斜陽の勝鬨(3)
15、月下の牝獅子
***ティア***
「ククククッ、アハハハハ! 楽しいな! 楽し過ぎて涙まで出てきたぞっ」
笑いながら愛用の斧槍で敵の足元を横薙ぎにする。
爽快だ。
敵はまだまだいっぱいいるし、目の前のを倒してしまっても味方の援軍要請に従えばすぐに代わりと仕合えるのだ。
戦いたい放題じゃないか。
「会戦ってやつはいいな! 最高じゃないか」
今回は射撃部隊の射線を確保するため騎乗しているのは伝令とシュージだけだ。
徒歩での戦闘には多少不満を覚えないでもないがこれだけの敵を用意してくれたのだからわざわざ不満は言うまい。
「ティア様、シュージ王から左翼の援護に行くようにとの仰せです」
「また移動か。あいつ、本当に扱き使ってくれるな」
名残惜しむように目の前にいた最後の一騎を剣ごと首を撥ね飛ばし、ついでにそのまま斧槍を振り被って血糊を払う。
「とはいえさすがに疲れてきたな………。こうなるとレッタの疲労しない体が羨ましいぞ。戦争がこんなに楽しいなら私もそっちにしておくべきだったかな」
ファントムを制御できるようになってもう8年、見た目ではわからないが、女の体でも誰より強い筋力を発揮できるようにホルモンを操作して骨密度と骨格筋を強化し続けてきた。
騎士団所属の魔術師なら当然そうするのが正しいと思ってきたのだが、久しぶりに会った幼馴染二人には別の方法があると知り大変驚いたのだ。
特にリグレッタに至っては
『分泌系を弄って体内で"疲労物質を分解する酵素"を作れるようにしました。食事さえ取れれば1週間は不眠不休で動けます』
なんて人間離れした能力まで獲得している。
「まあ、私も負けてはいないがな。<―氷華、凍結、停止、私の思いは世界を歪める―>」
前方に敵が見えてきたので魔法の制御を始める。ファントムの制御と違って、魔法の使用はリスキーではあるが効果が広いため友軍の援護にもなるはずだ。
すっと右手を上げる。
一息で冷気を集中、その手のひらの上に周囲の水分を集めて凍らせ200キロ近い巨大な氷の槍を作った。
「――\"氷晶の破城槌"! 行けぇぇぇ!!」
周囲の死体や地中の水分は勿論、空気中の水蒸気まで集めたので一瞬目も口の中もカラカラに乾くし、さらに今まで温存していた魔法への耐性をごっそり削っていく。
しかしその分、氷の槍の威力は凄まじいものだった。
圧倒的な勢いで発射されたソレは、直線状にいたキスレヴ兵を鎧ごと何人も貫き巻き込んだ挙句、敵の真ん中で爆散し更に無数の氷柱を周囲にばら撒いたのだ。
「何が……ぎゃああああああああ!!」
「うわ、うわあああああああ!」
氷柱が敵の部隊長にも当たったらしい。それまで統率の取れていた敵の動きが目に見えてバラバラになっていく。
と同時に魔法の反動である苦痛が湧き上がってきて、思わず吐きそうになった。
「……ゼェ、これは…………ハァハァ、……キツイな。俸給では足りん……帰ったら、ボーナスとしてシュージに、……クレープを山のように作らせよう…しかし……今は、休憩だ」
とりあえず要請された左翼の味方はどうにか押し返したようだ。
私は休憩がてら後ろに下がって戦況を見ることにした。
戦況はおおむね有利。特に敵の騎兵が思い通りに動けないため数的には不利ながらも、こちらの軍は兵の消耗を抑えているのが大きい。
先程からドンドン! とエコー無しで聞こえる爆音は今回アンキシェッタが指揮している赤獅子騎士団の大型火縄銃の物だ。
重く連射がきかない割に射程は弩弓と同じ程度、と最初に聞かされたときは随分がっかりさせられたが、その威力だけは本物だった。何せ当たれば一撃で一人、場合によっては2人を一度に倒すことができる兵器なのだ。
しかもその爆音が馬を怯えさせるらしく、先程からの騎兵への執拗な集中砲火は確実に敵騎兵の攻撃能力を奪っていた。
「やるじゃないか、アンキシェッタ。これだけ活躍すれば赤獅子騎士団の名誉も挽回できるな。さて……ではレッタはどうしてるかな?」
エコーの中からリグレッタの物を探す。リグレッタはあまり魔法を使っていなかったが、時折風の魔法が本陣の辺りで使われているのを思い出した。
「……むっ。あいつ、またシュージの所に……」
知らない内に二人きりになってるということに何故か胸が締め付けられる。
思い返せばリグレッタは戦闘が始まる前から、何かと理由をつけてシュージの側いるようにしていた。
「レッタの責任感が強いのはわかるが……何か不公平な気がするな。何故だ?」
シュージに関して思い浮かぶのは、舞踏会で自分を笑わせてくれたあの不思議な安心感だ。
最初は父親の言いつけで仕方なく近づいたが、彼は今まで自分が出会ってきた貴族の男達とは違って女を見下すことも、下心丸出しのまま優しくしてモノにしようとすることも無かった。……まあ、下心はあったようだが。
「ふむ。興味深いな。結局あいつは私にとってどういう人間なのだろう?」
そのまま悩んでいるとシュージとリグレッタが指揮所を出ての方陣部隊の方へ動きだす。
