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ディープインパクト(1)

47、春眠暁を覚えず


「ふわぁ……もう朝か」


 寝ぼけまなこを擦りながらベッドを降りると、窓際まで歩いてカーテンを開く。部屋の窓には2列縦隊になった兵隊達が延々と長い列を作って城門を抜けていくのが見えた。パルファムの総兵力である一万八千人がレオスにいるキスレヴ軍と戦うべく日の出と共に出発したのだ。


「……あれ? 出発した(・・・・)?」


 そう、今日は確か最終決戦に向けて皆と一緒にレオスへと出発するはずだった。タラリと冷や汗がコメカミを伝う。

 久しく味わわなかったこの状況、間違いない。


「しまった、寝坊だ!」


 携帯どころか腕時計すら無いこの世界では現在の時刻は太陽の位置で知るしかない。赤獅子騎士団や民兵達と進軍していた時は必ずリグレッタかアンに夜明けの頃のまだ寒い時間には叩き起こされていたので、こんなに暖かい朝日を浴びて目覚めるのは久しぶりだった。

 ティアの部屋で夜更かしして酒まで飲んだというのに寝坊した理由は二つ。

 まず部屋に戻ってベッドに入っても肌色の幻影がチラついてなかなか寝付けなかったというのと、今までずっと目覚まし時計に頼り切っていたおかげで未だに一人では決まった時間には起きられないからだ。というか寝坊しても誰かが起こしに来てくれるだろうと思っていたのだが……。


「……いや、落ち着け! まだだ、まだロスタイムがあるはずだ!」


 なんといっても兵隊達が全員街を抜けるまではまだしばらく時間がかかる。それに多少隊列から遅れても俺はスラクラからもらった馬車に乗る予定なのですぐに列に追いつけるはずだ。

 俺は急いで服を着替えると、誰かしら居るであろう屋敷のダイニングへと急いだ。


「おはようございます、シュージ様!」


「おはようございます、陛下」


「おはようさん……あれ?」


 なんでまだ二人がいるんだ?

 ダイニングには先にパルファムを出て進軍しているはずのアンキシェッタとリグレッタがいた。アンは既に朝食を終えたらしく紅茶を、リグレッタは相変わらず胸焼けがしそうになるほど豪勢な朝食を平らげているところだった。


「なんでって……シュージ様が帰ってくるのを待ってたんじゃないですか」


「……帰ってくる?」


 どこかに出かけてたっけ? 全く身に覚えが無いが、なんとなく嫌な予感がした。


「シュージ様ったら、わざわざメイドに『若さと青春の情熱を持て余したから少し発散してくる。今朝は起こさなくていい』って伝言させてたじゃないですか。ティアちゃんも今朝は遅いみたいだから、どうせならレッタちゃんと一緒に待っていようと思ったんですよ」


「若さと青春の情熱……そ、そうだったっけ?」


(なんて酷い言い訳だ……!)


 聞くまでも無くそのメイドが誰なのか想像がついた。

 しかも彼女はどうやら俺が朝までティアの部屋にいるものだと思い込んでいたらしい。


「部隊との合流については問題ありません。馬車で進むならあと三時間はこの屋敷にいられます」


 リグレッタが器用にもオムレツをモグモグと咀嚼しながら言った。口は閉じているはずなのに……。

 この女にはどこかにもう一つ口があるのかもしれない。あるいは胃袋も。

 俺は席につきながら新人類を発見した気持ちでリグレッタを見ていたのだが、使用人達はそれを空腹のせいだと思ったらしく、すぐさまナプキンや食器と共に俺の朝食が並べられる。

 朝食は焼きたてホカホカのバンズに炙られた豚肉のステーキ、オムレツなどのカロリーが高めの洋風メニューだ。時々和食が懐かしいけど……未開の異世界で食べられる物がでるだけありがたいと思わなければ。

