第二十一話「もう一つの物語」
「政宗くんのいる場所が分かったって……どういうことだい? ヒントに何か決定的なものがあったのかな」
突如として政宗の居場所を特定したと語る結人に、修司とメリッサは神妙な面持ちで彼を見る。
結人は送られてきた政宗の画像全てを改めて確認。その瞳に映り込む撮影係の男の仕草を一つ一つ確認し、そこから得られるメッセージを送られてきた順に読み取っていく。
「……これ、番地になってるんだ。ずっと手で番地を示してたんだよ」
「番地を? どうやってそれを読み取ったんだい?」
「政宗の瞳を拡大して見せる。二人共確認してくれ」
結人はメリッサと修司に自分のスマホの画面を覗かせる。
最初の画像で男が行っているのはピースサイン、これが「2」だとする。ならば二枚目のオーケーサインが「0」になり、そして――、
「親指を下にしているハンドサイン、これを指の数で『1』だと捉えると――修司がくれたリストの中にある工場の一つと番地の頭三桁が一致するんだよ」
浮かび上がった数字を結人は修司からもらったリストと照らし合わせて二人にみせる。
「……ふむ。確かに一致する住所がリストにあるね。修司くん、君はどう思う?」
「偶然とは考えにくいように思います。佐渡山くん、これはきっと……」
「修司が言ってたとおり、カルネにはどうも俺を誘ってる感じがあるし――間違いないだろうな」
結人は目の前に開けた希望に喜ぶことなく、深刻に事実を口にした。
カルネはきっと政宗に写真でヒントを伝えても構わないと言い、それを彼女自身が拒否することが分かっていた。だが、結人を遠ざける自己犠牲を無駄にするため、こっそりヒントを入れていたのだ。
(ここまで俺達を誘導してるんだ……このヒントが間違った場所を指している可能性は低いだろうな。確実に俺をあの場所に誘ってるんだ……!)
ちなみに浮かび上がった場所は修司のリストにおいて最終的に辿り着く場所だった。今待っているバスに乗り込み、次に予定していたバス停を通り越して進めば目的地の近くで降りられる。
「ようやく目的地が見えたね。結人くん……君はこれからどうするつもりなのかな?」
「どうする……ってメリッサさん、どういうことですか?」
ピンときていない結人の反応にメリッサは頭を抱えて嘆息する。
「あのねぇ……あっちには暴力を厭わないような男達が控えているんだろう? クラブとカルネは君に手出しできないだろうが、彼らは別だ」
「あ、そうか! そいつらをどうにかする方法も考えなきゃいけないのか」
「佐渡山くん、そこまでは考えてなかったのかい? ……まぁ、僕も居場所を探すのに必死でそこに関しては考えるのを後回しにしてたけど」
結人と修司は揃って腕組みをし、次なる問題を前にまたもや悩まされることになった。
(喧嘩することになるのかな? じゃあ、鉄パイプとかベタな武器を持っていかないとマズい……? でも、相手にある数の利をどうにかできるのか?)
