第十四話「嫉妬と復讐、そして虚栄心」
「政宗くん、あなたの彼氏さん……随分と心配しているみたいですよ? 何度も電話をしてくるし、メッセージも送ってくる。あっちじゃあ大変なことになってるんじゃないですか?」
カルネは政宗のスマホを手に愉快そうに笑む。
時間はちょうど、カルネが二枚目の写真を結人に送りつけた頃だった。
政宗たちがいる場所を突き止めるヒントになっていないと文句、そして彼女を解放しろと訴えるメッセージが何度もスマホの着信を鳴らす。その度にカルネは読み上げて政宗に聞かせ、醜悪な表情で楽しんでいるのだった。
そしてクラブは聞かされたメッセージの内容にケラケラと笑い声を上げる。
「居場所をさっさと教えろって――そんなの言うわけないよなぁ、カル姉ぇ! 馬鹿正直に敵から教えてもらおうとしてんのかよ!」
「まぁ、居場所は最終的に教えるんですけどね」
「……あれ、そうなのか?」
作戦はカルネの頭にしかないらしく、クラブは拍子抜けした表情を浮かべる。
「ヒントは送ってますし、何より――私のシナリオ的には来ないと困ります」
おそらくクラブの中では結人から引き剥がした政宗をこっそりと痛めつけて復讐を完了――のつもりだったのだろうが、カルネは違った。
彼女は含んだ笑みを浮かべ、自分の打つ一手一手に酔っていた。
そして、そんな二人を見つめる政宗。
上半身の衣服は最早、体を包む役目を果たしておらず素肌が露出。そして体のあちらこちらには男達の唾液が滴り、廃工場に差し込む陽の光を受けてぬらぬらと輝く。
政宗は昨日、一度解放されて帰宅し――そして脅されるまま再び今日、ここを訪れた。決行されるカルネのシナリオに沿って。
――全ては、結人を守るためだった。
(きっとボクがこの人達の気が済むまで付き合えば……元に戻れるはずだよね。結人くんと瑠璃ちゃん、修司くんと一緒の日常に)
虚ろな瞳、頬には乾いた涙の跡、うなだれる政宗はしかし――強くそれだけを心に抱き、思う。
(だから、結人くん――どうか、助けにこないで)
それだけが政宗の願いだった。
――実は政宗、先ほどから写真を撮られる度にカルネから言われているのだ。
『縛られた状態で何ができるかは分かりませんが、この場所を教えるヒントを示せるならやってもらって構いませんよ。考え抜いて助けを呼びなさい』
そのように言われるも、政宗は拒否してヒントを示さなかった。唇の形や、映り込む縛られた手で何かのサインを出せたかも知れないのに。
彼を守るため政宗はヒントを噤み――その結果、結人達はヒントと題した画像から何も読み取れず八方ふさがりとなっていたのだ。
そして、政宗がそういった心理になるのもカルネは全て理解していた。
カルネは政宗に後ろから抱き着く形となり、その祈る気持ちを嘲笑うように耳元で囁く。
「――彼は来ますよ? それはあなたが一番よく分かってるでしょう?」
冷たい吐息を吹きかけられた感覚がし、政宗は背後のカルネへゆっくり視線を滑らせる。
(この人、何なの……? ボクと結人くんの関係性を知っただけで色々を暴いて……ハロウィンの会場に現れたこともそう。人の心理を簡単に読み取ってくる。正直言って、怖い)
盤上の駒を動かすように、役者を指揮して楽しむカルネ。彼女の方がクラブのように短気で手が早い魔法少女より何倍も危険だと、政宗は肌で感じ取っていた。
(確かに、結人くんはここへ来ようとする。それはボクも分かる。カルネさんはボクの盾になったあの一瞬で、結人くんの人間性を把握してるんだ……!)
