日の丸の街(1)
大幅改稿対象です
24、日の丸の街ハマミ
「まさか、魔法まで使って兎一羽も捕れないとは……少しは料理番をする私の身にもなってください。おかげで早々に食料を使い切ってしまったではないですか」
「人間と戦うのとは少し勝手が違ったのさ。だが、もう奴には遅れは取らない」
「当たり前です! 騎士が兎ごときに逃げられてしまうなど、そうそうあってたまるものですか!」
「それにしても……食料を使い切ったのは私のせいでは無いと思うんだがな。どこの世界に晩飯だけでキロ単位の肉を食う女がいるんだ」
「………………」
そんなこんなで俺達はクリクスに向かう途中、騎士団領の北端にあるハマミの街に寄って食料を調達することになった。
街道を抜けてやや小高い丘から見たハマミは南部の街らしく周囲はまだ緑色の農耕地で囲まれている。街の城壁や建物は全て赤レンガで建てられ屋根も赤い銅版を使われているので、遠くから見ると緑に赤い丸の入ったどこかの国旗のようにも見えた。
「意外と大きな街なんだな」
「ここって南部では珍しく工業が盛んなんですよぅ。私もここの市場に来ると北部の地元を思い出します」
少し懐かしそうにアンキシェッタが言った。
アンキシェッタの出身地は北部のメルコヴ領だ。彼女の父親が治めている土地で、北部らしく寒冷な気候のせいで食料はほとんど取れないず主産業は鉱業で得た鉄の武具だったが、最近では狩猟用火縄銃の生産で潤っているらしい。
なんと火縄銃は軍用よりも民間に出回る狩猟用のほうが数が多いとか。
「農業の南部工業の北部、だったな。大臣3人もそれぞれ3地方を治めているのは国の中でも地方によって役割分担ができているからか」
「まあ、役割分担といえばその通りだがな。謀略の西部に内乱の南部、そして犯罪の北部とそれぞれの地方が抱えている問題に大臣を充てていたら自然とそうなっただけさ」
「内乱の南部?」
ティアはやれやれと肩を竦めると、若干楽しそうに彼女の地元である南部の事情について教えてくれた。
金銀細工や織物などの工業製品に対して、農作物など食料は商人が大きな単位で取引する場合が多い。大きな取引をする商人は徐々に規模を増やしていき、やがて一人の大商人が町の作物を全て取り扱うようになる。そして町や地域を独占した大商人は次第に作物を安く買い叩くようになり、南部の人たちは困窮して反乱を起こすというわけだ。
この公式はトルゴレオ建国前から続いていて、昔から反乱を起こしている南部の民はおかげですっかり閉鎖的になってしまったらしい。
「この国って戦争と地震以外は豊かで綺麗な国に見えたんだけどな……」
俺はここにきてからずっとレオスの王城にいてキスレヴとの戦争の事しか考えていなかったので、民や国の仕組みについてはほとんど知らない。一度見たレオスの様子があまりにも華やかだったので、その外の人たちの様子など興味も持たなかったのだ。
「まあ、どこの国もそんなものさ。南部も搾取されていると言っても食べていけない程じゃない。ただ悪い状態のまま停滞しているから、変化が欲しくて反乱をおこしているのだろうな」
「……そういえば日本も先進国なのにいつも問題は出ていたな」
勿論、日本だって実際に問題が無い訳じゃない。社会は人のための物であり、人が社会のために生きているのではない以上、問題提議は起こされ続けるべきなのだ。
眉間に皺を寄せてうんうん唸りながらそんなことを考えていると、ティアが心配そうに後ろから俺の肩を叩いて手を乗せた。
「シュージ、民草についてはレオスを取り戻した後で考えろ。我々は今それどころではない。一刻も早く赤獅子騎士団と合流しなくては」
「ああ、そうだな。早く騎士団を助けよう」
緑の耕作地を抜けてハマミの町の城門前に辿り着いた。やはり赤色は街の拘りなのか、城門にも銅や赤レンガが使われたり、門番の衛兵も胸当ての下の軍服まで赤く染色されていた。
時刻はすでに昼頃。門の向こうは食事のために食堂や酒場へ向かう人々で賑わっており俺達も人ごみに誘われるように門へと足を進めたのだが、
「おい、あんた達――」
城門を潜ろうとした辺りでやたら尊大な若い衛兵が俺達に声をかけた。
