて煙を浴びせかける。老神官の手の中の藁束が燃え尽きるとと後ろに控えていた3人の神官が同じ様に祝福を授けそれぞれから香油、聖水、金粉を頭から振り掛け、最後に王冠を持った筆頭神官が進み出てトルゴレオの新しい王と向かい合い古めかしい言葉で語りかけた。
「汝・シュージ・ナガサカは獅子と炎を司る一族の一子として王権の継承を望むか」
「否。余は獅子と炎の一族にあらず。余は新たな一族の始祖として獅子と炎の一族に代わりこの国を導く礎を築かん」
「されば、しばし待たれよ」
シュージの言葉を聞いた筆頭神官は重々しく頷くと振り返り、天窓に見える太陽に向かってダイヤモンドの付いた杖を仰々しく振りかざすと一拍置いて再びシュージと向き合った。
「宜しい。神々は汝シュージ・ナガサカとその子孫をこの光ある地の新たな統治者として認められた。汝はその剣と知恵でこの地に新たな栄光と繁栄をもたらし、世を神々の威光であまねく照らし出すのだ」
「この地の果てまで神々の祝福の光に満たされんことを」
筆頭神官は赤いビロードの王冠を高く掲げて、跪いたシュージの頭に載せた。
事前に予定されていた事なのだろう。数百年来の伝統を破るやり取りであるにもかかわらず神官とシュージのやり取りには全く淀みが無かったが、何も聞かされていない多くの貴族達は二人の言葉を聞いて仰天したに違いない。
驚きは次第に敵意や怒りへと変わり大聖堂の空気を今度はピリピリとしたものに変え始めた。
「(ねえ、ティアちゃん)」
アンキシェッタが儀式の邪魔に漏れないよう小声で話しかけてきた。アンキシェッタもまた周囲のピリピリとした空気を感じ取ったようだった。
「(今のってどういう意味だったの? どうして皆こんなに驚いているの?)」
「(シュージは今のやり取りで前王の後継者としてではなく全く新しい王としてトルゴレオ王国に自分の王朝を作る事を宣言したんだ。この宣言によってもし別の王位継承者や前王の隠し子がいたとしてもシュージは国を譲らなくてもいいし、更に以前の王家と無関係であることをハッキリさせることで我々貴族が何百年も守ってきた王家との条約は破棄され既得権益がリセットされたんだ)」
アンキシェッタに説明しながら私は恐らくこれだけの大事を秘密裏に進めるためにトスカナ卿辺りが神官達と後ろ暗い取引をしたのだろうな、と考えた。
「(無茶な宣言って……それってもしかしてシュージ様が国中の貴族からとんでもなく恨まれるんじゃない?)」
アンキシェッタはとんでもないことに気付いたという風に汗ジトになった。
「(ああ、大いに恨まれるだろうさ。だが震災を受けた西部の貴族はもはや国家の援助無くしては立ち行かないし、一度反乱を完膚なきまで潰された南部の貴族にはもはや反抗できるだけの力は無い。唯一北部だけは無傷だが、北部のリーダーであるトスカナ内務卿がシュージと共に改革を主導する限り誰も身動きが取れないだろう。つまりもはや誰もシュージに表立って文句は言えない。この国は今日をもってシュージとトスカナ内務卿による独裁体制になったということだ)」
トルゴレオに来た当初のシュージはいつも弱気でどことなく疲れた雰囲気を出していた。人目を気にする性格や自信の無さは外面にも現れ、誰が見ても頼りない人間に見えたことだろう。
それが今はどうだろうか。
一ヶ月に渡るキスレヴや父との戦いは彼の気性に変化を促し強い自信を与え、自分に不足していた全ての要素を自分自身で掴み取った彼は大きく成長した。勿論、それは内面だけの話ではない。彼の変化で一番目を引くのがその凛々しい顔つきだ。引き締められた頬に吊り上がった眉、知性溢れる眼差しに加えて右目から放たれる神秘的な光が彼に人知を超えた神性すら与えているように見える。
そんな彼の成長に私は軽い嫉妬と女として深い満足感を覚えた。恐らく今私はシュージに惚れ直しているのだ!
