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夜星の三騎士(3)

10、散歩時をトロットで




「ほらっ! シュージ、鐙に足を架けろ! そして片足を支点に一気に登れ!」


 ここはレオス主城の厩舎前だ。この厩舎は本来なら常に数百頭の軍馬を収容している大施設なのだが、キスレヴとの戦闘で軍馬の殆どが帰らず今は殆ど空に近い状態だった。

 俺はいよいよ明後日となったキスレヴとの決戦場の視察に行くために、その数少ない軍馬の中でも特に気性の大人しそうなのをティアに選んでもらい、さらに乗馬の訓練もコーチしてもらっているのだった。


「ぐぐっ……せーのっ!」


 言われたとおり馬の横腹についた金具に脚を乗せて一気に馬の背に飛び上がる。

 俺が乗ったのは5歳で灰色の毛の雌馬で名前はエヴァ。人間で言えば俺より年上のお姉さん馬だろうか? ティアが薦めただけあってとにかく温厚な性格らしく、さっから乗り上げるのに何度も失敗してもじっと動かずに待っていてくれた。


「お、おお? ……乗れた? や、やったー!」


 4回目にしてなんとか成功。

 正直相当格好悪かったが、主な交通手段が馬か馬車というこの世界で、馬に乗れないままではどうしようもない。恥を忍んでも今日中に馬に乗れるようになりたかったのだ。


「ふむ、ようやくか。まあ初めてならこんなもんだろうな」


 ティアは黒く長い髪をポニーテールにして、さらに昨日の軍服の上に青くメッキされた鎧を装備していた。傍らには柄の長い斧槍――ハルバードだ――が地面に刺してある。

 ティアはさすがに武家の子らしく、馬術の指導をしたことがあるということで今朝から練習に付き合ってもらっていた。


「時間が惜しい。あとは道すがら教えていく。私はレッタとアンを呼んでくるからシュージは柵の中でゆっくり歩かせる練習をしておけ。二人が来たらすぐ出発だ」

「あ、ああ。わかった」


 そう言うとティアは行ってしまい、後には俺と馬とハルバードだけが残された。


「……えーっと、歩かせるには……こうだっけ?」


 恐る恐るエヴァの横腹を足で叩く。

 それはティアが見せてくれた叩き方よりずいぶん弱弱しかったが、それでもエヴァは俺の意図を察してくれたらしくパカポコと歩き始めてくれた。


「おー! ちょっと楽しいかも。」


 しばらくそのまま歩かせる。柵の中のルートは歩き慣れているらしく手綱の操作は殆ど必要なかった。

 ドゥドゥと鬣を撫でてやるとエヴァが気持ちよさそうに嘶く。

 その反応に気を良くした俺はエヴァに速歩のトロットを試してみることにした。


「レッツゴー! ハイヨー、シルバー!」


 馬の歩調がスキップのようになり、背中がさっきより強く揺れた。


「うは、うはははははははは! 飛ばすぞー!」


 俺は金具に乗せたつま先で立ち上がり、競馬のジョッキーのような姿勢になる。

 全身で風を受ける感覚が今まで味わったことの無い爽快感を俺にくれた。


「ヨーッ!ホーッ!」


 テンション上がってきた。

 口の中に苦いアドレナリンの味が広がる。

 そのまま人目が無いと思って俺は大笑いしながらエヴァを走らせていたが、コースを一周した辺りで柵の間近でアンキシェッタがこちらを見ているのに気がついた。

 こみ上げていた笑いはピタっと止み、その途端に舞い上がっていた反動で羞恥心が湧き上がってくる。


「……見てた?」


 見ていないことを祈りつつ、エヴァをゆっくり柵に近づけて俺は馬上からアンキシェッタに聞いてみる。


「い、いえいえ! 私は何も……。あっ、でも"ハイヨーシルバー"ってなんですか?」


 ほぼ最初からじゃないか……。

 アンキシェッタはティアとは違い板金の鎧ではなく、腰垂れに胸当てと篭手だけの簡単な爬虫類の皮でできた鎧を着ていた。腰には矢筒を、背中には弓を背負っているので兵種として銃兵ではなく弓兵だったらしい。


「まったく……歩きだけにしておけと言っただろ。だからいらぬ恥を掻くことになるんだ」

「……ぷっ、うふふふ…ハイヨー!って…ぷっ……ふふ」


 厩舎からティアとリグレッタが馬に乗って出てきた。

 リグレッタは初日に見たのと同じ、白金のツーテールに肩を露出した胸甲と手甲にサーベルの装備だ。

 ティアの言うとおり勝手にトロットの練習をしたのは不注意だったが……リグレッタ?


