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ディープインパクト(2)

48、隕鉄


 猛攻だった。


「陣形の縦伸を深く保て!広がらず固まって守りに徹するんだ!」


 レオス平原でキスレヴ、トルゴレオの両主力が睨み合う中間にぽつねんと置かれていたのは歩兵で構成されたキスレヴの大部隊。剣と斧を持たされた雑多な編成の彼らは添え木や包帯を巻いた怪我人に頼りない新兵という一見戦場では役に立たないと思われる人員ばかりが配されていた。しかし


「報告! 左翼のヨンゴ男爵が戦死! 部隊は全滅しました!」


 囮か、出なければ死刑囚で作った寄せ集めの被害担当と部隊だろうという貴族達の楽観に反して敵は突撃するなり俺達トルゴレオの南部連合軍に甚大な被害を与えた。その攻撃はあまりに苛烈で激しく、まさに猛攻というべきものだった。


「右翼のマイラノ・シャームン子爵の部隊が突破されました! 赤獅子騎士団にも被害が出ています!」


「クソ、こいつら絶叫隊スクリーマーだ! キスレヴの奴ら、正気じゃねぇ!」


 近くで怪我の手当てを受けていたロトンが叫んだ。ロトンは戦闘開始直後に攻撃を受けて負傷していた。

 絶叫隊というのが何を指す言葉かは分からないが、ロトンが言いたい事は俺にも理解できる。それほどあからさまにあの兵達は奇怪だった。


 まず彼らには指揮官がいない。

 通常、どんな部隊にも――たとえただの農民が起こした反乱軍にだって部隊長がいる。部隊長の主な役目は兵達に軍の命令を実行させることにあるが、特にも前進や後退。集合や散開など兵士を思い通りに動かすのに必ず命令する人間が必要になるはずなのだ。だが、彼らにはどう観察してもそんな人間がいない。そもそも全員が獣のように泡や涎を吹きながら野太い咆哮を、あるいは甲高く絶叫をあげるこの部隊では例えいたとしても命令など聞こえようはずがない。

 第二に彼らには痛覚や恐怖がなかった。

 確かに、人間は戦場で特殊な興奮状態になる。だが少なくともそれは今のこの敵のように刃物で斬りつけられたり、あるいは銃で撃たれて致命傷を負っても平然と死ぬまで戦い続けられるほどではないはずなのだ。

 なのに彼らはいくら斬っても、あるいは火縄銃を命中させても彼らは平然と走り死に至るまでトルゴレオ人の血を求める。もし、この光景を俺の世界の人間が見たら北欧の毛皮を被った戦士になぞらえてこう言うだろう。――狂戦士、と。


「陛下! このままでは我が軍は壊滅してしまいます! 北部からの援軍はまだなのですか!?」


「俺が知るもんか! キスレヴの奴らにでも聞いてこい!」


 傍にいた若い衛兵の弱音に口汚く叫び返したが、実際俺は何度も祈るような気持ちで敵軍の彼方を見ていた。

 すでに貴族軍はその二割以上を消耗し虎の子の銃兵部隊にも被害が出ている。頼みの魔術師達のうちアンキシェッタとリグレッタは指揮官を失った部隊の臨時指揮官として前線に戦場にでていた。


――せめて今すぐ援軍が来るか、このおかしな部隊さえいなくなれば!


 しかし今のところ敵が退却する様子は無いし北部の軍が陣城を突破したという様子は無い。

 前者はともかく、後者は仕方がないことだった。何せ現在のトルゴレオ王国にはまともな攻城兵器が無い。木材のアームで弾を飛ばす投石器トレバシェットや兵士を運ぶ巨大な箱として壁に取り付く攻城塔は確かにこの時代でも十分活躍できる兵器なのだが、どちらも運ぶのに手間がかかるし威力がない。

 木材を組んだだけの急拵えの城がどれだけの強度を持っているかは知らないが、爆弾か大砲でも無い以上、北部の軍が出城を突破して援軍として駆けつけるには少なくともあと一時間はかかるはずだった。


