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夜星の三騎士(5)

12、涙の味の晩餐





 ここはレオスの主城の東にある塔の螺旋階段。

 寒いし真っ暗だしいい加減眠いという三重苦の中、俺はたいまつに照らされた長い長い階段を、重い麻袋を抱えながら下りるという重労働をこなしていた。


「――これで13回目。運んだのは……まだ20個……」


 もうずっと階段を上り下りしているせいで足はだるいし、手は強張ってうまく動かない。

 それなのに運ぶべき荷物はまだ半分も終わってないのだ。


「い、いつまで続くんだ……こんなの……」


 話は3時間前に遡る。

***


 昨日の平原での戦闘の後、レオスの主城に戻った俺たちは作戦会議を終えてそのまま晩御飯を食べていた。部屋は厨房のすぐ傍にあり、アニメでしか見たことの無いような恐ろしく長いテーブルに料理が盛られている。

 この世界は俺の知っている食材が殆ど通用するらしく、微妙な調理方法の違いに目を瞑れば向こうと同じような食事ができる。ただやはりトルゴレオの根幹はパン食である欧州国家だし中華料理や日本料理などを作るのは難しいだろう、そう思っていた。


「しかし……モグモグ、まさかこんなところでたらこスパゲッティが食べられるとは」


 夕飯について料理人の人と話している時に城の地下にある保冷室で生のタラコを見つけたのだ。

 生のタラなら傷みやすくてこんな自然を利用した程度の冷気では保存できないのだが、たらこだけならと魚を卸している商人が持ってきた物らしい。

 異世界にきて久しい和風の食材が嬉しくて料理人にレシピを伝えつい作らせてしまった。


「ついでにイカと海苔は無いのかって言った時の料理人の驚いた顔。やはり文化の違いは現代より大きいんだなー」


 やはりトルゴレオ人は俺の世界の古い北欧人に似た気質をもっているらしく軟体類や海草を食べるという発想は理解できなかったらしい。

 せっかくならイカと海苔と青しその入った我が家のたらこスパゲッティ(完全再現版)が食べたかった。


「鱈の卵巣とは…また珍しい食材を知ってらっしゃるのですね、陛下」


 なんて言ってるのはリグレッタ。珍しく語調が大人しいのは彼女の前に数人前の食事があり、それを平らげるので忙しいからだ。

 リグレッタのフォークは無秩序に動いているように見えるが、よく見ると炭水化物、おかず、スープの順に三角食べしているのがわかる。これは几帳面な人間ならどの世界でも共通するものらしい。


「よくそんなに入るなレッタ……見ているだけで胃がもたれてきたぞ」

「レッタちゃんって昔から良く食べてたけど、どれだけ食べた後でも全然スタイルが崩れないんですよね……」

「その割りに、いまいち胸に栄養がいかないようだがな」


 三人の中で一番高身長のティアだが実は食が細いらしくローストビーフを数切れ食べただけで満腹になっていた。

 一方素朴な印象を受けるアンキシェッタは偏食家らしくあちこち残したり、逆にティアの皿から手を付けていないものを取ったりしている。3人とも意外な食性だ。

 そんな風に三人の食事風景を観察しながら食事の手の止まったティアに、前々から思っていた話題を切り出すことにした。


「ところでさ。俺も魔法を使えるようになりたいんだけど……」

「魔法を? 何故だ?」


 心底不思議そうに聞いてくるティア。

 まさか理由を聞かれるとは思わなかったので、俺は少し汗ジトになりながら


「いや、俺も明後日は戦場に出るわけだし、そもそも魔法を使ってみたくない人なんていないんじゃないかな?」


 以前一度だけ色々と力んだり、踏ん張ったりして魔法を出そうと頑張ったことがあったが、全く上手くいかなかった。一応、魔法の才能は誰にでもあるらしいので、やり方さえ聞けば俺でも少しでも使えるかもしれないと考えたのだが、


「ふぅむ……そんなに便利な物じゃないんだが……。なあシュージ、先ほどお前は本物の魔法を見たわけだが、昨日まで魔法といえばどんなイメージを持っていた?」

「え? 魔法のイメージ? ……呪文や杖で火の玉を飛ばしたり、怪しい鍋でドロドロの薬をグツグツ煮込んでるシーン……とか?」

「なるほど、城下の一般人と大差無い答えだな。そんな風に色々言われているが、魔法を使うのは実際、それほど難しいことじゃない。ある事柄が起こるように願って、それに足る十分な"意志"があれば魔法は起こる」

「願うだけ? 簡単すぎないか?」


 そんなことなら世界中全ての人間が魔法使いになってしまうはずだ。


「無論、願うだけで起こる魔法は極めて微弱だ。だから我々は鍵呪文キーワードと言われる言葉を使い通常より遥かに多く意志の力を消費して、魔法を起こす」

鍵呪文キーワード……」


 確かティアは魔法を使う前に『氷華、凍結……なんたらかんたら』と唱えていた。あの言葉を唱えた途端周囲の空気が変わったので、恐らくあれが鍵呪文と呼ばれるものなんだろう。

 しかし、まだわからない。

 鍵呪文とはなんだ? 俺は魔法を使えるのだろうか?


