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暗黒星雲(3)

前書き:この1万文字書くのに3万文字くらい書いて、2万文字くらい消しました。遅れてごめんなさい:前書き終わり

36、暗黒星雲(夜)


 俺達がクリクス城を引き払ったその日の夜半、まるまる1日かけて城内を調査していたウェイバー軍はようやく安全を確信して全軍を城内に入城させた。

 攻撃のための準備が完了し、敵の入城を確認した俺達は陣を離れ、赤獅子騎士団を20近い部隊に分けて目標へと別々に近づいていく。


「フゥ……意外と慎重だったな」

「そうですね。確かに、突然城をまるまる引き渡すのは不自然ですから。恐らく火薬や要石かなめいしによる罠を警戒していたんでしょう」


 と、答えたのはリグレッタ。

 彼女は今回の作戦ではどこに配置してもよかったので俺の護衛として同行していた。

 自分達の城の近所ということでまるで野を行くがごとく進む赤獅子騎士達に対して、俺はリグレッタに肩を貸してもらいながらなんとか厳しい傾斜の山道を登る。


「しかし……この作戦は不確定要素だらけだったのでは? そもそも敵が全員入城しないで、例えば部隊を外と城に分けていたらどうするおつもりだったのです?」

「ハァハァ……そしたら待つだけ……さ。どっちにせよ安全が確認されれば、敵は城に入らざるを得ない。怪しいところが無いんだからね。いつまでも兵達を野宿にさせておけない。それに、……ハァハァ……もう俺達は攻撃側なんだから、もしどうしようもなくなっても、ここから逃げられる。どう転んでも……フゥ……敗北は無い……」

「ふぅん。なるほど。奇抜なだけでなく一応後先は考えておられるのですね」


 息を切らしながら質問に答える。

 普段なら大した運動ではないのだが、やはり死にかけただけあって、わき腹の傷はいかんともし難い。

 少し動いただけで息は苦しくなり、開いた傷口は服にうっすらと赤い線を滲ませた。


「陛下、無理をなさらないほうが……」

「あ、ああ。……ってあれ? ひょっとして、心配してくれてる?」

「いえ、単なるリップサービスです。もし行軍に支障が出るようなら、私は容赦なくあなたを置いていきます」


 思わずリグレッタの顔色を伺う。

 辺りは暗かったが、いつも通りの極めて生真面目な横顔がさっきの発言が本気だということを裏付けていた。


「……なんとかがんばります」

「よろしい」


 そんな話をしながら木々を抜け、クリクス城を目指して進む。しばらくして森の切れ目からクリクス城の高い城郭と赤い篝火の炎が見えた辺りで、俺達は一旦部隊を止めて休憩を命じた。

 休憩の途中、何度か巡回中の敵の衛兵に遭遇したが、不幸な衛兵達は皆、こちらの部隊の銃もしくはナイフの餌食となり二度と城に戻ることはなかった。


「……そろそろ敵が異変に気付く頃でしょう。銃声もしましたし、最初に衛兵を殺してから随分経ちます」

「ああ、いい感じに目立ってる。そろそろ主力部隊も着く頃だろうし、うまく作戦が進んでいる」

「シーッ! お静かに。何か聞こえます。これは――」


 ポーッ、ポーッ、と風に乗って僅かに聞こえる汽笛のような……いや、これは角笛の音か。


「――双子からの合図です。全ての隠し通路の入口を確保」

「ということは、これで準備は整ったということだ。よし、俺達も行動開始だ!」


 別働隊を出すに当たり心配だった隠し通路の警備だが、やはり外の方には大した人数はつけなかったらしい。まあ、確かに寒い城外に何人も置いとくよりは城の中の出入り口を見張っているほうが簡単で確実だ。

 俺は剣を頭上で振って周囲の赤獅子騎士を集めると、隊列を揃え攻撃の準備をするように命じた。

 騎士達は命令を受けると、一人の例外も無く背嚢から松明たいまつ――火縄銃でも、剣でもない――を取り出し、そのまま流れるような動作で着火する。部隊全員が一斉に明かりを持つことで、真っ暗だった周囲が突然真昼のように明るくなった。


「いやー、すごい明るさだなっ」


 自分が考えた作戦ながらこんなに明るくなるとは考えてもいなかった。ネオン咲き乱れる日本と違って、この世界の光源は松明の炎しかない。この世界に来てから夜がこんなに明るいのは初めてだった。

 一体何本の火が灯されているんだろう?


