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日の丸の街(2)

大幅改稿対象です

25、明星の鍛冶屋



「うーっ」


――ガン、ガン、ガン


「なぁー、いい加減に諦めて二人を呼ぼうよ。魔法で呼べるだろ?」

「うーっ」


――ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン


 ハマミの街の名産品である赤煉瓦でできた牢屋の壁を殴りまくるリグレッタ。

 よっぽど気恥ずかしいのか。衛兵達に捕まってから俺とは口を利かずにずっとこんな調子だ。

 ちなみに俺がいるのはリグレッタの向かい側の牢屋。お互い鉄格子越しに姿は見えるが、牢屋自体は中心の通路に向かって斜めに立てられているため、少し奥に引っ込めば向かいの住人の姿は見えない。

 リグレッタは最初はセオリー通りに鉄格子を壊そうとしていたが、さすがに親指より太い鉄棒を素手で折るのは難しく、今は周囲の煉瓦の壁を拳で砕いて脱獄を試みていた。

 だがその煉瓦ですら今の――武器どころか篭手すらないリグレッタには硬すぎるようだ。


「うーーーーーっ…………はぁ、確かにこれ以上は拳が痛みます。気は進みませんがアンとティアに救援を頼みましょう」


 諦めたリグレッタは殴るのを諦めて鍵呪文を唱えて二人にメッセージを飛ばす。

 向かいの部屋に見えるのは貫く、とまでは行かないまでもボロボロに砕けて奥の煉瓦を覗かせる無残な壁、壁壁――……え? これ、もうちょっと頑張れば脱獄できんじゃね?


「いやいやいや、やっぱり続けよう! 諦めんなよ! なんでそこで諦めるんだ!」

「どっちなんですか!? そもそも包囲されて真っ先に降参したのはあなたじゃないですか!?」

「いや、その、やっぱりそこまで頑張ったならもう少し壁を――」

「お二人さん、面白い相談してるな。お前さん達もスラクラの野郎に捕まったクチか?」


 俺の右隣の牢から野太い声が聞こえた。

 思わず声の主を確認しようとするが、鉄格子からは首を出せないので相手の姿は見えない。


「"お前さん達も"ということはおじ様も領主の命で逮捕されたのですか?」


 俺の右隣を見ていうリグレッタ。向かい側なら隣の牢が見えるらしい。

 てか、またおっさんか。


「ああ、そうだ。俺は鍛冶職人のボンズってんだが……この街では見ない顔だな。お前さん達は町の外の人間か? なんだ? なんで街の外の人間が捕まってるんだ?」

「あー実は……俺たちもよく分からないんだよね」

「何を言ってるのですか。我々を捕まえるときに衛兵が説明していた通りの理由ですよ、陛下」


 向かいの牢屋でリグレッタが腰に手を当て、できの悪い教え子に対する教師のように俺に諭した。


「ここの領主は赤獅子騎士団から軍務卿の側に寝返りたかった。そんな時、赤獅子騎士団の後援者で軍務卿が王座へ至る最大の障害であるあなたがノコノコとやってきた、向こうからすれば今しかない、というタイミングで最高の獲物が武装解除をまでして自分の狩場に来てくれたというわけです」