「レッタちゃん?」

「ぷっ! ……くふっ……"うははは"なんて私……ふふふふ」

「……どうやらシュージの失態がレッタのツボに入ったようだな。相変わらず不器用な癖に喜怒哀楽が激しい奴め」

「…………穴があったら入りたい気分だ」


 まさか、こんなに笑われるとは思わなかった。

 だがそのおかげで二人の意識が俺の醜態よりレッタの方へいっている。俺は直感で話題をすり替えるなら今しかないと確信した。


「じゃ、じゃあ4人揃ったしそろそろ出よう! そう、今すぐ出よう!」

「は、はい! でもレッタちゃんが……」

「……うふ、うふふふふ……………ぷーーっ!」

「……完全に壊れてしまったようだな。どうする?このままではしばらく人前に出せんぞ?」


 レオスから出て街道の交差点に行くなら途中城下町や兵のキャンプを通らなければならない。

 王が視察に出る、といったら周囲からあらゆる注目を浴びるのは間違いない、そしてもしその中に爆笑する騎士なんてのがいたら俺の人格が疑われる。かといって時間も惜しい。


「適当な兜をつけて面頬を下ろしておけばいいだろ。ツーテールでは頭が入らないかも知れないからティアかアン、髪を下ろしてやってくれないか?」

「それしかないですね……。レッタちゃん、ちょっとごめんね?」


 ティアはハルバードを担ぎ直してヤレヤレとため息をついた後、兵舎まで兜を探しに行ってくれた。

 かくしてどうにかリグレッタを誤魔化せた俺たちは、ようやく城門をくぐって外に出ることができた。


***

「陛下ーー!頑張ってくださーい!」

「国王陛下万歳ー!」


 事前に街を通るとは連絡しておいたが、知名度も無く顔も知られていないはずの俺への反応は熱烈だった。

 俺は選挙運動中の議員の所作を思い出し、エヴァをゆっくり歩かせて笑顔で手を振る。


「……まだこっちへ来て三日目なのに……なんでこんなに歓待ムードなんだ?」


 王様として政治らしい政治もしてないし、明後日には決戦で死ぬかも知れない身だ。いくら期待されていても、こんなに歓待されるいわれは無いはずなんだが……。

 疑問に思っていると、俺の内なる問いを察したティアが馬を寄せてきた。


「シュージの昨日の決定をレオス城下の市長に伝えたからな。街が戦場にならないと知って市民が喜んでいるのさ。それに、私達3人がお前についているのも大きい」

「何、有名人だったの?」


 続いて話を聞いたアンキシェッタが手綱を操って黒毛の馬を俺の方へ寄せてきた。


「そ、その、シュージ様……この国に伝わる昔話で夜星の三騎士というのがあるんですが、そのお話って200年前に実在した3人の魔術師がトルゴレオを救った話がモデルになっているんです。その子孫の私たちが小さい頃、いつも3人一緒にいるのを見て、私達がその三騎士の生まれ変わりに違いないって噂がたって……」

「なるほど、三人はちょっとした英雄ってわけだな。……ん? 三騎士の生まれ変わりってことはアンもリグレッタ達と同じ魔術師だったのか?」

「あ、すみません。言っていませんでしたね。私は赤獅子騎士団所属の魔術師で私とレッタちゃん、ティアちゃんの3人がトルゴレオに残った最後の魔術師になります」

「ええ!?」


 ちょっと驚いた。

 トルゴレオは中世西洋そのまま、バリバリの男系社会だから、騎士とか魔術師なんて男ばかりだというイメージがあったのだ。ちょっと不思議だが、まあむさ苦しい男に囲まれるよりずっといいか。


「あー! シュージ様、信じてませんね? こう見えても私は3人の中で一番強い魔術師なんですよ」


 エッヘンと馬上で薄い胸を張るアンキシェッタ。手を腰に当てた姿は小柄なせいで威風堂々とはいかず、そのギャップがアンの少々幼気のある魅力を引き出している。


(…………めちゃめちゃ可愛いな)


 それにしても、これでトルゴレオの魔術師3人全員が自分が一番だと思っていることが判明した。

 他の二人はともかく、アンはなんとなく謙虚なイメージがあったのでそんな風に思っていたのは意外だ。もしかして魔術師って自信家じゃないとできないのかな?

 なんてことを考えていると俺の後ろ、リグレッタのいる方から不気味な音が聞こえた。


――カラカラ、フフッ……カタカタカタ…ウフフフ…


 どうやらリグレッタの面頬の動く音らしい。どうやら兜の中でもまだ笑っているらしい。耳を澄ますと反響した笑い声が、カラオケのエコーのように響いてすごく不気味に響いた。


「レッタちゃん……」

「レッタ……」

「…………」


 俺たちはその後、この呪音が民衆に漏れないようリグレッタを囲んで街を進んだ。



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