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女心と茜空(2)

22、女心と茜空




 柔らかな日光の射す林道の中を俺は右にティアを、左にアンキシェッタを侍らせながら歩いている。リグレッタも組み付いてはこないが、三歩後ろをついて歩くという大和撫子ポジションをキープしていた。


「そこで5人目を倒した俺は剣をこう、太陽に掲げてさ」

「そうそう! あの時はシュージ様の剣の光に敵はみんな怯んでましたよ」


 テルマ村からセーフハウスへの帰途、情報交換という名目でティアと別れてからバラギを倒す辺りまでを話すことになったのだ。

 道中ティアはずっと、アンが途中から腕を組んできたが当然悪い気はしない。むしろ初めて女性にモテているという事実に気を良くし、俺は肩を撫でたり顔を近づけて匂いを嗅いだりと、セクハラ気味のスキンシップを取りながら、鼻高々に戦闘の様子を話したのだった。


「ちょ、ちょっとシュージ様。顔、顔が近いです!」

「シュージ、さすがにそこに手を伸ばすには気が早すぎるぞ」


 アンには顔を押しのけられ、ティアには背中から伸ばしていた手をはたかれた。


「わ、悪かったよ。つい、手と顔が滑って…………でその後、大剣の男と隊長を一緒に仕留めようとしたんだけど、返り討ちにあいそうになってさ」


 だが、俺は珍しく強気で、さっきからティアとアンを引き寄せては、何度もこのやり取りを繰り返しているのだった。

 ティアは諦めたように嘆息すると諦めて自慢話に拍子を合わせてくれた。


「私もあの男には一杯食わされた。今度は万全の状態で手合わせをしてみたかったが……シュージが倒してしまったのだったな」


 どうやらティアが捕虜になったのは連戦での疲労もあるが、バラギとの戦闘で武器のハルバードを折られたのが原因らしい。時間も稼いだし、キリ良く武器も無くなったということで投降したのだ。

 俺ならあんな強敵は二度と相手にしたくないんだが……やはり武人というのは強い相手と戦うのが好きなのだろうか。俺より強い奴に会いに行く、みたいな。


「それでアンの援護で包囲してた奴らを倒した後、ファントムが現れたんだ。いつもと違って黒い影の手で屋根の上を指してて――」

「そうそう! その後ですよ! 私、大剣で殺されそうだったんですけど、シュージ様の周りに蛍みたいなのが一杯光ってて!」


 俺の武勇伝にアンキシェッタがうまく合いの手を入れてくれる。

リグレッタもあまり顔には出さなかったが、今回のことで俺を見直してくれたらしい。口を挟みこそすれ、否定的なことは一切言わなかった。

両手に花、まさに俺の人生の絶頂期がこの瞬間、ここにあったのだが――


「で気付いたらファントムが12,3歳くらいの女の子の姿になって、俺の鍵呪文を」

「「「……え?」」」


 突然3人の声がハモる。

 だが一瞬のことだったので、俺は気にせず話を進めていくことにした。


「続いて俺が唱えた瞬間、意志の力が全身を駆け巡って――」

「ちょ、ちょっと待ってください! ファントムが……女の子? あなたのファントムは黒い影の姿で現れると言っていたじゃないですか!?」

「え? だから魔法を使う時に急に変わったんだって」


 折角続行した俺の言葉を寸断したリグレッタ。

 見ればお互いを見やって微妙な表情をしている。


(なんだろう、この空気)


 というか俺のファントムなんて、ただでさえ規格外なことばかりなんだから、何か質問されても俺にわかる訳が無いんだが……。


「ファントムが女の子に見える、ですか…………この変態」

「ぐっ!?」


 リグレッタの言葉が久しぶりに胸を抉る。

 しかもそれだけではない。リグレッタを皮切りに、ティアやアンまでもが手を離し俺から距離を取り始めた。


「……不潔です。シュージ様」

「しかもあろうことか12,3歳とはな。シュージ、お前って奴は……」

「ま、待て皆! 俺が容姿を決めたわけじゃないぞ! 勝手に影が変化したんだ!」


 ようやくこの不穏な空気の正体がわかった俺は必死に弁解を始めた。どうやら俺のファントムの特殊性はともかく、こいつらは俺が見る黒い影のことを幻覚か何かだと思っていたらしい。