 俺がパンをちぎってバターを塗りたくっていると今度はティアがダイニングに入ってきた。


「やあ、皆おはよう」


 おはよう、と三人で挨拶を返す。

 ティアは憂鬱そうにう~~と唸ると朝食を断り、紅茶だけを持ってくるよう使用人に命じた。恐らく二日酔いなのだろう。


「大丈夫なのか? やっぱり昨日は飲み過ぎて……おいっ」


 ふいにティアがしなだれかかってくる。

 やっぱり調子が悪いんじゃないか、という言葉が喉まで出るがその前にティアが押し殺した声で囁いた。


「(昨日のことは二人には内緒にしておけ。さもないと色々面倒だぞ)」


「(あ……うん。わかったよ)」


 確かに昨日のできごとは説明するには面倒過ぎた。


「(それと、昨日は酔っていたせいでこれを渡すのを忘れていた。昨夜の記念品だ。服の下の目立たないところに身に着けるといい)」


 記念品?

 そっと右手に握らされたのはネックレスらしい金属の感触。


「(お守りなのか?)」


「(そうだ。絶対に失くしたり人に渡したりするなよ。何せそれは――)」


「あーー! ティアちゃん、またシュージ様と引っ付いてる! もう! 昨日もここでベタベタしてたんだからもういいでしょう!」


 内緒話をしているとそれに目ざとく気付いたアンキシェッタがぷりぷりしながらティアと俺の間に割って入ってきた。


「シュージ様だって食事の途中なのに……ん?」


 アンは何かに気付くとクンクンと鼻を鳴らして俺達の匂いを嗅ぐ。


「アン、止めなさい」リグレッタがナプキンで口元を拭いながら言った。「そんな風に顔を近付けて匂いを嗅ぐのは下品だわ」


 リグレッタはきつく窘めたが、それでもアンは止まらなかった。


「スンスン……二人とも汗臭い。ちゃんとお風呂に入らないからこんな風に……あれ? でも昨日は確か二人ともお風呂を使っていましたよね?」


 俺とティアは二人して思わずギクリとした。

 昨日はティアの部屋の暖房が強すぎたせいでずいぶんと汗をかいていたが、あれからすぐに寝てしまったので風呂に入り直す暇が無かったのだ。


「ね、寝汗をかいたんだよ!」


「昨日はあれだけ寒かったのに、ですか?」


 アンキシェッタが疑わしそうに言った。


「スンスン、あと……なんだか覚えのある残り香がシュージ様に……うーん、これってもしかしてティアちゃんの香油?」


 お前は犬か。

 アンの発見はできればスルーして欲しい所だったが、生憎リグレッタは鋭く感づくとキリリとまなじりを吊り上げてこちらを睨みつけた。

 同時にここが室内なのにも関わらず彼女からビュゥゥゥと冷たい風が吹いたような気がした。


「それは……興味深いですね。ひょっとするとティアと陛下がここに来るのが遅かったのは、さっきまで『若さと青春の情熱の発散』とやらを一緒におこなっていたせいかもしれません。ねえ、陛下。メイドに人払いまでさせてティアと一体何をしていたのか教えていただけませんか?」


 匂いだけで二人で一緒に居たのはもはや確定なのか……。

 しかもここにきてメイドの策略が裏目に出ている。その解釈だとまるで俺が全て仕組んだ事みたいじゃないか。


「……そ、そりゃ若さと青春の情熱を発散する方法って言ったら決まってるじゃないか。大したことじゃない」


「へぇ、一般男女が汗みずくになってそんな事をするだなんて私、全っっっっっく知りませんでした。で、どんな事をするんですか?」


「………………」


――やばい!


 リグレッタは既に眼に見えるほどの殺気を放っている。時折ペシペシと風が顔を叩くのは彼女の感情が魔法として具現化した物らしかった。


――何も思いつかない!


