表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/53

夜明けの召喚(3)

4、午後の道案内ガイドライン




 リグレッタの案内は想像を絶するものだった。彼女は無言でサッサと俺の前を歩いていく。かと思えば突然立ち止まってドアを指差し「食堂です」「城内の詰所です」と説明を部屋の用途の一言だけで済ませるのである。部屋の中を見せようとすらしない。

 当然、同じ様な廊下とドアの繰り返しだけで道が覚えられる訳もなく、俺にできたのは迷子にならないようにかろうじて彼女についていくだけだった。


(ぶっきらぼうな子なのは分かっていたけど、道案内がこれじゃあ、もはや職務怠慢じゃないのか?)


 それでも窓の景色と大体の距離感からこの城の全体像が掴めてきた。

 今俺がいるのが中心にある一番大きな主城。対して俺が召喚されて二度寝していたのが、主城と隣接する東の城で東塔って呼ばれているらしい。じゃあ西には西塔があるのかと思っていたが、リグレッタはなかなか西側の説明へ向かう様子は無い。

 その態度が気になったので、主城を登っている時にヒョイと西の窓を覗いてみる。しかしそこには塔は見えず、なんと塔の代わりに瓦礫の山が鎮座していた。


「なぁ、リグレッタ」


 無視された。


「おいってば!」


 カチ、………チャキン


「何ですか、騒々しい」


 さっきみたいにサーベルを抜こうとしたところを思い留まったリグレッタ。


(無茶苦茶怖えぇぇ!)

「……えっと、さっきから説明を避けているみたいだけど、城の西側と街が所々崩れているのはなぜなんだ?」

「――むぅ、お気付きでしたか……」


 やはり隠そうとしていたのか、少し驚きながらもリグレッタは今度は丁寧に説明してくれた。


「先月……10日前の早朝でしたか。トルゴレオの西部で大きな地震があったのです。西部と違い中央のこの街ではそれほど凄まじい揺れではありませんでしたが、それでも老朽化していた西塔や民家に被害がありました。」


「地震……うへぇ……」


 日本は地震の多い国なので地震の恐ろしさはよく知っている。現代の建築技術ですら大地震の際は被害が起こるのにこの城のような中世の建物ではひとたまりも無かっただろう。


「――何人、亡くなった? 老朽化したとはいえ余波だけで石造りの城が崩れたんだ。"西部"とやらはもっとずっと酷いんじゃないか?」


「……はい。今わかっている限りでは8000人近く、しかも西塔に住んでいた王直属の"魔術師"が全滅したので復興どころか被災者への支援もまともに行えず……現在も死者は増えつつあります」


「待った! そういえばそれ、それ! 自己紹介の時も言ってたよね? そもそも魔術師ってのがわかんないんだけど。手品師マジシャンとは……違うんだよね?」


 "手品師"といった瞬間 ビキッ!とリグレッタのこめかみに青筋が走った。


(ちょっ! 禁句だったか)


 慌てて手で頭を庇う。

 しかしこれはなんとしても聞いておかなくてはならない。

 俺がこの世界に召喚された方法は、どう考えても力学とか物理学とかを超越した魔法の類の力の筈だ。


――"夢にまで見たファンタジーの世界だし、しばらくはここに居てもいいかな"


 というのが今の感想だが永住するつもりはさらさらない。役目が終われば返してくれるのだろうが、できれば帰る手段は自分で掴んでおきたいのだ。


「ふぅん……どうやら私を馬鹿にしてるわけではなく本当にご存知無いのですね。いいでしょう、あなたにも関わりのあることですし少し話しておきましょうか」


 そう言うと彼女が今まで俺に向けていた威圧的な雰囲気が少し和らいだ気がした。

 ってか俺王様のはずなのに敬称すらなくなって「あなた」なんて呼ばれている。これはいい傾向なのかそれともただないがしろにされているのか、微妙なところだ。


「我々の言う魔術師というのは、手品を行う人間のことではなく現実にはありえない現象を願い、言葉にすることで現実にする"魔法"をコントロールできる者のことです。一般的には各国で登用試験を受け、いくつかの魔法をそれぞれ10回以上行使できた人間がそう呼ばれます」


「10回!? かなり多いな。それだけの魔法が使えるかどうかってのは個人の努力次第なのか?」


 ってか国の登用ってことは公務員なのか?

