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夜明けの召喚(4)

5、黒い白昼夢




 ズブリ、と剣が俺に刺さった。勿論比喩だ。実際に刺さったわけじゃない。しかし


(生贄? 生贄だって?)


 憧れていた異世界。そこで王様になり、女の子との運命的な出会いを果たす。

 幾千の――文字通り有り得ないほどの奇跡を重ねて得たチャンスの正体が、これ?


「う、嘘だ! きっと何か逆転のチャンスが……そうだ!」


 パターンだ! 今まで読み続けてきた異世界物なら必ずあるはずだ!

 今の俺の唯一の希望。異世界きて何も特殊能力が無いはずが無い!

 ぐっと手に力を込める。足を踏ん張り、腹に力を入れる。


「魔法だ。それさえできればきっと……。」


 手を握っては開く。必死に歯を食いしばり、目の前の空間に意識を集中させたが何も起こらない。

 この世界には魔法はあるはずなのに、俺には"意思の力"なんて物は勿論、魔力とか霊力なんて一切いっさいの超常の力を感じ取ることはできなかった。


「何か……何でもいい! マッチみたいな火でも、チカっと光るだけでもいいんだ! こっちで新しい力が手に入ったっていう証拠、それさえあれば俺は……変われるはずなんだ!」


 いくら叫んでも、全身に力を入れても何も起こらない。望んだ力はその片鱗さえ現れなかった。


――これじゃあ何も変わらない。


 俺は俺の望んだ強い俺ではなく、向こうの世界にいた弱い時のままだ。もし俺がこのままなら……


『今、この首都に迫っているのは敵国の兵3万3千! 対してわが国は7日前の会戦で主力の騎士たちも、王も、王子も、皆死んでいるんです!』


 助けてくれる仲間などいない。


『――あなたは、生贄としてこの世界に連れてこられたんです』


 そもそも期待すらされていない。

 

(このまま、死ぬの? 戦場に放り込まれて?)


 殺し合いなんて、見たことすら無い。だが体験した人は皆それを恐ろしいと言っていた。恐怖を想像して、思わずブルブルと手と足が震え出す。


「くそっ! なんで、よりにもよって俺なんかをこんな場所に!」


 人生で初めて本気で人を――俺をこんな世界に召喚した奴らを恨んだ。

 同時に頭に血が上って強い頭痛と吐き気がこみ上げる。人を恨むこともできない自分の情け無さに、目の前が真っ赤になった。

 向こうの友人達や家族が俺の死に様を知ったらどう思うだろう?

 哀れんでくれるだろう。悲しんでもくれるだろう。しかし、胸を張って俺を肯定してくれる人は一人もいない。


(こんな……こんなのは嘘だ! 誰か………誰か助けて!!)


 異世界で、それも心の中で吐いた叫びに助けなど来てくれるはずがない。

 しかし救い手は現れた。まるで俺の心を見ていたかのように、今朝のあの夢で見た黒い影が突然無人の廊下に現れたのだ。


――し……じ


(夢、なのか? でも、こいつが俺を助けてくれるのか?)


 黒い影は俺の胸のあたりを見ている。なんとなく、その視線は見えるはずの無い俺の心に刺さった"剣"を見ているような気がした。


――しゅ……じ


 どれだけそうしていただろうか、何の予兆も無く黒い影はスッと近づいてきて、俺の体を通り過ぎて消えた。


――しゅうじ


(俺の名前を呼んだ?)


 影が消える直前確かに聞こえた。

 俺について何か知っているのかもしれない。いや、それよりも気になるのが


「気分が……良くなった?」


 先ほどの眩暈や血の気が引いたような感覚はもう無い。

 それどころか、あの胸を深く刺し貫かれるような暗澹とした気分が今は晴れやかになっていた。


「……はは、回復魔法でもかけてくれたのかな?」


 真っ黒で不気味といえば不気味だが、害を成すどころか体調を直してくれたのだ。実は良い精霊だったとかそんなオチかもしれない。

 自分の胸の影の消えたあたりを触りながら魔法ってすごいなーなんてこと考えていると、トスカナとリグレッタが戻ってきた。


「……陛下、娘の言いましたことはそのぅ」

「もういいよ、トスカナ。それよりこの国の詳しい状況を教えてくれ。まだ俺にもできることがあるかもしれない」

「は? はい、わかりました。お部屋をご用意いたします」

「シュージ陛下………?」


 リグレッタもトスカナもひどく戸惑っている。そりゃさっき打ちのめされたばかりの人間がこんな早くに立ち直っているとは思わないだろう。


(今ならなんでもできそうな気がする)


 それこそ"魔法"でも。

 状況は最悪だが、あの影のおかげで俺はすこぶる快調だ。

 ただ一つ、チクリと感じた右目のかゆみに俺は顔をしかめた。



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