どうやら中央から突破してきた敵の歩兵部隊をわざと本陣まで誘い込んで磨り潰そうとしているようだ。段々と敵に近づいていく二人の姿を見ていると、胸の奥から何故か焦燥感が湧き上がってきた。
「救援が必要でも無いだろうが……別に来てはいけないわけでもないしな。よし、乱入してやろう!」
立ち上がって傍らの斧槍を拾い上げて、そのまま足を二人の下へ向かわせる。
体は相変わらず疲れたままだが心が不思議なほど自分を急がせる、泣きたいようなこの不思議な感覚。
これから行く場所には、もしかしたら戦場以上に自分を楽しませてくれる物があるのかもしれない。そんな風に考えることにした。
***アンキシェッタ***
「ひ、東からキスレヴ軍が接近しています! 数は3000以上っ!」
「なんですって!?」
突然の報告に俄かに全軍が動揺し始めた。
先程までの異常な士気は一度戦闘が終わったことでプッツリ切れてしまったようだ。
私も部下の赤獅子騎士も既に弾薬を撃ち終えて、白兵戦で戦っていたがもう彼らに先程のような働きを期待するのは無理だろう。
「シュージ様の元へ行かなきゃ……」
あの人を、助けないと。
子供を心配する母親のような感情でトルゴレオの、もはや陣とは言えない群集の中心に向かう。
そこにはシュージ様がレッタちゃんと一緒だったけど、シュージ様が何かをしようと振り向いた瞬間、目を抑えながら悲鳴を上げて倒れこんだ。
「う、うぅぅぅ!! ――痛い! 痛いぃぃぃぃぃっ!!」
「シュージ様? どうしたんですか!?」
彼の異変に私と側にいたレッタちゃんの他にもティアちゃんまで駆けつけてきた。
声をかけるが反応が無い。痛みで答える余裕が無いみたい。
「シュージ様! 目を怪我をしたんですか!? 手当てをしますので顔を上げてください!」
それでもなんとか応急処置をしようと涙を流しながら蹲る彼を揺すったが、彼は体を固くし、呻くばかりで何もすることができない。
私は手を貸して欲しくてレッタちゃんの方を見やった。
「アン、陛下は怪我をしたのではありません。原因はわかりませんが、恐らく昨日からの豹変の反動……のようなものだと思います」
「一昨日の戦いの後、右目が開かなかったとかいうアレか。一体なんなんだ? 魔法反動ではなさそうだが、目だけに集中するなんて……」
腕を組み当惑するティアちゃん。
「わかりません……召喚された当日から、時折目を気にしていたのには気付いていたのですが……」
二人の言葉に自分の胸の中の不安が一気に広がる。
自分と同じくらいの年の男の子なのに、異世界に飛ばされて、戦争に巻き込まれても一度も弱音を吐かなかった。
その勇気の挙句がこんな恐ろしい苦痛と敗北だと言うなら、彼に定められた運命はあまりにも惨い。
「どうにか……どうにかならないの、ティアちゃん? このまま潰走が始まったら……シュージ様、助からないよ」
異世界からの王が今日のトルゴレオ司令官になっていることはもうキスレヴ側にも伝わっているだろう。
そして寡兵で大軍を破るような司令官というのは敵にとってこの上なく恐ろしい存在だ。トルゴレオ軍が潰走すればまず間違いなくその追撃は彼に集中する。
「ふむ……」
ティアちゃんが顎を摩り思案する。
そうしている間にも日は段々低くなっていき、日没の闇が近づいていった。
「本来ならこんなはずじゃなかったんだがな………。まあ、仕方ないか。シュージ、エヴァを借りていくぞ」
言うが早いか、シュージ様の側にいた金の装甲を着けた牝馬に跨り北の方へ走っていく。
突然のことに一瞬彼女が何をしたのかわからなかった。
思わずレッタちゃんの方を見る。レッタちゃんの覚悟を決めた表情を見て、ようやく今自分が何をすべきか解った。
―――追っ手を引きつけなきゃ
レッタちゃんがシュージ様の腰から王家の宝剣、"フレイムタン"を引き抜いた。
私はシュージ様の側に落ちていた金ピカの鎧を拾い、身に付けていく。幸い、彼のほうがずっと体が大きいので私の竜皮鎧の上からでも鎧を着けることができた。
「シュージ様……これで失礼します」
最後に彼の姿を目に焼き付けておく。
本当なら、今私に弱々しく伸ばしている手を取ってあげたい。
背中をさすって"大丈夫です"と励ましてあげたい。
しかし、キスレヴ軍には夜になる前に私の姿を見せなければならないのだ。時間が無い。
「俺を、置いていくのか?――」
持てる自制心の全力を振り絞り彼の声を振り切る。
途中、数人の兵士を捕まえてシュージ様を無事レオスまで送るよう命令しておいたから私達が陽動を果たせればうまく逃げられるはずだ。
――出会ってからずっと彼の心配ばかりしている。
突然故郷から連れ出され、こんな所で大変な使命を押し付けられた王様。気が弱い自分よりもさらに気が弱く、二人のおもちゃにされる異邦人。そして私達に話せない"何か"のせいで蹲って苦しんでいた男の子。
この数日を思い返すだけで心配なことばかりだ。本当なら目を離さず、ずっと守っていてあげたい。
しかし自分の力ではそれは適わないのだ。だから私は今自分にできる最大限をすることにした。
味方の群れを抜け、青年の影武者としてこの身を敵に晒す。
そして夜が始まった。