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雲霞の如く(2)

38、春爛漫と断頭台


 医務室を血塗れにして作戦が決まった後、赤獅子騎士団が出撃準備を整え明朝には出発しようかという時にアンが医務室にやってきた。

 俺は昨日から度重なる失血でやや貧血気味だったが、一眠りしたおかげで具合は少しはマシになっていた。


「シュージ様、もしよければ城下の町まで下りてみませんか?」

「城下の町?」


 そんなところがあったのか?


「ええ~、普通の城下町じゃなくて山を降りて少し歩いた所にある町なんです。ここは煤だらけですし、シュージ様も移動と戦闘ばっかりじゃ気が滅入ると思って……」

「うーん……」

「駄目ですかぁ……?」


 正直、まだ歩くのは辛い。

 しかし寝過ぎたせいでそろそろ首が痛くなってきたし、城下町という奴にも結構な興味があった。


「いや、行ってみたい。是非連れて行ってくれ」

「わぁ! じゃあ、私着替えてきます! シュージ様、城門で待ち合わせましょう」

「わかった」


 飛び上がるようにして喜ぶアンキシェッタ。こんなことでここまで喜んで貰えるのならお安い御用だ。

 パタパタと駆けていくアンの後ろ姿を、俺は手を振りながら見送った。


「……あれ? 観光っつーか……コレってデートじゃないか?」


 アンがいなくなり、少し寂しくなった医務室でぽっとつぶやく。

 ハマミといいレオスといい、そういえば今までゆっくりとこの世界を観光したことがない。

 初観光がアンと二人きりという嬉しいシチュエーションに若干のワクワクを感じつつ、俺はベッド脇の棚に置いてあった服に着替えることにした。途中、ちょっと思い付いて医務室の棚からガーゼの眼帯を失敬すると、服に煤がつかないよう気をつけながら外へ出た。

 クリクス城は昨夜の煙のせいで、廊下は床も壁も天井もどこもかしこも煤だらけになっていた。少し指で触れてみるとただ真っ黒な煤というだけでは無く、ベトベトとした嫌な感触が指に残った。どうやら煙の中に油か何かが含まれていたらしい。留守部隊は随分掃除に苦労するだろうなぁ、なんてことを考えながらカーテンで指を拭い、城門へ向かった。

 城門で待っていると、青のチュニックとロングスカートという装いに着替えたアンがやってきた。


「お待たせしました~! ――ってあれぇ? シュージ様、その眼帯……?」


 アンが指差したのは俺が右目に着けたガーゼの眼帯だ。


「右目をお隠しになるんですか? せっかく綺麗なのに?」

「いや、ほら? この眼って人前に出ると視線が痛いっていうかチクチクするし……それに、光る眼なんてみんな気持ち悪いだろう? 悪目立ちしても良い事なんてないし……」

「気持ち悪いだなんて……そんなことありません! 確かに、普通とは違うけど、でもその眼はもうあなたの眼でしょう? 世界であなた一人だけの、特別な眼じゃないですか。たとえ奇異に見えても私が誰にも文句なんて言わせません。シュージ様は堂々としていればいいんです!」

