第十九話「強欲な魔女、ジギタリス」
「……ジギタリスに一応相談した方がいいのかしら? 取り合ってもらえる気はしないけれど」
高い塀と広い庭、そしてその最奥――独身の女性が住むには明らかに大きすぎる豪邸を前にしてローズは気の進まない表情を浮かべていた。
タイミング的には結人のスマホに三枚目の画像が届いた頃。
結人達三人と別れたローズは魔法少女の機動力を活かしてクラブとカルネが縄張りにする街へやってきて、使われていない工場を回った。
しかしマナの反応はなく、実際に中を確認しても人の気配はなし。
アテも外れたため結人達と合流しようと考えていたのだが、ジギタリスの邸宅近くを通りかかってふと考えたのだ。
――流石に心からお願いをすればクラブとカルネの悪行に対して、何か協力をしてくれるのではないか?
とはいえ、気が進まず家の前で立ち尽くしているのはローズの知るジギタリスがメリッサのように優しい魔女ではないからだ。
(私の願いもマナを使わず叶えて安く済ませようとした魔女……他人のために動くとは到底思えないけど)
それでも自分達で行動するより遥かに手っ取り早く事態を収束できる存在なのも事実。ならば何のアクションも取らないのは怠慢だとローズは思った。
意を決してローズはインターホンを押す。すると、けだるげな女性の声――ジギタリスが応答し、中に入ることが許可された。
門を開いて進み、建物の中へ入る。
中は薄暗く、差し込む陽の光が床に窓の形を描いていた。中世ファンタジーの貴族の屋敷を思わせる内装はジギタリスが実際にその時代を生きていた証。
カツカツと響き渡る自分の靴の音を聞きながら、ローズはいつもジギタリスが使っている部屋を訪れ、ノックする。
「どうぞ、空いてるから入りなさいよぉ?」
ねっとりした声で入室を許可したジギタリス。ノブを捻ると途端、部屋の中に充満していた紫煙が漏れ出しローズは顔をしかめる。
(毎回、この煙には慣れないわね……! どんだけ煙草吸ってるのよ)
意味はないと知りながら手で払う仕草をし、ローズは煙の満ちた部屋へと入ってく。
そこは応接間のような場所だった。客人を迎えられるようにソファーが二つ向き合うように置かれ、部屋の奥には巨大な机と回転椅子。
そして、その椅子の上でスリットの入ったドレスから覗く足を組んで座る女性こそ、クラブとカルネ、そして瑠璃を魔法少女にした魔女――ジギタリスだった。
褐色の肌、豊満な肉体、紫色の髪は肩に触れるくらいの長さ。常に余裕そうに細めた目が印象的だった。
キセルを片手に紫煙を燻らせるジギタリスへとローズは歩み寄り、机を挟んで彼女の前に立つ。
「久しぶり、ジギタリス。……相変わらずのヘビースモーカーね」
「確かに久しいわねぇ、ローズ。もしかしてこのジギタリスの心配をしに来てくれたのかしらぁ?」
「……そんなわけないでしょ。寧ろ、あんたが煙草を止めてたら心配して駆けつけるかもね」
部屋に入ってからずっと貼りつけた不愉快そうな表情のまま、皮肉っぽく語ったローズ。言うまでもないだろうが――ローズはジギタリスが苦手だった。
ジギタリスはローズの表情を舐めるように見つめ、顔には出さず声だけで笑う。
「随分と余裕がある返しをするじゃないのぉ。もしかしてメリッサの街でマナ回収するようになって変わったのかしらぁ?」
「そうかも知れないわね。もうあの頃の私じゃないのよ」
「私と会った頃にはもっと棘があったのにねぇ? それこそ――茨のように」
「あんたはその棘に用があったってのに角が取れちゃったみたい。悪かったわね、メリッサの魔法少女に全部持っていかれて」
「…………へぇ、本当に言うようになったわねぇ?」
平静を装いながらも引き攣った表情を隠せないジギタリスを一瞥し、ローズは心の中でガッツポーズをした。