「――何? 武器の持込が禁止だと? 我々は公的資格を帯びた騎士だぞ? 一体何の権限があって――」
ティアの剣幕にも全く怯まず、それどころかむしろ好色な目を向けている衛兵。彼が言うにはエンローム軍務卿の挙兵により、ハマミの街は警戒態勢を敷いているらしい。
通常の内乱ならいかに領主と言えども騎士が帯刀する権利に口出しすることはできないはずだが、その権利を保障してくれるトルゴレオはキスレヴによる封鎖を受け半ば崩壊している状態だ。
情報も無く、連絡も取れずどの騎士が反乱軍で味方なのか判断がつかない以上街の安全のために武器の持ち込み禁止は止む無し、という経緯らしい。
これにはティアやリグレッタもそうだが、誰よりもアンが拒否反応を示した。
「預かるだけとはいえ、自分の弓を他人に触られるのはちょっと……デリケートな武器ですから」
「いや、アン……もしかしたらこれはもっと考えたほうがいいかもしれない」
「ほえ? どういうことですかシュージ様?」
俺は三人を手招きして衛兵から見えない場所へ呼び寄せた。そのままヒソヒソと声を抑えて喋るよう促す。
若い衛兵は険しい目つきで追っていたが、さすがに門を離れて盗み聞きするわけにもいかなかったようだ。
「どうも衛兵の態度がおかしい。いくら世情が不安定だからって、正規の騎士相手に衛兵があんな風にずけずけ言えるものなのか? なんか武器を取り上げるってのも変な話だし……なあ、食事なんて一日くらい我慢できるんだし、街に入るのは止めておかないか?」
「確かに……よく考えたら、私達には反乱軍の首魁エイブラムス家のティアちゃんと、赤獅子騎士団所属の私が一緒にいるわけですからね。あの衛兵や町の人がどちら側に属していても、敵意を向けられるんですよね~」
手を顎に当てて思案するアンキシェッタ。
だが食料を管理するリグレッタが
「ちょっとまってください! 足りないのは食料だけではありません。旅で消費する物―-油紙や砥石といった細かな物資も不足しています。確かにこのままクリクスまで行くのは不可能ではありませんが、不測の事態を考えて、できればここで補給をしておきたい」
「……となると、ティアとアンを置いて街に入るしかないな。じゃあ、俺とリグレッタで買い物してくるから、二人は街を迂回して反対側の城門で待っててくれ」
「ああ、わかった。門が閉まるから日没までには買い物を終わらせろよ」
やはり武器を手放すのは心許なかったのか、あっさり快諾するティア。
だが、買い物に参加できないと宣告されたアンキシェッタからは恨みがましい視線が注がれた。
「じーーーっ」
「うっ……し、仕方ないだろアン。買い物はしなきゃいけないみたいだし……っていうかどっちにせよアンはハマミには入れないじゃないか」
「じーーーっ」
アンが服の裾を引っ張ってくる。唇を尖らせ目で訴えかける無言(?)の抗議に思わず負けそうになったその時、リグレッタが俺の腕を取ってアンの視線から庇ってくれた。
「さ、いきましょうか陛下」
「え、……あ、ああ」
「あー! レッタちゃんずるい!」
だが、どうやら純粋な善意ではなさそうだ。
俺の手をとって歩き出してすぐ、わざとらしく振り返りこう言った。
「あら、アン? いつまでそこにいるつもりですか? 外壁に沿って街を迂回するんでしょう? 街を突っ切る私達と違って遠回りなんだから、そろそろ出発したほうがいいんじゃない?」
「レッタちゃんの意地悪~!」
「はぁ、そんな事ばかりするから子供だと言うのに……」
一通りアンキシェッタをからかうと、リグレッタはオホホホと上品に笑いながら俺の手を取って、今度こそ城門の方へ歩き出した。
***
俺たちが買い物をするために寄ったのは街の市場。
ハマミの街の市場は芝生の上に奥行きのある帆布のテントを建てて中に敷物を敷いたり、テーブルや商品棚を置いた簡単な露店を集めた広場だった。中東のバザールとか……高校の文化祭で屋台が並んでいる感じに近いだろうか。
テルマ村と違ってさすがに大きな町らしく、市場がある広場の面積は大きく露店のテントは数え切れないほどあった。が、何故かその半分以上が閉店している。