「ティア、絶叫隊スクリーマーってなんなんだ? どうすれば倒せる?」


「……絶叫隊、というのは」


 ティアがイライラした様子をあらわにしながら言った。彼女はこの天幕で軍務卿として貴族軍全体の指揮を執っていた。


「麻薬で兵士から恐怖心や痛覚を取り除いた部隊を指す言葉で、過去に最強の名を欲しいまましていた剛竜兵ドラゴリオンを倒すために2世紀以上昔に考案された方法だ」


「麻薬で兵士を!? ほ、本当にあいつらはそんな無茶苦茶をしてるってのか?」


「敵は痛覚や恐怖を感じていないし、何より泡を吹きながら大声で叫ぶのが絶叫隊だ。まず間違いないだろう。だが麻薬の扱いの難しさ、戦闘後の深刻な中毒症や判断能力の低下による味方への無差別攻撃、それに何より人道的な理由から2、3度使われたきり消え去ったはずなのだが……」


「絶滅したはずの剛竜と同じように誰かが大昔の戦史から引っ張り出してきて復活させたってことか……」


 あまりにも人の道を外れた戦術だった。

 彼らの命をかけた攻撃は命じる側の発想から言えばカミカゼ特攻とか自爆テロに近いのだが、強力な宗教も発達したナショナリズムもないこの世界で、兵士達の中から自発的に廃人になろうなんて人間が数千人も出てくるはずが無い。

 恐らく敵の将軍は自身で潰しても惜しくない兵士を選別して深刻な中毒症状がある点をあえて説明せずに兵士に麻薬を与えたのだ。


「で、弱点とかないのか?」


「長期戦だな。戦闘正面を狭くして被害を減らし、同士討ちし始めるかかヤク切れするを待つしかない」


「待つしかないって……いつまで?」


 チラリと戦場を覗く。右翼は先程送った援軍によってようやく少し持ち直したところだが、未だに中央は激しい攻撃が続いているし、左翼にいたっては所々潰走して散っていく兵達すら見える。このままじゃ後30分戦えるかも怪しい。

 そしてこの間に援軍が来る可能性は限りなく低かった。陣城の3千人に対していくら十倍の数がいても強力な火器無しでは少なくともあと2,3時間は足止めされるだろう。

 俺は今更になって数日前の自分の認識の甘さを後悔していた。南部でどれだけ勝とうがトルゴレオ王国にとって本当に重要なのはキスレヴとの決戦だけだったのだ。それなのに、俺は今まさに最後の詰めで失敗しようとしている。


「……わからない。絶叫隊スクリーマーの麻薬の効果時間は気象や兵の士気によって大きく変動するらしい。おそらく敵側も正確にいつまで絶叫隊が戦えるかはわかっていないはずだ。絶叫隊が戦闘不能になった後、残った正規部隊とどこまでやりあえるかが鍵だな」


「根競べってことか……クソッ!」


 その後もティアは命令を次々に出し貴族軍を後退させたり逆に兵を回り込ませたりしてどうにか少ない被害で前線を縮小させていく。俺も要所要所で赤獅子騎士団の銃兵に指示を出してはいたが、銃弾の効かない絶叫隊を相手にするよりも後の正規軍と戦うため弾薬を残しておかないといけないため、あまりすることがなかった。

 周りは皆忙しくしているのに俺だけが何もできない。

 指揮所にまた衛兵が飛び込んできたのはそんな時だった。


「ティア殿、陛下、伝令が来ました。キスレヴ軍の攻撃でアンキシェッタ殿が負傷! 彼女は陛下の名を呼んでいるそうです!」


「そんな……アンが!」


 報告を聞いて冗談ではなく胸が張り裂けそうになった。


(アンが――アンが怪我をした! 絶叫隊の攻撃で……いや、俺の……俺が敵を甘く見たせいで! 強くなったはずなのに! 戦争の経験を積んで、兵だってたくさん集めて、今度こそキスレヴに勝つはずだったのに……今度こそ……俺は皆の期待に応えられるはずだったのに!)


 何もかもがうまくいかない。英雄になることも、国を救うことも強くなることさえも。そして今度もまた力が足りないばかりに、親しい女の子の一人すら守れなかった。

 これではまるで前回の戦の焼き直しだ。事実、今回はこちらが負けかけているという点を除けばこの状況は極めてよく似ている。

 自己嫌悪で涙が出そうになり、俺は慌てててのひらを目じりに擦り付けた。


「シュージ、ここは私がやっておく。アンのところへ行ってやってくれ。あいつにはお前が必要だ」


 ティアは一瞬悔しそうに、だがはっきりと言い放った。ティアだって本当なら今すぐ駆けつけたいはずなのに。


「あ……ああ。ありがとう、ティア」


「護衛を二人つけておく……おい、マルス! それにエドワルド! さっきの伝令はまだいるだろうな? そいつにシュージをアンのところまで案内させろ!」


「は、ははっ!」


「了解しました」


 俺は壁に立てかけられていた剣を適当に抜いて剣帯に差し込むと纏っていた豪華なマントを目立たない物に取り替え、ティアを残して衛兵の二人と共に天幕を出て伝令の男を捜した。


