第十七話「灯火が揺れる」
「かはは。カル姉ぇ、こいつ電話でやったことといえば佐渡山のやつと好きだなんだと約束しただけじゃん! めっちゃ笑えるなぁ!」
電話を終えた政宗をクラブとカルネ、そして男達四人が声を上げて一様に笑う。
政宗は自分の吹き消されそうな決断の火を守りながら、石でも投げつけられるように飛んでくる笑い声に目をギュッと閉じて耐えていた。
(……ボクが、犠牲になればそれでいいんだ。結人くんは――ボクがどうなったって好きでいてくれる。それだけで僕は耐えられるよ)
そう気持ちを強く抱く――のだが、
「なぁ、クラブの姉さん。まだやっちまうわけにはいかねーんスかぁ?」
「カル姉ぇが待てっつーんだから我慢しろよ。お前、本当に欲望を抑えらんねーんだなぁ」
どうやら男達四人はクラブに従っており、そしてクラブ自身はカルネを慕っているという上下関係が明らかになる会話。
すると別の男がこれからを思って下劣な笑みを浮かべて政宗を見る。
「これだけ可愛い男の子……楽しめそうで滾っちまうッスよ」
「うぇ……相変わらず趣味悪ぃーなぁ、お前ら。でも、カル姉ぇがやれっていうまで待機だ」
そんな会話が聞こえてきて、政宗は眼前に銃口でも突きつけられたかのように本能的な恐怖心を伴って震える。強く固めた決心が虚勢だったと一瞬で暴かれる。
どれだけ嘘で塗り固めようと、本心というのはいざとなればどんな鎧も瞬時で脱ぎ捨てて降参してしまう。
(……駄目だ、どれだけ強がっても恐怖心には勝てない。怖い――怖いよ、結人くん)
政宗は最終的に自分が受けるであろう屈辱を理解し、静かに床へと涙を零した。
(でも、耐えられるはず。今日まで憎んできた体だもん……何をされたって、どうも思わないよ。いずれ願いを叶えた時の体が綺麗なら――それでいい)
無理矢理に自分を納得させ、決断に再び息を吹き込もうとする。しかし――、
(こんな体のボクを――今のボクを結人くんは好きだって言ってくれた。きっと全てが終わった時、結人くんは……悲しい顔をするんだろうな)
決断と約束は政宗にも重く圧し掛かって苦しめていた。
○
「ちょ、ちょっと佐渡山くん! 政宗は――政宗は何て言ってたのよ? 何があったらそんな風に崩れ落ちるのよ?」
膝をついて放心状態となっている結人の両肩を掴み、瑠璃は目線を合わせて彼の身を揺らして問いかけた。
結人は少しのタイムラグを経て瑠璃の言葉に反応し、力ない声で語る。
「政宗が来るなって。居場所も告げず、自分が犠牲になるからって。俺を守るために」
「……え? じゃあ政宗は――あいつらにされるがままを受け入れたってこと?」
瑠璃は受け入れられない現実に瞳を震わせる。
結人が通話口に向かって叫んでいたことを聞いていた瑠璃はそのやり取りの意味を理解し、政宗の決心を悟った。
「――だ、だからって政宗の言うとおり助けに行かないとか言うつもり!? ……もしかして佐渡山くんは、あの子の自己犠牲をそのまま受け入れるつもりなの!?」
「……そんなわけないだろ、助けたいに決まってる! でも、俺に何ができるんだ……? 全部カルネのシナリオ通りに進んでる! それは俺に何の力もないからだ。……俺があの場所に行って、どうにかなるのか?」
花が手折られるようにポッキリと、結人は途中まで込めていた語気を失い頼りない口調で言った。
「無茶をすることで前回はどうにかできた。……でも、今みたいな状況で何の能力もない俺にできることなんて何もないんだ!」
瑠璃のように魔法少女でなければ、修司のように賢くもない。ただがむしゃらなだけの人間には何もないと自分を追いつめ、悔しさに奥歯を噛みしめる結人。
そんな腑抜けた様子に瑠璃は苛立ちを募らせ、そして――、
「――うるさいわねぇ! バカやらなきゃそれこそあんたには何もないわよ!」
結人の頬へ力いっぱいの平手打ちをした。
突然の痛みを受けて目を見開き、頬を手で触れる結人。ゆっくりと瑠璃の方を見る。瑠璃は瞳を涙で潤ませながら――しかし、まっすぐ結人を見ていた。
「何もできなくたっていいのよ、あんたはただ政宗を助ければいいの! 何の根拠もないけど――あんたが行かなきゃ政宗は助けられない!」
「俺じゃなきゃいけない理由って何だよ……? 俺なんかに何ができるんだよ!」
「知らないわよ! ただ、政宗が言ってた! 佐渡山くんは自分を助けてくれるヒーローみたいだって。あんたの前ならヒロインになれるって――そう言ってたのよ!」
瑠璃は結人の胸倉を掴んで――しかし、力なく首を垂れて床に涙を零す。結人は瞬きも忘れ、聞かされた政宗の思いを受け止めていた。
瑠璃は縋るように結人を掴んだ手を揺らす。
「……必死こいて恰好つけなさいよ。諦めないでよ! あんたがそんな風に落ち込んでたら、政宗はどうなるの? あいつはきっと――あんたに助けて欲しいはずなんだから!」
瑠璃の言葉は、政宗にそう思っていて欲しいという願望でもあった。そして、結人にその言葉は響き、彼の目に少しだけ光が戻る。
(……そうだ。俺が電話の最後、政宗に言いかけたこと。確かに俺が政宗の立場だったら同じように自分を犠牲にする。それは間違いない。だけど――)
結人は奥歯を噛みしめ、拳を震わせる。
(――それでも、俺はワガママを言いたいって思うはず。自分のことを助けて欲しいって、暗に願うはずなんだ! 他の誰でもない――自分が愛した人間に)
結人の中で抱いていた政宗の本心。彼女の奥底にあるはずと感じたものは瑠璃に支えられ、裏付けを与えられ、結人の中で小さな灯火となる。
何も解決していない。心が晴れ渡ったわけではないけれど――しかし、彼は無理にでも自分の心に、体に鞭を打つくらいの原動力を手に入れた。
結人はゆっくりと立ち上がり、瑠璃は掴んでいた手を離す。そして、目線を合わせて膝を折っていた瑠璃へ手を差し伸べ、彼女を立ち上がらせる。
「……何回心が折れるんだろうな。でも、踏ん張らなきゃ。政宗の決心なんか知るもんか。俺はあいつの本心に寄り添いたい。嘘や障害に守られてようと乗り越えて――手を差し伸べてやる!」
表情に活力が戻ったのを見て瑠璃は安堵したように息を吐き、修司も穏やかに笑む。
「それじゃあ、行動開始と行こうか。ヒントは得られなかったけど、こちらで用意した段取りで動くことはできる」
修司は二人に続いて立ち上がり、そしてメリッサは指を弾いて魔法の力で瞬時に魔女の姿となり、とんがり帽子を深く被る。
カルネの策略によって何度も心を折られ、絶望したが――佐渡山結人という人間は想い続け、諦めないことに関しては定評がある。
そして、その定評どおり彼は立ち上がり、意思を秘めた瞳でギュッと握った拳を見つめ――精一杯恰好をつけることを心に決めた。