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夜星の三騎士(4)

11、夜星の三騎士




 俺たちは馬に乗ってレオスから東へ2時間ほど進んだ。

 そこにはレオスからの道と南北の領地に繋がる街道とのT字路がある。周囲には道以外何も無い。

 あえて言うなら南に見える森と西にかすかに見えるレオスの外壁がその景色の全てだった。


「ようやく着いたか……乗馬ってこんなに疲れるもんだとは思わなかった」


 大したスピードではなかったがずっとしがみつくように乗っていたため手足がダルイ。しかも鞍が擦れたせいで尻や太ももが痛かった。

 俺はエヴァの首を撫でてやると伸びをするために鞍から飛び降りた。


「さて、シュージ陛下。ここがご希望の場所ですが……本当に遮蔽物も高低差もないですね。兵たちに一体どう戦えとおっしゃるんですか?」


 俺に続いてプラチナの髪を下ろしたリグレッタが馬から降りる。

 さすがに慣れているからだろうか、俺と違い疲れている様子は全く無かった。


「……俺が思うに、今回の戦で俺たちが避けなきゃいけないのは包囲されて消耗すること、援軍を各個撃破されること。この二つだと思う」

「それは、その通りですが…それはここで戦っても同じことなのでは?」

「いや、敵が北東から来るなら必ずこの地域を通る。南部、北部からくる俺たちの援軍もそうだ。どの軍も必ずここを通らなきゃならないんだ」


 周りに建物も何も無いからわかりづらいが、ここはレオスにとって交通の要所だ。南北に繋がる道はここしかない。それだけにここさえ守りきれれば例えレオスを包囲されても援軍を確保することができるのだ。


「なるほど……つまりここからならキスレヴ軍が我々の援軍に攻撃に向かえばこちらは後を追って進軍、その後援軍と挟み撃ちにできる。仮に騎兵をレオスに通してしまったとしてもここで援軍を待って戦力を整えてからレオスを奪還すればいい、か。つまり敵からすればここに部隊を置かれれば嫌でも決戦を挑まざるを得ない立地というわけだ。一応シュージも考えたようだな」


 馬に乗ったままティアが街道を北に遠く臨みながら言った。


「で、でもシュージ様! 確かに援軍が来たらこの場所は有利になるかもしれませんが、こんなに広くては簡単に背後を取られてしまいます! 平原で持ち堪えるのは無理ですよ!」


 焦っているのはアンだ。

 確かにこんなところで普通に陣形を張れば騎兵に回り込まれ一発で崩されるだろう。


――……じ


「要はさ、背後を取られなきゃいいわけだろ?なら―――ん?」


――しゅ……じ


 ふと俺の隣に例の黒い影が佇んでいることに気がついた。

 チリっと右目が痛む。


「なんだ?」


 何故黒い影が現れた?

 体調は悪くないし、憂鬱な気分というわけでもない。こいつが現れる条件は満たしてないはずだが……?

 その時、周囲に沈黙とは違うピリピリとした嫌な空気が流れるのを感じた。


「――シュージ様! 敵です!」

「て、敵!? どこだ!?」

「あっちだ。ひい、ふう……どうやら中隊規模の斥候隊のようだな。」


 やたら落ち着いた様子のティア。むしろ嬉しそうにすら見える。

 彼女の指す方向からは確かに騎兵が30騎ほど迫ってきているのが見えた。


「あんなに……に、逃げ切れるのか?」


 こっちは戦力外の俺を入れても4人しかいない。

 30人となんてまともに戦えるわけがないのだが……


「逃げる? 何を言っているんだシュージ? 向こうがちょうど良い人数で来てくれたんだ。歓迎してやらねばもったいないだろう?」

「ティア! ここには陛下もいるんですよ。もし彼に――」

「ふん! この程度に万が一など無いさ。それよりシュージにもそろそろ魔術師ってのがどんなものか見せておいたほうがいいんじゃないか? あまり期待されても駄目だが過小に評価されてもつまらんからな」

「しかし……」


 武器を振り回しやる気マンマンのティアに対して慎重な意見を出すリグレッタ。

 正直戦闘は少し怖いが、俺はティアの意見に賛成だった。今まで魔術師魔術師って何度も聞いてきたが結局魔法は見せてもらってない。せっかくファンタジーの世界に来たんだし、やっぱり一度は魔法を見てみたいと思ったのだ。

