連星(6)
33、計略の星
「だぁああああーーー!! やっぱり腹減った!」
かけられた布団を押しのけて叫んだ。
厨房でリグレッタと粥を食べ、寝室でベッドに入ること数時間。
消化に良い物は当然胃から無くなるのも早いわけで。
「もう一度厨房に行こう。果物か野菜か、生でも何かしら食える物があるはずだ」
空腹を訴え、胃がクゥ~と鳴き始める。
再度部屋を抜け出す。
今度こそ俺の可愛い胃袋を宥めるべく、深夜のクリクス城へ繰り出した。
***
そして厨房――
「今度はティアか!」
「シュージ! 何時目が覚めたんだ?」
怪我で傷む体で辿りついた厨房でばったり出会ったのはティアだった。
ティアはいつもの軍服姿から、ワイシャツと黒いパンツルックに着替えていたが、何故か服の端々には泥や埃がついていた。
「何時って……アンから聞いてないの?」
「いや、アンには会っていない。私はアダスに言われてずっと城内の隠し通路を調査していた。それも17本もだ」
「隠し通路の調査? ははぁ、それでアンの帰りが遅かったんだな」
おそらく城中駆けずり回ってティアを探していたのだろう。だがティアは場外の隠し通路を回っていて、城内にはいなかった。
「なんでも敵の内部文書と関係があるらしいが……調査が終わったらお前に報告するそうだ」
「ふーん」
なにか良い情報でもあったのだろうか。
ふむ、と腕を組んで思案するティア。
「アンが私を探していたのか。それは悪いことをしたな…………で、お前は何故ここにいるんだ? 怪我をしたんだろう? 寝てなくていいのか?」
「話すと長くなるんだけど……」
「簡潔に話せ。私は気が短い」
薄暗い室内でティアの眼光が鋭く光る。
俺は思わず姿勢を正すと、よく躾けられたファービーのように猛烈にファントムに乗っ取られてから厨房でリグレッタと別れるまでを洗いざらい話し始めた。
そして3分後――
「前置きが長すぎる。腹が減って厨房に来たのだ、と何故そう言わない?」
「えぇ~~? 今の説明にはもっと、こう、色々重要なポイントがなかったか?」
「ファントムとの対話のことか? もういない奴のことを話しても仕方ないだろう。それより、腹が減ったというのなら、厨房に何か無いか探してやろう。そこで待っていろ」
といってティアは厨房の奥の戸棚を漁り始めた。何故だろう、怪我をしてから皆が妙に優しい。
ティアはしばらくゴソゴソやっていかと思うと、戸棚から肉と野菜を挟んだサンドイッチとスープの入った鍋を取り出した。
不思議なことに、どちらも余り物にしては綺麗に包装されていて、少し温めるだけで簡単に食べることができそうだ。
「ふむ、これなら私でもどうにかできそうだな。正直、料理しろなどと言われたらどうしようかと思っていた」
ティアは薪を取り出して火を興すと鍋を置いてスープを温めた。
サンドイッチを4つに分け、皿に移されたスープが運ばれ、俺は今度こそボリュームのある食事にありつく。理性はそうでなくても、本能はやはり飢えていたようで俺の腕はフォークとスプーンを駆使してガツガツとひたすらに胃に放り込んだ。
ふと正面を見ると、ティアが顎を手に置き微笑しながらこちらを見ている。
「ティアも食べる? そういや、ティアもつまみ食いに来たんだよな?」
「いや、私は水を飲みに来ただけだ。元々小食なのでな。一日一食食べてしまえば殆ど腹が空くことは無い」
「一日一食…………なんという低燃費」
「燃費?」
しまった。ガソリンエンジンもこの世界には無いものだったか。
「しかし、まあ…………フフッ。なんとなく、今なら女が料理をする理由が分かるような気がするな」
「モグ……ふぁんでふぁんだ(なんでなんだ)?」
「いや、お前は知らないでいい」
「…………さいでっか」
少し気になる。が、女性の気持ちを知るのは難しいということを心得ていた俺は、あまり深入りせず大人しく食事を続けることにした。