 アンキシェッタは考え込んで首を傾げている。知識は無いわけではないだろうが、迂遠うえん過ぎてピンとこないようだった。


「あ、はいはい! 私、わかりました!」


 ギリギリと音を立てて空間が軋む中、思い至ったアンがポンと手を打って言った。 


「ジョギングですね!」



******



 パルファムを出て2日目。レオスまでは遅延を許さないスケジュールだったが、幸いにして進軍はかなり順調に進んでいた。

 進軍路の両脇に見える南部特有の低い石垣で囲まれた大規模な農園の農地はすでに冬を脱して春の準備のために大勢の農夫に耕されている。すでに春に差し掛かった南風は柔らかく、掘り返されたばかりの大地の匂いを運んでいた。農夫の多くは兵士達の大軍を見て姿を隠そうとしたが、中には国旗を振ったり俺の乗った馬車を見てお辞儀をしてくれた農夫もいた。

 大量の騎兵と商業用の馬車を通すために石畳でできた軍民両用の道路はさすがに二万人近い歩兵を通すには狭いが、十分に整備されていて工程に僅かづつの余裕をもたらしている。この国には貴族制度や軍制度等様々な問題があったが、少なくとも騎兵と道路インフラに対する情熱だけは認めてもいい。

 そんな風にボケーっと窓から風景を眺めながら本日何個目かの農園を通り過ぎた辺りでアダスが馬車の扉を叩いた。


「……報告がある」


「良いニュースなんでしょうね?」


 俺の護衛扱いということで同席していたリグレッタがムスっとした調子で言う。彼女は2日前にダイニングでの問い掛けがアンによってウヤムヤになって以来ずっと機嫌が悪かった。


「……情報は情報だ。良いも悪いも無い」


 アダスの声色は普段と全く変わることは無かったが、かれこれ一ヶ月の付き合いになる俺にはほんの僅かなニュアンスの差で彼は自分が不機嫌なのを表現しようとしているように感じた。


「あ、その、すみません。あなたに他意があったわけではないのです。どうぞ続けてください」


 アダスから俺と同じ雰囲気を感じ取ったのか、リグレッタまで大人しくこの場の主導権をアダスに譲る。

 アダスは彼女の謝罪にも無言のまま表情を変える事無く馬車に乗り込むと懐から数枚の羊皮紙を取り出して報告を始めた。


「……まずは南部の騎士からの情報だ。4日前、ウェイバー・エイブラムスがクリクスの城の囚人牢から脱獄した」


「脱獄っ!?」


 ウェイバー・エイブラムスはティアの兄だ。力量的なカテゴリで言えば俺と同じ"準魔術師"にあたるが、ウェイバーのその恐るべき剣術の技量と圧倒的な威力を誇る切断の魔法の併用によって危うく俺は殺されそうなった。

 後日、色々と試行錯誤を重ねてあいつを捕まえたのだが、その時に"絶対にお前を殺してやる"と言っていたから『いつかまた対決するフラグっぽいなー』なんて思っていたが……まさかこんなに早いとは。


「そもそも、どうやって逃げ出したんだ? クリクスには守備兵を残してきたし、あいつは剣が無いと魔法が使えないんだろう?」


「……脱獄の状況は良く分かっていない。看守も見張りも鋭利な刃物で切られていたが、鍵の破壊のされ方からどうやらかなりの剣の達人が一人でウェイバーを連れ出したようだ。今は何人かに足取りを追わせているが、どうやら南部からさらに南に進んで国外に出ようとしているらしい」


「すぐに俺を殺しには来ないのか……」


 それは本人の意思なのか、それともその"協力者"とやらの都合なのか。自分の命を狙う人間を野放しにするのはなんとも不気味だがこれから決戦という時に明後日の方向へ逃げた捕虜を追いかけるわけにはいかない。


「……次の報告だ。レオス平原に布陣しているキスレヴ軍が数日前から木を切り倒して野戦用の陣城じんじょうを構築している。陣城は木製であまり強固ではないが多くて3千人が収容できる規模の物をレオスの北側――つまり北部から来る軍を塞ぐように建てられている」