 うへぇ、まさに渡りに船ってやつか。


「……あん? へーかだと? 陛下ってーと……はぁ!? まさか、噂の召喚王が生きてたってのか?」


 右の牢から愕然としたおっさんの声。

 そっかー、南部の市民達の間では俺は死んだことになってるんだ。


「そうです。この方こそつい先日レオスの王城に喚ばれ、圧倒的に不利だったトルゴレオ軍をしょう……ゴホンッ、引き分けに導いたシュージ・ナガサカ王その人です!」


 胸を張って俺の紹介をしてくれるリグレッタ。

 なんか大仰に言われてるけど、微妙に締まらない紹介にはなんだか泣きたくなった。


「そうか…………生きてたんだな。17の、しかもただの平民を王に仕立て上げて戦死させたって聞いた時は胸糞悪くなったがよ」


 フゥッと溜息をつくおっさん。

 あ、年齢まで噂になってるんだ。


「何にせよ、生きててよかったじゃねーか。それもこんな別嬪べっぴんさん連れて歩けるなんてなかなか無いぜ」

「そ、それは……えへへ~。今のところ二人共虜囚の身ですけどね」

「そこはほれ、若い男女なんだから牢屋で同じ時間を過ごすうちに……なぁ?」


 突然話を振られるリグレッタ。

 リグレッタは向かいの牢屋で真っ赤になりながら


「ボボボボボボンズさん!? な、何を言っているのですか! 私と陛下はそんな関係ではありません!」

「えへへ~~」

「陛下も! 誤解を助長するような態度は止めてください!」


 ガンガンと鉄格子の向こうで地団駄を踏むリグレッタ。

 あの地団駄を腹で喰らった身としてはあまり近くで見たいとは思わないが、今は丈夫な鉄格子2枚が間にあるので

余裕を持って見ていられる。

 う~ん、顔を真っ赤にして照れる女の子ってやっぱりいいな~。


「うへへ~~」

「っうあああああああ! 今"照れる仕草が子供っぽい"とか思ったでしょう!? このっ! 鉄格子さえっ! このっ! …………もうっ! ここを出たら、覚えてなさいよ!」


 ガンッと、とどめに鉄格子を殴って威嚇してくる。先ほどまで効果が無かったその拳はしかし、鉄でできているはずの格子を少し外側に変形させていた。

 思わず、緩んでいた頬が引き攣る。


「…………なんでぇ。もう十分仲が良いんじゃねぇか」


 そんな様子を見て隣でボンズがボソッと呟いた。


「で、俺たちの方はそういう事情なんだけど、ボンズのおっさんはどうして捕まってるんだ? 強盗? 恐喝? 殺人事件?」

「どんなイメージだよ……まあいいや。俺はこの街で顔役っつー領主との交渉役をやってたんだがよ――」


 ああ、犯罪者じゃないんだ。なんか野太くて力強い声だからてっきりソッチの人かと思ってた。


「事の始まりは二ヶ月ほど前なんだがな。この街の全商品を扱っていた大商人のスラクラの野郎が買取の価格を大幅に下げたんだ。今までもそりゃ、安く買い叩かれてたもんだが今回は特別に酷くてなぁ。あれよあれよと言う間にハマミの街は失業者で溢れかえっちまったのさ」

「……そういえば市場が随分閑散としてたな」

「それはもうちょい後の話だな。それでな、いよいよ生活に困った俺達はツテを頼って北部の商会からマトモな商人を寄越してもらったんだ」


 マトモな商人、ということは良心的な価格で商品を買い取ってくれる商人のことだ。

 南部と違って北部では同じ街でも取り扱う商品の種類が多いため"商会"という商人のギルドを作って商売をしているらしい。他の商会は勿論、同じ商会内でも熾烈に争う北部の商人達は、南部の親から受け継いで独占的な商売しかしていない大商人に対して圧倒的な能力を発揮したらしい。


「まあ、スラクラも素人じゃないんで穀物に関する取引だけは死守したがな。それ以外の、俺達鍛冶屋、土産物、酪農、野菜、他にもハマミ名産の銅や赤レンガの取引まで分捕られちまったってわけだ。あの時のあいつの顔といったら! 顔が四六時中酒飲みみたいに真っ赤になってやんの」


 よほどスラクラに対して鬱憤が溜まっていたのだろう。スラクラの没落の場面でガッハッハと本当に楽しそうにボンズのおっちゃんが笑った。


「んで新しい商人のおかげで俺達の生活もようやくまともに戻ってな。これからは貯蓄や事業拡大もできるってんでホッとしてたんだが、ちょうどそのタイミングで地震やら戦争やらの話が伝わったんだ」


 地震が起こったのは俺が来る10日前、前王が戦死したその三日後、俺がレオスの平原で戦ったのが召喚されて4日後、その後1日空いて三日間旅をしたからえ~と


「18日前ですね。もっとも、貴族か領主でなくては情報の伝達に数日のズレがありますが」


 リグレッタが後ろからこっそり暗算してくれた。


「その頃からスラクラが急に私兵を雇い始めたんだ。俺達はいよいよ経営が危なくなって実力行使で他の商人を追い出す算段だとか言ってたんだが、奴は俺達より一歩先を考えていたらしい」