サンドイッチが無くなり、目の前の皿のスープを飲み干し、ようやく人心地ついたあたりで俺はティアに相談を持ちかけることにした。
「なあ、ティア。俺に剣を教えてくれよ」
「ほぅ、魔法の次は剣か。しかし何故私に頼む? 剣ならリグレッタだろう?」
ティアはコップの水を口に傾けながら言った。
確かに、ティアの武器は斧槍であって剣は専門ではない。
「リグレッタにはなんだか断られそうな気がしてさ。ほら、怪我をするなって言われたばかりだし」
「……ありうるな。特に、レッタはお前に関しては随分過保護にしているように見える」
「かほご……? 過保護!? あれで、過保護!!?」
こっちにきてからまだ半月と経っていないが、リグレッタからは少なくとも3日に一度くらいの割合で治療が必要な程の怪我を受けている。
じゃあもし、あいつが本気を出したらどうなるんだ? 俺の安全さえ保障されるならむしろ見てみたい気もする。
「…………お前の言いたい事は分かるが、レッタはあれでお前に対しては精一杯優しく接している。だが、なんといってもあいつには同世代の男の友人なんて一人もいなかったからな。何かにつけ不器用なんだ」
「え? リグレッタって社交界ではブイブイ言わせてるんじゃなかったっけ? パーティとか慣れてるなら、交友関係は広いんじゃないか?」
「まあ、普通はそう思うだろうな。だが普通の貴族ならいざ知らず、我々のような大貴族の令嬢に言い寄ってくる男というのは皆、天気の話か縁談の話のしかしてこないんだ。特にリグレッタはトスカナ卿の一人娘でいずれは家督を継ぐ身だ。誰と喋るにしても2言目には"結婚"か"婚約"のどちらかが必ず入ってくるだろう。踊る相手には困らないだろうが、とても友人など作れはしまい」
「なんて嫌なパーティだ」
あれ? そういえば、リグレッタって養子とか言ってなかったっけ?
子供がいないのに、トスカナは何故よりにもよって女の子を養子にしたんだ?
「私も良くは知らない。確か元々はトスカナ卿の従兄妹の娘で、父は商会の頭取――上流貴族並の生活ができる平民だったはずだ。養子になる前からちょくちょくトスカナ卿とは面識があったが、6歳の時、北部の有力者を集めたパーティで披露した歌声が噂になってトスカナ卿の養子になったらしい。まあ、一応貴族の血筋とはいえ平民出身の貴族というのは奇異だし、友達を作りにくい環境にあったのは間違いないな」
「あいつ、歌が上手いのか?」
「最近はとんと聞かないが……昔、アンキシェッタと二人で聞かせてもらった時は思わず二人共感動してしまったほどだ」
つまり、リグレッタは幼少時代から貴族並みの生活をしていたご令嬢であり、喉自慢の女の子で、社交界の華だったというわけだ。
「そう、やっぱりおかしいよな」
「何?」
俺の言葉にティアが眉を顰めた。
「今の話だよ。リグレッタは6歳で養子になるまで、ずっと箱入りの女の子だったんだろ? 君達だってそう変わらないはずだ。それがなんで騎士団の騎士で、いまやトルゴレオで3本の指に入る魔術師になってるのさ? おかしいだろ? そこから数年で人生が全く、180度変わってしまっているじゃないか」
「……つまらんことを話し過ぎてしまったようだ。そういえば、お前に剣を教える話だったな」
「俺には言えない事、なのか?」
「…………すまない。三人で、いつか必ず話す」
無理矢理話を逸らそうとするティアに問い詰めようとする。
が、その表情に固い決意のようなものを感じ、なんとか自制を保った。恐らく今は何を聞いても話してくれないだろう。
仕方なく、俺は彼女の言うとおりに話題を切り替えることにした。
「さっきの話だけど、俺はウェイバーより強くなりたい。もう、あんな風に負けるのは嫌なんだ」
ジクジクと痛む腹の傷口があの時の屈辱を思い出させる。
俺は自分の弱さを克服して、自分だけの強さを手に入れなければいけない。
「ふむ、お前がウェイバーにな」
「無理かな……?」
「難しい。だが何事にも無理というのは存在しない。少し待て……」