「そ、そうかな?」


 アンの真っ直ぐな言葉も効いたが、"特別"という言葉に思わず自尊心がくすぐられる。


「そうです! ……人の目なんて気にしてもちっともいいことないですよ」


 何か思い当たることがあるらしく、肩を落して落ち込むアンキシェッタ。


「あ、ああ! そうだよな! 外すよ。うん、外す! あーやっぱり裸眼の方がキモチイイナー」


 重くなりかけた空気を振り払うべく、俺は慌てて眼帯を毟り取る。なんとか事態を打開しようと話の方向転換を試みた。


「そ、それより城下町なら買い物をするんだよな? 俺、こっちのお金って持ってないんだけど……」

「あ、それなら私がアダスさんからお預かりしてきました。中は見てませんけど、ちゃんと小銭は入れてくれていたみたいですよ」


 作戦成功。誰でもそうだがお金の話という奴は大抵の人間を真面目にさせる。特にアンキシェッタは赤獅子騎士団の経営を手伝っていたおかげでこういう話題には敏感だった。

 アンから紐で口を縛られた握り拳大の革袋を受け取る。受け取ってみると革袋は結構な重量があり、中にはピカピカした金銀銅の硬貨がぎっちり収められていた。


「…………これってもしかしてすごい大金じゃないのか?」

「幾ら入っているかは知りませんけど、全部が金貨だとしてもシュージ様のお立場を考えれば少なすぎるくらいです」

「そ、そうなのか……?」


 革袋から適当に一枚、金貨を取り上げる。初めて手に取る不朽の金属でできた硬貨にはツヤツヤした本物の金の輝きと、知らないおっさんの顔が彫刻が彫られていた。


「これ誰?」

「これは……先々代の王、ティーゲル5世陛下ですね。前回の金貨の改鋳を行った方で、15年前のキスレヴとの戦争で戦死なされた方です」

「へぇ。なんだか面白いな。俺の国では作家とか学者の顔が描かれていたからさ」

「作家や学者さんですか? へぇ~! そっちの方が色々な種類があって面白そうじゃないですか! この国の金貨ってこれで10枚目なんですけど、王族だからどれも同じような名前と顔ばっかりなんですよ~」

「ふ~ん。王様の肖像か~」


 俺に全然似てないな。当たり前だけど。

 金貨をためつすがめつする。金貨の表にはフワフワの巻き毛のおっさんが、裏にはひらがなとタイ語とハングルとごっちゃに混ぜて3で割ったようなトルゴレオ独特の文字が書いてある。恐らく"1トルゴレオ金貨"とか書いてあるんだろう。

 

 ――今更だが、俺はこの国の字が読めない。言葉は通じているので文法や句読点は共通しているらしいが、漢字は無くこのやたら丸みをおびた独特の文字を表音文字として使用しているらしい。

 勿論、公的な仕事をする以上文盲ではいられないのでいずれは習わなければいけないのだが、教養が無いと思われかねないのでいつか独学でこっそり習得する予定だ。ま、字なんて読めなくても全然生活していけてるんだけどね。


「じゃ、行きましょうかシュージ様」

「ああ、行こう行こう!」


***


 城下の町――周囲からはクリクスの町と呼ばれている町はクリクス城から一時間ほど歩いた先にある。クリクス城直下の城下町だが、普通の城下町と違い非戦闘地域とするために高い城壁や堅牢な城門が無く、代わりに丸太を組んで積み上げた簡便なバリケードで町の周囲を囲んでいた。


「防衛はできないし、たまにイノシシが入ってきますけど、これはこれで結構便利なんですよ~」


 バリケードを眺めているとアンが言った。


「まず町が無防備なのに対して城が少し離れているので敵は占領されにくいですし、人口が増えてもすぐに拡張ができます」

「ほ~」


 確かに、この町の建物は今まで見たハマミやレオスのような都市計画に沿って同心円状に建てていくのではなく、あっちにポコポコこっちにポコポコと節操が無い。おまけに木造の建物もあれば石造りの平屋根や尖塔がついている建物まであった。


「建物がごちゃごちゃなのは赤獅子騎士団が鉄砲を仕入れている関係で、北部の私の実家――メルコヴ領からたくさん商人が来ているせいでもあるんですけどね~。あと、城壁が無いせいで怪しい人とかがいっぱい移り住んだりしてるせいでもあるんけど……まあ、今の所景気が良くて仕事もありますからね。まだ特に問題にはなっていません」