不況か何か知らないが、おかげで目当ての品物を探すたびに市場のあちこちを行ったり来たりしなければならなかった。
「さて、油と食料はこれで――陛下、干し豆は買いましたよね?」
「3袋もな」
俺の状態を一言で言うなら"麻袋の怪人"か"ジャグラーの大道芸人"――要するに漫画であるような典型的なデートの荷物持ちをやらされていた。
買い物は全てリグレッタが行い、荷物は男の俺が引き受ける。字面だけ見ると適材適所の見事な分業のように見えるが、実際はリグレッタのほうが腕力があるはずなので、必ずしも全ての荷物を俺が引き受ける必要は無いはずなのだが……
「なあ、そろそろ荷物で前が見えなくなりそうなんだけど……」
「そのようですね」
「……二日の旅程に何故こんなに食料が必要なんでしょう?」
「育ち盛りの男女が四人もいますからね」
「あと、その――」
「……陛下、先程から何か言いたいことがおありのようですが、そんなに口が軽いのはまだ荷物を持てるという自己主張と受け取ってでしょうか?」
「貝のように黙っていようと思います」
と、そのドSっぷりを遺憾なく発揮していた。
そのまま、市場を回り、暫く細々《こまごま》とした品を買い集める。
この世界での、しかも市場での買い物の様子には興味があったが、俺は自分の荷物を保持するのに精一杯でそれどころではなかった。
それからさらに一時間ほどが経ち、荷物の量と重量がいよいよ俺の限界に近づいたとき
「…………妙ですね」
リグレッタがピタリと立ち止まり、言った。
「な、何が?」
「……どうやら、数人に尾行されているようです。先ほどから人の気配は感じていたのですが……こうして市場の人気の無いところまでついてくる所を見ると、どうやら間違いなさそうです」
いつのまにそんなことに。
リグレッタの言葉に辺りを見回すと今まで荷物で見えなかったが、俺たちは市場の中の閉店した屋台しかない人気の無い区画にいた。
しかも落ち着いてみると確かに周囲に人の気配がする。
……人気の無い場所で、こっそり近づいてくる集団……なんか背中に嫌な汗かいてきた。
「……いや、ここはポジティブに考えるんだ。例えば、俺の窮状を見かけた善意の人たちが荷物持ちを手伝ってやろうと手ぐすね引いて包囲してるとか」
「……善意の方が包囲網を敷く理由がわかりません。私の見たところ相手は良くて私達の荷物を狙ったゴロツキが数人か、最悪――」
「――や、止めろリグレッタ! こういうことは口に出すと本当に起こるんだぞ!」
不穏な未来を予想するリグレッタを止める。
自分の発言が不条理なのはわかっている。予想するのが他の人間だったらだったらこんなに必死にはならないんだが、
「何と軟弱な事を! いいですか、口にしようが頭で考えようが同じことです。物事はなるようにしかならないりません! 全く……王たるものがそんな迷信に惑わされるなんて。それとも、私が"武装した兵士が大人数で取り囲んでいる"と言ったらゴロツキがわざわざ装備と人数を整えてくるとでも言うのですか?」
彼女の言うことは正論だ。だが、今回は俺の言うことも正しかった。
なぜならリグレッタの言葉を待っていたかのようにドドドッと人気の無かったはずの路地という路地から何十人もの槍で武装した男達――町の衛兵が現れたからだ。
そのまま、槍の穂先を壁のようにして俺たちを包囲する衛兵達。
騎士として、レディとしての作法を忘れ口を開けてポカンとするリグレッタ。
俺は肩を落として嘆息しながら、
「…………わかってるさ。けど、やっぱり本当なんだ」
「シュージ王にリグレッタ・チハルト! 動くな、手を上げろ! 領主スラクラ様の命により、貴様らを逮捕する!」
この人数でも、武器さえあればなんとかなったかもしれないが、生憎と武器は門番に預けてしまった。
「あ、あなた達! 騎士団領の人間がなぜシュージ陛下を逮捕しようというのですか? これは立派な反逆ですよ!?」
「うるさい! 貴様らにはスラクラ様がエンローム軍務卿に取り入るための手土産になってもらう!」
グイグイ近づいてくる槍衾に押されながらも強気な態度を崩さないリグレッタ。
このままでは本当に乱戦になりかねないので、俺はさっさと荷物を降ろすと降参を示すために両手を挙げた。