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雲霞の如く(3)

前書き 今回は主要キャラが一人もいないので三人称視点を使ってみました。

読み難かったらごめんなさい。 前書き終わり

39、極大重力


『反乱に乗じて兵を興し、あろうことか次期国王を自称するエンローム侯爵の野望を打ち砕くため、南部に住む全ての市民の力を貸していただきたい!』


 トルゴレオ王国南部地方に"赤獅子騎士団討伐に向かったウェイバー卿の部隊が全滅した"という衝撃的なニュースが走ってから更に一日。

 南部の中でもエイブラムス領を含む9つの貴族領のあらゆる場所にこんな看板が立てられた。

 この看板、要するに募兵の広告なのだが、その内容のほとんどに大した意味は無い。つらつらと書かれているのはキスレヴに攻めれらているトルゴレオの現状とエンローム侯爵の非道だけで、むしろ王に協力しない貴族への批判が入っていないだけマイルドな内容と言える。

が、領民と貴族達が注目したのはそんな大義名分ではなく、看板の最後に記された兵への褒章に関する文言だった。


『部隊の編成は地域単位で行う。なお参加した市民には全員に金貨3枚の報酬を与え、更に戦場において最も勇敢だった部隊には金貨8000枚を、部隊長には官職の地位を与える』


 金貨三枚といえば一般市民なら2ヶ月は遊んで回れる大金であり、"勇敢"であるだけで部隊に8000枚もの金貨を配るというのは褒章としては不自然な程の大判振る舞いだ。

 勿論、分別ある人間ならここまで怪しい条件の募兵には応じない。なぜなら戦場では軍事訓練を受けていない民兵というのは戦力として極めて頼りない存在であり、そんな部隊にここまでの大金をかけるのは国王にとって苦し紛れの作戦なのか、囮か壁として消耗させるのが前提でそもそも払う気が無いかのどちらかだからだ。

 では分別の無い人間――主にチンピラや、現状の貴族達の統治に不満を持っていたり、極端に愛国心の強い人間――はどうだろうか? 彼は反骨精神あふれる"内乱の南部"の人間の中でも特に攻撃的な人種(領主からすれば危険分子)に当たるのだが、国王のこのいかにも怪しい募兵にはさすがの彼らも当初は参加を躊躇した。

 しかし、金への誘惑は絶対だ。

 周囲が反応しないこともあり、当初は見てみぬ振りしていた彼らだったが、看板の最後に書かれた魔法の言葉が自制心を破壊し、疑心と焦燥感をかき立てた。


『――ただし各地域先着2000名限定! お早めに!』


――ひょっとして、これは本当に良い儲け話なんじゃないのか?

――モタモタして金持ちになるチャンスを逃したら……

――もし、あいつらだけが金持ちになって帰ってきたら……


 これが日本であれば通販どころか野菜の即売でも使うようなありふれた言葉であり、気休め以上の効果は現れなかっただろう。しかし印刷技術も無く、宣伝広告に慣れていないトルゴレオの人間にとって"限定"という言葉は考えれば考えるほど何やら魔的で深遠な意味がある言葉のように思えてくるのだ。

 結果、彼らは看板が立てられたその日の日没を待たずして募兵所のある街へ殺到することになる。


***


 トルゴレオ南部の上級貴族であるマイラノ・シャームン子爵は今朝方領内のあらゆる村と町に建てられた看板に関する部下の報告を聞いていた。

 報告の内、看板の内容は特に興味を惹く物ではなない。問題は看板の数だ。

 領内に建てられた看板は63枚。読むのはともかく書き文字の教養など殆どないこの領地の人間に、これだけの数の看板を作らせるのは難しい。恐らく以前から外部の人間、つまりスパイが何人もこの領地で活動していたということになる。

 これはまずい。なぜならマイラノ子爵には他人に知られたくない事柄――密貿易や犯罪組織の経営――などの心当たりがわんさとあるのだ。

 ペンをインクにつけ、証拠を処分させるための命令書を書こうとしたその時、ドアがノックされ執務室付きの若い守衛が部屋に入ってきた。


「マイラノ閣下! 庭師のファーブが閣下に面会を求めております」

「……ファーブだと? 賃金の交渉なら執事にやらせよ。私は忙しいのだ」


 あまり使用人の顔や名前を覚えないマイラノ子爵だが、この庭師だけは覚えている。確か初老の酔いどれオヤジだが仕事はキチっとする職人気質で、何度か腕が良いと褒めてやったことがあったはずだ。