「なあ、リグレッタ。ここには何人連れてきたんだっけ?」


 たしか1分隊でいいと言ったはずだが、そもそも今回の部隊編成で1分隊が何人になるのかを聞いていなかったな。


「三分隊――六百人です、陛下」


 当然、とばかりに答えるリグレッタ。


「そうそう600人だけでも十分……って、ええ!? 6百人!? なんでそんなに!?」


 俺ちゃんと命令したよね? という言外のニュアンスを含ませて言ってみる。が、


「陛下っ! "な~んでそんなに~?"ではありません!!」


 リグレッタが勝手に俺の台詞のイントネーションを変更して、プリプリと怒りながら反論した。

 その大声のせいで「何事?」と周りの兵士の視線が集まってくる。


「国王直属の部隊、それも一万人が守る城を攻めるのですよ!? いくら戦略的に戦力を割り振る必要が無いからといっても、不測の事態を考えればこれでも足りないくらいです!」

「む、むぅ……」


 た、確かにあんな数人の衛兵じゃなくて百人くらいで見回られてたら危なかったかも……。

 っと、しかも今のリグレッタの大声で兵士達の視線が更に集まってきた。

 うおっ、これは恥ずかしいかも。


「今回は、私が兵力からなるべく作戦の負担にならないように護衛を捻出しました。でも、今後もし――」

「あー! もう、ストップストップ! スタァァァップ!! 今はお説教はいいから!」


 お説教が長引きそうだったので俺は手のひらを突き出して途中で無理矢理話を遮った。

 作戦中で説教を聞く余裕が無いというのもあったが、一番の理由は周囲で無数の赤獅子騎士達がニヤニヤしながらこちらを見ていることだ。どうやら子供っぽい痴話喧嘩だと思われているらしい。

 六百人と言う人数の好奇の視線に晒されて、俺は自分の顔が恥ずかしさでカァっと熱くなったのを感じた。


「陛下! 私の話はまだ終わっていませんよ!」


――ニヤニヤ、ニヤニヤ、ニヤニヤ


「あーもう! おまえらも、リグレッタも、もういいだろ! 総員、作戦開始だ! 奴らを燻製・・にしてやれ!」


 その場から逃れるために強引に作戦命令を下す。

 だが残念なことに赤獅子騎士達はノリと勢いだけの荒くれ者達で構成された集団であり、「ちょっと戦闘が始まったぐらいで、王様をからかうチャンスを逃してたまるかっ」という大変歪んだ思考の持ち主ばかりだったのだ。


――ニヤニヤ、ニヤニヤ


 あまりの羞恥に思わず身もだえしながら頭を抱える。


「あぁああああ! 頼むから! さっさと敵に投げる"黒煤の木"を準備して! ってか、もう勘弁して!」


 もはや懇願に近い俺の命令は、果たして前半部分だけ聞き届けられる。

 結果、俺の初勝利となるはずのこのクリクス城での攻防は、六百人もの薄気味悪いニヤケ顔の騎士達によって火蓋が切られることになった。


――ニヤニヤ

 

******

 