「喧嘩を吹っかけようとしたのか? まあ、わからないでも無いけど……」


 北部の商人だって馬鹿じゃない。相手が実力行使でくるなら自分達も身を守るために私兵を雇うはずだ。

 それにたとえ負けて追い出されても互助組織である商会に戻れば今度はもっと戦力や仲間の商人を引き連れて帰ってくるはずだ。


「いや、スラクラの狙いは戦争で召集された領主の代理役だったんだ。代理の条件は住民の支持と治安維持の能力。別に私兵を雇ってることが絶対条件じゃねーんだが、スラクラが私兵を集めている状態で他の奴に代理を任せたら武力衝突が起きるからな。騎士団も苦渋の決断だったんだろうさ」

「へぇ……」


 なんか話長くてダルくなってきた。


「……なんでぇ、反応薄いな。で、代理役に任命されたスラクラは北部の商人を追い出し、取引先以外の市民を搾取、こうして嘆願に来た街の顔役を牢屋にぶち込んで俺の年頃の一人娘を館に監禁したってわけだ」

「へぇ……って、え? おっさんの娘さん攫われたの? なんで?」

「一応未払いの税金の担保で人質なーんてそれらしい事言っていたが…………本音はビューティーエマフランソーズにいやらしいことをしようとしているに違ぇねぇ。くそっ!」

「「ビュ、ビューティエマフランソーズ!?」」


 思わずリグレッタと二人で叫んでしまった。

 つか、なんだその名前! この街ではそれが普通なのか!?


「えと、ゴホンッ……失礼。娘さんはビューティエマフランソーズとおっしゃるのですか……それは、その……さぞお名前の通り美しくて気品のある方なのでしょうね。同性として羨ましいです」

「ああ! あいつは昔から周りの女の子より飛び抜けててよぅ。オーラが違うっつーか……今年で25になるんだが、ますます美人っぷりに磨きがかかってるんだ! つっても男に媚びるようなタイプじゃねぇぜ。一本芯の通ったいい女よ! だからなぁ、頼むよお二人さん。脱走のアテがあるんだろ? ここを出たら娘を救うのに協力しちゃくれねぇか?」


 25……8歳差か。十分射程内だな。

 しかもこれだけ美人美人と連呼されるような女性には大いに興味がある。

 ここは一発、悪人の手から救い出して格好良い所を見せてやろう。


「勿論だおっさ……いやボンズさん! 王として、一人の男(・・・・)として、悪徳は許せない! 絶対に!」

「陛下。今、不自然に前向きな台詞に更に不自然な強調があったような……」


 ジト目で睨んでくるリグレッタ。


「お…………おいおいおい! 俺は恥ずかしいぞ、義憤に燃える主君の決意に水を差すなんて……リグレッタ! 君は騎士だろう!? 騎士とはなんだ!」

「それは……騎士とは王家に忠実、献身、勇敢であり、弱き者には手を差し伸べるべしと騎士典範にありますが」


 騎士典範? バイトや仕事の服務規程みたいな物か。

 ともあれ、口調が自信無さ気になっているのでもう一押しして反論を封じる。


「ならば、今まさに娘さんに不幸が訪れようとしているボンズさんを助けることを何故躊躇う!? それともリグレッタは牢を抜けてこのまま街を何事も無かったかのように街を出られるのか? いいや、出られまい!」