 女性にとって、少女の幻覚を見る男というのはとにかく理解され難い。というか俺も理解したくない。

 だが俺の弁明にも関わらず、三人の視線は潰れたカエルでも見るかのような、冷たい物に変わっていった。


「シュージ様は私たちより小さくて幼い子をお好みなんですね……」


 目を伏せいかにも悲しげなアンに、俺は盛大に焦る。


「い、いや、そんなことは無い! あれは俺とは別の人格のはずだ。俺の好みとは関係無いっ!」

「陛下、見苦しいですよ! どちらにせよ、ファントムはあなたの中の存在ということです!」

「……つまり無意識下でシュージにそういう嗜好があるということだ。全く残念なことにな」

「初めてお会いした時から大層変わった方だと思っていましたが……あなたが変なのは異世界人という理由だけではありません。あなた個人の性質が変態なのです!」


 非情な追撃をかけてリグレッタが離れる。他の二人も俺とはもう口を利きたくない、という風にずんずん先の方へと歩いていってしまった。


「そんな……」


 こうしてさっきまでのデレデレから、理不尽にもたった一言の失言で俺への評価がガラリと変わってしまった。

 俺の人生の絶頂期は時間にして1時間も無かっただろうか。


「女の子って…………わからん」


 俺はしばらくその場で人生の儚さについて悩んでいたが、結局答えは出なかったので諦めて彼女達の後にセーフハウスに帰ることにした。


***ティア***


 シュージをからかって置いてけぼりにした後セーフハウスに戻ると、そこには何故かアダスがいた。

 私達より先に着いただけでなく、お茶まで淹れてくつろいでいる様子がなんだか腹立たしい。


「アダス、何故ここにいる? 集めた団員から周辺の情報を纏めるのではなかったのか?」

「……既に済んだ。ここにいるのは王への報告のためだ」


 相変わらず無愛想にボソボソと喋ると、アダスは目線を僅かに私達の後ろへ動かした。

 私は何か言いたげなアダスの視線を無視し、鎧を脱いで椅子に座る。昨日の夜からずっと捕虜として拘束されていたので人心地つくのは本当に久しぶりだった。


「……あの男はどうした? 先程まで一緒にいたはずだが……」

「シュージならまだ外だ。ちょっとご褒美を与えたら調子に乗り過ぎたのでな。女の怖さというやつを教えてやったのさ」


 私の言葉にアダスが眉を顰める。

 こいつは感情を殆ど表に出さないが、時々目や眉の動きに感情を垣間見せることがあるのだ。


「……女を卑下しない貴族は貴重だ。……気に入っているのなら、あまり虐めてやるな」

「ハハハッ! まさか朴念仁のお前がそんなことを言うとはなっ。心配しなくてもやりすぎたからちょっと躾けてやっただけさ。アンが手伝ってくれたおかげで上手くいったがな」


 セーフハウスのキッチンから、私達のためにお茶を淹れて持って来てくれたアンに話を振る。

 シュージが予想以上に調子に乗っていたので、バレないよう口パクでアンに計画を話した時、アンはシュージをからかうのに気乗りしないようだったが、彼の"教育"のためだと言って渋々ながらも納得させたのだ。


「そんな……私はティアちゃんの真似をしていただけで……私よりも、合図も無しに話を合わせてくれたレッタちゃんの方がずっとすごかったよ」

「確かに、私もどうやってシュージの鼻柱を折ってやろうかと、ずっと考えていたのだが……レッタの切り返しには負けたな。まるで心の底からシュージを罵倒しているようだった!」