 と、そこまで考えていたところでティアがリグレッタの制止を振り切って敵のほうへ行ってしまった。ハルバードを持った後姿が見る見る敵の集団に近づいていく。


「……もう! あの猪女! ――アンは援護と陛下のお守りをお願い! 私はティアの所に行きます」

「は、はい! ……レッタちゃん、気を付けて!」

「わかった!」


 続いてリグレッタも馬に飛び乗り駆け出す。一方、俺はアンに連れられて二人からやや離れた場所でその戦いを見学することになった。まだ何かあるらしく、黒い影は消えずに俺についてきている。

 その間にティアと斥候部隊の距離はみるみる近づき、お互い一切の様子見の無いまま戦闘に入った。

 敵は抜刀しティアを包み込むように展開したが、ティアはハルバードのリーチを利用して敵をなぎ払い包囲を免れた。


「ここなら私の矢も届くし、シュージ様でも魔法の気配(エコー)感じることができると思います」

「魔法の……気配だって?」

「はい、魔法を使う時に必ず生じる音のような物なんですが……あ、ティアちゃんが今使おうとしてますね」

「<―氷華、凍結、停止、私の思いは世界を歪める―>」


 5、60メートルほど先での出来事であるのにも関わらずティアの声は耳元にいるかのようにはっきり聞こえた。同時に背筋を震わすような悪寒が体に走る。


「凍りつけぇぇぇ!!」


 叫び声と同時にパキパキと音を立ててティアの周辺の地面が白く凍った。

 辺りで様子を伺っていた兵の馬の足が固められ次々とつんのめり乗っていた兵たちが落馬していく。


「今の悪寒のような感覚がエコーです。慣れればトルゴレオの反対側でも魔術師の場所がわかりますよ」

「……潜水艦のソナーみたいな物か?」

「センスイカン?」

「い、いや、こっちの話」


 どうやら魔法を使うとこの"エコー"とやらが起こって他の魔術師に一発で居場所がバレてしまうらしい。

 アン曰く本来は"世界が歪む音"と呼ばれていたらしいが長ったらしいので自分たち3人でエコーという横文字にしたとか。そういう伝統名称は変えちゃいかんと思うんだが、魔術師の数が少ないので文句を言う人もいないらしい。


「おい、寝呆すけレッタ! 私の獲物をとるな!」

「そんなに悔しかったら自分で取りに来てはどうなの!? この脳筋女!」


 正面ではリグレッタ達が罵倒しながら戦闘を続けていた。

 それにしても、やはり魔法の消耗は激しいのだろうか? さっきの周囲を凍らせた一撃から魔法は使われずエコーを感じない。

 しかし魔法をつかっていないにも関わらず、二人はサーベルやハルバードだけで敵を何人も倒していた。


「なあ、アン」

「はい?」

「俺、今までリグレッタが馬鹿力なのはてっきり魔法のおかげだと思っていたんだが……やっぱりあいつはゴリラか何か他の猛獣と親戚だったんだな」


 そういえばリグレッタは俺の世界では珍しい尖った耳を持ってるし、意外とこの仮説は当たってるのかもしれない。

 でもティアも同じような腕力を発揮しているから耳が馬鹿力の絶対条件ではなさそうだ。


「ち、ち、違いますよ! 魔術師は魔法を扱えるようになるとファントムの制御――ええと、とにかく身体能力を上げるてるのは魔法じゃないんです! だからレッタちゃんの前でゴリラとか言っちゃ駄目ですよ!」


 ファントムというのはどうやら俺の世界で言う身体の自律神経のことらしい。

 俺たち人間は自分で意識しなくても心臓を動かしたり内臓から分泌物を出すことができる。

 内臓に限らず、脳からの"歩け"という信号に対して足や腰などの筋肉に細かい指令を出したり、筋繊維や骨に過剰な付加がかからないようにリミッターをかけるのもこのファントムの仕事だ。

 リグレッタ達はこのファントムを押しのけ、肉体の操作を自分で行うことで体格を遥かに超える力を出しているらしい。

 この世界は俺の元いた世界より文明が遅れているが、魔法という異能が影響してか、いくつかの知識や概念が文明に対して飛躍的に発展しているようだ。


「――といっても『ファントムの制御や簡単な魔術はできるけど、魔術師じゃない人』もいますからね。つまりファントムは魔法行使の封印であり、魔術師になったからファントムの制御ができるのではなく、ファントムの制御によって魔法が扱えるというのが正しい順番です。宗教家は、ファントムは私達人間を魔法という強大な力から守るため、神が授けた"自分を守るもう一人の自分"なんて風に教えているんですけど、私はファントムが人間に魔法を使わせないのは、もっと論理的な理由からだと思うんですよね〜」

「自分を守るもう一人の自分ね……」


 そんな存在に俺は身に覚えがあった。

 時折現れる黒い影――あいつは俺のファントムなんだろうか?

