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連星(2)

29、遠い星



「私の案は簡単だ。敵は包囲の為に兵を前に出して、司令部は後方に天幕テントを張り寝泊りしている。つまり包囲の輪の外にいる私達にとって背後強襲バックアタックを仕掛ける絶好のチャンスというわけだ」


 腰に手を当てて熱弁を振るうティア。久しぶりに武家の娘として面目が立って嬉しそうだ。

 話を簡単に言うと……って簡単に言うまでもない程シンプルな作戦だ。ようは後ろがお留守だから俺たちで攻めちゃおう、そういうことらしい。


「幸い、アダスから敵陣の情報もいくらか入っているしな。敵の司令官は父では無く長男――私の兄"ウェイバー・エイブラムス"。こいつを私とレッタで抑えるから、シュージはアダスと敵の物資の破壊。アンキシェッタはかく乱のため包囲網の3箇所を攻撃してくれ」

「兄? ティアに兄貴がいたのか?」


 初めて聞いた。……いや、家督が残ればいいとか言っていたから、兄弟がいるとは仄めかしていたか。

 俺の問いにティアは首を捻って、


「言ってなかったか? 兄は5つ上で我がエイブラムス家の嫡男だ。私と同じで結構な武辺者でな。魔術師ではないが、少なくともお前が戦うには荷が重いだろう」

「魔術師じゃないのに? そんなに強いのか?」


 勿論テルマ村で戦ったバラギのような例もあるけど、俺も魔法が使える以上普通の人間相手ならもはや苦戦はしないと思う。

 弱いままの、ファントムに振り回される自分ではない。俺はもう今までの俺とは別人なのだ。


「もう数年会ってないが、間違いなく強い。全く……ウェイバーではなく親父殿が直接来ていたのなら、内乱は今日で終わったのだがな」

「………………」


 ティアが何気なく言った一言。だがその一言は俺にとって重要な意味を持つ。


(ただ魔法を使えるだけじゃ勝てないってことか)


 ずっと力が欲しいと思っていた。力さえあれば今の自分を変えられる、そう思っていた。この世界に来て願い通り魔法が使えるようになったが、これほどの能力を得ても相変わらず俺には何もできない。

 ファントムの制御と未だに未知数の"星屑の鉄槌"。これだけの物を揃えてもまだ届かない。あと一体どれだけの力を手に入れれば、ゲームや小説に出てくる英雄のようになれるのだろう?


(強いってなんなんだ?)


 考える。だが答えは出なかった。


***


 それから少し経った午後の夕方に近い時間。

 クリクスの東――北側にいる俺達から見て左の方で煙が上がった。


「……炎が上がった。……行くぞ」


 煙を見て反乱軍の安物の鎧を着た俺とアダスは敵陣に潜入する。

 作戦はアンが包囲網の東側に火を放ってから開始。アンがクリクスを包囲している反乱軍に時計回りに放火して一周する間に、ティアとリグレッタは指揮官が集まる天幕を、俺とアダスが敵の物資を破壊し、敵が全軍程よく混乱したところで5人一緒に撤退する、という寸法だ。

 アン曰く順調に回れたら7、8分で一周できるそうなので、その間に俺達は仕事を片付けてしまわないといけない。

 辺りにはゴロゴロと木箱やら荷台やらが転がしてあるが、これらをいちいち壊していると時間がいくらあっても足りない。

 俺たちは陣中にある中でも一際大きな天幕テントを見つけると、打ち壊してまとめて火を着けるべく入り口へ向かった。が、


「――ぶっ! アダス、急に止まるなよ!」

「……待て。何かおかしい。空気が……重い」

「空気?」


 気配ってことだろうか?