「………………はぁ、変な時だけ口が回るんだから」


 溜息をついて肩を落とすリグレッタ。

 そんな様子を見て、俺は真面目な顔を維持したまま「堕ちたな」と内心ほくそ笑むのだった。


「わかりました。確かに私もこのままにはして置けません。お手伝いしましょう」

「そうこなきゃ!」

「た、だ、し! できる限りの事ですよ? 我々はなるべく早くクリクスへ向かわねばなりませんし、無理だと思ったらすぐに脱出しますからね?」

「おっけーおっけー。というわけだ。ボンズさんは自分の家で期待しながら待っていてくれ」

「おおおお! ありがてぇ、いや、ありがとうございます、陛下! なんとお礼をすればいいか……」

「いやいや、俺のような若輩に陛下だなんて堅苦しい。ボンズさんには『おいシュージ!』と気軽に呼んでいただきたい! そう、義息子むすこと接する時のように!」


 調子に乗って畳み掛ける。

 なんか一瞬向かいの牢から煉瓦を殴る音が聞こえたが、気にしない。


「そ、そうですか? いや、そうか~! わかった、シュージ! ……いやーやっぱり良いな。娘もいいけど昔っから息子も欲しかったんだよなぁ」


 俺は鉄格子の隙間から左腕を出すとボンズさんと更に親愛を深めるために握手を求めた。

 お互い姿は見えないが、手が大きくて硬い手にガシっと掴まれる感触がした。

 そのまま何回か手を振った後、俺は手を離そうとしたが――


「ん? この手……タコの無い指に、この筋肉のつき方……」


 牢屋から伸ばしていた腕をさらに引っ張られる。

 そのまま、ボンズのおっさんに触られたりひっくり返されたりしてマジマジと腕を観察された。


「平民出身ってのは本当だな。全然剣を振っていない手だ。それに…………おいおい! お前さん、二人なのに(・・・・・)弱っちいなぁ! そんなんで大丈夫かぁ?」


 やっぱり鍛冶屋だと剣を振る人の手を良く見るのだろうか?

 一瞬で練習不足を見破られた。


「いやー、真剣なんてこないだ1、2回触ったっきり…………って、は? 二人?」


 『二人なのに弱っちい』? どういう意味? リグレッタと二人でも弱いってことだろうか?


「陛下の腕だけを見て、私の剣まで疑われるのは不本意です」

「ああ、いや、そういう意味で言ったんじゃねーよ」


 ボンズの言葉を俺と同じように受け取ったリグレッタが若干ムッとしながら鉄格子から手を伸ばす。さすがに向かいの牢屋から触ることは無理だが、ボンズのおっさんにはそれで十分だったようだ。


「ふ~む、お嬢ちゃんは片手で軽い剣を使ってるな。そんで……3人だな。しっかり繋がっている。こっちのシュージと違ってちゃんと戦える手だ」

「今度は3人? あー何? 常人の3倍の腕力ってこと?」

「違う違う。俺が言いたいのはもっとこう、人間としての腹の底からでてくる力で……そう、弱い強さっつーか………………かぁーーーーっ! やっぱり鍛冶屋しかわかんねーかな? シュージ、お前とお嬢ちゃんの場合、この力が3人になるのはわかるか?」

「全っ然わからない」


 一生懸命説明しようとしてくれているのはわかるけど、全然わかりません。

 弱くて強い? 2人足す3人の答えが3人? 意味がわからない。


「……私はなんとなくわかります。けどおそらく陛下、あなたにはまだわからない」

「うーん、俺だけ仲間外れってこと?」

「まあ、剣振ってりゃいずれわかるだろ。今後はちゃんと精進しろってこった」


 なんとなく納得はいかないが、剣を全く扱えないのは事実なのでここは素直に頷いておく。

 その後、救援の二人が来るまで俺はボンズのおっちゃんに街の構造について聞いた。

 今俺たちが捕まっているのは街の北東にある犯罪者用の拘置所。一方、ビューティエマフランソーズさんが捕まっているのは街の中心部にあるスラクラの屋敷らしい。目標は彼女をスラクラの屋敷から助け出し、街の北にあるボンズのおっさんの工房まで連れて帰ること。とりあえずボンズのおっさんには屈強な徒弟たちがたくさんいるので、工房まで行けば安全らしい。

 さすがにスラクラ本人の屋敷となると警備も固いだろうし、堂々と正面から救出っていうのは難しいな……。といってもリグレッタ達にだけに潜入させてしまうと、美人の救出というおいしい所を逃してしまうし……。