 確かに行動原理は俺を守る、ということなのかもしれないが……単なる自律神経による現象にしてはアンキシェッタから受けた説明とは大きくかけ離れている。


「陛下!」

「シュージ! そっちに行ったぞ!」

「え? げぇぇ!?」


 言われて顔を上げると残った敵の部隊の半数――10騎がこちらへ向かってきていた。

 どうやら残りの半数を囮にリグレッタ達を足止めしたようだ。


「あいつだ! こいつらは貴族のボンボンの護衛に違いない! あの黒髪の男を仕留めるんだ!」

「シュージ様、下がっていてください! <―炎珠、燃焼、圧縮、私の願いで世界が歪む―> 行け! 私の火!」


 アンキシェッタが凄まじい速さで背中から弓を構え矢を放った。

 同時に背筋に僅かに悪寒――エコーが走る。


―――ドォン!

「ぎゃぁぁあああ!」


 矢が先頭の敵に刺さる寸前、空中で爆発を起こした。

 爆風が敵を生き物のように包み、その鎧ごと体を吹き飛ばす。

 爆発の強さの割にティアの魔法よりエコーが弱いのは単なる爆発魔法ではなく魔法で矢じりに仕込んだ火薬を点火させたのだろう。


「すっげぇ!」

「――!? まだです、シュージ様!」


 アンの炎は壮絶だったが、それでも屈強な兵士10人を倒すには火力が足りなかった。

 10人の内、後方で爆風を掻い潜った3人がアンを避けて俺に肉薄する。


――しゅ……じ


「魔女共め! 貴様らの主人の首はもらったぞ!」


 慌てて馬を反転させたが敵の一人がそれを見越して先回りしてきた。

 敵は慌てる俺を尻目にそのまま手綱を繰り俺の左に荒々しく馬を寄せる。


「シュージ様! 逃げて!」

「くっ、うわっ!」


――しゅうじ!


 敵が剣を大上段に振りかぶり、肩から真っ二つにしようと剣を振り下ろす。

 咄嗟に無駄だと知りつつ腕で頭を庇おうとする、だが俺の手は俺の意に反して敵に突き出された。


「えっ!?」


 そのまま、まさに振り下ろそうとしていた剣の柄に手が触れると、まるで手品のように剣が敵の手から離れて俺の手に移る。残ったのは敵の剣を握った俺と、何も無い手で空を切る滑稽な敵の兵士だった。


「今のは……?」

「な、何だ!? 小僧、何をした!?」


 武器を失いながらも敵は逆上して掴みかかってくる。


「おわぁ!?」


 俺は剣を掴んだまま身を捩って掴まれるのを避けようとしたが、またしても俺の腕は意思とは違う動きをした。

 左手で掴みかかる手を払いのけ、右手で横、縦と剣を振るって目の前の敵を十文字に切り裂く。そしてとどめとばかりに肘で敵を叩き、馬から追い落とした。


――しゅうじ!


 あの影が俺の名前を呼んでいる。

 黒い影はいつものように側に曖昧に浮かんでいるのではなく、俺に重なるようにしてその姿を現していた。


「おのれ! 面妖な技を!」

「食らえ!」


 残りは二人。

 一人の馬の速さを生かした神速の突きを、剣を当てて軌道を逸らして避ける。

 そのままカウンターで首を薙ごうとしたところに、もう一人がぶつかるように飛び出してきた。

 お互いに距離を取り一度仕切りなおす。


「シュージ様! ご無事ですか!?」

「アン! やめろ、俺がやる!」


 アンキシェッタが追いついてそのまま矢をつがえて敵に放とうとしたので手を振って制止した。

 もはや魔法は必要ない。俺自身、体が昂ぶっていてこのまま戦いたいと思うようになっていた。


 影が俺の体を動かすにつけ体の輪郭が曖昧になり皮膚感覚がぼやけていく、だが思考は鈍らずむしろ普段より冷静で合理的な判断をするようになっていた。そんな中でただ右目だけが、腫れて熱を持ちゴロゴロと違和感を訴えている。


