第二十三話「この手は今、君に届く」
「やっと会えたなぁ、クラブ――そして、カルネ。随分なことしてくれやがって……政宗は返してもらうからな」
舞い上がる埃が陽の光で輝く工場内に、結人の声が響き渡る。
推測通り――もしくはカルネの誘導通りというべきか、結人は番地によって弾き出された工場跡にて忌まわしき魔法少女二人と対峙した。
写真と重なる景色。おそらく使われていた頃はレーンが稼働して作業員が仕事をしていたと思われるが、今は機材の一切が撤去されてただの広い空間となっていた。
電気は通っておらず、光源は高い位置にある窓から差し込む日差しのみ。
そんな場所で拘束された政宗を挟むようにクラブとカルネは立ち、後ろには毒々しい色合いの服を着て下品にガムを噛んでいる男が四人並ぶ。
(こいつらが寄ってたかって政宗をいじめてたのか……許せないな)
怨敵を前にして、ここまで何とか理性的に努めてきた結人の中で怒りが沸々と湧き上がっていた。
「遠い所、ご苦労様でした。無事にここまで辿り着けるとは……私のヒント、読み取っていただけたんですね。気持ちが通い合ったようで嬉しいですよ」
まるで館へ客人を招いた主であるかのように立ち振る舞うカルネ。結人は眉を顰め、彼女を静観する。
「しかし生憎ですが、私はここまで到達すれば政宗くんを返すとは一言も言っていません。それはご理解いただけてますでしょうか?」
「その後ろにいる荒っぽい連中を俺達にけしかけてくるんだろう? お前らは俺達には手出しできないもんな」
「そのとおりです。以前はあなたの突飛な行動によりこちらも被害を被りました。正直、私は連帯責任などと訳の分からない理由で活動を停止されましたし、その分の報復はきちんとさせて頂きます」
「お返しは俺と政宗の苦しみで十分支払えたんじゃないか? まだ足りないのかよ」
「全然足りません――と言いたいところですが、もう十分復讐は果たしたような気もしますし、もうこれは趣味の範疇ですね」
上品にくすくすと笑いながら語ったカルネ。
(最早、八つ当たりとかそんな動機ですらないのかよ。一番厄介なタイプだ。そこに楽しみを見出すやつは加減を知らないから)
他者から絶望が溢れる限り、いくらでも啜るカルネの悪意には終わりがない。
貪りきれる限りを吸いだすまで容赦しないのはタチが悪い。自分の気が収まるまで暴れれば気が済む復讐という言葉が可愛く思えるほどに。
「しっかしさぁ、この男達は日々喧嘩に明け暮れるような馬鹿ばっかりだぜぇ? しかも数はお前らの倍ときたもんだ。勝てるつもりかぁ?」
クラブは男達四人を見回し、そして最後に結人をニヤニヤと眺めながら言った。
「そっちがやる気なんだから戦うしかないだろ。それにやってみなきゃ分からないぜ?」
結人はそう語って挑発的に拳をクラブに突き出す。するとクラブは一瞬目を丸くし――次の瞬間にはお腹を抱えて笑い声を上げる。
「お前が喧嘩してこいつらに勝てるわけねぇだろぉ? 笑わせんなよなぁ。ほんと、クラスであんだけ浮いてた陰キャの佐渡山が――何を恰好つけちゃってんだよ?」
「お前……俺のこと知ってるのか?」
「あぁ、知ってるとも。アタシはお前と同じ中学にいたクラスメイトなんだからなぁ」
歯をむき出しにして醜悪に笑ったクラブに、結人は過去の記憶がちらついて表情をしかめる。
自分だけの記憶として閉じ込めていたつもりだったが、共有できる存在が匿名性を伴って現れたのだから気味が悪くて仕方なかった。
だが――彼にとって結局、過去は過去。トラウマというほど深い傷ではなく、そして乗り越えるほど高い壁でもなかった。
(言ってみれば――些末事だ)
寧ろ大した過去として刻まれていない理由を思って、結人は気持ちが奮い立つくらいだった。
「さてさて、佐渡山はどれくらい喧嘩ができるのかねぇ。まともに喧嘩したこともなさそうだけど」
「どうだろうな。確かに殴り合いをした経験はないな。……あ、いや。お前にいつだったか殴られたことはあるか」
「あの時は魔女に助けられたもんなぁ。でも、ジギタリスに聞いた話じゃあの魔女、マナの蓄えがないからほとんど魔法が使えないらしいじゃねぇか。ひょっとして今日は来てくれないんじゃねぇかぁ?」
「だったら何だよ。メリッサさんが出てこないって分からないと不安で何もできないか?」
啖呵の吹っかけ合い、先に表情に苛立ちを描いたのはクラブだった。今にも殴りかかりそうになるクラブだが、カルネがそれを手で制す。