 アダスにつられて俺も辺りを見回す。学校の教室くらいはある大きな天幕の中には、高く積まれた樽や木の箱が布を被せられ縄でしっかり固定してある。戦闘中とはいえ火が消されているせいでやや薄暗く、見張りも見回りも不在の様子は確かに陣中にしては不自然に感じられた。

 その中、荷物の奥の物陰からフラっと出てくる男が一人。


「獅子の罠にかかったのは気配の無い男に……ゆらぁり。その目の光、噂の召喚王か」

「誰だ!?」

「これは失礼。私の名前はウェイバー・エイブラムス。貴様には不肖の妹ティアが世話になっている」


 俺の誰何すいかに答えたは痩躯の体に色白の男。黒い髪を無造作に後ろで束ね、腰に差した剣に手をかけた、服装の和洋を問わなければまるで時代劇に出てくる江戸の浪人のような男だった。

 男はあちこち傷の入った鈍い鉄色の鎧を纏い、青く鋭い目で俺達を観察している。


「ウェイバー!? じゃあ、お前がここの司令官……? そ、そんな馬鹿な! 何故おまえがこんなところにいるんだ!?」


 敵の司令官のいる指揮所はリグレッタとティアが襲撃しているはずだ。侵入したタイミングは俺たちのほうが遅いから、見つかって尾行されたり、偶然でここにいるはずも無い。何か目的が無い限り、全軍の司令官が物資の集積所なんかにいるはずがないのだ。


「……なるほど、陽動の時点で狙いが見破られたということか」


 機を奪われたにも関わらず怯んだ様子も無くアダスは淡々と腰から剣を抜き放つ。


「まじか……」


 俺も続いて剣を構える。作戦を見破られていたとはいえ、こいつを倒せば俺達の勝ちなのは変わらない。

 二人で慎重に、相手の出方を見ながらジリッジリッと間合いを詰める。

 敵は一人、場所は狭い通路。ここなら技術云々ではなく、純粋な身体能力で勝負が決まる。

 俺は剣を正面に構え脚に力を込めると、アダスを置き去りにして20メートル先、天幕の反対側にいるウェイバーに斬りかかった。

 機先を制したはずの攻撃はしかし、ブンッと風を切る音だけを残して地面に突き刺さる。


「外した!?」

「……ゆらぁり。赤獅子のための罠をまさかこんな相手に使わされることになるとは」


 一歩下がるだけで俺の攻撃を避けて余裕の態度を見せるウェイバー。その顔はアダスと同じように表情に乏しく、何を考えているのか読み取ることはできない。

 そのウェイバーが手を右手を挙げてパチン!! と指を鳴らすと天幕の外からバタバタと兵士達が駆けつけてきた。あっという間に天幕の入り口にいたアダスが取り囲まれる。


「お前達はそこの男を殺せ。私はこの小僧と遊ぶ」

「お約束かよっ! ――アダス、気をつけろ!」

「……俺は大丈夫だ。お前は自分の敵に集中しろ」


 言って、入り口を塞ぐ兵達と向き合うアダス。

 確かに、目の前のウェイバーから放たれるプレッシャーは並大抵の物ではない。余所見をしていたら俺なんてすぐに倒されてしまいそうだ。

 俺は剣を再び真っ直ぐに構えると、目の前の男だけに意識を集中した。


「ゆらぁり。そうだ、私だけを見ろ。でないと……死ぬぞ?」


 ウェイバーは両足を軽く開いた自然体で構えており、ふざけたことに未だに剣を抜いていない。

 ここからわかるのは、ただ一瞬の攻防で浮き彫りになるほど明らかな両者の実力の差。


(でも……これはチャンスッ!)


 格上見せている明らかな油断。どんなに剣の技量で差を空けられていても、徒手空拳の今なら倒せるかもしれない。


「ふぅぅぅぅぅぅ……」


 俺は息を深く吸い込むと、剣を水平に構え、ハンマー投げのように両手を右腰から思いっきり振りかぶる。そのまま一気に一刀両断にしようとしたが


「ゆらり……踏み込みの勢いが死んでいる。0点だ」


 普通の相手なら鎧ごと両断できたであろう胴薙どうなぎを簡単に、しかも点数評価つきで避けられる。

 一方、俺は予想していた手応えが無かったせいでバランスを崩し、足をもつれさせた。たたらを踏みながらもなんとか振り返ると、もう一度ウェイバーへ向き直る。


「今度こそ! 当たれ!!」


 肩口を狙った突きに、そのまま剣を振り戻しての袈裟斬けさぎりのコンビネーション。でも、これも駄目。

 突きは体を捩って、斬りは篭手で簡単に逸らされた。


「突きの狙いはブレブレ、2段目の袈裟も無理な体勢のせいで全く勢いが無い……これも0点だな。異世界の剣術を見てみたかったが、どうやら貴様はろくに剣も握ったことがないらしい」

「くそっ! 何故こんなに避けられるんだ!」

「………………」


 先ほどからこちらの攻撃は擦りもしない。素人とはいえ肉体のリミッターを外している自分と普通の人間。自力ではこちらが勝っているはずなのに、技量だけでここまで避けられるものなのだろうか?