お馴染みの、腕を組みながら顎を擦るポーズでティアが思案する。
そしてしばらく悩んだかと思うとこう切り出した。
「……戦いにおいて、相手に勝ちたいのなら最も簡単な方法がある。相手より強い武器を持てばいい。どんなに卑怯でも相手を上回る攻撃手段を持つのが勝利の常道だ」
「武器?」
「そう。素手相手ならナイフ、ナイフには剣、剣には槍、槍には弓…………まあどれもウェイバー相手には有効ではなさそうだがな。玉剣なんかがあれば、あるいはといったところだが……」
「フロレス?」
「魔法の力を持った武器のことだ。折れても曲がっても魔術師が<意志>を通すたびに打ちたての新品のように蘇り、更に持ち主と相性の良い武器なら鍵呪文無しでも魔法を使えたり、自分の魔法とは全く性質の異なる魔法が使えるようにもなるらしい」
お、おお! すげぇ!! それならもしかして……
「が、赤獅子騎士団のような貧乏所帯には無いだろうな。確か王家の宝庫には2本ほどあったはずだが……」
「…………それじゃ、間に合わないよ」
王家の宝庫といえば当然、レオスの主城に置いてあることになる。
今の俺にとっては世界で一番遠い場所だ。
「ふぅむ。では基本に戻って、まずはお互いの戦力の分析から始めよう。あるいは剣で勝つ以外に抜け道があるかもしれない。というか、剣の素人であるお前が今から剣術の練習を始めてもウェイバーに追いつくには少なくとも数年はかかる」
「剣以外って…………やっぱり魔法?」
「まあ、それが一番妥当な結論だろうな。お前とウェイバーの剣術の差を埋めるのは難しいが、魔法の能力と言う一点においては、二人は同じレベルだ。ファントムの制御ができるが、魔法の連続使用ができない人間――"準魔術師"という奴だ」
「準魔術師……初めて聞いた。というかウェイバーの魔法が連続使用できないってのは間違い無いのか? 確か、もう何年も会ってないんだろ?」
「知るか。確認なんて取れるわけが無いだろう。ただ、あいつが魔術師ならせっかくお前を無力化したのに、ロトンとラスティが来ただけで逃げるというのは不自然だ。おそらく魔法反動に耐えながら双子の相手はできないと判断したのだろう」
なるほど、余裕いっぱいに見えたが内実としては結構辛かったのか。
確かに魔法を使った直後に動くのはかなり辛い。
「……わかった、俺が悪かった。続けてください」
「で、そもそも準だろうが正だろうが魔術師同士の戦いでは勝敗を決める二つの要素がある。すなわち願いを魔法として発現するための<意志の力>とはっきりと願いを描くための<想像力>だ」
<意志の力>はわかるけど……想像力?
「そう、構成する魔法を生み出す想像力、理想の自分を思い描く想像力、そして勝つための道筋を描く想像力――あらゆる現象を創造し、それを実行する揺ぎ無い<意思の力>を持つ者だけが、どんな状況でも勝利することができる」
「二つの力……」
「そうだ。私とレッタとアンキシェッタが三人とも、自分が一番強いと思っているのは知っているな? それは根拠の無い自信では無く、お互い、常に相手を倒す方法を何パターンか持っているからだ。確固たるイメージと強い意志。私達にはそれがあるから魔術師と成り得たが、ウェイバーとお前にはそれが足りない」
そういえば、この世界に来て三人の自己紹介を受けたときに三人とも自分が最強って言ってたのがあった。
あれってそんな理由があったんだ。
「ところでお前、自分の魔法の性質はわかっているか?」
「……実感無いけど、多分判る」
ティアに聞かれて微妙な返事を返す。
正直自信は無いが、魔法についてはウェイバーの言葉によって自分なりの推理はできている。
そもそも魔法を使ったのは2回だけ。一回は瞬間移動と光の玉が乱舞する"星屑の鉄槌"、二回目は不発だったけどウェイバーの剣筋を逸らした。
――距離と位置を乱す魔法