「だよね! 演技とはいえ、あれだけ理不尽な事を並べてまくし立てられたのは、やっぱりレッタちゃんもシュージ様に期待しているからだよね?」

「…………え? は、はい! 勿論、陛下のためにあえて……そう! あえて厳しく対応したのです!」


 私達の賞賛に、何故か首ごと目を逸らし言葉を詰まらせるリグレッタ。そういえばこいつ、昔から演技や嘘が下手だった。


「……おい、レッタ。お前まさか――」

「ただいま……」


 レッタを追求しようとしたところでタイミング悪くシュージが帰ってきた。

 おかげでせっかく作り上げた空気を寸断されてしまった。


「おかえりなさい、陛下! さあ、お茶はどうですか!!?」


 シュージが帰ってきたことで必死に話題を逸らそうと、無理に笑顔を作りながら熱いお茶の入ったカップをシュージの顔面に押し付けるレッタ。


「え? あつっ!! やっぱり何か怒って――紅茶がこぼれてる! 熱い!」


 真相は気になるがさすがにシュージ本人の前では口を割らないだろう。

 可哀想なシュージは笑顔で熱湯をかけてくるリグレッタの行動を図りかねているようだった。

 私はアンキシェッタと目を合わせると、カップごと口にねじ込まれかけている我等が主君に少し種明かしをしてやることにした。


***


「もう二度と調子に乗りません。今後は時と場合を考えます」

「なんだか含みのある言い方だが……まあ許してやろう。私もからかって楽しんだことだしな」


 どうやらお怒りは俺のセクハラに対する物だったらしい。先程の振る舞いには俺も少し罪悪感があったので、ここは素直に謝ってなんとか許してもらった。


「それにしても皆のあれが演技だったとはなぁ。特にリグレッタの――」

「そ、その話はもう結構です! それより先程アダスがあなたに報告することがあると言っておりました」

「え? そうなのか?」


 演技を褒めようとしたら、何故か焦った様子のリグレッタに止められた。

 不審に思いアダスを見やるが、相変わらず俺にはこいつの表情はわからない。まあ特に褒めちぎりたいわけでもなかったので、俺はアダスに話を促すことにした。


「……南部でエンローム公が兵を挙げた。亡くなったティーゲル王、シュージ王に代わって自分が新たなトルゴレオの国主になる、と」

「え~~~、なんで? 俺は戦死したことになってるのか?」

「……いや、伝書竜を通じて主な諸侯には生存を伝えている。エンローム公の行動は実質的な反乱と見ていいだろう」

「そうなのか……って伝書"竜"!?」


 久々に新しいファンタジー用語が出てきた。

一瞬ゲームにでてくるような10メートル以上の竜に、数センチの紙切れを括りつけようとするアダスが思い浮かぶ。


「ご存知無いようですね~。向こうに竜はいないのですか?」

「いや、いないな。一応想像図みたいなのはあるけど」

「……要は羽の生えたトカゲだ。子犬ぐらいの大きさで、鳩より速くて強靭だが、扱いが難しい」

「なるほど、文字通り伝書鳩の代わりってわけか」


 動物を使った通信は人間の伝令を飛ばすよりはるかに速い。地震の速報といい、敗北の知らせといい魔術師無しでの異様な速さは竜を伝書に飛ばしていたからだったのか。


「……報告の続きだ。レオスのトスカナ卿は、包囲中のキスレヴ軍と3週間の猶予期間の後の無血開城に合意した」

「お父様……」

「さすがはトスカナ様、外務卿に次ぐ交渉の名人と呼ばれるだけはありますね。包囲されている状況でキスレヴ軍から3週間も引き出すなんて……」


 父親の窮状を心配しているリグレッタ。だが、少なくとも3週間は無事なのだし停戦している以上投降しても殺される可能性はそう高く無い。

 俺には頼りないおっさんにしか見えなかったのだが、やはり伊達に大臣は名乗っていないようだ。


「なら期間以内に兵力を集めてレオスへ向かわねばなるまい。アダス、中央以外の諸侯は親父殿の挙兵をどうみているのだ?」

「……南部は赤獅子騎士団以外の勢力が全てエンローム公爵を支持している。逆に北部はシュージ王の生存を信じているようだな。キスレヴへの徹底抗戦とエンローム公爵への批難という形で纏まりつつある。西部は相変わらずだが、外務卿が見つかったという情報がある」

「となると北部で兵を募った後にレオスを開放、そして親父殿と決戦ということになるのか……。ああもう! いつになったら西部の復興支援が始まるのだ!」


 ティアが珍しく感情を露にする。意外なことにティアはエンロームの反乱にはあまり驚いていなかった。


「普段から親父殿は"自分はもっと実力を認められるべきだ"と言っていたからな。大臣以上というと王しかない。つまり親父殿は最初から反乱分子だったのだ。驚くことはあるまい」

「なんというか……実に野心溢れるおっさんだな」

「あれで頭も切れるという厄介な所がある。油断するなよ」

「……わかった」

「では陛下、我々は北部へ向かうということでよろしいでしょうか?」

「…………う~ん」


 思わずアンとティアを見る。

 ここで北部に行くのはアンの赤獅子騎士団を見捨てることになるし、南部に向かうならティアの父親と対決しなければならない。

 正直どちらも気が進まないのだが……。


「シュージ様、赤獅子騎士団はシュージ様のおかげで名誉を回復することができました。騎士一同、覚悟はできています!」

「私のことも気にする必要は無いぞ。元々私は捨て駒にされているのだし、エイブラムスの家さえ残れば後はどうでもいい」

「二人とも…………」


 二人は本気だ。それだけ、俺の判断を信頼してくれいるのだろう。

 俺は自分で宣言したこの国の王として、彼女達のために、国民のために一番リスクの少ない選択をすべきなのだが――


「……南部へ行こう! 赤獅子騎士団を助けて、エンローム軍務卿は反逆罪で捕まえる」


 自分の信念のために両方を取るという一番難しい選択肢を選んだ。当然、勝算など考えていない。

 少しの余韻の後、反対されるかと思い三人の顔色を伺ったが、意外にも三人は平然と俺の方を見返していた。


「……さすが、陛下。予想通りの返答ですね」

「ふむ、両方生かそうとは贅沢な奴だ。だが、でかい口を叩く奴は嫌いじゃない」

「言ったからにはなんとかしてくれますよね? シュージ様♪」


 ……え?何この反応……


「まさか、……これも?」

「……うまく乗せられたようだな」


 あろうことかアダスにまで溜息をつかれた。

 二人の決意を聞いたときは本気にしか見えなかったんだが……あれで駄目なら、俺は女性の一体何を信じて付き合えばいいのだろうか?


「……南部の詳細な情報は集めておいてやる。お前達は旅支度でもしておけ」

「はぁ~い!」

「ああ」

「わかりました」

「……………」


 俺を無視して明るすぎるほど明るく返事をする三人。

 こうして俺は今日だけで二度も女の怖さを知る羽目になったのだった。



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