「まぁまぁ、随分と余裕ですね。もしかして、お友達と一緒に来たから安心してるんでしょうか?」
カルネは興味深そうに結人の隣にいる修司を見る。
「おや、僕の存在に触れてもらえるのかい? 正直、佐渡山くんが主役だからね。僕は脇役としてひっそりと彼に協力するだけのつもりだったんだけど」
「以前、お見かけした時もひっそりとしていましたもんね。そこの彼が勇猛果敢に飛び出したのとは対照的に引っ込んで静観。……まぁ、賢いのはあなたの方なんですけどね」
「何の話をしているのかさっぱりなんだけど……でも、過去に僕が賢い選択をしたのは何となく分かった。だからこうして、バカをやりに来たのさ」
「どこかで道を踏み外したのか、それとも良くないものに感化されたのか……どちらにせよ残念ですね。人が誤る光景を見るというのは」
冷笑を湛えて侮辱するカルネだが、修司は顔色一つ変えずに彼女を見返す。そんな態度にカルネは面白くなさを感じて顔をしかめる。
常に冷静であまり表情を変えない修司はカルネからすれば悪相性だった。
そんな二人のやり取りを他所に結人は政宗の方を見る。クラブとカルネに対峙していた結人はようやく政宗の方へと気を回すことができたのだ。
「どうして……どうして助けにきちゃったの? 駄目だって言ったのに」
「ここで何もしなかったら……俺はお前に嫌われちまうよ。それに、政宗はきっと――こうすることを望んでると思ったからだ」
「ボクは……そんなの望んでなんかないよ。望んでなんか……」
政宗は辛そうな表情を浮かべて俯き、結人から視線を逸らした。結人はその仕草で心情を悟り、深く頷いてクラブとカルネの方を向く。
カルネは尊大に両手を広げ、醜悪に笑み――、
「いいですね、いいですね! 助けたい、取り戻したいという気持ちも高まったことでしょう。それではおしゃべりも終わりにして――そろそろ本題といきましょうか」
芝居じみた語りの最後、指を弾いて締めくくる。すると、その音を合図にまるで遺跡に封じられていたゴーレムが動き出すように彼女の後ろから四人の男が前へと歩み出る。
そして腕をぐるぐる回して体をほぐし、これから暴力を振るう相手を品定めするように見つめ――ゆっくりと間合いを詰める。
「……修司、どうやら本番みたいだな。そろそろ、アレを起動するタイミングなんじゃないか?」
結人は隣に立つ修司に視線は送らず問いかけ、
「そうだね。こういう手荒なマネは初めてだから、少しワクワクするよ。……それじゃあ、いくよ!」
その返答を合図として同時に、メリッサから指定されたポーズを取る。
それは手の平に拳を打ち付ける中国拳法の動作。
その完成を合図として魔法は起動する。
結人と修司の額に刻まれた赤い模様が浮かび上がって発光。
突如として魔法を起動させた二人にクラブ、そしてカルネも驚きを露わにする中、結人と修司はそれぞれ額から溢れた赤い光で全身を包まれ、それはオーラのように彼らへ魔法効果を与える。
――身体強化魔法。
魔女メリッサが二人に託した、決意。
潤沢ではないマナで作りだした魔法だが、それでも二人の身体能力は引き上げられその実感が彼らに自信を伴わせて精神的な安定を与えていた。
突如として魔法を使用した二人に四人の男達は困惑した表情でたじろぐ――も、
「何をしてるんですか、四人なら問題ないでしょう。叩き潰してやりなさい!」
カルネが背後から指示を飛ばし、男達は気力を持ち直して二人ずつで相手する配分で襲い掛かる。
――さて、男達が喧嘩において最もアドバンテージとしているもの。それは、躊躇いのなさである。
暴力を振るうことに躊躇がないせいで細かい技術がなくとも、攻撃は形になる。普通の人間はまず相手を傷付ける行為に抵抗を示し、思いきれず満足に戦えない。
だが――逆に言えば彼らはその程度の人間。魔女メリッサの恩恵を受けた人間との力の差は躊躇いのなさくらいでは埋められない。
――そして、それは刹那の出来事だった。
男二人が振り下ろした拳。
それを結人は縫うように避け、俊敏に懐へと入り込む。
瞬間、両拳が男の腹部を交互に殴打。
拳が纏う赤い輝きがテールランプのように軌道を露にして、消える。
そして次の瞬間には、もう一人へと撃ち込まれる。
襲い掛かった二人は叩きつけられたベクトルに従って体をよろけさせて尻餅をつき、そんな光景は修司の方でも繰り広げられていた。
一瞬の出来事――結人は手を払い、挑発的に語る。
「なんだ、案外やれるじゃないか。カルネ、本題とやらは――これで終いか?」