微熱の月(1)
45、微熱の月
あれからみんなで話し合った結果、玉剣の欠片とやらの摘出はその場では無理という結論がでた。ということで俺達がエンロームの尻を見る事は無かったのだ。
よかったよかった。
部屋から出て行ったアダスは1時間ほどすると5人の青獅子騎士を連れて帰ってきた。アダスを含む6人は異様に血生臭い大きな樽2つを持ってきて、執務室の真ん中にデンと置く。どうやら街でエンロームの代わりとなる死体を手に入れてきたらしいが、気丈なリグレッタ達もさすがにその出所を聞くのは怖いらしく作業の間、なるべく樽の方を見ないようにして黙っていた。
作業が終わりティアがエンロームと短い別れを告げるのを見届けた後、俺達は青獅子騎士達に後のことをお願いして少し休憩をとった。全員疲れていたし、特にリグレッタは戦闘でアチコチ血がついたままだったので、やたらと風呂に入りたがっていたのだ。
休憩の後、俺は全員に作戦会議を行うためダイニングに集まった。 長テーブルに全員が着席したことを確認して軍議の開始を宣言しようとする。だが――
「では明日からの作戦なんだが――」
「シュージ、このケーキはどうだ? ほら、口を開けろ」
「――え、ケーキ?」
いつの間にか椅子をぴったりと横付けしていたティアがフォークでケーキを切り分け俺の口まで持ってきた。
何か新しい遊びかでなければ嫌がらせかと思いティアを見るが、その目は好意と期待に満ちている。そりゃあ断れるわけが無い。
そのまま口を開いて食べさせてもらったが、リグレッタやアンはともかくアダスやラスティまでいるこの場では立派な羞恥プレイだった。
「むぐむぐ……んん。では明日の――あ、また? ……ありがとう。んぐ、んぐ。……で、――むんんんん? 」
なんとかケーキを飲み込み話を進めようとするが、口を開いた所でティアがまたケーキを切り分けて持ってきた。
仕方なくもう一口ケーキをいただき今度こそ話を始めようとすると、今度は口を開く前に突然口元をナプキンで覆われる。どうやら口の周りにケーキな生クリームがついていたらしい。それが終わるとまたケーキを切り分け始めたので俺は慌ててそれを止めた。
このままでは一生ケーキを食わせられ続ける恐れがあった。
「ティア、いい加減にしなさい! 陛下が迷惑がっているでしょう!」
「そ、そうなのかシュージ? 私は迷惑だったか?」
……なんだか様子がおかしい。
いつもならここでティアが軽口で返してリグレッタとの口論が始まるはずなのに。今日のティアは若干青褪めた様子で俺に縋ってきた。
「い……いやいやいや、全然そんな事ないさ。ただほら、そろそろ話し合いが始まるから、な? 飲み食いを止めないとさ」
「そ、そうか……迷惑でなくてよかった。話し合いが始まるなら邪魔をしてはいけないな」
「陛下! ティアを甘やかさないでください!」
そういうとティアは今度はグッと俺の左腕を引き寄せて頭を俺の肩に預ける。香油独特の濃くて重たいハッカのような香りが俺の鼻をくすぐった。
訂正しよう。ティアの様子は明らかにおかしい。
「ティアちゃん、ずるいよ!」
俺から一番遠い位置に配置されたアンキシェッタが叫んだ。
「……」
「おうおうおう! 若いってなぁいいなぁ! まぁ尤も、俺もオウサマぐらいの時には毎日10人は女を侍らせたもんだがなぁ!」
どうやら父親との別れをきっかけに彼女の中で何かが決定的に変わったらしい。果たしてそれが良い変化なのか、それとも家庭の崩壊で余裕を失っているだけのか。どんな理由かはわからないが彼女から頼られている以上慎重に見極め――
ムニッ。
ゴホンッ! 慎重に見き――
ムニムニッ。
「………………」
「どうした、シュージ? 話を進めなくていいのか?」
俺の腕に胸を押し付けながらティアがそう言った。
うん、良い変化だ。間違いない。
俺は頭の中では理性によって極めて合理的な結論を導きだしていたのだが、周囲にはそうは見えなかったらしい。もっと具体的に言えば鼻の下が伸びているように見えたらしい。アンとリグレッタが眉を痙攣させながらこちらを睨んでいた。
いやいや、こんなに気持ちの良い感触が悪い変化であるはずが無いだろう。常識的に考えて。
「…………シュージ王。"ご休憩"を取りたいのなら我々には多少の時間を融通する用意があるが――2時間ほどなら」
「そうだな、シュージ。ちょうど私の寝室ならここから近くてベッドが広いぞ」