「燃~えろよ~燃えろ♪ ……うははっ♪」


 もうもうたる黒煙を上げる城を眺めながら歌う。俺たちが敵に明け渡したクリクス城は窓という窓から煙を吐き出しているが、実際は火事が起こっているわけではない。

 今回、俺達は城を明け渡した後、姿を隠しながら敵が全員城に入るのを待った。そして条件が整うと、敵の不意を襲い隠し通路を占拠し城への攻撃を開始した。送り込んでいるのは兵士でも、火でもない。アンキシェッタが教えてくれた害虫退治に使う"黒煤くろすすの木"を燃やして出した毒ガスを、クリクス城の最大の特徴である17の隠し通路を煙突として使って城内のあらゆる場所に送り込んだのだ。

 我ながら上手く考えた作戦だとは思うが、この作戦はどんな城でも有効というわけではない。クリクス城の特徴である煙突状の通路、銃を撃つための狭い窓、各所を繋ぐ伝声管、そして一つしかない城門、全てが揃わなければこうまでうまくはいかなかっただろう。

 俺の隣では最後の駄目押しにリグレッタが魔法で気流を操り、城内に満ちる煙が上空に逃げないように調整している。これから城の混乱はさらに加速し、城壁の向こうからは涙と咳が飛び交う地獄になっているはずだ。


――爽快だ! 何もかもがうまくいっている!


 作戦は順調に推移し、敵の混乱は頂点に達しようとしている。俺がすることはもう残っていない。もはや敵に活路は無く、全滅を待つだけ。

 あと少し、少しだけ待てば、俺はあのにっくきウェイバーに勝利宣言を叩きつけてやることができるのだ。

 そう思うとなんだか勝利の瞬間が待ちきれなくて、例の邪悪な笑顔で思いっきり笑ってやりたくなってきた。


「ウハッ……ウハハ、ウハハハハハハハハ! ワーハッハ――アベシッ!!?」


 だがせっかくの高笑いもつかの間。突然、隣から伸びてきた手が俺の顎に突き刺さった。

 殴られたのだ。


「あっ……! す、すみません陛下! つい手が……」

「ひ、ひでぇ……ってか、俺なんで殴られたの!?」

「あ、……えっと……」


 顎を押さえながら隣のリグレッタを睨む。

 どうやら彼女は反射的に俺を殴ったらしく、自分でも理解できない行動に大いに焦っている。


「そ、それは…………その………………………………きょ」

「きょ?」

「教育的指導! そう、教育的指導です! 機先を制したとはいえ敵はまだ健在、なのに司令官であるあなたが騎士達の前であのような虫唾むしずの走る……もとい、だらしのない笑いをしてなんとしますか!」


 なんとかこじつけた理由を強引に押し通そうとするリグレッタ。

 ……これはどう考えても途中に入った個人的な感想が最大の理由なんだろうな。

 そういえばこいつの前で笑うと殴られるってティアに忠告されていたのを思い出した。

 

「………………」

「な、なんですか?」


 ジト目でリグレッタを睨む。

 苦しい言い訳だと自覚しているリグレッタは汗をかきながら視線を俺から逸らした。


「………………」

「………………」


 まだ睨む。


「………………」

「………………」


 まだまだ睨む。


「………………」

「……わ、わかりましたよ! もう殴りませんって!」


 勝った!


「その言葉、忘れるなよリグレッタ。で、もう作戦を始めて随分経つけど、黒煤の木はまだあるの?」

「日中に騎士団に総動員をかけて結構な量を準備いたしましたが……城壁を攻撃する我々の部隊のほうはそろそろ無くなりそうです」

「じゃあ間違いなく、こっちが先に手持ち無沙汰になるな。仕方ないけど、何か考えないと……」


 隠し通路の部隊は敵の逆侵攻を封じるために決して煙を絶やさないよう多めに渡してあるし、そもそも煙突をつかって建物の内部に篭らせる使い方は消費に対する効率がいいのだ。対してこちらは完全なキャンプファイヤー。無駄も多いし効果も薄い。先に無くなるのは仕方ないか。