つまり俺の魔法は、空間を捻ったり圧縮する魔法だ。魔法を使うときに起こるあの光の玉は捻ったり千切ったりして余った空間の滓みたいなものだと考えられる。
「ではシュージ、その魔法の性質と自分の実力を加味してウェイバーと戦う自分を想像してみるんだ。その中でも、奴に勝ったイメージを何度も反復して勝つ手段を"創造"しろ。強くなるのはその後でもいい。要は勝てばいいんだ!」
勝てばいい、か。なんともストレートだが、今の状況では負けは許されないもんな。
「わかった。やってみる」
――想像する
剣を携え正面から斬りかかっていく自分――一太刀目は避けられ、頭から足まで唐竹割りにされてしまった。
二回目、全力で魔法を使い勝負を挑む――前回の焼き増し。ただし今度こそ俺は腹から両断されてしまう。
「…………返り討ちにされるシーンしか思いつかない」
まともに戦おうとするのはやはり駄目だ。もう少し卑怯になってみよう。
後ろから、上から、不意打ち、落とし穴、隠し武器――条件を変え、手を変えて、あらゆる計略を用いて考えてみる。
「………………………………駄目か」
今度は先程までと違って結構いい所までいけた。だが、
「やっぱり、今の俺じゃ勝てない……」
不意打ちは察知され、罠にかけてもあいつは破ってくる。
どうしても、俺にできる何をしても、もう一押しが足りない。
決してウェイバーを過大評価しているわけではない。むしろ先程の戦闘では情報が足りないくらいだ。
「…………駄目だ、もっと条件を見直して……もっと卑怯に…………」
もはや当初の"強くなる"という目的から全く外れて、ウェイバーに勝利するという一点にのみ集中して想像力を膨らませる。
食事に下剤を混ぜる。女装して色仕掛け。安眠妨害の計。
やることはどんどん低俗で卑怯に、だが自分が取り得るあらゆる手段に無限に想像をめぐらせていく。
もはや強いとか弱いとかどうでもいいな。うん。あいつに勝てればそれでいい。
「…………せいぜいすぐ諦めるか、適当に勝ったと言って済ませると思っていたんだがな。なかなか頑張るじゃないか」
悶々としている俺を見て、ティアが呆れた調子で言った。
その声でふと、先程のティアの言葉を思い出す――"相手を上回る攻撃手段"
何かが閃きそうでティアをじっと見つめた。
「なんだ? 何か思いついたのか?」
「ふっ、ククッ……そうだ、これなら……クククッ」
ぼんやりと、だがようやく垣間見える勝利の姿――のけぞって高笑いで勝ち誇る自分と、膝を突き、涙を流しながら負け惜しみを吐き出すウェイバー。
辿りついたイメージは断片的で、まだ具体的にウェイバーを倒すどころか、どうやって彼を守る1万の兵士を退けるかは想像もつかない。だが、俺にはこのイメージを突き詰めれば必ずウェイバーに勝てるという確信があった。
それにしても……想像の中の俺はなんと邪悪な笑顔をしているのだろう。俺の姿――口を歪め、歯を剥きだして笑う様――は普通の人なら間違いなく躊躇してしまうぐらい悪い笑顔だったが、果たして善良極まりない人生を送ってきた俺にこんな表情ができるんだろうか?
「でも……ククククッ、見てろよウェイバー……あのイメージ通り、必ず泣きながら地団太を踏ませてやる……ククッ」
黒い決意の炎を胸の中で燃やす。
ふと、ティアが微妙な表情でこちらを見ている事に気がついた。
「…………なあ、シュージ。一つだけ忠告しておいてやるがな――」
ん?
何故か頬をヒクつかせながら、後退りするティア。どうやら何かに怯えているらしい。
なんだろう? と一歩近づくと更に後退りされた。
「――その笑い方は人前でしないほうがいい。一般人ならまず悪魔祓いか衛兵を呼ばれるだろうし、もしレッタにでも見つかれば問答無用で殴られる」
作者後書き:書くのに大分難儀しました。が、正直出来合いにいまひとつ納得できない……もしかしたらこのお話また改稿するかもしれません。
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