 申し訳程度の検問をくぐり町の中の、特に商店が集まる地区を目指す。


「シュージ様はどこか見たいお店とかありますか?」

「えっ? うーん……特に無いかな。もしよければアンの行きたい店に連れて行って欲しいんだけど」

「え、私の行きたいお店ですか? う~ん……お菓子とか手芸のお店なんですけど……シュージ様が行っても退屈じゃないですか?」


 お菓子とか手芸……うん、いい! いかにも普通の女の子が好きそうで、いかにもデートっぽい場所じゃないか。

 アンキシェッタはちょっと困っていたが、日頃あまり見られなかった彼女の趣味が垣間見れるのなら十分以上の価値があるだろう。


「わ、わかりましたよぅ。あの、もしつまらないようならすぐ言ってくださいね」

「いやぁ、アンと一緒ならきっと楽しいよ」

「……うぅ、プレッシャーです」


 若干顔を赤らめながらアンが言った。


***


「いらっしゃいませ、アンキシェッタ様!」


 最初に向かったのはなんだか香ばしい匂いのする木造のお店だ。10人の客が入ってなお余る広い店内はダークブランの木材でシックな内装をしており、商品棚にはトレイに乗せられたクッキーやドライフルーツの他にお菓子を作るための泡だて器や木のヘラ、材料の香辛料や小麦粉や他にも上品なティーセットまで販売していた。俺はてっきりお菓子屋さんといえば日本のパン屋のように菓子パンを数点置いているか、あってもせいぜいケーキがショーウィンドウに並んでいるぐらいだろうとタカを括っていたので、この光景にはかなり驚いた。店は掃除も行き届いていて清潔、品揃えも面白いくらいにバリエーションがあって、トルゴレオに来る前に何度か行った東急ハンズに雰囲気が似ているかもしれない。


「こんにちは。注文の品、届いてますか?」

「えーっと、あ、はい! ちゃんと入荷できましたよ! バニラ・ビーンズとレモングラスですね」

「わあ、よかったー! 最近の事もあるし、無理かもしれないって思ってたんですよ」


 常連らしく、自分の財布から銀貨数枚を取り出しながらも店員の女の子と親しげに話すアン。

 どうやらこの店にはお菓子そのものじゃなくてお菓子の材料を買いに来たようだ。

 一方俺は手持ち無沙汰なのでボゥっと陳列された商品を見ていると、周囲の客のほとんどが女性――それも服装から察するに皆さん結構なお金持ちのマダムやレディだということに気が付いた。その内数人がたまにチラチラとこちらを視線を送ってくる。その視線には敵意以外の――下から上に舐められるような嫌な感じを受けたがさすがに見るのを止めろとは言えなかった。


「――お待たせしました、シュージ様」

「あれ? もういいの?」


 店員と少し雑談していたくらいで、入店して5分も経っていない。


「ええ、欲しい商品は決まっていましたから。トルゴレオは戦争中なのでバニラ・ビーンズが入荷できるか不安だったんですけど……あ、バニラはこの国では栽培できないので、こういう大きなお店で事前に輸入をお願いしておくんですよ」

「今まで漠然と食べてきたけど、お菓子って結構手間がかかる物なんだな……って、そういえばアンも貴族のお嬢様だろ? 料理はともかく、こういう買い物のノウハウってどうやって習ったんだ?」

「実はその……私、子供の頃の貧乏暮らしが長かったので……他のお家にご奉公に行っていたこともあったんです。その時に、しょっちゅう買い物に行かされていたもので……」


 言いにくそうに口元に手を当てて声を潜めるアンキシェッタ。

 ……貧乏暮らし? 貴族なのにご奉公?