「それでね、今日はちょっとお願いがあって来たのよ」
「お願いがあるのにメリッサのことで私をイジったのかしらぁ……? 正気とは思えないわねぇ」
「事実なんだから別に構わないでしょ。それよりも――今、クラブとカルネがどこにいるのか知ってたりしないかしら?」
「クラブとカルネの居場所? 知らないわぁ。……というか、ローズは私が契約している魔法少女全員の動きをリアルタイムで把握していると思ってるのかしらぁ?」
「流石にそうは思ってないわよ。ただ、手掛かりを知ってたり――もしくは調べたりすることはできないかしら?」
瑠璃は机の上に両手を突き、ジギタリスに迫って問いかける。ジギタリスは「ふむ」と呟いてキセルを口に含み、そして煙を空に吐き出す。
「まず手掛かりは知らない。そもそも私はあの二人と日頃から頻繁に会ってるわけじゃないものぉ。そして調べること――これは可能ねぇ」
「できるの!? じゃあ――」
「――でも、それは魔法を行使して調べることになるから、やってくれと言われれば答えはノーよぉ? マナの無駄遣いをするつもりはないわぁ」
「ま、まぁ、アンタならそう答えるわよね……」
瞬間、高ぶったテンションから急落下した心労にローズはかくんと首を折る。しかし、問題があるなら解決すればいい――そう考えたローズは顔を上げ「じゃあ」と提案する。
「なら、私のマジカロッドに入ってるマナを使うことはできないかしら? 必要な分だけ取り出して……それで居場所を探る魔法を行使してくれれば問題ないでしょう?」
魔女が負担せず、こちらでマナを用意すれば魔法を行使してくれるはず。そう思ったローズだったが、ジギタリスは分かっていないと言いたげに溜め息を吐いて首を横に振る。
「……勘違いしてるわねぇ。あなたのマジカロッドに入ってるマナはそもそも私のもの。所有権はそっちにないのよぉ?」
「でも、私の願いを叶えるためのものでもあるはずでしょ? そして、集めたのは私よ」
「理解してないわねぇ。集めさせてあげてるの、そして――叶えてあげるの。それに、契約した魔法少女が魔女から得られる魔法は願いを叶える一度きりよぉ?」
ジギタリスはローズの用件を理解し、そして聞くに値しないと判断。キセルから吸い込んだ煙をローズに吹きかけた。
無論、そのような対応をされて黙っていられるローズではない。しかし――、
(冷静になれって佐渡山くんに言っておいてここで私が取り乱したら格好がつかないわ。それにジギタリスにお願いをして断られるのは大前提だったのよ)
そもそもジギタリスは最初からローズの話に興味を持っていない。クラブとカルネをどうして探しているのかも聞いてこない時点でお察しという感じだった。
だが、ここで話は打ち切られて踵を返すわけにはいかない。
(対価もなく何かをしてもらおうっていうのが甘かったのよね。……待って。なら、代償があれば話は別なのかしら?)
瑠璃はそのように思考し、メリッサの言葉を思い出す。
『ジギタリスという魔女は相手の言うことに必ず一度は耳を傾ける。持ちかけられた交渉を頭ごなしに断るやつではない』
(なら――きちんとした交渉の上でなら、要求を飲ませられる余地があるのかしら?)
ローズは思考を切り替え、テーブルに手の平を打ち付けてジギタリスに申し出る。
「じゃあ、ジギタリス。お願いはもう止めにして――取引をしましょう。きちんと対価を示すわ。交渉のテーブルからは逃げない魔女だって聞いたんだけど――それは噂どおりなのかしら?」
最早ローズを相手にもしていなかったジギタリス。しかし、彼女の言葉を受けてその瞳に好機が宿り、口元を歪ませてローズを見返す。
「魔女に何かを頼む時は最初からそういう態度で臨むべきねぇ。……いいわぁ、交渉のテーブルにはついてあげる。さてローズ――あなたは対価に何を差し出すのかしらぁ?」