「シュージ、魔法は概念のようなものだ。時が来れば自然に使えるようになるし、それまではいくら練習しようとも鍵呪文は手に入らない」

「じゃあ、俺には――」

「今はまだ使えない。私に言えるのはそれだけだ」

「そっかー……」

「そう落ち込むな。お前は十分強いし、戦場では私達三人が守ってやる」


 ティアのおかげでハッと思い出す。

 そうだ、あの黒い影の力。魔法のような派手さこそ無いものの、俺には三人の兵士を鎧袖一触で倒してしまえる力があるじゃないか。

 異世界で得た普通とは違う異能。もっとも、あの影は魔法以上に全く得体の知れない存在で不安だが。


「……そうか、そうだよな。サンキュ! ティアのおかげで魔法についてもわかったし、飯も食った。今夜はこれでもうお開きだな」

「ずいぶん切り替えが早いな? ……いや、それよりもシュージ、まだ食事は終わっていないぞ」


 ティアが肉の脂のついた食器を置いて、新しいフォークを取り出しながら言った。


「ひょっ?」

「シュージ様、食後のデザートがまだですよ」


 気付けばアンも今まで食べていた食器を脇に押しやっている。


「あ、ああ。デザートも出るのか」

「やはり食事には甘味が無いとな。王城や実家でならともかく騎士団にいるとなかなか甘味にはありつけないで飢えていたんだ」


 俺はそんなに好きじゃないんだけど……やっぱり女の子はデフォルトで甘い物が好きらしい。

 現に、長テーブルにタルトケーキやフルーツが並べられると、リグレッタとアンキシェッタは勿論、さっきまで明らかに満腹そうだったティアまでもが戦線に参加し始めた。


「ところで、シュージ陛下。陛下のいた"日本"という国ではどのような甘味があるのですか? わたくし、いたく興味があるのですが……」


 ブドウを取りながらリグレッタが言った。この話題にはリグレッタのみならず、白いスポンジケーキを独占しているアンも興味を持った。


「あ、私も聞きたいです! お話を聞く限り、食文化がすごく変わっているんですよね? さっきもイカを探していましたし、主食が稲だとか」

「わ、和食の甘い物?羊羹とか…どら焼きかな?」


 ぱっと思いつくのはこの二つぐらいだ。というか元の世界でもお菓子といえばクッキーやヨーグルトぐらいだったからな。あまり和菓子に縁は無かった。


「ほぅ、名前からまったく想像がつかんな。どんなものだ?」


 少し怪訝そうな顔をするティア。


「どんなものって……羊羹は餡子を硬いゼリーで固めたようなものかな? どら焼きは餡子を焼いたスポンジ生地みたいなもので挟むんだ」

「ゼリーにスポンジのサンドですか。やっぱり珍しいですね……ところでアンコってなんですか?」

「餡子は黒いペーストで小豆を甘く……ええっと、甘くどうすんだろ?」

「……どうも要領を得ませんね。もういいです。作り方だけ教えてください」

「作り方? いや、お菓子なんて作ったこと無いからさっぱりだよ」


 当然だろう。まだ俺は高校生だし、家で料理なんてほとんどしない。作ってもカップラーメンか目玉焼きくらいなもんだ。

 しかし、俺が考えていた以上に女性陣は和菓子に期待を寄せていたらしい。

 レシピのレの字も思い出せない俺に対して三人は失望感と非難を込めた強烈な視線を送ってきたのだ。


「シュージ……期待させるだけさせておいてそれはないだろう」


 ため息を吐きながらティアが言った。


「……私、ヨウカンって食べてみたかったです」


 スプーンを咥え恨めしそうに俺の方を見るアン。


「もぐっ、まさか料理はイカや海草なんてゲテモノしか知らないなんてことは無いでしょうね? 役に立たないだけでなく、陛下はトルゴレオの食文化を破壊するおつもりなんですか!?」


 そして最後に、糖蜜のパイを限界まで口に頬張ったリグレッタが二人に続いた。


「うっ……仕方ないだろ! 料理なんて殆どしないんだから」


 三人の予想外の追撃にたじろぐ。無茶を言われるのはいつものことだが、さすがにここまで追及が厳しいとは思わなかった。

 だが、どれだけ言われても知らない物は知らない。三人は"むぅ"と一言唸ると各々の食事を再開した。

 リグレッタは相変わらず手元のデザートから手当たり次第に貪っていたが、ティアとアンキシェッタはお互いケーキの味を批評したり、自分の皿に切り分けたのを交換しながら食べている。


「それにしても……リグレッタにも驚いたけど、二人もデザートだと結構食べるよな。やっぱり普通とは違うのか?」


 デザートが出てきて30分。長テーブルにあったお菓子は30皿はあったはずだが、すでにその8割が完食されている。確かに、そのほとんどはリグレッタによるものだが、ティアとアンだけでもリグレッタの半分は食べている。いくら甘いものが好きといっても、俺の知っている限り女の子はせいぜいその3分の1でも食べられればいい方だ。