「……私の実家は元々南部に領地を持っていた貴族だったんですけど、何代か前の政変で領地を取り上げられちゃったんですよ。財産も私が生まれた頃にはすっかり無くなってしまっていて、子供の頃はむしろ普通の市民より貧しい生活をしていました」


 そんな貧乏暮らしを支えるため、父親のメルコヴ男爵は鍛冶職人の徒弟として、一応貴族として教育を受けていたアンは幼いながらも北部で貴族の少女の話し相手兼侍女として働いていた。

 転機が訪れたのは10年前。北部に領地を持っていたある貴族の家系が断絶し、たまたま家計図を調べていた審査官がこの家がメルコヴ家と遠縁であることを見つけたらしい。

 かくしてアンの父親はイチ職人から小領ながらも領地持ちの貴族に出世し、その職人としての知識を生かして領地を発展させていったということだ。

 今まで思いも寄らなかったアンの過去に俺は思わず感心の声を上げた。


「へぇー! 苦労したんだなぁ!」


 というか6歳の時にすでに家計を助けるために働いていたなんて、ずいぶん健気じゃないか。

 おそらく父親も娘に苦労をさせて随分後ろめたかったはずだ。だからこの年になっても銃に娘の名前をつけるほど溺愛しているのだろう。


「でも……シュージ様はお嫌ですよね。こんな所帯染しょたいじみた女の子なんて。国王様に相応しい女の子なんてティアちゃんみたいな生粋のお嬢様じゃないと……」


 がっくりと肩を落して、本当に悲しそうにアンキシェッタは言った。どうやら今朝感じた彼女のコンプレックスは過去の清貧時代にあったらしい。

 慌ててフォローを入れる。


「そ、そんなことないぞ! ほら、俺なんて生まれも育ちも普通の家だし! それにやっぱり女性の理想像と言えば家庭的なだろう?」

「……………………でも、料理はレッタちゃんの方が上手なんですよ」

「ぐぅ! お、女の子はスキルだけじゃないさ。男と付き合うときの……こう、器の大きさというか……」

「やっぱり、ティアちゃんみたいに胸が大きい方がいいんですね……」

「うぅ! ……って、胸の話はしてないじゃないか」


 なんて手強いコンプレックスだ! 

 ……いや、俺も劣等感の強さに関しては人のことは言えないけど。


「で、でもティアもリグレッタも性格に難があるというか裏表があるというか……やっぱり男はみんなアンみたいに素直で優しい子の方が好きなんじゃないかな」

「…………本当ですか?」


 お、食いついてきた。


「俺の世界でも、男に結婚したい女性のタイプを聞くとやっぱり容姿や財産より優しい女性っていう答えが多いって聞いたことがあるんだ。優しい子が可愛く見えるってのはきっとどこの男も共通――」

「あの、じゃあ、シュージ様も私の事、可愛いって思いますか?」

「へ?」


 思わぬ角度から質問が飛んできた。


「私を、恋愛対象として見てくれていますか?」


 これは……ひょっとしてアレなのか?

 思わずアンを見返す。口が滑ったのではない。彼女は極めて真面目な顔で俺を見つめていた。

 ど、どうしよう! というかどうなんだ俺!?


「あぅ……その、だな……」

「……………………」


 半ばパニックになりながら必死に言葉をつむぎだそうとする。限界の努力の果てに搾り出した答えはしかしどうも煮え切らない物だった。


「………………………………アンはか、優しいし可愛いし恋人にできたらな、と思いますよ? でも結婚するかどうかはお互いにお付き合いしてからしか判断できないと思うんだ」

「………………そうですか」


 俺の精一杯の返答にちょっと残念そうな顔をするアン。

 もしこれがアン1択なら俺も迷うことは無かっただろう。しかし、どうしても考えてしまうのはリグレッタとティアの事だ。二人共アンのように無欠の女性という訳ではないが、やはり半月近い時間を一緒に過ごしてきて、女性にそう簡単に優劣をつけて将来を決めるのは間違っている気がする。