 俺は自分の中にある公務員を思い浮かべる。もしトルゴレオの魔術師が日本の市役所職員と同じメンタリティを持っているとすれば、例えばダンジョンなんかで魔法に頼ろうとしたら"あ、もう定時なんでこれで失礼しますね"なんてこともあるかもしれない。そんな魔術師がいたらある意味敵より恐ろしい。


「そもそも魔法の素養というのはどんな人間にもあるのです。ただ殆どの人間には力を得るきっかけが得られず、たとえそんな機会があった人間でも意思の力を行使するのは日に一回の行使が限界です。しかし、極稀ながらきっかけを得て強い“意志”を持った人間であれば"魔法反動"に耐えて複数回魔法を行使することができるようになります。その目安というのが10回という回数なのです」


「つまり…世の中には魔法が1回しか使えない奴と10回以上の奴の両極端しかいないわけだ。」


「ええ。ただ実際は扱う魔法の強弱や"魔法反動"への耐性もありますので10回という回数でではなく自分の意思で魔法をコントロールできるか、というのが試験のキーポイントなのです」


 じゃあもし試験で"10回火を灯せ"っていわれたら盛大な炎じゃなくて、しょぼい火種を10回着けても合格なわけか。なるほど。それが強弱のコントロールってわけか。


「ん? 今言った魔法反動ってのはなんなんだ?」


「魔法反動というのは魔法を本人のキャパシティ以上に使ったときに起こる精神への激しい苦痛のことです。さきほどは稀にいる強い意志をもった人間といいましたが、要はこの苦痛に対して鈍感な人間と言ったほうが正しいのかもしれません」


 ゲームでいうMP消費のようなものか。

 ただゲームと違うのはMPが0になったら魔法が使えなくなるのではなく、MP消費の苦痛に耐えられなくなったら魔法が使えなくなる、という所だ。


「つまり魔法を使うと必ずしっぺ返しがあるから、その苦痛に鈍感な奴もしくは耐える根性のある奴が魔法を何回も使えて魔術師って呼ばれるわけだ! なんだ、それを早く言ってよ。1分で済む話じゃん」

「……酷い暴論ですが、まあ概ね正しい認識です。西塔の魔術師たちは魔法での伝達力や探査能力を生かして、王直属の官吏として働いていたのですが、それが全滅してしまったので被災地の状況が殆ど把握できないのです」


 現代の日本でもどこがどれだけ被害を受けたか、という情報がないと支援は始まらない。電話や無線なんてないこの世界ならなおさら魔術師とやらの重要性は高まるだろう。そうなると一刻も早く被災地には魔術師を送らないといけない。食料も、住宅も失った難民というのは加速度的に死者を増やしていくのだ。


「はぁ、なるほど。じゃあ今この国に魔術師は何人残ってるんだ? 君も含めてすぐに行ってもらわないといけないんじゃないか?」


「今この国には私を含めて3人、官吏ではない騎士団所属の魔術師が生き残って西部で調査活動を行っていました。私も調査に参加していましたが、一昨日突然首都への帰還命令がかかったのです。そして今朝首都に到着して父に理由を問いただしたところ "新しい王を異世界から召喚したから、その護衛に就くように"と言いつかって今に至ります。"異世界"というのは正直理解し難い概念でしたが……どうやら遠い外国といった認識で良さそうですね」


 そこまで言い終えると、彼女は白金のツーテールを振って佇まいを直す。そうすると、さっきまで少々和らいでいたはずの表情がすぐに元の不機嫌なそれに戻った。


(ちょっと残念だな。でも、)


 これでようやく彼女が不機嫌な理由がわかった。おそらくトスカナが異世界人である俺でも不便の無いよう、無理を言ってリグレッタを呼びつけてくれたのだろう。震災の支援で、人命のためには一刻を争うってときに首都まで呼び戻されて、わざわざ見知らぬ男の道案内なんてやらされたらそりゃ不機嫌にもなるか。


「なるほど、大体話が見えてきたよ。そりゃ仕事の無い護衛に比べれば、被災地の調査は重要だし人命のかかった一大事だもんな。俺からトスカナにすぐに西部へ戻してもらえるように頼んでおくよ」