「ですが閣下、ファーブは青獅子騎士団の使者を名乗っておりまして……」

「騎士だと? どういうことだ? あいつは白昼夢でも見ているのか?」


 これだから酒好きは……と頭を抱える子爵。

 庭師が騎士を名乗るなど、相当酔っているとしか思えない。


「酔っている様子はありませんでした。それにここに来るのに青い獅子の入ったサーコートと正規の騎士章を身に着けております。恐らくは事実かと……」

「馬鹿な……!」


 青獅子騎士団といえばトルゴレオ、いや大陸一と言っていいほどの諜報機関だ。しかしいくら優秀だと言っても、まさか並居る庭師職人を押しのけて子爵お抱えの庭師になるほどの職人がスパイだったとは……。


「ええいっ! なんということだ!」

「あのう、閣下。ファーブの奴はどうしましょうか?」

「通せ! ……どうせろくな話じゃないだろうがな」


 衛兵が出てから間も無く、執務室に一人の男が入ってきた。男とは勿論ファーブのことなのだが、子爵にとってサーコートを着込み、椿油で髪を整えたこの老騎士をあの飲んだくれの庭師と同一人物と見るには少々時間がかかってしまったのだ。


「ご機嫌麗しゅう、子爵様」

「ファーブ、まさかお前にそんな口上を述べる教養があったとはな」

「はて? 私はそんなに無礼な口をきいていましたかな?」


 苦々しい思いで目の前の偉丈夫を睨みつける。だがこの程度のことでスパイが怯むわけもなく、肩を竦められただけで終わった。

 気を取り直して椅子に深く座りなおす子爵。


「で、何の用だ? わざわざ正体をバラしたのに、世間話に来ただけではあるまい」

「さすがはマイラノ子爵様。話が早くていらっしゃる。本日は国王陛下からあなたへの召集命令を伝えに来たのです」

「ほう、国王陛下といえばエンローム"陛下"のご命令か」


 ファーブの言う"国王"という言葉が誰を指しているのかは分かっていたが、エンロームに味方しているという立場上わざと間違えて聞き返す。

 エンロームの発表ではあの異邦人はすでに戦死したということになっているが、実は存命しており北部の貴族の傀儡としてエンロームの軍と戦っているというのはすでに南部中の人間が知っていることだった。


「……シュージ陛下がご健在であることは既にお伝えしていたはずです」

「知らんな。それにもしお前の言う事が事実だったとしても、国家の危機的状況を異邦人の若者に任せるよりは家柄と確かな経験のあるエンローム"陛下"に頼りたいと思うのが普通ではないか?」

「そうでしょうか? シュージ陛下はお若いですが既に戦での頭角を現し始めています。対してあなたの陛下とやらはどうも頼りないのではないですか?」

「………………」


 ファーブに痛いところを突かれて押し黙る。

 歴史的な大敗を喫したキスレヴ戦といい先日の息子のウェイバー卿の敗北といい、確かにエンロームには往年のキレがない。しかしそれでも彼は保守系の貴族の中では抜きん出た実力をもった知恵者であり、財政を立て直すために貴族である自分達の既得権益を奪うであろうトスカナ内務卿の傀儡である新国王を支持するよりはいくらかマシだった。


「……私はそもそもこの戦いに参加する気は無い。お前もわかっているだろが、人を動かそうと思ったらまず利益を与えないとな。なあファーブ、あの若造は果たしてそのことを理解しているのか?」

「ええ、ええ。勿論、わかっておりますとも」


 言外に賄賂を寄越せとせっついてみる。果たして新国王にそれだけの財力があるか疑問だったが、ファーブが苦笑いしながら懐を探るのを見てマイラノ子爵は舌なめずりをせんばかりになった。

 勿論、金を貰っても本当に新国王の味方をする気は無い。自分にそれ以上のメリットが無いとわかったらボイコットするだろうし、参加したフリをして裏切ってもいい。状況はエンローム侯爵に有利だが、もし侯爵側の戦況がまずいようなら、その時は遅参したと言って何食わぬ顔で国王側に参戦すればいい。今まで散々自分を悩ませた反乱分子は戦場にいるのだから、エンローム侯爵側に参戦するのと違い心置きなく本拠地を留守にできる。

 マイラノ子爵にとってこの戦はその程度の、消極的なものでしかなかった。

 エンローム侯爵側からすれば、自分達南部の貴族は不安定ながらも唯一の支持基盤であり自分の王位を保障するためにどうしても必要な根拠である。

 一方、新国王からしてもエンローム以外の南部の貴族達が治める領地の人口はトルゴレオ王国の総人口の3割――西部亡き今は半分以上――にも達する大勢力であり、例え多少反抗的だったとしても、今後も続くであろうキスレヴとの戦争を考えれば決して高圧的には出られないはずだ。

