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女心と茜空(1)

21、蜜月のご褒美




 視界に溢れていた黄金の光が、徐々に収まっていく。

 それでもすぐには視力は回復しなかったが、目を瞑り頭を振ると、徐々に周りの風景が戻ってきた

"星屑の鉄槌"の威力は凄まじく、目の前には大きく抉れた屋根と、ここから斜め下の隣家に開いた大きな穴があるだけだ。

 穴の中は暗くてバラギの姿は見えないが、穴の周りの壁や、大剣の物と思しき鉄の破片が赤く染まっている。

 間違い無い、俺はあいつを倒したんだ。


「……それにしても……ハァハァ……これが、魔法反動…?」


 魔法を使った後に訪れる世界からの反動。身体的な症状は、嘔吐感や寒気に眩暈など、貧血に似てないことも無い。

 だが何より強烈なのは精神的なダメージだ。

 強烈な喪失感。自分の存在意義を否定され、これからの未来にさえ意味が無いようにすら思える絶望感。そして思考の中にはノイズが走り、苦痛に耐えることすらできなくなる。


「……なるほど。確かに……これに耐えられる人間は……少ないな」


 視界がフラつく。

 前後に揺れる俺の体は、次第に目の前の穴に吸い込まれるように――


「シュージ様!」


 落ちるギリギリの所でアンキシェッタに襟を掴まれた。

 襟を掴まれて、初めてアンの存在を思い出す。


(……そうだ、俺は屋根の上のアンを助けに来たんだ)


 でも遠くて、とても届かなくて……。

 体が光っていたので、魔法を使えばビームか何かが出ると思ったが、何故か俺は屋根の上まで瞬間移動していたのだ。


「今のは……魔法、ですよね? シュージ様、結構距離があったのに……いえ、それよりも」

「そ、そうだ。リグレッタ達が……」


 強敵のバラギは倒したが、まだ敵は全滅していないのだ。

 早くリグレッタの援護に向かわなければならないのだが……。


「おい、そこの屋根の上の二人! 聞こえているのか!」


 戦闘は最悪の形で終了していた。


「今すぐ武器を捨てるんだ! さもないとこの女を殺すぞ!」


 声のする方を見るとキスレヴの隊長が俺を見て、やや青ざめた顔で泡を飛ばしていた。見ればティアが捕まっている檻を、隊長を含む8人ほどの兵士が刃物を突きつけて取り囲んでいる。


「捕虜を人質を取るとは……キスレヴに誇りは無いのですか!?」

「うるさいっ! 我らがトルゴレオから受けてきた屈辱に比べれば、こんな女の命などっ」


 リグレッタは武装解除こそしていないものの、敵に近づけず、挑発してなんとか糸口を見出そうとしている。

 俺達は屋根を降りて、リグレッタと三人で部隊を逃がさないよう取り囲んだ。


「シュージ様、さっきの魔法で……」

「……いや、駄目だ。威力が大きすぎて、ティアまで巻き添えになる。それにあんなに目立つ光を敵が見逃すとは思えない」


 そのまま、お互いに何も手が打てないまま数分睨みあう。

 冬とはいえ、真昼の日光が鎧を蒸して囲まれている側のキスレヴの緊張が膨らんでいく。震えている兵士の剣が今にもティアを刺してしまいそうだ。

 こうなったらこちらが折れるしかない、と俺が考えたその時、奥の入り口からゾロゾロとたくさんの人影が村へ入ってきた。


「――お、おい! 貴様らは何者だ!?」

「…………青獅子騎士団だ」

「「「――アダス!?」」」


 膠着状態にあった村にやってきたのはアダスと、青い獅子紋章を付けた30人程の武装した男達だった。

 男達はゾロゾロと、武器を弄びながらキスレヴの兵士達を囲み始める。鎧も付けず、服装も武器もバラバラな集団に囲まれている様子は、軍隊vs軍隊というより暴走族に囲まれた一般人といったほうが正しそうだ。