「――ううううぅぅおおおおおおおおお!!」

 

 エヴァの腹を蹴り今度はこちらから仕掛けた。

 敵が守りに構えた剣を驚異的な反射速度でもってかわし、胸に一撃を食らわせる。

 敵の胸から迸った返り血をモロに浴びたが、生まれて初めての他人の血でも俺が動揺することはなかった。


「ぐうぅぅっ……」

「よくも!」


 残った最後の一人が仲間が倒された隙をついて渾身の振り下ろしを浴びせる。

 俺はとっさに腕を回し叩き下ろされた剣を下から防ぎ、鍔迫り合いに持ち込んだ。

 体勢も、体格も不利なのにも関わらず俺の剣は敵を楽々押しのけていく、文字通り敵を圧倒する程デタラメな力に思わずニヤニヤと――まるで顔だけが他人の物になったかのように表情が緩む。


「ハハハッ!」

――非日常ならやっぱりこうでなくっちゃな!


 力づくで持ち上げた敵の剣を弾き上げ、そのまま剣の腹で敵の兜を叩き割る。

 敵に出血は無かったが殺意にギラギラしていた目がトロンと焦点を失って、襲い掛かってきた最後の兵士はそのまま自分の馬にのめり込むように気を失った。


「勝てた……か。はははっ」


 危機が去って、俺を覆うほどだった黒い影は火が消えるようにしぼみやがて消える。

 自分で手を下していないからだろうか? 自分でも驚く程"人を殺した"という実感は薄い。現実に血の滴る剣を握り、自身も返り血で汚れている俺がいるのだが、それもテレビ画面の向こうの事のように全く感慨がわかない。これは俺がゲームで人殺しに慣れた現代っ子だからだろうか?

 ほぼ同時にリグレッタとティアの方も片が付いたようだ。距離感の無い視界で二人の影がアンとともに駆け寄ってくるのが見える。

 彼女たちが来る前に血を拭おうとしたが、血液というのは思ったより粘性が高く、むしろ顔全体に広げてしまった。血化粧で顔が真っ赤になり鼻腔に鉄くさい臭いが入り込む。


「………………」

「申し訳ありません、陛下。我々が護衛にありながら危」

「シュージ様、すごかったです! 素手で敵の剣を奪い取るなんて……シュージ様の国の武術なん、あ痛っ」

「アン! あなたの油断でもあるのですよ!」


 失態を謝ろうとしたリグレッタの言葉を遮ったアンキシェッタだが仕返しに拳骨で台詞を阻まれた。


「それにしてもシュージが実は一角の武人だったとはな。こんなことなら今朝にでも私の訓練の相手をやらせればよかった」

「………………」


 当然俺に武道の心得など無い。

 しかし勝ったのだ、戦闘訓練を受けた騎士を三人も敵に回して。

 俺の体を動かしたあの影の正体は相変わらず知れないが、それはどうでもいい。


――俺は、自分で戦えるんだ


 貴族の威光や銃の威力にも、彼女たちの魔法にも縋らなくていい。


――独りで戦える。憧れた、物語の主人公のように


「陛下?」

「…………いや、なんでもないよ。それより、一通り見て回ったしそろそろ戻ろう」

「そうだな。明日いっぱいは兵たちの出撃の準備に使いたいし、私は今日中に命令書を書いてしまおう。シュージ、お前は武器の在庫の最終確認だ。寝る暇は無いと思えよ」

「うげぇぇ。それって別に俺じゃなくても……」

「あはは、王様は大変ですね〜」


 30人もの相手との戦闘だったにも関わらず二人は俺を気遣って明るく振舞ってくれた。

 しかしリグレッタだけは違う。細い眉を寄せて不審そうに俺を睨んでいるかと思えばこんなことを言ってきたのだ。


「陛下、目にゴミでも入ったのですか?それともお怪我を?」

「え?俺の、目?」


 言われて気がついた。右目が瞼に力を入れても開かない。

 痛みや異物感などは無いから戦闘中に感じたあの違和感が原因なのだろう。

 失明したのでは、と少し怖かったが色々試しているとしばらく経って元通りパチパチと瞼が動くようになったので、特に気にしなかった。


「いや、何でもないみたいだ」

「そうですか……」


 3人に連れられレオスに戻る。

 明日が過ぎれば、いよいよ戦争が始まる。



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