もうすぐバスが到着する時間。それを逃せば次は一時間以上待たなければならず――つまり、武器の準備など行っている暇はなかった。
メリッサは呆れたように肩を落とし、そして――表情に決心を浮かべる。
「私も少し覚悟を決めるとしようか。マナがなければ役立たずの魔女メリッサも、この身には少しだけマナが存在している」
「……それを使って何か魔法を使うんですか?」
「そうだ。身体強化の魔法を施す。そうすれば魔法少女並とはいかないが、今のマナ量でもプロボクサーくらいの動体視力や力を発揮できるはずだ」
「なるほど! それがあれば戦える――って大丈夫なんですか、それ?」
結人は自分がクラブに殴られた記憶を思い、興奮気味な感情を諫めた。
魔法で結人を強化して一般人と喧嘩をさせる――それはメリッサが魔法で一般人を傷付けることに等しいのだ。当然、魔法の国のルールは魔女が魔法で一般人を傷付けることも禁止している。
しかし――だからこそ、メリッサは覚悟を決めると言った。
「無論、私は罰を受けることになるだろうね。ただ、誰かを殺めるわけでもないし、それほど大した罰じゃないよ。せいぜい、お酒が二日に一回になるとか……そんな感じだろう」
「酒の量が減るって、どういうシステムの罰なんですか……」
結人はメリッサがボケているのかと思い困惑しながら語ったが、彼女はふふと笑ってそこに関しては答えることをしなかった。
「さて、魔法強化を付与すれば結人くんは男達を相手にしても戦える。だが、ギリギリ一般人認定されてクラブとカルネも手を出せない存在となるはずだ。そして、魔法を君に与えたとしたら――私はここでリタイアだ」
「以前、額に魔法をもらった時みたいにマナ消費で動けなくなるってことですね」
「そして、瓶を使って魔法を行使できなくなる。つまり――決断の時というわけだ」
究極の選択、瓶のマナによる早急な問題解決――結人はとうとうその選択を迫られた。無論、瓶に収められたマナを使えばこの一件はあっさり解決となる。
(もし、身体強化魔法だけでこの問題をどうにかできなければ、俺は瓶を使っておけばよかったと後悔するのかな。……アレで良かったなんて、きっと言わないだろうな)
でも――結人はすでに心に決めていた。
「俺は政宗を助けます。そして、守ると決めました。……あいつを守るんなら、瓶は必要ないです」
――敢えて厳しい道へ身を投じること。
そうでもしなければ何もかもを掴むことはできない。政宗を助け、そして瓶のマナを保持すること。両方できなければ――意味がない。
その決断にメリッサは目を細めて嬉しそうに笑む。
「そうこなくてはな。やはり君なら政宗を任せられると心から思うよ」
「……なんですか? その娘を嫁に出す父親みたいな立場からの言葉は」
「まさにその気分で話しているからね、間違ってない。だから……あの子を頼むよ」
「もちろんですよ。……必ず、助けます」
結人は首肯してメリッサから託された想いを受け取り、政宗のことを思う。
(俺が助けにいくことはきっと……政宗の自己犠牲を踏みにじることだ。でも、そんなバカらしいこと……認められるわけがない! それを思い知らせるためにも――俺は行く)
握った拳を見つめ、結人は決心を固めて一人頷く。
しかし、そんな時――、
「勝手に話が進んでいるようだけど――ちょっと待って欲しい」
修司が異議を申し立てるように声を発し、二人の視線が彼に集まる。
「メリッサさん、その身体強化を行う魔法は僕にも使えませんか? 話が佐渡山くんだけで進んでいる感じがしますが――僕も現場に乗り込んで戦いますよ」
修司は胸に手を当て、自己の存在を主張するように告げた。その申し出に結人は軽く目を見開き、しかし次には首を横に振る。
「駄目だ。ここまで協力してくれたことには感謝してる。だけど……お前を危険な場所に巻き込むわけにはいかない。お前がそこまでする理由がな――」
「――いや、理由ならある! 僕が戦う理由は――ここにあるんだ!」
修司は自分の胸を親指で小突き、真っ直ぐに結人と目線を結んで語る。その挙動が指すもの、そして意味が結人はすぐに分からなかった。
でも、修司の中で――迷子のように彷徨っていた想いが、この窮地に誘われて現れたのだと悟り、結人は瞳を振るわせて彼を見た。
「僕自身にもよく分からないけどね……名前の分からない感情があるんだ。誰に宛てたものなのか、何のために存在するものなのか分からない気持ちあって……それが僕に告げるんだよ。今度は立ち尽くすんじゃなくて――飛び込んでいけって、後悔が背中を押すんだ」
修司自身が理解できていない感情――その正体が何なのか結人は知っていた。
あの日クラブとカルネを前にして傷付くリリィを見ていることしかできなかったこと。その後悔は亡霊となり、記憶の喪失で指針を失って彷徨った。
だが、その気持ちは今――修司の中に具現したのだ。
だから――、
「僕も政宗くんを助けるため同行させてもらうよ。君にばかり良い格好はさせない」
修司は譲れないとばかりに語り、不敵な笑みを浮かべてかつての好敵手を見た。