「なあ、伝令はどこだ?」


「か、彼です! 彼がそうです陛下!」


 マルスと呼ばれた衛兵が甲高い声で天幕の傍にいた眼帯の男を指差す。

 ティアが選んだ護衛は二人とも若くていかにも経験の浅そうな新兵だったが今俺の前にいる伝令の男は間違いなく歴戦の戦士だった。年齢は既に中年ながらも大剣を背負いトルゴレオ風の革鎧を着込んだ姿はいかにも屈強そうで、眼帯をつけ左目しかない目と体中アチコチについたクレーターのような傷跡は彼が潜り抜けた激戦を物語っている。


「君が伝令か」


「はい、国王陛下」


 男が低い潰れたような声で頷く。

 あれ? この男……前にどこかで会わなかったか? なんだか声に聞き覚えがある。

 俺は男を見て不思議なデジャブに襲われたが、すぐにその疑問を破棄した。すぐには出てこないし、出てきたとしても特に意味は無い。


「俺をアンのところへ連れて行ってくれ」


「はっ、了解しました。……護衛はこの二人だけですか?」


 伝令の男が鋭い目でさっと辺りを見回す。どうやら他に隠れた護衛がいないかを確認したようだった。


「ああ、今は人手が足りないんだ。指揮所からはこれ以上無理に引き抜けない」


「そうですか……では急ぎましょう。アンキシェッタ殿は右翼のさらに後方で手当てを受けています」


 俺は最小限の事だけを聞きだすと伝令の男について小走りで右翼の方へ向かった。


******


「はぁはぁ……陛下! お願いです! お待ちください!」


 天幕を出て10分くらい走った頃だろうか。それまで必死に走ってきたエドワルドとかいう衛兵がついに音を上げた。もう一人はなんとか付いてきているが、もはや息も絶え絶えといった所だ。

 確かにファントムの制御も無しに剣や鎧を持ってこれだけの距離を走るのは苦しい。だがまだ若い兵士だというのに中年で重い大剣を背負っているはずの眼帯の男に負けるのはどういうことだろうか。

 一瞬置いていこうかと考えたが、そんな事をしては彼らが罰せられてしまうのでなんとか留まった。


「ハァハァ……ゲホッ……あの陛下……はぁ……おかしくないですか? もう右翼はとっくに過ぎています。いくらアンキシェッタ様が怪我人だからってここまで戦線から離す理由は無いと思うんですけど」


「え?」


 驚いて辺りを見回す。

 目標だった右翼は既にはるか後方。確かにここは戦場から遠すぎた。

 道にでも迷ったのか? 男にそう尋ねようとして振り返えろうとすると――


「<鋼鉄こうてつせし隕石ミーティオ!!>」


――すさまじい速さの三つの銀色の塊が俺の頭があった場所を通過して二人の衛兵に直撃した。

 頭部を潰された衛兵は即死して声も上げずに崩れ落ちる。


「……え?」


 俺はわけが分からず振り返って衛兵の死体を見、そしてもう一度男のほうを振り返った。

 男は右手を俺のほうへ向けて、左手で大剣を鞘から取り出している。


「今の、魔法……? そんな、なぜお前が!?」


 何がどうなっているんだ!?

 次の瞬間、背筋に走った悪寒に従って自分の剣を引き抜く。一瞬で正眼に構えると男によって振り下ろされた大剣を辛くも受け止めた。


「畜生! 奇襲は失敗か。面倒くせぇことになった」


「一体何者だ! まだ貴族側にエンロームの手先が残っていたのか!?」


 たった一回の魔法だがウェイバーや俺が使う魔法と違い威力を絞ったコンパクトな物だった。コントロール(・・・・・・)された魔法。つまり相手はティア達と同じ魔術師だ。


「なんだ、本当に俺を覚えてないのか? ずいぶんと不人情なんじゃないのか、王様よぉぉ!!」


「くぅっ!」


 鍔迫つばぜり合いに持ち込んだ剣がグイグイと微妙な力の加減で相手の大剣に押し込まれる。

 

(コイツ、かなり強い!)


