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プロローグ

1、夢弦


――夢を見ていた。


 最近毎日見る、自分が異世界へ行く夢だ。夢の中の自分は国の英雄で、自分の力であらゆる困難を打ち破るというまるで小説かゲームの主人公のような活躍ぶりだった。

 ただし、この夢の内容は決して記憶されない。朝目が覚めても夢を見たということすら思い出せない。ただ夢を見ている間漠然と以前の夢の記憶を思い出すだけだ。


(けど、今日の夢はなんだかおかしい)


「ぜぇ……はぁ……」


 夜の森を一人で走っている少年。年の頃は16、7。中肉の体にやや高い背丈、目や耳にかかった少し長い黒髪と親譲りのパッチリとした目。――俺自身だ。

 俺が着ているのは斬撃を受け所々に血が滲んだ鎖帷子。肌は血の気が無く、怪我をしたのか右目を押さえる顔は恐怖と絶望で顔面の筋肉が引き攣っていた。


「……無理だ……無理だったんだ…………」


 若干の鼻声で、疲労と後悔を滲ませながら、聞く者のいない愚痴を呟く。


「突然こんなとこに喚ばれて、お城なんかに入れられて、敵をどうにかしろだなんて押し付けられて……」


 一言出す度に自分の声に嗚咽が混じる。

 夜の森の視界は悪く、走りながら木々の根に足をとられ時には手さえついている。

 それでも後ろから聞こえる剣撃の音や悲鳴が困憊する俺を森の奥へ奥へと追いたてていた。


「帰りたい……鉄も血も、もうたくさんだ……」


 諦めて、座り込んだ。

 俺はそのまま疲労と寒さで震えながらボンヤリと、左目だけで森の隙間に浮かぶ月を眺める。

 月は左側に偏った細い三日月で、俺の知っている月とは違う優しい金色の光を放っていた。


「いたぞ、シュージ王だ!」


 誰かに見つかった。

 味方ではない。自分の軍勢のほとんどは戦死したし、生きて敗走した兵士はこちらではなく首都の方に逃げているはずだ。

 唯一、×××は違う方向に逃げていったが、××は部隊が潰走するや俺が纏っていた豪華な鎧や剣を剥いで持ち去るという見事な変わり身を見せている。


(なんだ? 思い出せない? 夢なのに?)


「抵抗するな! 容赦はしないぞ!」


 夢の中の俺は一瞬深くため息をついたかと思うと、兵士の言葉を聞かず落ちていた木の枝を両手で構えた。

 それはあまり堂に入った構え方とは言えなかったが、俺と目線があった瞬間、相手の兵士が恐怖におののく。

 しかし、それも僅かの間のこと


「わあああああああああああっ!!」


 渾身の一閃。

 だが俺が振りかぶった枝は避けられて、がら空きになった俺の頭部は兵士の反撃を受けることになった。


「うっ……!」


 剣を頭に受け、地面に倒れた俺が感じたのは頭の上から暖かい物が流れ出る異様な感触。


(夢が……終わる)


 最後の光景は、苔生こけむした木の根と目の前に刺さった鏡のように磨かれた兵士の剣。

 剣には地に伏せる俺の右目に


――ぽっかりと、夜よりくらい××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××



***


――目覚メヨ、言ノ葉ヲ同ジクスル者


 授業中、机の下で携帯を開く。

 目下、最近のお気に入りは趣味兼日課のWikipedia巡回と「小説家になろう」のファンタジー小説だ。


("大砲"―特に鋳造の時代は銅を多く含んだ……って理系か専門家じゃないと、こんなんわかんないだろ!)


 仕方なくウィキを中断して別のウィンドウに待機させてあった小説の方を開く。小説には刺激に満ちた冒険、様々な出会いに栄光の日々。

 対して俺は高校2年も終わりいよいよ3年になろうというのに、なんの変化も無い平凡極まりない日常。


(ああ〜、俺も異世界とか行きたい! 魔法をバンバン使って魔物を倒して強くなって……)


 携帯でページを送りながら、いつもの他愛の無い妄想をする。


――目覚メヨ、知恵ヲ身ニツケシ者


 勿論、この妄想が絶対に有り得ないってことぐらいわかっている。

 "現実はそんなに甘くない"

 俺は17年間それをモットーに生きてきたのだ。実際、異世界になんて送られたら俺はとことん疑うだろう。でも今は……


(やっぱり可愛い女の子は欲しいな。フラグは乱立させて……そうだ、金持ちにもなりたい)


 有り得ないことほど望んでしまう。


――目覚メヨ、月ノ王


 いいじゃないか、叶わない妄想だって。

 だって俺が叶えなくても、本当に世界のピンチなら誰かがきっと救世主しゅじんこうになってくれる。俺はそれを見ているだけでいいんだ。本当に世界を救っちゃうような"強さ"なんて俺には必要無い。


「……永阪ながさか! 永阪修司ながさかしゅうじ!!」

「へ? は、はい!」

「授業中に何をニヤニヤしてたんだ! ここを読んでみろ!」


――目覚メヨ、


 俺はこのままでいいんだ。何も変わらない、無力な一般人わきやくで。


――最モ弱キ王


***


――また夢を見た。

 今度の夢は赤い絨毯の敷かれたどこかの大きな部屋で、俺はその中で3人の女の子に囲まれていた。

 部屋の中でも俺と、3人の少女の内2人が何か悲壮な決断をし、部屋に固い沈黙を作っていたが、


「――い、嫌! 絶対嫌!」


 一人だけ、しゃがみこみ頭を抱えて泣き叫ぶ少女がいた。


「嫌ぁああぁ! ××××! ようやく、4人で××××××なのに……」


 それを見て、俺達3人は皆表情を崩す。

 彼女の叫びはあまりにも切実で、悲痛で、苦しそうだ。

 普通なら少女に同情すべき場面なのだろうが、夢を通して見ている俺に、少女の叫びは少し怖かった。


「なんで!? ××××なら××××じゃなくて二王のどちらが勝っても××××××!! 絶対に嫌! どうして!? わた、私……私、こんなの…………ううぅ」


 泣き崩れる少女に、耐えられず立っていた少女二人が駆け寄り泣いている少女の肩を支える。

 俺も思わず脚が動きかけるが、彼女が泣いているのは自分のせいなのだ。どうしても今、この少女には自分の力で立ってもらわなければいけない。

 唇を噛み、血を流しながら必死に堪える。


「ううぅ……グスッ……嫌だ……いやぁ……」


 数分経ち、嗚咽が止んだ彼女はとうとう顔を上げた。その顔には綺麗な涙が一筋だけ流れていて


「…………私、消えたくない」



――次の夜、俺は夢を見なかった。



〜〜クレッセントの召喚王〜〜


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