 こうして上級貴族たちはどちらにも味方することなく、この内乱を傍観し続けることができていたのだ。

 しかしその不可侵の魔法は本日、民衆にかけられた新たな魔法によって打ち砕かれることになる。

 ファーブが懐から取り出したのは金貨の入った袋などではなく、一通の手紙だった。


「……なんだこれは?」

「国王からの正式な召集命令書です。これに従わない場合、あなたは後日裁判にかけられ恐らくは領主としての権利を取り上げられることになります」

「馬鹿な! こんな紙切れに実行力があると本気で思っているのか!?」


 命令書の馬鹿げた内容に――何より国王が自分に金を払う気が無いと知り、一気に頭に血の気が昇った。

 そんな子爵の様子にも関わらずファーブは極めて冷静にこう言った。


「命令自体にはないでしょう。しかし、あなたはそうせざるを得ない立場にいる」

「世迷いごとをっ! ならば言ってみろ、私が一体何故あんな若造に従わねばならないというのだ!?」

「いいでしょう。では……まず今朝我々が行った募兵についてどこまでご存知でしょうか?」

「あの立て看板か。ふん、あんな妄言を信じる人間など、ブーブー不満を言うだけの豚かせいぜいチンピラ共だろう。反乱分子を戦場で殺してきてくれるなんてありがたくて涙が出そうなくらいだ」

「確かに、もし我々が負ければその通りになりましょう。しかしマイラノ子爵、想像してみてください。我々が勝った場合あなたはどうなるでしょうか?」

「はんっ、どうなるかだと? どうもならないに決まっているではないか!」


 確かに命令を無視するのは違法だがそれだけの事だ。少なくとも国王には脅し通りに不参戦のマイラノの地位や身分を奪うようなことはできない。もしそんなことをすれば南部中の貴族から非難を受け、最悪の場合もっと大きな内乱が起こることになるからだ。


「違います。あなたから全ての特権を剥奪するのは我々青獅子騎士団でも、国王陛下でもない。あなたの領地を脅かすのは我々が徴募した民兵――あなたの言う反乱分子達です」

「それこそ無理というものだ。例えそこそこの数がいるとしても、連中に何ができる? 奴らは何も――」


 何も持っていない。例え一所に集まっても所詮は雑兵。軍隊の強さを決めるのは装備と経験であり、ましてや強力なリーダーもいない雑兵などただの肉の壁ぐらいにしかならないのだ。

 しかしここまで一切表情を変えなかったファーブが初めてニヤリと笑う。


「それも違いますよ閣下。我々が勝利した時この領地に戻るのは軍事訓練を受け、実戦経験を持ち、大貴族を打倒したという実績と、豊富な資金力を陛下から授けられた"愛国者"達なのです」

「なっ……!」


 どういうことだ――と聞き返そうとしてすぐにその意味を察する。

 そしてその構想のあまりの大胆さにマイラノ子爵は一瞬だけ言葉を失った。


「…………馬鹿なっ! 国王自ら反乱軍を組織すると言うのか!? あの若造、それで本当に国王だというのか!? ……いや、例え体裁が整ったとしてもチンピラ共にそんなこと、できるはずが……」

「心配後無用。"愛国者"達は我々が指導します。幸い、あんな怪しい看板を信じるような人間ばかりですからね。素直に我々の言うことを信じてくれるでしょう」

「そのためにわざわざ操りやすい馬鹿だけを集めたというのか……! 下手をすれば王国全土に広がる革命になるというのに……」

「さて、そうならないためにマイラノ子爵閣下のお力が必要なのです。民兵は各地域の代表によって統率される……つまり子爵閣下が自らご出陣なさり、前線で民平達より奮闘なされば名誉も褒章も全てあなたが受け取ることができるんですよ」


 つまりファーブは"革命を起こされたくなければ戦え"と脅迫しているのだ。

 しかも民兵を置いて前線で戦え、というのがまずい。自分の命の危険もそうだが、この配置ではもし裏切って国王を倒そうとした場合、スポンサーを守ろうとする民兵達に背後から叩かれてしまう。勿論、通常であれば自分の兵達が民兵ごときに倒されるはずはないが、金への忠誠という奴は時に人間を死に物狂いにさせるのだとマイラノ子爵自身がよく知っていた。