「では、ティアとアンがいる城門の方へ行きませんか? 向こうは城門から出てくる兵士一万人を捕虜にしなくてはなりませんから、人手は大いに越したことは無いはずです」

「そうだな。そろそろウェイバーも城門へ向かっている頃だし……うんっ! 城門まで行って最後の仕上げを見に行こう!」


****


 自分の部隊六百を引き連れて北東の城壁から、現在この城唯一の出入り口である城門へ向かう。

 城内に毒ガスである黒煤の木の煙を撒いた以上、遅かれ早かれ兵士達が城門へ殺到するのは分かっていたし、対抗策も考えてはいた。ただ一つ予想外だったのは、城門の惨状は想像を絶するものだったことだ。

 敵兵にとって咳と涙が渦巻く耐え難い空間から出られる唯一の希望だったはずの城門はしかし、ある理由によって煙が蔓延する城内以上の地獄になっていた。


「あ、シュージ様! そちらは終わったんですか?」


 そう言って出迎えてくれたのは、煤で鼻やおでこを真っ黒にしたアンキシェッタだ。

 彼女には得意の弓で城門の上に陣取る守備部隊への攻撃を任せていた。


「ああ、大方使い切ったよ。そっちは――」


『おいっ! なんで城門が開かねーんだよ! 出してくれ!』

かんぬきが抜けない! 止めろ! お前ら、押すな!』

『このままじゃ潰れちまう! 頼む、出してくれー!』


 俺の声を遮ったのは城門の中から聞こえてくる怒号、悲鳴、絶叫。当然、全て敵兵のものだ。


「――うまくいってるみたいだな」

「はいっ! シュージ様の作戦通りです。ティアちゃんも頑張りましたよ~」


 言ってアンが城門の方を指差す。

 そこには自慢の獲物を構え、悠々と作戦の最終段階に備えるティアがいた。

 その蒼い視線の先にあるのはクリクス城の城門。敵を阻み、味方を送り出すはずの堅牢な門はしかし、彼女の魔法によって完全に凍っていた。


「城門の上にいる部隊は殆ど倒しました。門も……蝶番を固めるために少々水を使いましたが、ご覧の通り人の圧力ぐらいではびくともしません」

「よしよし、あとはウェイバーが出てくるのを待つだけだな」


 クリクス城の城門はここだけしかない。他にある17の出口は今のところ煙突として使われていて最も煙の濃い場所だ。煙から逃げたい兵士達は当然、ここに殺到するわけだ。

 しかしようやくたどり着いた出口はしかしカチンコチンに凍らされており、人間の力ではどうにもならない。破城鎚か、もしくはたくさんの松明でもあれば別だが、まさか城内に攻城兵器を置いているわけが無いし、火事の時にわざわざ油の染み込んだ松明を持っていこうとする奴なんているはずが無い。

 結果、城門には開ける術も無いのに一万人もの人間が押し寄せ、その圧力で城門側の人間から潰されていっているというわけだ。


「…………うん?」


 不意に城内からの雑音が止んだ。あれほどの喧騒が嘘のように静まり返り、パニックを起こしていたはずの兵士達がソロソロと城門から離れていく。

 城門の中で何かが起こっている。そしてそれは間違いなく


「……来た。来た! 来た来た来た!」


 この状況でパニックを沈められる人物なんて一人しかいない。

 ウェイバーが来たのだ!

 昨日の屈辱からまだ1日しか経っていないが、俺はどんなにこの時を待っていたことか!


『<―両儀、斬撃、切断―何もかもを絶つ意志の一振りよ!―>』


 城門の向こうから焦ったようなウェイバーの詠唱が聞こえる。当たり前だ。どんな司令官でも毒ガスが蔓延した建物に部下を長居させたいとは思わない。

 一方城門のこちら側ではティアが前に進み、ウェイバーに遅れながらも鍵呪文を唱え始めた。


「<―氷華、凍結、停止、私の思いは世界を歪める―>」

『一刀両断――"始原剣しげんけん"!! きぇええええええっ!!』


 ウェイバーの気合の声と同時に城門から結晶でできた刃が生えてくる。

 相変わらず凄まじい切れ味を発揮するその魔剣は、建材の中でも特に硬い木材を更に何枚もの鉄板で補強したはずの堅牢な城門をまるで紙か何かを斬るように縦横無尽に切り裂いていた。