「…………何が言いたい?」


 若干硬い声でティアが訊ねた。


「いや、体重・・とか気にならないんだろうな。って思――」


 やはり騎士という職業上、激しい運動のために多くのエネルギーを摂取しているのだろうか? という意味で言ったのだが突如、アンがカチャンとフォークを落とした。

 え? 何? と振り返るとアンは落としたフォークを拾おうともせず、同じ姿勢のまま見る見る顔色を青くしている。


「ど、どうしたんだアン?」

「え? ……いえ、なんでも……ないです」


 本人はそう言うが、どう見てもなんでもない様子には見えない。

 アンはしばらく呆然としていたが、ティアを見て、目の前のテーブルを見て何かの決心を固めると、恐る恐る――本当に恐ろしそうにしながら自分が食べた皿を数え始めた。


「――まずティアちゃんとタルトを半分こして、それからチーズケーキを……ワンホール!? 嘘っ! 私、いつの間に……その後は――」


 たったいま摂取したカロリーを考え、ほとんど悲鳴のような声を上げるアンキシェッタ。


「……シュージ。お前は今の一言で、楽しい食事を地獄に変えてくれたな。女にとって唯一現実を忘れられる貴重な時間だったというのに……」


 いつの間にかティアも食事を止めて憂鬱そうに、自分の皿と残りのデザートを見比べている。

 俺はその様子を見てようやく、この二人も体脂肪と戦う普通の少女であることと、自分が大変な地雷を踏んでしまったことに気付いた。


「……で、でもどっちにせよ、食べたお菓子はもう戻らないだろ? 謝るからさ、さっきのは無かったことにして、二人とも続きを食べ――」

「無理に決まっているだろ!!」「無理ですよぉ!」

「――だよね」


 同時に机を叩いて叫ぶ二人。

 おかげで一瞬テーブル上の皿が浮いたが、奥に座っているリグレッタは平然とデザートを平らげていた。


「……どうやら、我らの主君は女心どころか、人の心も分からない外道だったようだな」

「げ、外道? いくらなんでもそれは言い過ぎ……」


 必死の弁解を試みるがティアからは反論を許さない強烈なプレッシャーを感じる。

 ……いや、ティアだけじゃない。いつの間にか自分の摂取カロリーを計算し終えたアンキシェッタが、正気を失った目で、ティア以上に黒いオーラを放ちながら俺に怨嗟を送り込んでいたのだ。


「シュージ様……私が悪いのは……でも時と場合……」


 ナイフでフォークを研ぎながら恐ろしく暗い雰囲気で不明瞭な言葉を発するアンキシェッタ。

 アン怖いよアン。


「……こら、アン。さすがにシュージにフォークを向けるのはやりすぎだ。しかし、このままでは食事を台無しにされた私達の気分が収まらないのも事実。…………そうだな、せっかくだから我等が主君に、下々の者の気持ちが理解できるよう仕事を与えてやろう」

「それはいい考えですねティア。では私は厩舎の飼葉の補充をお願いします」


 出し抜けに、手の届く範囲から食料が無くなったリグレッタが言った。


「ちょっ! お前はさっきの発言に関係無――」

「では、私は先ほど冗談にしてやった、城内の武器庫の備品の最終確認をやってもらおう」


 武器庫とはこの城の一階にある倉庫のことで兵士の予備の装備が置いてある部屋のことだ。その備品の数は数百ではきかず場合によっては数千に届くかもしれない。

 厩舎の馬はもう言わずもがな。

 当然どちらも彼女達の本来の仕事とは無関係なのだが、どうやらどうしても俺に重労働をさせないと気がすまないらしい。しかし明らかに1,2時間で終わるような仕事ではなかった。しかもまだアンキシェッタが何か言いたそうにこちらを見ている。


「む、無理だよ、アン! 俺の睡眠時間はもうゼロだ!」

「大丈夫ですよ、シュージ様♪ ………東塔の6階から主城の城門まで、明後日の作戦に使う物資を何度も往復して運んでもらいます。眠いなんて言ってる暇はありませんよ」


 最初は優しい声音だったのが、後半の命令部分から使えないシンデレラを嘲る継母みたいな喋りになっている。どうやら偏食家な分どうやら三人の中で一番甘い物に執着があったらしい。

 三人が放つ強烈なプレッシャーからどうやら見逃してもらえないのは間違いなく、俺はおとなしく言われた仕事をやることにした。


「理不尽だ……」

「「「 何か? 」」」

「イエ、ナンデモナイデス」


 ボソっとついた言葉でさえ三人の地獄耳は聞き逃しはしてくれない。

 彼女達には一生勝てそうもないな。


「……とりあえず一番近い東塔から行くか」


 果たして朝までに終わるだろうか?

 妙に嫌な予感を覚えつつ俺は3人がいる食堂を後にした。




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