第二十二話「役者が舞台に集う時」
「さて、修司くんにも魔法をかけるとなると一人当たりの強化量は当然薄くなる。それは分かるね?」
並んで跪く結人と修司を前にして、メリッサは魔法を行使して両手の平に球形の赤い光を浮かべながら問いかけた。
バス停で男子高校生二人を跪かせる魔女帽の女――かなりシュールな光景ではあった。
「まぁ、当然ですよね。マナ量には限りがあるでしょうし」
「でも、二人戦える人間がいた方が結果的にはいいはずだよ。僕、喧嘩はしたことないんだけど」
「それは俺も同じだ。でも、強化魔法があれば形になるんじゃないか?」
「魔法少女みたいな圧倒的身体能力は期待しないでくれよ? あと、魔法の発動キーとなる動きは覚えたね? 忘れると無駄になるから」
メリッサは出掛ける息子の忘れ物を心配する母親のように言葉を連ねた。
ちなみに今回も魔法は額に刻印し、条件を満たした時に起動するものを行使。前回とは違って殴られる必要はなく、決められたポーズを取ることによって魔法が発動する。
持続時間は起動から十五分ほど。
「それじゃあ、君達に今から魔法を使用する。えーっと、修司くん。君は初めて魔法を受けるはずだから、魔法の国の制約に従って言質を取らなきゃならないから『許可します』と言ってくれ。一般人に許可を貰わず魔法を行使するとクラブが結人くんを殴ったのと同じくルール違反なるんでね」
「メリッサさん、俺はそんな説明なんかされずにただ『許可します』って言わされた覚えがあるんですけど……」
「そうだったかな? ……まぁ、そんな昔のことはいいだろう」
首を傾げ、適当に会話を流してしまったメリッサ。
さて、そこから修司は魔法の行使を許可。いよいよ身体強化魔法が施される――のだが、結人は人差し指を突き立てて口を開く。
「メリッサさん、魔法を使う前に一つ聞かせてもらえますか?」
「何かな? 早くしないとバスが来てしまうよ」
「じゃあ手短に。瓶の件、そして罰則覚悟でこうして魔法を使ってくれること。メリッサさんには利益なんてないのに、どうして――そこまで政宗のために身を削るんですか?」
普通の魔女は前金という形で魔法を行使したりしない。そもそも魔法少女と魔女の契約は、ノルマとなるマナを回収した時に報酬で魔法を与えるシンプルなもののはずなのだ。
「何となく分かってるんじゃないかな? それが答えだよ」
「いや、そういう風にぼかすんじゃなくて――」
「――ほら、魔法を行使するぞ。えいっ!」
結人の言葉を遮り、メリッサは二人の額へそれぞれ一つずつ赤い光を押し当てた。
すると赤い光は額に奇妙な模様を描いて飲み込まれるように消え、その一連が終わるとメリッサは力なくバス停の椅子に体重を預けた。
そして、急激に襲ってきた眠気にメリッサは耐えられないようで、ゆっくりと瞼を閉じながら、
「……私が出来るのは……ここまでだ。……政宗のこと、よろしく……頼んだよ。……君達なら、きっと……助けられる、はず……」
と言い残し、眠りに落ちてしまった。
(……メリッサさん、質問に答えたくないから慌てて魔法使って眠ったんだろうなぁ)
寝息を立てるメリッサをジト目で見つめる結人。
すると、タイミングを見計らったようにバスがやってきて、結人と修司はそれに乗り込む。
気持ちよさそうに眠るメリッサはバス停に置いていった。
○
「とりあえずさっき瑠璃には政宗の居場所を特定したって連絡して、住所も送っておいたんだけど……ローズの姿で行動中だからか返事がないな」
目的地付近のバス停で降車した結人はメッセージの返事を確認して呟いた。
結人と修司がやってきた場所――そこは街から随分と離れ田畑と森林が目立つ、彼らの住むエリアとは対照的な場所だった。
結人達の住む街は特別都会というわけではない。少し離れると農地が広がった風景が目立つようになるのだ。
ちなみに結人が場所を特定した時点で写真から得られた数字は番地の全貌ではなく、上三桁の一致による推測だった。そして、あれからさらに画像が送られてきて推測は確信に変わった。四桁目も合致したのだ。
ちなみに最新の画像を見る限り、あまり猶予は残されていないように思われた。
結人と修司は工場跡を目指して歩き始める。
「工場に着いたらどうすればいいんだろうな。不意打ちができれば最高だけど……」
「うーん、難しいんじゃないかな? 裏口とかから入ってこっそり襲撃できればいいけど、工場の間取りが分からないからね」
「地の利は先にあの場所を占拠してるクラブとカルネにあるってわけか。変に考えず真正面からぶつかっていくしかないのかな」
「結局そうなるかもね。メリッサさんから与えられた魔法の力を信じて、あとは体当たりでどうにかするしかない。でも君はそういうの――得意だろう?」
修司は得意げな表情を浮かべ、結人は同じ表情で「まぁな」と返した。
記憶を失っているものの、互いに秘めた想いは同じで――結人は何だか懐かしい気持ちでいた。
今は敵ではなく味方。そのことが嬉しく、そして頼もしくて――彼は隣を歩く相棒となら必ずやり遂げられると確信していた。
でも、そんなことはわざわざ口にしてやらず、黙々と――目的地までの道を歩んでいく。
☆
「そろそろ気付いたでしょうか? いえ、もしかしたらすでに行動を起こしているかも知れませんね」
政宗のスマホを手にカルネは醜悪に笑んで、そして人質を見下ろす。
上半身の衣服をはぎ取られた政宗はがっくりと首を垂れ、最早クラブとカルネに文句の一つを言う気力も失っていた。
そんな政宗はただ心の中で願うのだ――。
(駄目だよ……結人くん、来ちゃ駄目だよ。ボクが犠牲になった意味……それを考えて!)
政宗はただ、それだけを考えるようにしていた。もし他のことを考えれば――自分の気持ちがブレるような気がしていたから。
一方、大した反応を見せなくなった政宗にクラブは退屈したようで、後頭部に手を回して工場内をウロウロと歩く。
「カル姉ぇ、あいつら本当に来るのかぁ? 正直、これだけ脅しちまったらビビって逃げ出す気もするけどなぁ」
クラブのぼやきにカルネはふふと笑う。
「まぁ、彼にはかなりのダメージを与えたつもりですからね。折れていても不思議はありません。ですが、あのタイプは結局最後にはやってくるんですよ。ほら――」
カルネはそこまでで言葉を切り、そしてある方向を指差す。
開け放された工場の扉、その向こう――クラブとカルネがここへ侵入するために破壊した敷地を囲う塀の入り口、その柵。
地面へと乱雑に放り投げられた格子、陽の光に照らされた地面、風に揺られた木々のざわめき、工場へ至る道の向こう――小さく現れた人影に政宗は顔を上げて目を凝らす。
カルネのシナリオに従って――結人と修司がこの廃工場へとやってきた。