 なんとか大剣を押さえながら踏ん張る。と同時にこのシチュエーションと対峙している男に対して強いデジャヴを感じた。

 テルマの村、鉄の柵に閉じ込められたティア、この鍔迫り合いの巧みさ、そしてこの大剣――。


「あ……ああっ! まさか、お前は――――!!」


「ようやく思い出してくれたか!」


 そうだ、この男はティアを捕らえていたキスレヴ人の中にいた特に強い男。確か名前は――


「バラギ!!」


「そうだ、俺だよ。お前を殺すために地獄の底からよみがえってきてやったぜ!! 今度こそお前の首を貰うぞトルゴレオ国王っ!」


 バラギは吼え、同時に大剣を傾けて鍔迫り合いの接点を上へ上へと持ち上げる。テコの原理でお互いの腕にかかる負担が倍増し、ついに力比べに負けた俺が体勢を崩すとバラギは俺の剣を絡めたまま力任せに大剣を薙ぎ払った。

 俺は膝をついた体勢から大剣をさけるためにボクシングのスウェーのように上体を逸らす。大剣は俺が着ていた鉄の胸当てと上着を切り裂くに留まり、致命傷を避けた俺は転がるようにして後ろへ下がった。


「バラギ、アンキシェッタをどこへやった!?」


「ハッ、残念だったな。あの細っこい女の魔術師ならここにはいねぇよ。生きてんのか死んでんのか知らねぇけど、少なくとも当分はお前を追ってこられないはずだぜ」


 バラギがそう言った直後、ここよりずっと戦場に近い所で魔法反動とともに大きな火柱が上がった。

 アンはどうやら拘束はされていないようだが、一人で戦っているようだ。


「まあ戦場から遠い後方とはいえ国王で総指揮官やってる男がホイホイ来るかどうかは賭けだったけどな。俺はお前なら必ずあの女のために会いに来ると踏んでいた」


 バラギはそう言うと大剣から手を離し、何かを思い出すように自分の右目を覆う眼帯を撫でる。

 何故気付かなかったのだろう。

 あの眼帯や全身のクレーターのような傷跡は複数の光の弾丸を生み出す俺の魔法"星屑の鉄槌"を受けた傷だ。

 確かバラギは最後に俺の剣を受けて吹き飛び、家屋の壁を突き抜けて死んだはずだったが……そういえば、魔法反動の虚脱感のせいできちんと死体の確認はしなかったのを思い出した。もっともバラギの言うことが本当なら直接見ても死んだと思い込んだだろう。


「あの時は痛かったぜぇ……全身を蜂の巣みたいにされて本気で死にかけたし、何より悔しかった。30年以上修練を積んできて、戦場で戦い続けた俺がこんな力を偶然拾って手に入れたような餓鬼に殺されるのかってな。だが皮肉にもお前の魔法を受けたことで俺も力を得た。"強靭な意志を持って強いストレスを受けるか死にかけた人間は弱体化したファントムを掌握して魔法が使えるようになる"ってな。かくして俺は棺桶かんおけに突っ込まれて蓋をされる直前に甦って一命を取り留めたってわけだ」


 冗談じゃない。一度倒したはずの相手が強くなって再び立ち塞がるなんてゲームか漫画じゃないか。


「じゃあ俺が、今度こそ完全に息の根を止めて棺桶の蓋を閉じてやるよ!」


「やってみろ、この餓鬼ッ!」


 俺はすばやく剣を握り直して駆け出すと、片目特有の視野の狭さをつくために死角に入り込むようにバラギの右側に回りこんで斬りこんだ。

 完璧に攻撃が決まる――かと思いきや予想以上の速さで大剣が突き出され慌ててこれを避ける。

 予想外の反応の早さに怯みつつも再び螺旋を描くように回り込んで攻撃をかけようとしたが、またもや俺が剣を振り始める前に鼻先を大剣が掠めていった。


「まだだっ!」


 その後もう一度右側から接近を図って攻撃を仕掛けるが、今度もやってもバラギに先手を取られてしまう。


 どうして? 攻撃を仕掛ける俺が何故バラギに遅れるんだ?