 少なくとも、付き合うことで見えてくる物もあるはずだ。


「うーーん、ちょっと残念ですが……今回は私にも脈はあるってわかっただけ、良しとしましょう」

「かたじけない」


 かくしてどうにか妥協してもらい、アンは元気を取り戻した。


「じゃあシュージ様、私の事をもっと知ってもらうために今日は一日恋人でいましょう!」


 いつもの明るさを取り戻したかと思えば、俺の左手を取り腕を絡めてくるアンキシェッタ。

 行為それ自体より、"一日恋人"という言葉に俺は顔から火が出そうなくらい赤面した。


「ちょ、ちょっと! ここじゃ人目が……」

「いいんですよ。どうせ皆さっきからシュージ様の身分を計ろうと値踏みしていたんですから。ここでこうしていた方が悪い虫が寄らないで済みます」

「あ、そうか。あれは俺の正体を探ろうとしていたのか」


 高級菓子屋に入った若い男。値段や店の雰囲気を見てもあまり動じない様子に、どこかの貴族のように見られていたのだろう。周囲は女性客ばかりなのでもしかしたら、未婚者ということで逆ナンパを受けたかもしれない。

 だとしたら先程までは気味が悪かった舐めるような視線も、急に悪い気はしなくなってきた。


「あー! 駄目ですよ、早速変なこと考えちゃ! 言っておきますけど、私は一途で嫉妬深いんですからね!」


 プゥッと頬を膨らませてアンキシェッタが抗議した。


「い、いや、そんなんじゃないって!」


 怒られるのも当然だ。一日恋人を開始して1分もしない内に浮気を考えたんだから。

 いつもは奥手なアンのちょっと意外な面に驚きつつ、俺達は菓子屋を後にした。



***


「楽しかったですねぇ!」

「そうだな。こんなにゆっくりしたのは久しぶりだったよ」


 あの後、手芸屋で布を裁断するためのハサミを買い、屋台でカラメルで包んだ葡萄――キャンディのように舐めるのではなくカリカリとした食感を楽しむ食べ物――を買い食いして街を散策した。

 町は楽しかったが、さすがに暗くなる前にクリクス城に帰らないと心配されそうなので、早めに帰ることにしたのだ。

 街を離れ、クリクス城までの山道を二人で登る。ようやく城門までたどり着き、上着を番兵に預けた所で城のエントランスで男女が二人何やら騒ぎを起こしていることに気が付いた。


『いいからさっさとラスティとロトンの旦那に会わせとくれよ! 組合ギルドの使いだって言えば――』

『駄目だ駄目だ! 今回はお前達との契約はしないと言っているじゃないか!』

『だから! それはどうしてだって聞いてんの!』


 インテリ系の赤獅子騎士――確かガルベージって人――と言い合っているのは、胸元と足に深いスリットを赤のチャイナドレスに入れたけばけばしい格好の……オバサンだ。ただし服が似合っていない訳ではない。顔も体も大金をかけて手入れしているらしく、顔にも露出している肌にも年齢不相応なハリがあった。

 それよりも……ギルドの使いだって?


「ってかギルド? ねえ、ギルドってあの、ギルド?」

「は、はあ……? おっしゃる意味が分かりませんが……ギルドですよ?」


 アンは戸惑ったように聞き返す。言葉の意味というより俺の反応が理解できないといった感じだ。


「そうそれ! ギルドだよな! おお、さすがはファンタジー世界!」


 ギルドって言ったら、異世界で必ず一度は行ってみたい組織ナンバーワンのあのギルドだろ? モンスターを退治して割りに合わない報酬をもらったり、AランクとかSランクとかやたら格好良い身分制を敷いて不条理なくらい依頼の内容が差別されたり組織だろ?