「ききききき貴様ら! この女がどうなっても――」

「……私としては、お前達の命こそどうでもいいんだが……なあ?」


 相変わらずティアに刃を突きつける隊長に、全く怯まず睨みを利かせるアダス。

 アダスだけでなく、周囲の偽装した青獅子騎士達からも凄まじい殺気が溢れてきて、隊長の顔色は見る見る青白くなっていった。


「………………。ど、」

「……ど?」

「どうかっ、私の命だけはお助けください!」


 アダスの脅しにあれだけ頑強だった隊長があっさり折れた。しかも"私の命だけは"って……おかげで部下からの信頼も失ったようだ。


「隊長!?」「俺達は!?」

「俺達はあんたの命令で……」「バラギ副隊長だって……」

「ええーい、うるさいっ! 何事も命あっての物種だ!」


 隊長の反論は兵士の不満を更に煽り、喧々囂々《けんけんごうごう》の非難を生み出した。

 そんなコントみたいなやり取りを遠目で眺めながら、ふと思いついた疑問をアダスに聞いてみることにした。


「なあ、アダス。こんな大人数を一体村のどこに隠していたんだ? 俺はお前を探してたんだが……」

「……? ……見ての通り、俺は今来たところだが?」

「あーあー、……そうだったのか」

「……青獅子騎士団は各所で偽装して活動しているからな。召集にも、時間が掛かってしまった」


 いくら探しても見つからないわけだ。そもそもこの場にいなかったのか……。

 何はともあれ、アダスが各地に散っていたスパイを集めてくれたおかげで、敵の部隊が武装解除に応じてくれたのだ。アダスには感謝しておこう。

 俺は青獅子騎士達が剣や鎧を没収するのを見ながら、ティアが開放されるのを待った。

 

***


 檻の鍵を開け、ジャラジャラと何重にも巻かれた鎖を外す。ティアは少々やつれてはいたが、腫れや切り傷以外に目立った怪我は無いようだ。

 ティアは戒めから開放されると、黒く長い髪をかき上げながら立ち上がった。


「リグレッタ達を連れてきたのはアダスか。まさかお前に、捕虜になった団員を助ける慈悲があるとはな……」

「……俺は捕虜の情報を王に報告しただけだ。団員に召集をかけたのもお前ではなく、王のためだ」

「ふん、いつの間に王を敬うようになったんだ? 前王ですら半ば無視していた癖に」

「……さすがにトルゴレオが無くなってはどうしようもないからな。それに前王と違い、あの男は見所が無い訳じゃない」


 アダスはそれだけ言うと、騎士団と新たに得た捕虜達を連れて去っていった。

 団員達は商人や村人に狩人など、格好に全く統一感が無かったが、アダスについて行進する姿は間違いなく軍人のそれに見えた。


「レッタ、それにアンキシェッタも。……すまなかったな、無理をさせてしまって」

「ティアちゃん! 死んだかもって……グスッ…もう会えないかもって……うぇぇぇぇん!」

「こ、こら、アン! 嬉しいのは分かりますが、陛下の前で……」


 やはり一番心配していたアンキシェッタ。ティアがこっちを向いた瞬間、空を飛ぶような勢いでティアの首元に抱きついた。

 リグレッタも諌めてはいるが、目元を拭いながら鼻声を出しているのは、やはり泣いているからだろう。

 そのまましばらく三人の感動の再会を眺めていたが、アンキシェッタが落ち着いてきたところで俺からも声をかけさせてもらう。どうしても言っておきたいことがあったのだ。


「ティア……その、ごめん。俺のせいでこんな目に……」

「シュージ! ……もう謝るな。お前は私を助け出したんだ。命の恩人で女の夢である“白馬の王子様”が平謝りでどうする」


 どうやらこの世界でもピンチを救う白馬の王子様というのは女の子の共通の夢らしい。

 だけど、俺は王子じゃないし、そもそも白馬なんて乗ったことも無い。


「でも、そもそも俺のせいでこんな目に……」

「お前を守るために体を投げ出すのは私の職務だし、お前が気にすることは無い。現に私は感謝してるんだが……そうだ。褒美でもやれば、私が嘘をついていないことがわかるだろう」