アダスがとても冗談には見えない無表情で、ティアは極めて真面目な様子で言った。
ベッド。うん、いいね、広いベッド。なんかアンとリグレッタの視線のせいかさっきから眼がチクチクして頭痛がする。体もダルいし、なんだか風邪気味なんだよなー。
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………いや、今は結構です」
「「悩みすぎです!!」」
リグレッタとアンが叫んだ。
「……それはさておき、俺達にはもう時間が無い。少なくとも、明日には出発できるようにしておかないと」
俺がこんなに急いでいる理由。
それはレオスにいるトスカナとキスレヴ軍が結んだ無血開城の期限が5日後に迫っているからだ。この約定はトルゴレオが敗戦した次の日にトスカナがキスレヴ側と交渉して定めた物で、本来ならこんな口約束はいつ反故にされてもおかしくないはずなのだが、何かの理由で今の所キスレヴはレオス郊外で野営したままおとなしくしているらしい。
俺達はこの休戦協定が有効な間になんとしても兵を進めレオスを奪還しなければならない。
「っていうか期日までに間に合うかな?」
「……人数にもよるが民兵も連れて4万人近い人数の行軍となると一週間以上かかる。心許ないが、間に合わせるためには二万人以下で行軍の訓練を受けている軍人だけを連れて動くしかない」
「っていうか実質すでに民兵は解散してるし、もう金もスッテンテンだ。手元の兵力は貴族軍と赤獅子騎士団だけと考えたほうがいいな。練度もあるけれどなんといっても無料だし」
こういう時、封建制の国家は楽でいい。何せ国王であれば貴族達の兵を使うのに自分は一切金を使わなくていいのだ。彼らは自分の土地で絶対的な権力を振るう代わりに王家に納税と兵役の義務を負っているので平時の際は領内で君主としてやりたい放題できるのだが、一旦戦時になってしまうと軍隊と言う金食い虫に資金を注ぎ続けなければいけない。
一日行軍するたびに財布はどんどん軽くなり、しかも兵士達を指揮するのに自分も領地を離れなければいけないので経営もガタつく。彼らにとって戦争は誉れだが赤字をもたらす疫病神でもあるのだ。
ちなみにウチの戦力は大きくわけて二つ。
まずは赤獅子騎士団の三千人。約八百人の騎士階級とその倍の騎士見習い、そして一部軍人向きの平民を雇用し、トルゴレオ唯一の銃兵として訓練されてきた本物の軍事集団だ。元々は最先端の軍事技術の実験部隊として戦闘陣形や新しい攻城兵器を取り入れるために設立されたらしいのだが、近年生産が始まった火縄銃の配備と前王の飛び道具嫌いという見事なすれ違いによって最近まで評判を落としていた。指揮するのは団長であるラスティ。
一方南部の上級貴族達が集めた貴族軍の合計はパルファムを巡る戦いで結構な人数が戦闘不能となっておおよそ一万五千人。質も量ともまずまずなのだが彼らの指揮官である上級貴族達(本来は彼らの息子や家臣の将軍が全軍の指揮官だったが彼らの殆どは前王と共に剛竜兵にやられてしまった)は全員、俺が脅して無理矢理連れてきたような物なので信頼できる戦力とは言い難い。こんなことならもっと大事に使ってやればよかった。新しく軍務卿になったティアがこの貴族軍の取り纏めする。
つまりこの二つの合計で一万八千人が今このパルファムに駐屯しているわけだ。
対して敵であるキスレヴ軍は騎兵七千、歩兵九千人の合計一万六千人。数日前にキスレヴ本国から出発した1万の増援がいるらしいので俺達がレオスに到着する頃には2万6千人になっているだろうというのがアダスの報告だった。
余談だが、トルゴレオの軍の指揮系統というのは恐ろしく原始的な物だ。各々の貴族には軍を纏める貴族と300人程の部隊を束ねる部隊長が5,6人。その下には事務仕事を手伝ったり、部隊長が倒された時に代わりになる副官が一人だけ。簡単に言えばもし戦闘でこの10人、ないし12人がやられてしまうとそれだけで二千人近い一個軍団が完全に行動不能に陥るのだ。そりゃあ、キスレヴに夜襲されて簡単に壊乱するのも頷ける。
「敵は二万六千……ってかまだ増援が到着してないって随分遅くないか? それに人数も少ない。遠国でもあるまいし、このチャンスにどうしてキスレヴは増援をケチるんだ?」
俺は首を捻りながらリグレッタにたずねた。