 こうなった以上、俺もギルメンとして依頼を受けてみたいと思った。


「な、なあアン! 俺もギルドに登録できるかな?」

「え、えー!? シュージ様が? 無理無理! 無理です! その、絶対に無理だと思います」

「えー絶対?」


 やっぱり王様が直接登録したらまずいのかな? それとも危険な仕事だから年齢制限とか難しい試験でもあるのかもしれない。


「い、いえいえ! そう言うことではなくてですね。あの女の人……確かヒロインギルドの方ですよ」

「……ヒロインギルド?」

「その、いわゆる娼婦しょうふのギルドなので男のシュージ様が入るのはちょっと……「」

「しょ、娼婦……それじゃあ無理に決まってるよな」


 アンに言われてようやく、俺は大変な勘違いをしていたことに気が付いた。

 そうか、ギルドって一つじゃないものな。俺が考えていたのはあくまでゲームやマンガの中の猟友会とか傭兵ギルドであって、普通ギルドといえばこういう専門職の組合を指す物だった。

 うーん、さすがに短絡的だったな。


「ちょっと、そこのボウズ! 今なんて言ったんだい!」


 ……え? 俺?

 怒声に振り向くと、先程までガルベージと口論していた娼婦組合ヒロインギルドの女性が俺の方にノッシノッシと大股で歩いてくるところだった。突然のことだったので逃げられず思わず硬直してしまう。


「そう、アンタだよ。言ってみな! 娼婦に何が無理なんだい!」

「ご、誤解だよ! そういう意味で言ったんじゃないってば」

「誤解なもんか、アタシャはっきり聞いたからね。娼婦じゃあ無理に決まってるってさ」


 そういう意味じゃなかったんだけど……やはり権利を守る労働組合だけあって、差別的な発言には敏感なようだ。

 どうやって誤解を解いたものかと悩んでいると、アンが前へ出て俺を庇った。


「ちょっと! 言いがかりをつけて彼に当たらないでください!」

「何さ、言いがかりだって……あん? あなた、女? ……そう。アンタがアンキシェッタね?」


 相手をアンキシェッタと認めるや、怒鳴り声だったオバサンの声がトーンダウンした。


「そうですよ、だったらなんなんですか?」

「確かアンタとあっちの生白なまっちろいのが騎士団の経理をやってるんでしょ? ねえ、お嬢ちゃん、なんとかしておくれよ。赤獅子騎士団の皆さん、もうすぐ出陣だってのに一人も慰労に連れてかないって言うんだ」


 娼婦を慰労に連れて行く……? あー、なるほど。そういう話か。

 騎士団や軍隊といえば若い男が数千人、場合によっては数万人も集まる。そんな圧倒的な数の男共が戦闘中はともかく行軍中は何日にも渡ってただひたすら歩いて休むのだ。この間、間違いなく暇であり多少お金がかかるとしても娼婦が必要とされないはずがないのだ。

 おそらく赤獅子騎士団とヒロインギルドはこれまで出撃がある度に何人もまとめて契約してきたのだろう。向こうにとっては大口のお客さんだったというわけだ。

 俺は果たしてそんな生々しい話をアンができるのだろうかと心配したのだが、アンはその手の話でも全く動じなかった。


「今回は無理ですよ。ウチは借金で財政が火の車なんですよ。とてもじゃないけど、あなた達と契約する余裕はありません」

「そんなことはないだろう? 借金って言ったってすぐ返さなきゃならないわけでもあるまいし。なあ頼むよ、今この城に噂の国王が来てるって言うじゃないか。国王陛下の相手ができるのをウチの若い娘達も楽しみにしてるんだよ」

「駄目なものは駄目です。それに……私の眼の黒いうちは、シュージ様に商売女を近づける気はありませんから」


 先程までの硬い業務用の表情から一転、凄みを効かせたアンキシェッタ。なんだか話がまずい方向に進んでいる気がする。


「商売女とは言ってくれるねぇ。……ふん、あんたみたいな子供が満足させられるのは、貧乏人かせいぜい平の騎士様くらいのものさ。あーあ、まともな女もいないのに王様たちは本当に戦えるのかねぇ」


