雲霞の如く(4)
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40、雲霞の如く
直径にして10キロ以上の円状に建設された白い城壁と、その城壁に取り付こうと近づく数万の人間。
クリクス城を出て一週間経ち、俺達は今エイブラムス領の領都で南部最大の都市であるパルファムの攻略の真っ最中だ。
あの看板を立ててから俺達の軍数はあれよあれよという間に膨れ上がり、今やエンローム軍を5倍近く上回っている。当初はあまりの人数の増加に糧食の不足が心配されたが、幸い赤獅子騎士団が借金をしてまで城に大量に糧食を溜め込んでいたため、短期決戦ならば追加無しでも十分戦えることが分かった。
ちなみに俺達の側で攻城戦を行っているのは青獅子騎士団に連れてこさせた貴族軍だけで、俺達や民兵は街の正門から少し離れたところで高みの見物を決め込んでいる。
「セーフハウスから旅を始めた時は戦力のアテは赤獅子騎士団だけで、俺を含めた誰もが到底エンローム侯爵と決戦を行えるとは思っていなかった。だが苦しい道中のカッコイイ俺のカッコイイ活躍とカリスマ的魅力によって憎き反逆者エンロームと戦うために義憤と愛国心に燃える戦士達がゾクゾクと王の御旗の元へと集ったのだ!」
「ははぁ! さすがは異国からの救世主様! さすがです!」
俺の声に答えたのは民兵のトレンという俺と同い年の青年で、荒くれ者ばかり徴集した民兵達の中では珍しく線の細い文系の若者だ。
聞けばこのトレン、地元のトエト領では神童と呼ばれるほど勉学ができる人なのだが、領主の横暴に耐えかねて、トエト領の市民を集めて反乱軍なんて物を組織していたそうな。で、そろそろ反乱を起こしたいけれど活動費がどうも心許ないな~。なんて思っていたところに丁度今回の募兵の看板を見つけたので仲間達から2千人を選抜して参加したらしい。
本来ならこういった民兵はアテせず、どちらかと言うと貴族が持っていた軍隊に用があったので、後方に下がらせて参加費だけ払おうと思っていたのだが、彼の部隊の場合は7人の上級貴族の中で唯一地元を治める貴族が俺に味方せず、領地でだんまりを決め込んでしまったのでその穴埋め代わりに戦場に出てもらうことになった。勿論、無策に放り込む訳ではなく一応考えはある。
「シュージ、心の綺麗な若者を騙すんじゃない。お前の兵士は皆、口先と餌で釣ってきた傭兵紛いばかりだろう」
俺の武勇伝に隣に立っていたティアの鋭いツッコミが入った。
「え……そうなんですか? じゃあ我々はともかくあそこで戦っている貴族はどうやって……?」
「少年、それはな――むぐっ」
「うおおおおっ!! 待て、待って!」
薄情にもネタを割ろうとするティアの口を慌てて塞ぐ。
せっかく得た俺のファン2号をここで失うわけにはいかない。ちなみにファン1号はスラクラだ。
「そ、そうだトレン。他に俺のことで聞きたいことはないか?」
「聞きたいことですか……あ、そういえば今回の作戦に名前がついているって聞いたんですけど」
作戦名? あ、そういえば調子に乗って山内一豊式徴兵制とか名乗ったっけ?
「ヤマノッチ……? それって国王陛下が居た世界の偉人ですか?」
「偉人って程有名じゃないんだけどな」
山之内一豊は戦国時代、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の当時の天下人である三人に仕えた唯一の人物だ。別に戦上手というわけでも知略に優れていたというわけでもないがその出世の変遷や妻とのエピソードが司馬遼太郎によって「功名が辻」という小説になったおかげで一躍有名人となった。
今回俺が参考にしたのは山内一豊が晩年自分の領地である土佐で行った虐殺事件だ。
赴任以来ずっと旧来の領主に忠誠を誓っていた領民にずっと悩まされ続けていた彼は「入場の祝いの席に相撲大会を開く」と言って領内の腕自慢を集め、参加者達を鉄砲隊で殺した。
彼らは勿論何か罪を犯したわけではないが、山内一豊も理由無く彼らを殺したわけではない。中世の、特に地方の村等の狭いコミュニティでは腕自慢やヤクザな人物というのはとにかく反乱の中心人物になりやすいのだ。
やり方はともかく反乱分子を一掃した山内一豊のその後の治世は上手くいき、彼は土佐の歴史に残る大人物となった。
「へぇ……格闘技の大会で反乱分子を呼び込んだんですか。なかなか興味深いですね」
「そうだろう、そうだろう!」
トレンの感慨深げな反応にご機嫌になる俺。
「あれ? でもこの場合、我々の側が反乱分子を集めたってことはつまり、あの貴族達は無理矢理……」
「え? ……はっ!!」
――しまった、墓穴を掘ったか!