全てが彼女の手の上で踊っているような気がして、何もかもが無駄に思えてくる。
だとしたら――、
「も、もし……結人くんがここへ来たらどうするつもり?」
政宗は慌てた口調で問いかけてしまう。
「彼が来たらですか? そうですねぇ……とりあえず私達の謹慎に関わったのですし、酷い目に遭ってもらいます」
「ひ、酷い目……?」
「あぁ、ご心配なさらず。命を奪ったりはしませんよ。きちんとあなた達は五体満足で家に帰れますから――ご安心を」
額面通り捉えれば安心できる言葉だが、裏を返せば意味は変わる。
逆に言えば――殺さない程度に痛めつける、と言っているようなもの。
そんなカルネは後ろからギュッと抱きついたまま、二人羽織りのような体制で政宗のスマホをいじり始める。上機嫌な鼻歌が耳元で響き、それすら政宗の恐怖を増幅させる。
「こんなことして楽しいの? ……普通じゃないよ」
「うーん、あなたは経験がないでしょうか? 他人の幸福と自分の不幸を比べて、嫉妬するようなことが? 壊してやりたいとおもう衝動が――ありませんか?」
片手間といった感じで問いかけながら、カルネは政宗のスマホを操作し画像フォルダを開いていた。
政宗は答えず、唾をごくりと飲んだ。
「私は愛に餓えています。愛されたい――愛されたくて仕方ない。でも、手に入らないから私は他人の愛を壊して楽しむんです」
「そ、そんなの滅茶苦茶だよ……」
「ですよね、私もそう思います。自分が誰かに愛されていれば、壊されたくないと願うでしょう。でも、そんな恐怖が分かるから壊すんですよ」
カルネは語っていて内に滾るものがあったのか、感情が溢れて「きひひ」と不気味な笑い声を零した。
(……じゃあ、復讐なんてそもそもどうでもよくて――ボクが結人くんと付き合う関係になったから壊したいってこと!?)
自分達の幸福が今の絶望を呼んだと知り、政宗が全身から力が抜けていくのを感じる。
張っていた気がぷつんと糸を切られたように。
「さてさて、政宗くん――答えなさい。この写真はどんな時に撮影したものですか?」
気力を失っていた政宗はカルネに呼びかけられ、虚ろな目でスマホの画面を見る。そこに表示されていたのは夏祭りの日に撮影した写真だった。
「それは……結人くんがボクに告白してくれた日、撮った写真」
「告白された日だってぇ? どれどれ……うわ、女物の浴衣着てんじゃん! こんなことしてまで女の真似事したいんだなぁ。理解できねーわ」
政宗の回答に興味を持ったクラブはやってきてスマホを覗き込み、路上に撒かれた吐瀉物でも見たかのように語った。
カルネとは違って直接的なクラブの罵倒。遠回しでない分、真っ直ぐ政宗の心に届き、それは強烈な破壊力を持って砕いていく。
飾られた思い出を土足で踏みにじるようにして、クラブとカルネが嘲笑する。
そして――、
「まぁ、何はともあれ素敵な思い出じゃないですか。ねぇ?」
「……う、うん」
「じゃあ、消しますね」
「え?」
瞬時に理解が追いつかずポツリと漏らした政宗の言葉にカルネがニヤリと笑んで、スマホを操作。画面には一件のファイルを削除しましたという表示が浮かび上がる。
眼前の光景に政宗は瞳を震わせ、顎をガクガクと揺らし、そして――、
「な、な、な――何で! 何で、何でそんなことするの――! ボクの……ボクの大事な思い出なのに……なのに!」
金切り声のような悲鳴を上げ、縛られた体を揺らしてスマホを取り返そうとする政宗。流れ出した涙は手で拭うこともできず、揺れる体に散らされて雫が宙を舞う。
そんな政宗の身を制するようにギュッと抱き、カルネは絶頂感に身を振るわせて恍惚の表情を浮かべる。
「あははあははははははははははははははははははっ! いいです。いいですよ。あぁ……その声、堪らないですねぇ。もっと聞かせて下さい。私はそういう悲鳴が大好きなんですぅ!」
カルネはスマホを操作し、次々と画像を表示していく。
付き合って初めてのデートで撮った写真。
新学期が始まった学校で人目を盗んで撮った写真。
衣替えで冬服になったことを記念して撮影した写真。
そして――文化祭の記念として撮影した写真。
八月のあの日から今日まで、写真に紐付けられた幸福な思い出を眼前に晒され、一つずつ消されていく。目を閉じ、現実から逃避してもカルネは耳元で何の画像を消しているのか囁く。
その度に、政宗の中で思い出が一つずつ砕かれていく。
悪趣味な嫌がらせ――幸福な思い出の一切をスマホから消し去るとカルネは満足したのか、政宗から離れて大きく伸びをする。
「さて、そろそろヒントの時間です。今回は少し――趣向を変えますか」