 氷も木も鉄も何もかもがパズルのピースのようにバラバラにされて、城門がその形を失った直後、ようやくティアの呪文が完成する。


「<出でよ! 白亜の城壁(フロストウォール)!!>」


 ドンッとティアが地面を叩く。

 カチ、カキンと何かが割れるような音ともに巨大な氷が地面から現れる。

 それはウェイバーがようやく崩した城門の代わりに敵を閉じ込める二枚目の壁だった。


「ゴホゴホッ……ゆらぁり……我が妹ながら無駄なことを! 私と、私の魔剣がこの程度の壁を破れぬとでも思ったか!」


 酷く咳き込みながらも、噛み付くようにウェイバーが叫ぶ。

 纏った結晶こそ少し小さくなっていたが、城門を切り倒した魔剣は未だに健在だ。


「言うじゃないか、兄殿あにどの。ならば私はここで壁を破れるかどうか、見守っていてやろう」

「女の癖に吼えおって……!」


 曇った氷の向こうでウェイバーが魔剣を振り上げる。

 大きな弧を描いて垂直に振り下ろされたそれは、宣言どおり氷の壁を軽々と切り裂く。だが、


「ゆらぁり……馬鹿な……」


 今度は横から、下から、何度も何度も氷の壁に向かって切りつける。

 ウェイバーの剣は明らかに深く切りつけていたはずなのに、氷壁はびくともしなかった。もちろんその間、ティアは腕を組んで見ているだけで新たに魔法を使った形跡は無い。

 2枚目の壁は純然たる氷の塊であるにも関わらず、ウェイバーの執拗な攻撃に耐えていたのだ。

 その間、魔剣の結晶はどんどん小さくなり、最後には刃に僅かに付着するのみとなる。


「……我が魔剣は無敵のはず……何故こんな氷の塊ごときが切れぬ……?」

「クククッ……ハハッ、ハハハハ! 滑稽だな、兄殿……いや、ウェイバー! 切断の魔剣なんて魔法を使っていると、そんなことも分からなくなるのか?」

「…………どういうことだ、何故こんな……」

「簡単さ、簡単なことだウェイバー。いくら斬ろうが突こうが、氷の向こう側に届かない限り壁が倒れるわけが無いだろう? その氷はな、どうあがいても剣じゃぁ切れないくらいにぶ厚いのさ。ククッ、ハハハハッ!」


 魔法反動なのか、それともショックからかわからないが、ウェイバーがガクッとこうべを垂れる。

 準魔術師は魔法を一度しか使えない。これで、もはやウェイバーの勝ち目は無くなった。


『おい、ウェイバー閣下が……』

『まずいんじゃないのか……?』

『お、お助けしてもいいのか? それとも、ここはウェイバー様に任せるべきなのか?』


 司令官の敗北に、せっかく治まりかけていた動揺が再び広がり始める。ここまで来れば、こちらのあと一押しだ。

 ウェイバーの剣が完全に魔法を使い切ったのを確認すると、ティアはツカツカと氷の壁まで近づいた。


「ゴホッ……何をする気だ……」

「お前は自分の剣を過信したんだよウェイバー。剣は剣、魔法は魔法でそれぞれ使うべきところがある。私ならこんな壁を壊すのに武器はいらない。こうやって――」


 ティアはクルリと振り返り、氷の壁に背を向ける。そのまま、回り続けて


「――蹴り砕けばいい!!」


 背後にあった氷壁に強烈なローリングソバットを放った。

 具足に覆われたティアの足が、場所によっては厚さ2メートル、高さは3メートルはあろうかという巨大な氷塊に叩きつけられる。氷塊はウェイバーによって付けられた切れ目にそって割れ、散弾のように城内へ降り注いだ。