まさかあれだけの材料から貴族達との交渉内容を推測するとは。これだから天才少年って奴は困る。
どうにか別の話題を探そうとキョロキョロと辺りを見回すと、丁度戦場で大きな鬨の声が上がったのを聞いた。視線の向こうではパルファムの城壁に取り付くべく貴族軍が呼び戦力を出して一斉攻撃を開始したところだ。貴族軍の数まかせの突撃はまるで河や波の如く城壁に人が押し寄せ、双方の凄まじい数の人間がアチコチでバタバタと倒れていく。
「アソコを見てくれ。こいつをどう思う?」
「すごく……死んでます」
苦々しげに戦場を見つめるトレン。いくら真面目君でもこんな話題で会話が弾むわけがないか。
うーん……………………………………そうだ、この状況でウケる台詞と言えば
「フハハハハ! 見ろ二人共! 人がゴミのようだ!」
「陛下……?」
「……シュージ、それは味方に使う言葉じゃないだろ」
俺の渾身のモノマネにトレンは戸惑ったような、ティアは非難するように言った。
「馬鹿な……! ジブリは万国共通じゃなかったのか?」
二人の冷ややかな反応に、ここは異世界だと言うことも忘れ眼を剥く。
そういえば、この世界では俺のモノマネレパートリーは全て無駄な技術となってしまったのか……。このネタは特に相手が外人でも笑いがとれると評判だったのに……。
「あ、陛下。戦場に変化がありましたよ。我が方が総攻撃を行うようです」
そうこうしているうちに城壁では内も外も予備戦力を全て投入しての総力戦になっていた。先程以上に大量の兵員が城壁に集まる。逆に俺達サボり組がいる正門からは兵達が引いていった。
そろそろ攻め時だろう。
この時のために民兵達を温存しておいたのだ。万を辞してトレン達に指示を出そうとしたその時、背後に立っていたティアにトントンと肩を叩かれた。
「っと、そろそろお前の出番じゃないか、シュージ?」
「はぇ?」
俺の出番? 何を言っているんだ?
「はぇ、じゃないだろう」
ティアが腰に手を当ててヤレヤレといった感じで首を振る。
本当は分かっているんだろう? という無言のメッセージにしかし、俺には自分の出番について何の心当たりも無かった。
「予備兵力は全て城壁に向かい正門が手薄になった。今がチャンスだ。お前が一人で行って門を破ってこい」
「ヒトリデイッテモンヲヤブッテコイ? ひとりでいって……一人で? って、うぇえええええ!? 俺が? あのバカでっかい門を!?」
ティアが指し示すのは当然、パルファムの正門である。横幅は5メートル、高さに至っては10メートル。クリクスのように城門ではないので鉄格子で補強されているわけではないが、それでも木材の中で最高の硬度を持つ黒檀を複雑に組み上げ、丁寧に膠を塗られたその門は明らかに一個人の手に負えるような代物ではない。
「バカ、誰が素手で破るといったんだ。魔法だ、魔法。シュージ、お前は最初に使って以来まともに魔法を使っていないだろう?」
「ゲッ、魔法か……」
いつぞやに味わった魔法反動を思い出して顔をしかめる。
あれはキツイ。正直、ウェイバーに腹を斬られた時より辛かった。
「あまり魔法を使いたくないのはわかるがな。結局、魔術師になるには魔法を使い続けるしかないんだ」
「……わかったよ。どちらにせよ、正門を普通に攻めてトレン達の損害を増やしたくなかったしな」
「よし、いい覚悟だ。頑張ってこい」
ティアに背中を押され、嫌々ながら腰に差した剣を抜き放つ。
俺は門を破った後のことについてトレンに短く指示を出すと、安全な本陣を抜けパルファムの正門から約200メートル、ギリギリ矢が届かない距離まで歩いた。
『お、おい、あいつはなんだ!?』
大軍から一人だけ歩いてくる様子に正門の上の兵士がどよめく。この有利な状況で降伏するはずが無い。何かをする気だと彼らは気付いたのだ。
俺は剣を構えると目を閉じ、自分の心を意識して意志を高めるとそっと鍵呪文を唱えた。
「<―輝界、虚空、支配―>」
あの時と同じく、剣が光り金色の粒子が辺りに吹き荒れる。
同時に魔法反動によってジワジワと脳髄に頭痛と疲労感が昇ってくる。