「褒美……?」


 言うと彼女は指をクイクイさせて、俺を呼び寄せた。

 なんだろう? と探してみるがティアは捕虜になった時から着の身着のままで、特に褒美になりそうな物は持ってなさそうなんだが。

 ティアは俺より少し背が高い。こうして間近で見ると目線が5cm違うから身長は180cmぐらいだろうか。

 俺が近くに立つとティアは、いつぞやの舞踏会のように腰を寄せ、俺の顎を掴み――


「え?」

「ん…………」


―――ぶちゅっと、俺の唇を奪った。


「んんんんんんんんんんんんん!!?」

「ん〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」


 俺は慌てて身を引こうとしたが、ティアは変わらない吸引力で俺を放さない。

 そもそも恋愛経験の無いのに、初めてのキスを楽しむ余裕などあるわけも……無く、呼吸するタイミングがわからない…………段々と……意識が朦朧と…………してきた。


「な、なななな……」

「わあ……」


 瞬間湯沸かし器のように真っ赤になるリグレッタと、恥じらいながら手で顔を隠したアンキシェッタ。見ないように隠しているのに、指の間から両目がばっちり見えています。

 あー、なんか酸欠で自分の体が冷たくなってく……


「んん…………」

「ちょちょっと、ティア! いい加減にしなさい! あなたには貞淑さというものは……」

「…………ふぅ。ご馳走様」


 血行が止まり視界が暗くなってきたところで、リグレッタが制止してくれた。おかげで俺は一命を取り留める。

 キュポン♪ と音を立てて唇を離し、ティアは袖で唇を拭う。



「乙女のご褒美を中断させるとは……無粋ではないか、リグレッタ・チハルト? それに貞操ならもう17年間も守ってきたんだ。相手ぐらい私が決めたっていいだろう」


 俺は衝撃の体験に腰が砕けてしまって、ヘナヘナとその場に崩れ落ちた。


「て、貞淑さと貞操は意味合いが異なります! それに17年間守ってきた物を、会って数日の男性に許そうなどと……」

「……お前もシュージと同じでウブなんだな。混乱してて突っ込みがおかしいぞ?」

「〜〜〜〜〜!」

「それに会って数日とはいえシュージなら月の王としては申し分無いだろう? まさか本当に目に三日月がついてるのは予想外だったが……私達を命賭けで助けに来てくれる王子様、という要求はクリアしているじゃないか」

「シュージ様は王様ですよ、ティアちゃん。それに月の王になるなら、30の要件と10の試練をクリアしないと……」

「そ、そうですよ! それに今の要件だって、私はまだ陛下を認めたわけじゃありません! こんなヘタレ……ほら、何時まで呆けているのですか! いい加減に立ちなさい!」

「あ痛!」


 腰砕けになって座っていると、真っ赤になったリグレッタに八つ当たりされた。仕方なく土を払って立ち上がる。

 なんでも"月の王"と言うのは三人が幼い頃描いた理想の男性像で、自分達の主君の条件らしい。

 救国の英雄であり、穢れ無き乙女である夜星の三騎士の忠誠を得るには、ルックス身長性格身分剣術学識その他諸々の30の要件と10の試練――


「――ってハードル高すぎるだろっ!」

「乙女の要求が高いのは当然です」

「そうですよ〜。ましてや三人分なんですから」

「まあ、有望株として私が推薦しているんだ。後はこちらの都合に合うようお前を"改造"していけば良い」

「………………(声も出ない)」


 戦闘が終わり、敵がいなくなったテルマ村に村人が戻り始める。俺達はアダスに渡された民家の修理代金を村長に渡すと、一旦森のセーフハウスに戻ることにした。

 ティアが最後に付け足した"期待しているぞ"という言葉に、俺は何故か自分の退路がバリケードで何重にも塞がれたような、そんな不安感を抱いたのだった。



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