「さあて皆、堅苦しい式は終わった。今日は俺の戴冠式のためにわざわざ来てくれてありがとう。最後に我が王国を支える諸君らに俺の考えるトルゴレオの今後について話しておこう」
私が熱に浮かされたようにシュージを見つめている内に、いつのまにか神官達は退場していて彼は舞台に添えられた玉座に座っていた。歴代の戴冠式の進行によればこの後新しい王が簡単に今後の抱負と目標を語って貴族の参加者は解散となり、王だけはさらに街中をパレードと共に一周した後、夜に新しい王が主催するもっと砕けた調子の夜会で再び会うことになっている。
「現在、我が国には大きく三つの赤字がある。一つは西部復興のための支出、もう一つは失った騎兵戦力の補充のための支出、そして三つ目は壊滅した西部の交易路に変わる国内の需要拡大と新たな交易路の開拓のための支出だ」
段取りを思い出したのは貴族達も同じらしい。どうせつまらない話しかしないのならここで怒っても仕方ないと、彼らの気持ちは次の夜会に向い始めた。だが、
「そこで俺は国を救うために新たな政策を打ち出すことにする。一つ、国力を無駄にしないために貴族が持つ戦力――いわゆる諸侯軍は廃止する。軍属を希望する人間には軍に実力にあった地位を用意するが、今後この国で軍事力を持つのは俺一人だ」
突然の布告に貴族達が一斉にどよめいた。中には奇声を上げたものすらいる。
元来我が国にとっての"軍"とは貴族軍や騎士団といった組織を身分や権力といった横の繋がりによって連結させる物だ。だがシュージの使っている"軍"という言葉は明らかに以前とは違う意味で使われていた。
「二つ、諸君らは自分の領地に関税をかけて関所を作ってはならない。国内において犯罪者以外の人、物、金の移動は自由である事」
「横暴だ! お前にそんなことをする権利があるものか!」
近くに座っていた南部の若い貴族が怒声をシュージに浴びせた。彼は確か……オブイェークト男爵とかいうかなり辺境に領地を持つ貴族の跡継ぎだったはずだ。夜会で何度かプロポーズされていたのでかろうじて覚えている。ここにいるのはおそらくキスレヴとの戦闘の折に父親が戦死して彼が家督を継いだのだろう。
彼の父親は分かりやすい暴君で領民に圧政を強いていたため、人の移動が自由になると人口と収入が極端に減少してしまうのだ。
「俺の命令を守らないならそれでもいいけどな。でも、一応三つ目の話を聞いてからにした方がいいぞ」
シュージは怒りに震える若い貴族をなだめて三つ目の指を立てた。
「――三つ、トエト領の統治は本日をもって選挙による議会制に移行する。その初代議長であるトレン青年を伯爵相当の身分とする」
「議会制……? 何を言っているんだお前は? これがさっきの話とどう繋がるんだ? トエト領はトエト伯爵が治めている領地ではないか。この場でそんな一方的に物事を決めても、大貴族たる彼が納得するわけがあるまい。そうでありましょう、伯爵殿?」
そういうと彼はトエト伯爵を探して周囲を見回す。だが、この大聖堂のどこにもトエト伯爵の姿は無い。
「悪いけど、それができるんだよ。トエト伯爵は今朝行われた民衆の革命によって倒された。トエト伯爵は随分と圧政を行っていたらしいからね。俺は革命の首謀者である平民トレン君の言い分を認め、彼をトエト領の代表者として自治権を認めることにした」
「……かくめい? 平民が、……革命?」
オブイェークト男爵は驚愕のあまり目玉が飛び出そうだった。彼にとって革命というのは遠い過去か遠い外国の話であり、単語の意味を理解し思考回路を復帰させるまで相当な努力を必要とした。
「い、いやしかしトエト領からここまで10日以上の距離がある! 仮に伝書竜を使ったとしても戴冠式が始まる前に結果を知るなんて不可能だ! デタラメに違いない!」
「確かにまだ結果は知らないな」
「ほらみろ! 私にはお見通しだ! 皆様方、私はたった今こやつの言うことが嘘ばかりで何の意味も無い空想であることを証明いたしましたぞ!」
男爵は唇をひん曲げてシュージを嘲笑すると、振り返って大げさに両手を挙げる。ほとんどの貴族は半信半疑の様子だったが、シュージがトエト伯爵を失墜させるためにトレンによる革命を援助したことを知っている南部の上級貴族達はオブイェークト男爵への気まずさから揃って目を逸らした。
「まあ、待てよ。そんなに結論を焦らなくても、ここには耳の早い貴族が何人もいる。俺の予想が正しければ、後何分かすれば彼らに伝令が来るはずだ」
するとその台詞から一寸もかからずに大聖堂に数人の伝令が駆け込んできた。彼らは参列者の中から自らの主を見つけると急いで伝書竜がもたらした情報を主人に耳打ちする。
「決まりだな、男爵。これで俺の言いたいことがわかっただろう? 今後この国で民を虐げた者は倒される。俺は善意で皆に忠告してあげていたんだよ」
この時点になってようやく、若いオブイェークト男爵は今回の革命のカラクリを理解するに至った。
「そ、そんな……本当の事なのかっ!? トエト伯爵と言えば建国以来ずっと貴き血を守り続けてきた一族のはずだ。それがこんなに簡単に、平民なんかに潰されてしまうなんて……」
恐怖の表情で玉座を見ながら顔を真っ青にして震える男爵。
シュージはそんな彼に歩み寄りそっと肩に手をかけた。
「ま、俺は高貴な血なんて持ってないけどな。でもここにいる貴族を無碍に扱うつもりも無い。ちゃんと義務さえ果たしてくれれば、革命なんてさせないさ。少なくとも、今を乗り切って西部が復興して経済が加速すればこの国はもっと大きくなる。その時になってもまだ異議があるなら、俺は今度こそ正面から受けて立つよ。じゃあ皆さん、また今夜の夜会でね」
それだけ言うとシュージは今度は普通の歩調で大聖堂を去って行った。
「わかってないな」
私は誰にも聞こえないように呟いた。
アイツはわかっていない。
キスレヴを破った武力、先程の威厳、そして我を通すための狡猾さ。確かに高貴な血は無いかもしれないが、今のシュージの一連の行動は誰よりも理想の貴族にして王族のあるべき姿を体現していた。