「<―聞け、空之間の王の声を!―> かぁあああああああああああ!!」
グッと強く剣を握る。俺の力に答えるように剣は粒子と同じ光を放ち始めた。
剣に力が漲ったのを確認した俺は地面を蹴り、その場から一歩踏み出す。その一歩、たった一歩で200メートルあった距離は虚無となり、次の瞬間には俺は巨大な門の正面に"出現"する。高速移動ではない。空間を曲げての瞬間移動だ。
『き、消えたぞ!』
『おい、あの男はどこだ!』
『あ……隊長。この下、光っ――』
「ぁぁぁああああああああああああ!! ――――"星屑の鉄槌"!!」
煌く剣を自分より遥かに巨大な扉に叩きつける。物を切る、というよりも重たい鈍器を叩きつけたような衝撃が腕の骨を軋ませた。
一拍遅れていくつもの光弾が扉へ怒涛の如く襲い掛かる。木片が弾け、城壁が激しく揺れる。衝撃で上で構えていた数人の兵士が叩き落された。最高の木材を使った扉に対して、黄金の粒子――"捻れた空間の塊"がその質量を開放することで圧倒的な破壊をもたらしたのだ。
『おい誰か、今すぐあいつを止めろー!』
『うわっ! 落ちる! 落ち――』
弾けた空気が轟音となり、パルファムの正門を黄金の光が包んだ。周囲には木片と石のブロックだったガレキが降り注ぎ、盛大に噴煙をあげる。
「今のが、魔法……?」
初めて目の当たりにする圧倒的な破壊にトレンは呆然と呟いた。
たった数秒。たった一撃でパルファムを守っていた正門が崩れていく。あれが個人の能力だと言うのなら、今まで自分達が戦争のために編み出した戦術とは一体なんだったのだろう。
「そうだ。あれがあいつの魔法だ。それにしても……相変わらずド派手だな。羨ましい」
「あれが、国王陛下の魔法……! なんて……なんて美しいんだ!」
まるで天から下りた天使でも見たかのように陶酔の表情を浮かべるトレン。
しかし彼は自分の仕事を忘れてはいなかった。パルファムの正門を一心に見つめながらも、トレンは高く掲げた右手を振り下ろし民兵達に突破口への突撃を命じる。
「みんな、突撃しろ! 国王陛下に続くんだ!」
――――応!!!
先程の黄金の破壊の轟音にも負けない大号令。
エンローム軍を内側から攻撃すべく数百、いや数千の民兵の雪崩が俺の側を通り過ぎていった。
「うぇぇ……気持ち悪ぅ……死んでしまいたい……」
一方、こちら元パルファムの正門だったガレキの山。
魔法を使った反動で体がフラフラする。身体的なダメージもあるが、"意志"を消費することで普段は感じないような絶望や不安感といった物が呼び起こされ"心"を直接傷つけられるのが何より辛い。
――本当に、こんな調子で英雄になんてなれるのか?
心の痛みが、魔法を使うのが怖い。この痛みに耐えられれば2発目の魔法が使えるはずだが、こんな調子では魔術師になるなど夢のまた夢でしかない。それがとにかく、悔しくてしかたなかった。
頭痛が酷くなり揺れていた視界がゆらりと反転する。
――あ、倒れるな。
と思ったが、俺の体は地面に着く前に誰かに支えられた。
「よくやったな、シュージ」
「ティア……」
「トレンも存外よくやっている。この分ならパルファムの制圧はすぐだろう」
戦況を見たティアが呟く。
確かに、城壁内に雪崩れ込んだ民兵の中でも一部の部隊は乱れなく市街地に浸透し城壁の兵士を追い落としている。どうやらトレンは反乱軍たちをかなり入念に訓練していたらしい。
「さて、後は最後の詰めだ。市街を制圧したら一緒に私の両親に会いに行くぞ」
「……その言い方だと降伏勧告じゃなくて結婚の挨拶みたいだな」
「数万の軍勢で家を囲んでおいて"娘さんを僕にください!"とでも言うのか? ハハッ、傑作だな!」
珍しくティアが噴き出す。
だがすぐにいつもの鋭い表情を取り戻すと、歯を剥き出しにしてこう言った。
「しかしお前の要求はそんなものじゃないだろう? 私達はこれから親父殿の何もかもを奪いに行くんだ。正直、あいつのせいで私達が被った被害のツケを払わせるのが楽しみで仕方ない。お前もそう思うだろう、シュージ?」