「いかがでしょうか? もう、そろそろ観念して閣下の騎士達を招集していただけませんかな?」


 "もう結論は決まっているだろう"という調子で目の前の元庭師が言う。その態度が妙に腹立たしい。


「ならんぞ、ファーブ! 話はまだ終わっていない! 私がこんな話を聞かされて大人しく募兵を行わせるとでも思っているのか!?」

「募兵を妨害する、と? それは下策ですぞ子爵閣下。せっかく2千人に限定しているのに、ここであなたが募兵の邪魔をしてしまえば、応募者達は勝手に直接シュージ陛下の下へ向かい合流してしまうでしょう。この戦、ただでさえ戦力が逼迫しているというのに、ここでさらに戦力が増えてはさすがにエンローム侯爵殿も苦しくなるでしょうなぁ」

「き、貴様ぁ……!」

「さあ、いい加減選んでくださいマイラノ子爵。我々について戦にいくのか、それともここで傍観するのか」


 ファーブに神経を逆撫でされ、ギリギリとマイラノ子爵が歯軋りをする音が執務室に響く。


――上り調子だが民兵頼みで兵の質で劣る国王と、大規模な騎兵部隊を持つが連敗中のエンローム侯爵。


 子爵はこのまま自分達が静観しても、時間の利があるエンローム侯爵側がこの戦いを優勢に戦いを進めるだろう、とさっきまではそう思っていた。

 問題はこの話を聞いている人間がマイラノ子爵だけではないということだ。

 国王の策略によりこちらからは何もできないエンローム侯爵軍に比べ、兵の質を人数でカバーする国王軍は貴族軍が味方すればほぼ確実に勝てる。

 国王によって示されたのは"利益はあるが極大のリスクを背負う可能性のある傍観"と"リスクもメリットも少ない積極介入"。全員が前者を選んだのならまだいい。しかしもし後者を選ぶ貴族が二人以上現れたら……。


「くぅ……」


 ハイリスクハイリターンか、無難な損切りか、脂汗を流しながら必死に考えるマイラノ子爵。

 そんな彼最後の一押しをするべく、初老の騎士はそっと子爵の傍に寄り、アダスから教えられた魔法の言葉を耳元で囁いた。


「そうそう子爵様。先程子爵様がおっしゃった"利益"の話ですが、実は国王陛下からこのたび味方してくださった上級貴族の方には<先着3名様>まで、我々青獅子騎士団が突き止めた犯罪行為の恩赦と、脱税された金の支払い猶予を与えてもよいと約束いただいております。どうでしょう、それでもお考えは変わりませんか?」

「………………」


 先程まで脂汗を唸っていた子爵がその言葉を聞いた途端、がっくりと糸の切れた人形のように肩を落した。


「………………くぅ」

「マイラノ子爵閣下?」

「………………………………………………………………守衛よ」


 子爵がボソっと呟くと同時に手元のベルを鳴らす。

 すぐにドアの前に立っていた兵士が飛んできた。


「御用でしょうか、マイラノ閣下!」

「今日中に……いや、今すぐに戦の準備をせよ! 我が軍の部隊長を呼べ! なんとして他の者より先に国王陛下の元へ向かうのだ! ……こうなったら恩赦も猶予も、褒章も全て私の物にしてやる! 急げ!」


 部下を蹴りつけ、まるで人が変わったかのような積極さで指示を飛ばすマイラノ子爵。

 あの言葉にどれだけの威力があったのか、子爵はファーブさえも置き去りにして執務室を飛び出し兵舎の方へ飛び出していった。


「ほほう、まさかここまで覿面てきめんに効果が出るとはな。あの国王、さすがはアダス殿が認めただけのことはある」


 魔法の言葉が十全に機能したことを確認してファーブが感心したかのようにうんうんと頷く。

 こうしてまた一つの軍隊が、この魔的で深遠な言葉によって召喚王の元へ馳せ参じる事になったのだった。



後書き 長い長い説明文、本当にごめんなさい。

要するに今回の内容は主人公達の悩みであった「貴族は裏切りが怖くて援軍として使えない!」→「じゃあ貴族を見張る部隊がいればいいんじゃね?」→「民兵の忠誠心を金で買って貴族への脅しと見張りに当てよう!」という内容を更に細かく補足したものでした。

戦略なんて気にならないなんて方は飛ばしても大丈夫です。

内容に穴がありそうなところは“一言”だけでも結構ですのでガンガン質問してください。ただし質問は<先着100名s(以下略)


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