 なんて風に悩んでいると廊下の向こう、この牢屋の出入り口のほうからボウッと緑に光る火の玉が近づいてきた。自然の物ではない。わずかにエコーを感じる。


「おおう!? なんだありゃ! 幽霊ってやつか?」

「あれは……アン! こっちです!」


 薄暗い廊下から現れたのは、手のひらに火の玉を載せたアンキシェッタとティアだった。

 二人は膝や服に若干泥をつけて、武器を背負っている。

 どうやら何らかの方法で門番の目を逃れて街の外壁を越えてきたようだ。

 緑色の灯りに照らされてティアは悪戯っぽく笑い、エンキシェッタはプーッと頬を膨らまして怒っていた。


「あーーーっ! いたいた、いましたよティアちゃん! もう、自分だけじゃなくてシュージ様まで捕虜にされちゃうなんて……レッタちゃんは護衛騎士失格ですよ!」

「そ、それは! 徒手空拳で囲まれた上に、陛下が自身が真っ先に投降したせいで――」

「大方、シュージに荷物持ちをさせていたせいですぐには逃がせなかったんだろう? で、オタオタしている間にシュージがサッサと投降してしまった。そんなところじゃないか?」

「そ、それは……」


 図星を突かれて大いに焦るリグレッタ。

 あーなるほど。確かにあの時すぐに荷物を捨てれば包囲を振り切って逃げれたかもしれないな。

 気がつけばリグレッタが若干潤んだ目でこちらを見ている。どうやら救援要請のようだ


「ティア、それは違うぞ」

「陛下……ありが」

「――実はもっと面白い経緯いきさつがあったんだ」

「ちょ、ちょっと! 陛下!?」


 援護のように見せかけた突然の裏切りによって悲鳴のような声を上げるリグレッタ。

 その様子は飢えたティアの嗜虐心に火をつけたようだ。


「ほう! それはそれは……ぜひ聞きたいな。よし、アンキシェッタ。シュージの牢の鍵を開けてやれ」

「はぁ~い!」


 とアンが取り出したのは鍵ではなく先端に加工を施した二本の針金。

 まさか、と思ったがアンは鼻歌交じりにカチャカチャと針金を動かしただけで鉄格子の錠前を開けてしまった。

 俺の視線に気付いたアンは、はにかみながら


「人に疑われますし、あまり自慢できる特技じゃないんですけどねー。うちの領地の鍛冶屋さんが錠前を作っていたものですから~。鍵の部品を作っているのを見ている内になんとな~くできるようになったんです」

「へぇ~アン、すごい特技じゃないか!」

「えへへ~」


 少しかがんで数時間ぶりに牢屋から出る。

 もっと褒めて、というようにアンが擦り寄ってきたが、ティアがその首根っこを捕まえて俺達の距離を離してしまった。


「あ、ティアちゃんひどーい!」

「さあ、シュージ。さっきの面白い経緯とやら――」

「おぅいシュージ! イチャイチャして、俺のことを忘れてるんじゃねーだろうな?」


 隣から響く野太い声。

 しまった。ボンズのおっさんのことを忘れていた。


「……と、お隣の御仁は誰だ? どうやら重犯罪者のようだが……」

「あーっと、とりあえずそのおっさんは良い人なので開放してあげてください」


 はい、と返事をしたアンがすかさず錠前に針金を突っ込んで鍵を開ける。

 牢屋の鉄格子をくぐって出てきたのは、今まで声でしか知らなかったボンズのおっさんだ。


「せいせいしたぜ。ありがとうよ、お嬢さんがた」


 短く刈った白い髪と顎髭、頭に青いバンダナ、腰に革のエプロンを巻いてシャツから浅黒い筋肉をモリモリ露出させて腕を組んだ姿は、声でイメージしていた豪快なボンズのおっさんそのままの姿だった。


「さあシュージ、ちゃっちゃとこのお二人に事情を話して娘を助けてくれ」


 そういえばこの二人はビューティーエマフランソーズさんの事は知らないんだった。

 俺は頭の中で要点を纏めると二人に事情を話し始める。だが、


「えっと、二人と別れてから……」

「ちょ、ちょっと待ってください! あの、ティア? アン? その、私はまだ牢を開けてもらっていないのですが……」


 やや焦った調子のリグレッタ。


「お前のはおしおきだ。シュージの話が終わるまでそこで大人しくしているんだな」

「そうですよ~。城門前での意地悪、私まだ覚えてるんだからね」

「そ、そんなぁ……」


 ほとんど泣きそうな声でへたり込むリグレッタ。

 さすがに少し可哀想になってきたので、俺は手早く話を終わらせてやることにした。

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