 その理由に気付いたのは3度目の攻撃に失敗し回避しそこねた大剣が左足をかすめた時だった。

 太ももへの灼熱のような感触とともに初めて相手が大剣を振り切った姿を見る。

 大剣という長大な獲物、俺よりも30センチは高い長大な上背うわぜい、そして武器を振るう際の思い切った踏み込み動作。その全ての要素が重なった斬撃は俺の剣の間合いよりも格段に広く、距離にして70センチ程ののリーチの差を生み出していたのだ。

 70センチといえば歩幅一歩分でしかないが、相手がバラギほどの達人ともなれば俺が初撃をかわしてその距離を踏破する間に振り切った剣をもう一度引き戻して防御にも攻撃にも使うことができる。つまり単純な結論として相手には二回剣を振るうチャンスが与えられているのだ。

 俺は生まれて初めて攻撃における間合いの重要さを知った。


「どうした、今更怖気づいたかっ!!」


「くっそぉぉぉぉぉ!!」


 バラギの挑発を受けて今度はスプリント選手のように真正面から地面を蹴飛ばして突っ込む。

 そうだ、わざわざ死角をつくために螺旋の軌道で迫るから速度が遅くなるのだ。こうして全力で突っ込めば70センチ程度の距離などすぐに埋められる。そしてこの速度なら一撃を避ければ、あとは大剣を戻す前に奴の首を落としてみせる――――――!!


「ハァッ!」


 ほとんど銃弾のような速度で突き出された大剣が俺の肩をえぐる。大剣が背中の肉に引っかかり血しぶきと共にシャツがビリビリと破れたが速度には何の問題も無い。

 俺はさっきまでは果て無く長い距離に思えた70センチの距離を一瞬で踏破すると、ありったけの力を込めてバラギの太い首に向けて剣を突き出した。バラギの大剣はまだ振り切ったまま戻っていない。


「もらった!!」


 勝利を確信して叫ぶ。だがバラギにも叫び返す余裕があった。


「まだまだ甘いなっ、この餓鬼が!!」


 突然視界に現れたのは鋼の大剣ではなく肌色をしたバラギの拳。まるで肉と骨でできたハンマーのようなそれは巨大化したかに見えるくらいに急接近すると次の瞬間には俺の顔面で炸裂した。


「ブブッ……ぐあっ……!!」


 予期せぬ衝撃を受けて仰け反るようにして吹き飛ばされる。チカチカと視界が白く光り鼻血がプッ、プッ、と途切れがちに噴出して顔の上にアーチを描いた。


「どうだ、痛いか? だがその程度、蜂の巣にされる痛みに比べれば屁でも無いだろう!」


(……なんてこった!!)


 途切れそうになっていた意識をどうにか持ち直させるとわざと殴られた方向にゴロゴロ転がって追撃を避ける。

 何も見えなかったが何が起こったのか推測はできる。敵は一瞬の判断で大剣を捨て、剣に対して生身の拳によるカウンターを敢行したのだ。


 もし、自分が逆の立場なら同じことができただろうか。剣を持った相手に一瞬とはいえ素手で対抗しようだなんて……。彼我ひがの技量差を感じて自分の中の弱気が頭をもたげ始める。一度勝った相手だと思って持っていた余裕は戦闘の極限状態に追い込まれることで崩れ始めた。


――――駄目だ、逃げよう


 弱気を押さえつけるために俺は鼻血を拭ってバラギを睨みつけた。

 

――――勝てる気がしない


「まだだ! まだ、俺は負けていない!」


 心の底で彼女ファントムが囁いた誘惑を腹の底から出した大声でかき消そうとする。

 俺の独り言に何かを感じたのかバラギは構えを解いて俺に問いかけた。


「なあ、召喚王。お前は気付いているか? この戦が前回の戦いと似てるってことに」


「………………」


 俺は応えずに隙を伺う。


「この間もそして今回も兵は自我を失って狂ったように戦っているし、この平原に陣取った方は追い詰められてガチガチに防御を固める戦略を取っている。そしてその戦いとは別に、お前は孤立してまで捕えられた女を助けに俺と戦いにきた。なあ、不思議じゃないか。運命って奴かな」


「俺は兵士に麻薬を使わせるようなことはしていない。お前達とは違う!」


「いいや、同じだね。少なくとも俺達が捕まえたトルゴレオ兵の捕虜達は自分が何故あんなに熱心に戦っていたのかわからないって言ってたぜ。どんなやり方をしたかは知らねぇがな、お前だってウチの馬鹿将軍と同じく俺達兵士を戦争のための道具だとしか見ていないんだろう? 実際、あそこで戦っている絶叫隊は馬鹿将軍がお前のやり方を真似ようなんて考えたせいで生まれたんだ。全部お前のせいなんだよ」