「いえ、あなたの命こそ国を左右する一大事です。気を使っていただいているようですが別に任務に不満があるわけではありません」


「ってそんな不機嫌な顔で言われてもなぁ。別に身の危険なんて無いだろうし……」


 そりゃ男として、こんな可愛い子が家臣で護衛なんて夢のようなシチュは逃したくない。しかしそんな邪な欲望のせいで何人もの犠牲を出しては、さすがに素直に楽しめる気にはなれないのだ。


「いつも不機嫌そうというのはよく言われますが……危険が無い? あなたは……いえ、シュージ陛下は異世界から召喚されて王になる理由をなんと聞かされているのですか?」


 彼女はいたく困惑した様子だった。

 なんだ、この空気? すごく嫌な予感がする。


「えっと、トスカナはこの王国に迫る大いなる闇を打ち払って欲しいとか言ってたな。異世界に来て魔物やら魔王やらを倒せっていうのはよくあるパターンだよな」

「そんな……」


 リグレッタは目を丸くして呆然としているけど、一体何が意外なんだ?

 だって、よくあるパターンじゃないか。

 一般人が異世界で、巻き込まれて、冒険して、悪者を倒して、最後には帰れる。ゲームや漫画ごしに俺は何度もそのパターンを見てきた。今回のは、たまたま俺が引き当てたなんだか面白いイベント。あの石畳の部屋に召喚されてから今までそう思ってきた。

 しかし彼女の焦りようは尋常ではない。その様子に、今度は俺が重大な思い違いをしていることを悟らされた。


「シュージ様はその説明で納得なされたんですか? こんな、異世界で突然王になれだなんて」


「いや、すぐ寝ちゃってさ。どうせ時間制限は無いってパターンだろ? なら――」


「パターンだろ、ではありません! 常識で考えてください! 今時、魔物や魔王なんて物のためにわざわざ異邦人を王に据えたりしません! 大いなる闇なんてただのごまかし、この国は実在する脅威に晒されてるんです」


 突然、大声で怒りだすリグレッタ。その怒りは俺というよりも、どこか別の誰かに向けられている感じがした。


「実在の……脅威だって?」


 魔物や山賊を倒し讃えられる英雄、剣を振るい魔法を使いこなす勇者、そして卓越した知恵で国を治める賢者、今まで妄想してきたパターンのどれもがこの状況とは当てはまらない。

 ここにきて2回目の冷や汗がでる。2回目の、そして致命的な思い違い。また血の気が引いていく。


「今、この首都に迫っているのは敵国の兵3万3千! 対してわが国は7日前の会戦で主力の騎士たちも、王も、皆戦死してしまったんです!」


「せ、……戦争中だって!? しかも王族は7日前に戦死って……じゃ、じゃあ、俺は……?」


 そんな国で王としてなにかできるわけがない。もし即興の王様に今、できることがあるとすれば――


「王位継承者はいない! でも、貴族たちが責を追わないためにはどうしても王が必要だった!」


「言ってはならんぞ! リグレッタ!」


 前方からトスカナの声が聞こえた。帰りの遅い俺たちを探していたのだろうか、リグレッタを止めようと廊下の向こうから走って近づいてくる。その必死さがリグレッタの言葉が真実だと教えてくれた。

 知らずに涙が出てくる。

 この後は考えたくない。自分の、楽しいはずの異世界譚がそんな地獄のようなものだと認めたくない。

 しかしリグレッタは止まらない。まるで現実そのもののように言葉を恐ろしい刃として俺にぶつけてくる。


「負け戦に! 貴族達のために! 敗戦の責任を取らされるために呼ばれたんです! シュージ王だなんて呼ばれて良い気になっていたのですか? 何故きちんと考えてすぐ断らなかったのですか? あなたは――」

「言うんじゃない、リグレッタ! そこまでだ!」


 トスカナがようやく追いついてリグレッタの手を引いた。

 リグレッタは父親に逆わない。引かれるがままに俺から遠ざかっていった。


「失礼します、陛下。少しこの子と話がありますので、こちらの準備室にてお待ちください」

「………………」


 もはや俺にトスカナの言葉は聞いていなかった。

 最後に聞こえたリグレッタの言葉だけが俺の頭の中で響いている。


――あなたは、生贄としてこの世界に連れてこられたんです。


「そんな、嘘だ…」

 体から全ての感覚が消えうせていく。

 召喚されて半日。

 俺の持っていた幻想は粉々にされて、現実だけが剣として俺の心に刺さった。


――――ズブリ



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