 目線でバチバチと火花を散らす二人。

 特にダメージを受けたアンキシェッタからはミシリ、と恐ろしい歯軋りの音が聞こえた。


「わ、私はまだ16です! 成長期なんです! これからなんです!」

「へぇ、16!? あたしゃてっきり12、3の子供かと思ってたよ。16でまだそんな体型じゃあ、希望は無いかもしれないねぇ」

「うぐ……! も、もう2,3年すれば私だって……ゴニョゴニョ……シュージ様を満足させられる女に……」

「ふーん、あと三年だって? ははん! 体を持て余した若い男がそんなに待てるもんかね! こんな様子じゃあ、きっと来月にでもあんたに隠れてどっかの店の女とよろしくやってるだろうさ」

「彼に限ってそんなことは絶対にありえません!」

「さて、どうかね。わたしゃ王様がどんなお人か知らないからね。なんならあっちの若いボウズに聞いてみたらどうだい? それでも"絶対"だなんて言えるもんかね」


 女性が指した指の先にいるのは……え? 俺?

 さっきもそうだが、突然話を振ってこないでほしい。というかオバサン、商売の話はどうした?


「いいですよ、ハッキリさせましょう。シュー……いえ、シューベルト君。あなた、まさかこんな汚らわしい女の店に興味があるだなんて言わないですよね?」


 鼻息荒く尋ねてくるアンキシェッタ。

 いや、俺も男だし興味が無いと言えなくも……すみません。実は物凄く興味深々です。

 でもさすがにこの場でこんなことを言えるわけが無いので俺は一つ嘘をつくことにしたのだが、


「マサカー。俺ハ イツマデモ アン一筋ダヨ」

「………………」


 ……緊張して思わず上ずった声が出てきてしまった。

 声のトーンが言葉よりも雄弁に本心を曝け出してしまい、周囲の空気が一瞬で氷のように冷たくなる。

 先程までの暖かい眼差しから一転、失望しまるで汚物でも見るように半眼で睨んでくるアンが怖い。


「くっ!」

「ふふ……あはははははは! "一筋ダヨ"だって! アハハハ、ふ、ふ、ふ、あーおかしい! よかったじゃない、彼の本心が聞けてさ! どうだいこれであんたの勝ちかい?」

「…………認めます。私の見通しが甘かったです」


 どこからか取り出した扇を広げ勝ち誇るオバサンと、苦虫を噛み潰したように顔で俺を睨んでくるアンキシェッタ。気が付けばいつぞやと同く、黒いオーラが彼女の周囲から立ち上っているように見えた。

 助けて! 誰か俺を今すぐここから連れ出して!

 勝者の余裕か、オバサンは険悪な空気が晴らし、アンの肩を叩きながらこう言った。


「アンキシェッタちゃん、あんたも良い女になりたいのなら、男のこんな所にいちいち目くじらを立ててちゃいけないよ。なんたって若いんだからね。下手に浮気なんかされるより、ウチの店なら病気の心配も……」


 と、フォローを入れてくれるギルドのオバサマ。いつのまにか敵が味方に、味方が敵になっていた。


「……確かに、彼に浮気性があるのは認めましょう。特別な事情もありますし、私達三人の間でなら我慢しましょう。でも、もし私たちに隠れてそういうお店に通うようぐらいなら、その時は――」


 どこか胡乱うろんな目つきで俺を見ながら手提げ袋を強く握り締めるアンキシェッタ。

 確か、あの袋には今日買ったバニラ・ビーンズとレモングラスと、それから手芸屋で買った――


「――――――――――――――――――その時は、切り落とします」


 アンキシェッタの底冷えのする呻き声のような恐ろしい声色の処刑宣告。

 俺は思わず内股になり股間を両手で守った。


後書き:最近文字数が1万文字近い話ばかりですみません。平素は3千~5千文字を目安にしているのですが、どうも丁寧に書こうとすると文字数が膨らんでしまうようです。今後はもう少し両立を図りたいと思います。

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