『ど、どけ! 俺が下がれ――ぐあああああああっ!?』

『氷が来るっ、逃げ、わぁあああああああああああ!!』


 再び城門をさかいに訪れる阿鼻叫喚の地獄。魔法を使わないただの蹴り。それだけで城門のアーチの下には死体寸前の兵士達とアチコチに氷塊が突き刺さる異次元に成り果てた。

 一方壁の近くでは、銃弾さえ見切るウェイバーもさすがに近距離での氷の礫を避けることはできず、体中を打たれ倒れていた。

 氷を踏み潰しながらティアが近づき、痙攣するウェイバーの襟元を思いっきり引っ張り上げる。ザザザッと地面に擦りながら、後ろ向きに俺の前まで引き摺って来た。


「ゴホッゴホッ! ……ぐぅっ!」

「よしよし、生きているなウェイバー? さあ立て。お前には最後の仕事がある」

「仕事、だと? 貴様、これ以上私に何をさせる気だ……?」

「用があるのは私ではない。こいつだ」

「何……?」


 ドサッと俺の前に無造作にウェイバーが置かれる。


「ウォッホン!」


 再びウェイバー対ティアという構図にならないよう、俺はわざとらしく咳払いして注意を引きつけた。


「やあ、昨日は散々な目に合わせてくれたじゃないか、ウェイバー」

「召喚王……ッ!!」


 敵であるウェイバーに笑顔で手を上げ必要以上に余裕ぶって声をかける。

 実際、ここまで長時間歩き詰めなせいで、傷は痛いし息は苦しい。余裕は全く無いのだが、せっかく夢にまで描いていたシーンである。精一杯虚勢を張って頑張ってみる。


「まあ、そっちも今日は大変な一日だったみたいだな。ははっ、煙で目が真っ赤になってるよ」

「貴様が……貴様さえいなければ!」


 うんうん。いい感じに悔しがっている。


「で、早速で悪いんだけどさ。お前の部下の前で"降伏宣言"してくれない? 俺に負けましたってさ」


 一言喋るごとに屈辱を受けてから、胸に溜まっていた憎しみが溶けていく。復讐の快感がこの体を包んだ。


「……私は貴様に負けたわけじゃない」


 ウェイバーのテンプレートに負け惜しむ。ウハハハッ、これも予想通りだ。


「ウェイバー、お前は昨日俺を取り逃しそして今日は俺の軍に負けたんだ。これはもう間違いなく俺の勝ちだろ?」

「ふざけるなッッ! 私は貴様ではなくティアに負けたのだ! 貴様はそれを、あぐらを掻いて見ていただけではないか!」

「……いいか、ティアはあくまで俺が立てた作戦で、俺の――」

「五月蝿い、黙れ! ……くそっ! 部下共さえちゃんとしていれば、貴様などには!」

「………………」


 段々、錯乱してきているな。


「……じゃあさ、今から俺と勝負しようか」

「何……?」


 ウェイバーの目に明らかな狼狽が浮かぶ。

 当たり前だ。ウェイバーの体は煙の毒とティアとの戦いでもはやまともに立つ事すら難しい。加えて魔法を使った反動で戦うための"意志"を集めることすら難しいはずだ。


「ほらっ、剣はこれを使え」

「くっ…………ッ!」


 俺が投げた剣を握り、ウェイバーは地面に手をつきノロノロと立ち上がろうともがく。俺はそんなことに見向きもせず距離と取ると、自分の剣を抜き構えた。


「さあ開始だ」

「ま、待て!」


 無視する。

 無造作にウェイバーまで歩み寄り、ボロボロの腕がようやく持ち上げた剣を打ち払い、喉元へ切っ先を突きつける。

 決着まで5秒もかからなかった。

 卑怯? その程度の話じゃない。俺がやったのは勝負どころかお遊戯ですらない。まさに勝負の名を借りた陵辱だ。


「さあ、勝ったぞ」

「…………こんな、こんな物を勝負などと!」


 今度こそ、プライドを粉々に打ち砕かれて、膝を突き涙を流すウェイバー。

