第十五話「三回目のヒント」
「とりあえずストリートビューで使われてない工場をいくつか探し出してみた。リスト化したからメッセージで共有するよ」
修司はネット検索で周辺の情報を集め、その住所をメモ帳アプリに記録。政宗が捕まっていると思わしき場所のリストを作り、効率よく回れるルートを作成していた。
メリッサの家から出て捜索に向かう準備は整いつつあった。
「私は魔法少女だからフットワークが軽いし、ジギタリスのいる街の周辺を探すわ。工場付近を跳び回ってたらもしかすると一緒にいる男達がマナの反応を出すかも知れないし」
「瑠璃ちゃんにはそうしてもらった方がよさそうだね。さて、私はどうするか……僅かだが使用できる魔法は結人くんに託した方がいいだろうし、彼らに同行するか」
メリッサは今日の分のマナを瓶に移しておらず、その僅かなマナのことを指して言った。
一方で結人。精神がへしゃげるほどのダメージを受け、気が狂う一歩手前となりながら送られてきた画像からヒントを探していた。
ただの嫌がらせとしての画像――しかし、そのように片付けさせない悪意をカルネが込めていることは明らかだった。
(もしかしたらヒントがあるかも知れない……そう思えばこの画像を隈なく見るしかない。それを強要されてるんだ。そこまでを想像してカルネは楽しんでる……!)
結人は今にも泣きそうな顔をし、唇を震わせて画像を拡大。細かい部分まで確認して居場所の特定に使えるヒントを探す。
そんな彼の今にも壊れてしまいそうな様子を瑠璃は心配そうな表情で見ていた。
苦痛を伴う作業に嫌気が差し、いっそ警察に委ねてはいけないのかとも結人は思った。犯人から「警察を呼ぶな」と言われたドラマの人物達は結局、警察へ連絡している気がしたからだ。
しかし――、
(連絡したことが知れれば、どんな画像が送られてくるんだろうか……? それに魔法少女であるクラブとカルネは警察に包囲されても時間停止で逃走、そして変身を解除すればたぶん……逮捕されないんだろう。魔法少女の匿名性に守られて)
リスクは伴うし、問題の解決にもならず結局――何もかもカルネの言葉のまま従うしかなかった。
「佐渡山くん、早く探しに行きたいだろうによく我慢してくれた。とりあえず、リストアップした工場跡を回って行こう。これなら闇雲な捜索にならないはずだ」
修司の呼びかけに結人は顔を上げ、無理に笑みを作る。
「ありがとう、修司。お前がいなかったら、俺は多分何も考えず焦って走り回るだけだった」
結人は送られてきたリストを確認し、彼の仕事ぶりに感心すると同時に――自分の無力さを痛感する。
(こういう時に冷静で、そしてこれだけの仕事ができる。凄いな……俺はさっきから落ち込んでるだけ。何の役にも立ってない)
気分が沈み、落ち込んでいく心情に従いそうになる。しかし、溢れ出しそうになる感情をグッと堪え、結人は勇ましい表情を描く。
(自己嫌悪はあとでいくらでもすればいい。今は――政宗を助けなきゃ!)
結人は気持ちを奮い立たせ、立ち上がる――と、その時だった。
握りしめていたスマホが着信音を奏で、結人は画面を見る。メッセージではなく電話の着信、そして――相手は政宗からだった。
結人は他の三人と顔を見合わせ、頷いて電話に応じた。
「……もしもし?」
『うふふ、どうも。ご機嫌いかがでしょうか? マジカル☆カルネです』
聞こえてきた声にすぐさま表情をしかめる結人。
「……最悪の気分だよ。こうやって楽しんでるんだろうな、お前は」
『理解が早くて何よりです。私、そういう性分でして』
人を小馬鹿にしたような口調に、結人の腹の底で沸々と煮えている怒りは臨界点ギリギリまで昇る――も、下唇を強く噛んで冷静さを維持する。
政宗の安否、最終的な目的――問いかけたいことは沢山あったが、その先には怒り狂う自分しかいないと直感。それらを無理に押しのけ、理性的な会話に努める。
しかし――、
「次のヒントの時間だから連絡してきたのか?」
『そうですよ。もしかして、早く次の画像が欲しいですか? なら今すぐ送りますよ。今度はもっと凄惨に、そしていやらしく撮影しますから期待を――』
「――うるせぇなぁ! 無駄話してないで、さっさと本題に入れよ!」
結人は堪えきれず感情を爆発させてしまった。それがカルネにとって蜜の味だということは分かっていながら。
『あらあら、もっと理性的にお願いしますよ? でないと――知りませんから』
よほど愉快なのか弾むカルネの声を耳にし、奥歯をギュッと噛んで堪える結人。カルネとは対照的に低い声を絞り出す。
「……確かにお前の言うとおりかもな。で、用件は?」
『先ほどあなたが言ったヒントの時間なのでお電話差し上げたんですよ。何もヒントは画像だけとは言ってませんからね。しかも今回のヒントは――答えそのものにさえ成り得るんですよ?』
カルネはどこか含んだような物言いをし、「きひひ」と不気味な笑い声を付け加えた。
「……なるほど、用件は分かった。で、その前に聞かせて欲しい。……政宗は無事なのか?」
返答次第で理性が一瞬で沸騰しかねない質問。またもや結人は悪手を打った。カルネのような人間にとってみれば最も遊べる質問をしてしまったのだ。
しかし、カルネからの返答は意外なものだった。
『ええ、無事です。それどころか安否確認だってさせてあげます。だって――今からあなたに与えられるヒント、それは政宗くんとお話しすることなんですから』
「ま、政宗と……会話させてくれるっていうのか?」
『もちろん。自由に質問してくれて構いませんよ』
結人は拍子抜けした気持ちになっていた。
よく刑事ドラマで誘拐犯が攫った子供の声を聞かせるというシチュエーションがあるが、アレでロクな会話が成立した例があっただろうか。
なのに――会話をさせるというのは、何の意図があるのか?
『そうですね……今から五分差し上げますから、政宗くんに好きなだけ質問して下さい。この場所を特定するため周囲の光景なんかを問いかけてもいいですし――何なら「カルネにそこの住所を吐かせろ」と言っても構いません。そうしたなら、私はきちんとお教えしますよ?』
余裕さえ感じさせるカルネの物言いに、結人は「罠だ」と直感する。するのだが――、
(何でだろう……カルネの言っていることが嘘だって気はしない。政宗と自由に話せる機会は与えられるし、あいつが言うように住所を問えば教えてもらえる気さえする)
そう思うのに結人の中で腑に落ちない感覚があるのは――今からの展開がカルネにとってどう転んでも問題ないからなのか?
(修司は政宗の居場所を見つけさせたいカルネの意図を感じるって言ってたな……)
あらゆる推測が巡るも、まずは相手の誘いに乗ってでも政宗と話さなければ分からない。それだけは確かだから――、
「分かった、五分だな? ……政宗と代わってくれ」
不信感を抱きながら、結人は政宗からヒントを得るための時間に足を踏み入れる。