「青獅子騎士団のシャーマン伯爵夫人の報告書から察するに、キスレヴ本国の食糧事情が関係しているそうですね。彼の国は2千人の剛竜兵を維持するために毎日1トン以上食肉を用意しなければならないそうですから。金銭的負担もそうですが、国内の穀物供給量がギリギリなんですよ。つまり食料の不足が出せる軍量に直結していると思われます」
剛竜兵についてはさっき少しだけ説明を受けた。なんでも竜に乗って戦う陸上では無敵のチート軍団だとか。
一般に牛などの家畜を育てようと思ったら家畜が成長しきるまで穀物を必要とする。大体600キロの成牛を育てるのに2年で4000キロの穀物が必要だとすると、剛竜兵とやらは一年維持するだけで穀物換算で毎年5000トン近い物資を消費するのだ。
青獅子騎士団の女団長の調べによるとはキスレヴは国内の食料供給が乏しく、そのせいでレオス郊外に野営しているキスレヴ軍は以前、青獅子騎士団によって補給集積所を壊滅させられた後、本国から物資がほとんど貰えてないらしい。今は残った糧食を切り詰めたり、周辺の村や町から徴発したりして兵士達が飢死にするかしないかのギリギリのラインの物資で軍を維持しているので兵達は戦闘行動をするほどの余力が無いのだ。
つまり今回のキスレヴの増援は単純に人数を増やすためと言うよりも、王都レオスに駐留している兵達に国中からかき集めた糧食を渡して、その士気を回復させるのが目的らしい。
「じゃあなんでその剛竜兵とやらが増援に来ないんだ?」
俺の問いにリグレッタがもう一度巻物を開く。
本当は青獅子騎士団が国王のみ閲覧可能な機密資料として作ってくれたらしいのだが、何せ字が読めないので仕方ない。この場にいるみんなにはもう文盲バレしているので俺は開き直ってそのままリグレッタに読ませる事にした。
「政治的事情ではないかとの推測が書かれています。キスレヴ国内の噂によれば現在のキスレヴは剛竜兵を擁する近衛将軍のギューン・マーツが率いる近衛派とタキア・キスレヴ国王、ニー・ガーター陸将軍、クシマフ・アイズ水軍将軍の三名による国王派に分かれていて、今回のトルゴレオ攻撃は戦果を挙げ過ぎた近衛派に対抗するために国王派が行ったのではないか、と」
勢力争いかぁ……。
「つまりメンツのためにレオスにいる国王派とやらは剛竜兵の奴らに『助けて、トルゴレオに負けそうなんだ!』なんて口が裂けても言えないってことか」
「その通りです。我々にとっては好都合ですね」
「ああ、命拾いしたな」
もしそんな凄い軍団に攻めて来られたら勝てる気がしない。
俺達が勝ったら今度は勢力争いで勝ったそいつらが攻めてくる可能性が高いわけだが……まあ先のことは勝ってから考えよう。
「それで、とりあえずは眼前の敵なんだけど……どうしようかな。やっぱ戦力が足りないな」
二万六千対一万八千。
こちら側の主力である貴族軍一万五千は弓と剣で武装した旧世代の歩兵部隊だが、頼りになる赤獅子騎士団の銃兵三千人がいる。一方キスレヴ軍は歩兵主体にこそなったが未だ七千の騎兵を持っていて一撃で戦況をひっくり返すことができる攻撃力を持っていた。
見ての通り数値的にはこちらが不利。
それでも前回と同じく貴族軍に槍を持たせてスペイン方陣を組めばそうそう当り負けする事は無いと思うが、もしかしたら向こうも対策を考えているかもしれないし、今回の歩兵は槍兵としての訓練は全く受けていないらしい。このまま戦場に行くにはどうにも不安要素が強すぎると俺は思っていた。
「う~ん。もうアイデアなんて浮かばねーよー」
俺がこの世界で指揮した戦は3回。一度目はスペイン方陣で挑んで負けて、二度目は煙突状の城を利用して毒の煙を撒き、三度目は上級貴族を口先とカネで釣って脅して不利だった戦力の天秤をひっくり返した。つまり、どの戦いもアイデア勝負で挑んで、まともに戦術的要因で勝ったことが無いのだ。
だって仕方ないじゃん。どう頑張っても俺は平和な国の一般の学生で敵は一線を張る軍人。戦うなら戦場の機微とか統率力ではなくて政治的、戦力相性的に優位になるようなアイデアを引っ張り出さなければいけない。
まるで〆切前の作家のような俺の泣き言を聞いて、アンが何故か心底不思議そうに首を傾げた。
「あの、シュージ様? 何を悩んでらっしゃるんですか?」
「いや、何をって。向こうと俺らとじゃ八千人の人数差があるんだぜ。人数で負けていたら、やっぱり不安だろ?」
「人数? 負けている?」
俺の言葉を聞いて頬が肩にくっつくくらい首を傾げるアンキシェッタ。