「そんな……っ!」


 虚を突かれる思いだった。

 あの時、俺がファントムを利用したのは自分が生き残るためだ。今までそれは正しい選択をしたと思っていた。だがバラギのように客観的に見れば、俺が感情を操ったせいでトルゴレオの兵士達はどれだけ不利になっても逃げことができなかったのだ。

 兵士に対する命の責任(・・・・)。軍を率いる以上当たり前のはずなのに、今まで実感無く過ごしてきた。

 余裕を剥ぎ取られ、自らの盲点を暴かれた俺の中からティアによって封じ込められていた黒い感情がまたもや立ち上がった。


「でもっ……! でも全部お前が悪いんだ! お前らキスレヴ人が攻めてくるから、俺はこんなところに呼び出された! 戦争を無理矢理押し付けられたから俺は生きるために、自分のために戦っただけなんだ! それの何がいけない!」


「……先に攻めてきたのはトルゴレオ人だろう。それに自分のために戦って何がいけない、だと? 悪いに決まってるだろうが。自分の事しか考えず自分のためにしか戦えないような人間は悪人だ!」


「うるさい……うるさいうるさいうるさい!! 俺は英雄になるんだ。お前を倒して……今度こそっ!」


―― 今度こそ英雄になるために


 そう、もし全てが前回の戦いと同じだと言うのなら勝機はある。

 俺は今まで取っていた距離よりも更に後ろに下がると萎えかけていた戦意からありったけの"意志の力"をかき集めた。

 バラギが俺の意図を理解し不敵に唇を吊り上げ大剣を構える。

 周囲に黄金の嵐が吹き荒れた。


「<―輝界、虚空、支配― 聞け! 空乃間の王の声を!―>」


―― 今度こそ一つ


 大剣のリーチは、確かに広い。先程の鉄球の魔法といい、あれだけ精密に魔法をコントロールできるのならばバラギはアウトレンジでも戦えるし、近接でももっとたくさんの奥の手を持っている可能性もある。

 だが一度だけ、俺にはたった一度だけ間合いを無視し圧倒的破壊力を持つ魔法が許されていた。

 フッと俺の体から黒い霧が噴出し視界の隅で少女の姿をとる。勝利への予感にファントムもまたバラギと同じように不敵に笑っていた。


(見てろよ!)


―― 今度こそ一つでも多く


「<―鉄山・剛石・鉄血・火に鍛えられしヒトの生命よ!―>――――"鉄のアイゼンバーグ"!!」


 バラギが地面に大剣を突き刺すと地面から巨大な鉄の壁がせり上がる。レンガ壁ほどの分厚さがあるそれは一瞬でバラギの巨体を超えて一軒家位の高さまで成長した。

 パルファムの城門など及びも付かない程堅牢な壁が俺とバラギの間に立ちはだかる。だがここで怯むわけにはいかない。


「――――"星屑の"」


―― 一つでも多くの命を奪う!!


 いつかファントムが言ったくらい声に弾かれたように飛び出し凝集ぎょうしゅうされた光の弾丸を引き連れて空中を駆ける。同時に視界がぼやけたかと思うと俺の体は一瞬で鉄の壁の目の前まで転移していた。


「鉄槌ーーーーーーーーーーーっ!!!」


 魔法が発動しキィィィィィィンとガラスを擦るような甲高く不快な音を撒き散らして黄金と鉄が激突する。

 わずか数秒の均衡の後、ボロボロと鉄が崩れ始め、無数の光弾は壁に人が潜るのに十分な穴を開けた。


「そこだっ!!」


 壁を突破しバラギとの交錯。黄金に輝く剣と大剣が接触し、鉄の破片を撒き散らしそして爆発した。


 鼓膜を引き裂くような爆音が起こり、僅かな沈黙が訪れる。


「勝ったぞ!!」


 どちらかが叫んだ。

 一瞬前まで壁の形をしていた鉄の破片がキラキラと降り注ぐ。

 バラギは大剣を振り切った姿のまま動かない。対して俺の手には|ボロボロと砂のように崩れる《・・・・・・・・・・・・・》剣。


「ぐぁっ……!」


「俺の勝ちだ!! ――――――――召喚王!!」


 深く抉られた左足から今度は激しく血が噴き出す。


(痛い……痛いよ……誰か……)


 戦慄し真っ白になる意識の隅っこでドンドンと花火に似た音が聞こえた気がした。

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