 何か少しでも"技"の差を埋めないとこのままでは本当に何もできずにやられてしまう。でも俺は騎士剣の使い方なんて知らない。


(――なんでもいい、剣に関係する物を思い出すんだ!)


 2、3度しか見たことは無いが、俺の知り合いで一番剣の扱いがうまいのはリグレッタだ。キスレヴとの会戦、ハマミの村での戦闘でのリグレッタをイメージする。

 他にも元の世界の高校で受けた剣道の授業、剣道部の奴らの練習風景など今まで覚えようともしなかった剣道の様子を必死に思い出した。


(握りはこう、足は……こう?)


 脳髄の奥の奥からようやく引き出したのは左手を下にする柄の握り方と、足を前後に構え踵を浮かせる独特の歩法。どちらも剣技とすら言えないような初歩の初歩の技法だったが、それだけでぶれていた剣先は安定し、足さばきは遥かに鋭くなる。

 これまで全く意味のわからなかったものが、ファントムの制御と実戦という機会を得てようやく形を成す――


(いける!)


「やあああああああ!! めぇぇぇぇぇぇ――うぶっ!」


 剣を正眼に構えて飛び出し、着地するのではなく足を地面に思いっきり叩き込む。大上段に振りかぶった剣は鋭い軌跡を描いてウェイバーの頭目掛けて振り下ろされた。

 間違いなく今までで最も洗練された一撃。だが振りかぶった剣を相手に叩きつける遥か前に、半身になったウェイバーの右篭手が俺の胸に叩き込まれた。衝撃が鉄の胸当てを突き抜け肺から背中までを突きぬける。

 

「が……はぁ……ッ!」

「ゆらぁり。動きは体に馴染まず、型の意図さえ理解していない……だが面白い物が見れた。10点やろう」


 痛みよりも込み上げる吐き気と呼吸困難に悶絶して胸を押さえる。

 ウェイバーの打撃パンチは体重をあまり乗せていないにも関わらず、鉄の塊で殴られたような威力があった。


「な、何が起こって…………!?」


 ウェイバー自身はあまり大柄な体格ではない。加えて篭手の袖から見えた腕は筋肉質ではあるが決して逞しい物ではなかった。

 これだけではない。素人とはいえ尋常ではない速さの攻撃を避けた反応速度、そして未だに剣を抜かないこの余裕の態度。明らかに普通の人間ではない。


「…………なんで……お前、一体……?」

「…………ふんっ。どうやら、さっきの一撃以上のものは見れないようだな。つまらん……ゆらぁり」


 ウェイバーは現れたときから全く立ち位置と構えを変えていない。

 だが唐突に、腰の剣に手をかけ一気に抜き放った。今まで柄を握る素振りすら見せなかったというのに、一体どんな心境の変化があったのだろうか?

 同時に無表情だったウェイバーの顔が引き締まり、剣を構えた姿からまるで冷たい氷柱つららのような殺意が放たれる。ハマミの街以来久しぶりのその感覚に俺は全身総毛だった。

 慌てて自分の剣を構え"敵"の姿を見据える。けど、


(――無理だ! 剣じゃ、この男に勝てない!)


 恐怖心が芽生え、視界の端にチラリと少女の姿をしたファントムが映る。

 ファントムに頼れば俺は純粋にヒトとしてのスペックを100%発揮できるようになる。その力なら、ウェイバーとの剣術の技量差なんて物ともしないで勝てるかもしれない。しかし――


(だ、駄目だ! もうお前には渡さない!)