そんな彼女の反応が不思議で、思わず俺もアンと同じ方向に首を傾げてしまった。何故かつられてティアも首を倒し、再び俺の肩に頭を預ける。
「……あのう、ひょっとしてお忘れですか? 私の父も含めて北部の貴族達はこの半月、シュージ様の命令を待ちながらずっと反攻作戦のために軍を準備しているんですよ? 三万には届かないけれど今頃は少なくとも二万強は集まっているはずです」
「……………………北部の貴族? ……………………あ、ああ!」
「……その沈黙、さては忘れてましたね?」
「…………ソンナコトナイヨー。ワスレテナイヨー」
俺得意の片言である。
「はぁ……まあ、いいですけどね。でも、父様達もせっかく兵士を集めたのに戦闘に参加できなかったらきっとがっかりしますよ」
下手に言い訳をしたせいでアンが臍を曲げてそっぽを向いてしまった。
「わ、悪かったって! もう忘れない。ちゃんと連れてくよ」
必死に取り直して機嫌を直してもらう。
そりゃ実家が自腹切って兵隊集めたのに戦場に連れて行くのを忘れられたら怒るわな。
「……それで、南部と北部の部隊はレオスに同時に到着するように進軍させるんですか?」
「そうだな、こっちも向こうも大部隊なら各個撃破されることも無いし。それに、いくらスペイン方陣でも数で押されたら損害が大きくなる。挟撃できるならそっちの方がいいな」
しかし、この作戦にも不安要素が一つ。
2つの部隊で南北から進軍する場合では歩調を合わせて敵軍との接触タイミングを合わせる事が非常に重要になる。つまり2つの部隊で挟み撃ちを行うとなると、その場で立ち止まって密集し360度の防御を行うスペイン方陣が使えなくなるのだ。
けどまあ、そもそも騎兵の減ったキスレヴ軍に対してスペイン方陣は前回ほど威力を発揮しないし、今から南部の貴族軍にスペイン方陣を訓練させる時間も無い。
スペイン方陣は俺の野戦の切り札だが……まあ、ここは素直に挟撃するしかないかね。
「アダス、北部の部隊は間に合うんだろうな?」
「……ああ、今から竜を飛ばせば明日の夜には連絡が着く。向こうはレオスに一番近い街に待機している。間に合うだろう」
アダスが神妙な(つまり普段通りに無表情で)頷いた。
「じゃあ、これで作戦は決定だな。明日の朝は―――つっ!! 痛ぅぅ……」
会議を打ち切ろうとしたその時、またしても右目に鋭い痛みが走った。が、さっき受けた激痛と言うほどでもない。先程までの風邪が一気に強まったような感覚だった。
「シュージ!!? 大丈夫か?」
「つつぅ………………だ、大丈夫」
「その痛がりよう……親父殿の魔法の後遺症だな。すまない、シュージ。親父殿があんなことをしなければ……」
ティアは今にも泣きそうな様子で謝った。
「大丈夫。大丈夫だから。今回はそんなに酷くないって」
俺は手を振って大丈夫だよ、とアピールするが痛みは相変わらず右目から俺を苛んでくる。
――あの時ファントムによってエンロームによって与えられた激痛は一時的に解消された。
だが、あれはあくまで一時的にというだけで、どうやら彼女が引っ込むことで再発したようだ。
今では再び、頭の中を直接ひっかかれるような不快感と自分がどこまでも落ちてしまいそうな虚脱感がエンロームの『死ぬほど苦しめ!』という言葉と共にフラッシュバックを起こしていた。
「……恐らくエンロームの魔法を帯びた言葉で心魂が傷ついてしまったのでしょう。魔法反動と同じ物ですから"準魔術師"である陛下なら2,3日すれば治るとおもいますが……言葉によってついた傷ですから、苦しくても薬や睡眠ではどうしようもありません」
俺の症状を聞いてリグレッタはそう判断した。
「わかった。……大丈夫だよ、ティア。これくらいなら平気だ。我慢するしか無いし、それに魔法反動と同じだっていうのなら、ひょっとしたらこれがきっかけで魔法がコントロールできて魔術師になれるかもしれないしさ」
「言葉の…………傷……」
本当は目を開けていられないほど痛いのをなんとか我慢をしてティアに言い含めた。
別に俺が強がるのはいつも通りなのだが、今回の場合加害者がエンロームなので、あまり痛がったりすると彼女にいらぬ心労をかけさせてしまう恐れがあった。
「……いや、私に治すアテがある」
ティアは顎に手を当てて少し考えた後、何かを決意した様子で言った。
「え?」
「少し準備がある。後でメイドに呼びに行かせるから、シュージは部屋で待っていてくれ」