 総司令官が膝をつく様子を見て、クリクス城内の戦意は完全に消えた。城門からガシャガシャと武器を捨てる音が聞こえる。


「うははっ♪」

「くそがぁ! 体さえ万全ならば、貴様など二つにしてくれるのに! それをこんな、……クソォォォ!!」

「――うははっ、うはははははははははははははははは! いいぞ、ウェイバー! その通りだ! お前が万全じゃあ、俺は勝てない! だから考えた! どんな状況ならお前に勝てるかってな! 俺の武器、全部ひっくり返して考えたさ!」


 そうだ。昨日の夜、全力を振り絞って考えたのは剣術のイメージトレーニングなんかじゃない。槍でも、銃でも、赤獅子騎士団も、毒ガスでも――例えそれがティアであっても――自分に使える物も人も、全てを使って可能な限り安全に勝つ方法を考えた。

 全ては、英雄となるはずだった俺の名前につけられた汚泥を拭うため。ウェイバーには可能な限り惨めで徹底的に無様な負けをくれてやろうと心に決めていた。


「そうしてこの状況を作ったんだ! あの煙は城を制圧するためではなく、お前一人に吸わせるため! 城門に煙を撒かまかずに混乱させたのはお前を城門まで呼び寄せるため! 兄妹で戦わせたのは、お前により強い屈辱を味わせるため! そうやってお前を降伏させたんだ!」

「…………………………」

「全部、俺がお前を倒すための布石だ! お前はその全部に嵌って何もできずにこんな風になってるんだ!」

「…………………………………………………………コロシテヤル」


 正気を失い、汚水のように濁りきった目でウェイバーが言った。


――ビリッと電気のような痛みが右目に走る


「――――――ッ!?」


 いや、こんなのは幻痛だ。初めて間近から受ける個人的な殺意の迫力に怯んだだけだ。

 俺の僅かな変化を感じ取ったティアが後ろから耳元に囁く。


『気圧されるな。しっかりと<意志>を保て』


 その一言で、ウェイバーの殺気もわき腹の痛みも、全てが吹っ飛び、ハイな自分に戻った。再び、先程までの高揚感が戻ってきたのだ。


「はっ…………うははっ…………はははっはははははははははははは! あはははっはははははははは!」

「召喚王ぉおおおおおおおお!! 俺は必ず、必ず貴様を殺してやる! 殺してやる!」

「ははっはははははは! いいよ、かかってこいよ! ははっ、うははははははははは!」


 更に激昂するウェイバーに対して、俺はもう笑うしかない。練習したとおり唇を歪ませ、歯を剥き出す。

 ひょっとしたら俺も今はウェイバーと同じ目をしているのかも知れない。悪意と殺戮に満ちたこの恐ろしい世界に自分も徐々に染まっているのかもしれない。それは日本人としての自分を失っているということだが、同時に自分が彼女達に近づいているということでもあるはずだ。

 ふと、背後にいる三人が今どんな顔をしているのか見たいと思った。ひょっとしたら自分の気味の悪い笑いに戸惑っているかもしれない。


(……それだけは嫌だな)


 自分の器は分かっている。彼女達に良い所を見せられないのなら、せめて醜い所は見られたくない。

 笑いをめて振り返る。俺の背後には焦って何かを捕まえようと駆け出すティアとアンキシェッタがいた。そして右からは、丁度振り返った顔面に刺さる鉄甲を纏った拳。


「おい、レッタ!」

「レッタちゃん!?」

「…………あっ!」

「へ? ――――ヒデブゥゥッ!!?」


――また殴られた

後書き:ようやくウェイバー倒した……。

 主人公が精神に変調をきたしている件については、一応ですがストーリー上の理由を考えてあります。

それにしてもやり方が汚いな、さすが主人公汚い。


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