「………………」


 俺の葛藤をウェイバーはただじっとその細い目で見ている。

 蘇るのはあの夜の、自分が自分で無くなる恐怖と苦痛。あの空間で俺は確実に"何か"を失ってしまった。その"何か"がわからない以上、安易に頼るわけにはいかない。

 つまり、俺は自分の力でこいつを退けるしかない。


「<―輝界、虚空、支配―>」

「……ゆらぁり。そうだ、魔法だ。人間が異世界から召喚されたと聞いて、それだけがずっと引っかかっていた。お前の魔法、それだけが……<―両儀、斬撃、切断―>」


鍵呪文キーワード!!?)


 一言ごとに背筋にゾクゾクと悪寒を走らせる言葉。

 加えて奴が握る剣に、ダイヤモンドのような幾何学的な透明な結晶が伸び始める。


(間違いない、魔法だ!)


 今まで全ての攻撃が避けられた理由がようやくわかった。ウェイバーは魔術師だ。それも、ティアの言うとおり俺より格段に上手く身体機能を引き出している。

 しかも意志の力をまず膨大な量の光球として集める俺の魔法に比べて、ウェイバーは格段に早く意志の力を魔法として剣に集めていた。


(ーーッ!? 間に合わない!!)


 ファントムがこちらを見ている。"こいつを倒してやるから体を寄越せ"と目で言っている。

 焦れば焦るほど"意志の力"の集中がうまくいかず、ジリジリと焦燥感が胸を焦がす。

 でも、ここで退くわけにはいかない。


「<―聞け! 空之からの――」

「<―何もかもを絶つ意志の一振り―> ……遅いぞ、召喚王!」


 努力も空しく、俺より早く魔法を完成させたウェイバーが、俺の周囲の光の粒子を避けながらこちらへ迫る。 その剣が放つのは冷たい、万物を切り裂かんとする冷徹な意志による魔法だ。

 ウェイバーは剣を下段に構え俺の右側から袈裟に両断しようとしている。

 俺は咄嗟に構えた剣をウェイバーの太刀筋に合わせようとしたが


「ゆらり……己の弱さを呪え。――"始原剣しげんけん"」

「う、うわぁああああああっ!!」


 まるで抵抗せずに両断される俺の剣。次いで変装に着ていた安物の鎧、綿の服が冷たい結晶を纏う魔剣に容易く絶ち斬られる。アドレナリンのおかげか、俺にはその過程がスローモーションで見えた。


(俺の、弱さ?)


――あまりの切れ味に痛みは起こらない。ただ皮膚を切り、体内に異物が入り込む異様な感覚が分かる。


(俺の弱さってなんだ?)


 魔法で負けたこと?

 剣術が下手なこと?

 王としてレオスを守れなかったこと?


――筋肉が裂け、血管の血流が刃によって阻害される。


 臆病なこと?

 女の子に弱いこと?

 すぐに人任せにすること?

 そのクセ自分しか信じられないこと?


「シュージ王!!」


 アダスが後ろで俺を呼んでいる。

 同時にガクンッと視界が下がった。今までにらみ合っていたウェイバーの顔が高くなる。膝を折ったのか、腹を曲げたのか分からない。自分の敵の顔を見上げることもできない。


「シュージ王!!」


 ふと脳裏に浮かんだのは、夕暮れの戦場でモジモジしていたリグレッタ、あの日のティアの唇の感触、アンの上目遣いに俺を覗き込む黄茶色の瞳。

 彼女達は何故一緒にいてくれるのだろう?


 異世界から呼んだ責任感?

 王様で偉いから?

 成り行きで仕方なく?


 もし違うなら、俺にも何か良い所があるのだろうか?


(でも、俺の強さって何……?)


 考える。しかし"弱さ"と違って今度は何も思い浮かばない。

 視界が暗くなってきた。相変わらず周囲の様子はスローモーションで、剣で裂かれたわき腹から紅い飛沫が飛び散り、周囲に吹き荒れていた黄金の光が止む。

 ファントムは相変わらず動かないで、俺が自分の体を諦めるのを待っていた。


(…………"強い"ってなんなんだ?)


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