「え? 陣城?」


 衝撃的な事実だった。

 だが本当に一瞬のことで、なんとか飲み込んだ言葉を反芻してその軍事的意味合いを計る。


「……マジで?」


「……ああ。一応キスレヴ側は秘匿しているが中部の団員と騎士が何人も確認している確定情報だ」


「マジデ?」


 しつこく聞いてみる。


「……本当だ」


「嘘だと言ってくれ!」


「……それは国王命令か?」


 気のせいか、アダスか若干呆れたように言った。

 三千人の野戦陣地――その目的は明白だ。キスレヴ軍は俺達の挟み撃ちを知って、少数で片方を足止めにしている間に主力を投入して俺達南部から来る軍を各個に撃破してしまおうという遅滞戦術に出ているのだ。この場合、こちらが陣城を落ちるまで待って距離を取ってしまうと、敵が前進してきた場合戦場が南寄りになってしまって北部の軍の増援がさらに遅れたり、逆に北部の軍の方を先に攻められたりして主導権を失いかねない。

 敵の作戦によって事実上この決戦は俺の手元にいる南部連合軍(18000人) 対 キスレブ軍(23000人)という構図になってしまった。


「……どうする、王よ? 作戦変更か?」


「いや、今更どうしようもない。決戦のタイミングは絶対に遅らせられないし、俺達だけで勝つかなんとか援軍が来るまで耐えるしかない。兵数は不利だけど……幸い、勝ち目は無いわけじゃない。まさか陣城とはいえ3万近い人数がいて攻め落とすのに丸一日もかからないだろうから、北部の軍が来るまでの時間を稼ぐだけならそんなに難しくはないはずだ」


 勿論、守りきれるかどうかは敵次第なわけだが、少なくとも前回と同じような攻撃方法であれば俺には防ぎきる自信があった。今回はなんといっても銃兵が3000人もいる。


「……それと最後の報告だ。キスレヴの陸将軍ニー・ガーターがレオス平原に展開する本隊に合流したようだ。どうやら前回の戦から政治闘争のために本国へ戻っていたようだが……合流してすぐに8000人程度の歩兵部隊を選抜し始めた。主に傷病兵や新兵ばかりで構成しているが、その意図は兵士には知らされていないらしい」


「怪我人と新人で構成された部隊……被害担当の捨て駒かな?」


「私……なんだか嫌な予感がします」


 眉を顰めてリグレッタが言った。


「大丈夫さ、リグレッタ。被害担当を集めてくれるなら逆に戦略が読みやすい。今回はそんなに兵数差は無いし、ルールだって前回と一緒。要は援軍が来るまで守りきれれば俺達の勝ちだ」


 俺は珍しく自信を持ってそう告げるのだが、彼女の不安はそれだけでは拭えないようだった。


「陛下、前回とは違います。キスレヴの将軍は政治的に危機的な状況に置かれていますし、彼の兵士は祖国に飢えた家族を残し尚且なおかつ自分達も一ヶ月近い飢餓生活を送っていました。今度のキスレヴ軍は指揮官と兵が一体となって本気で我々を殺しに来ます。そういった軍隊は強く――何より手段を選ばない」


「大げさだなぁ。そりゃあ、この間は負けたけど最近の俺は絶賛連勝中だぜ? フフン、指揮官として強くなったというか、勝ち方が分かってきたって言うのかな」


 俺の余裕綽々《よゆうしゃくしゃく》の発言にリグレッタは何か言いたげだったが、結局黙っていた。

 まあそりゃ勘で危ないってだけじゃあ対策の立てようが無い。


――3日後、俺はこの時の浅慮せんりょをひどく後悔することになる。


 この後レオス平原で対峙したこの部隊は餓狼がろうさながらの恐ろしい敵であり、リグレッタの不安は大げさでも何でもなかった。

 彼らは確実に俺を殺すための必殺の罠を仕掛けていたのだ。


毎度遅くてすみません。次の話は完成済み、戦闘シーンありです。

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