第十二話「勇敢と無謀」
「何でだよ…………何で、何で政宗がこんな目に遭わなきゃいけないんだ! あいつら一体何なんだよ――ッ!」
突如として送られてきたメッセージに硬直して言葉を失っていた結人。しかし、我に返ると怒りが一瞬で臨界点に達し、感情のまま拳を机に振り下ろした。
突然の破裂音に教室は静まり返り、クラスメイトが結人をじっと見つめる。
一斉に浴びせられた視線。今はそんなものなど気にならず、結人はスマホを掴んで立ち上がると乱暴に床を踏んで教室を駆け出していく。
そんな彼を追って瑠璃と修司も廊下へと出る。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ、佐渡山くん! どこに行く気!?」
「決まってるだろ、クラブとカルネの所だ。政宗を助けに行く」
「それは分かるけど……どこにいるか分かってないじゃないか」
駆ける結人についていきながら、瑠璃と修司は冷静に事実を述べる。二人は結人の激昂を受け、まるでシーソーのように冷静さを獲得していた。
「分かってない……分かってないけど、行動しないわけにはいかないだろっ!」
やり場のない怒りを瑠璃と修司にぶつけた結人。二人の目を見もせず、ただ下駄箱を目指して走っていた。そんな怒り任せな行動に瑠璃は彼の肩を掴み、
「だから待ちなさいって!」
無理矢理に静止させる。
すると結人は振り返って、怒りに震える瞳で瑠璃を見る。
「……邪魔するなよ」
「邪魔してないわよ。あんたが焦る気持ちは分かるけど……せめてこれからの行動を決めてから動くべきって思うだけ」
「それには僕も同意だ。闇雲に外へ出たって相手の場所は分からないよ」
「あいつらからのヒントを大人しく待ってろって言うのか?」
「何もするなって言ってるんじゃないよ。ただ、焦って行動する前に少し情報を整理した方がよくないかな?」
今すぐにでも動き出さなければ不安感に圧し潰されそうな結人。苛立ちで眉間に皺を寄せて修司の言葉を受け止め――結人はかろうじて理性を取り戻す。
握った拳を震わせて衝動に抗い、深く息を吐いて手を開く。
「……そうだな、悪かった。確かに修司の言うとおりだ。無鉄砲に飛び出したって何にもなりやしない」
自分の怒りを撒き散らすような振る舞いに申し訳なさを感じ、結人は二人から目線を逸らす。
衝動的で躊躇いがない――それはいつか修司に打ち勝った結人の持ち物だが、こういった部分では裏目に出る。こういった場面で結人には修司のような冷静さや思慮深さが欠けていた。
「まぁ、あんたがそうやって焦る気持ちは分かるわ。私だって政宗のためにできることがあるなら何だってしたい。でも、闇雲に動くのはやめた方がいいわ」
「……邪魔って言って悪かった。でもさ、どうしたらいいんだ? 政宗は今この瞬間にもきっと恐怖と隣合わせだ。三十分置きにヒントなんて……どんな悪ふざけだよ」
冷静さは不安と向き合う余裕を生み出し、衝動的に動いていた先ほどとは違って結人は明らかな狼狽を見せる。
これもカルネの性格の悪さ。
情報を小出しに与えると予告し、憎き相手からの連絡を渇望させる。政宗のいる場所を突き止める手段は現状、そのヒントしかないのだから。
――しかし、それはあくまで人間の力の範疇で行うならば。
「メリッサさんならどうにかできないのかしら? マナがないと魔法が使えないとはいえ、あの人はリリィの魔女よ。居場所を探る方法を知ってたりするんじゃない?」
「……聞いてみる価値はあるかも知れないな。今のままじゃどうしようもないし、知恵を借りられる人間を増やした方がいい」
結人と瑠璃は顔を見合わせて頷き、そして歩き出す。すると、そんな二人にワンテンポ遅れて修司も動き、問う。
「ちょっと待ってくれ。マナとか魔法、それに魔女って……こんな時に何を言ってるんだ?」
「すまない、修司。長くなるから説明してる時間がない。……というか、これはもしかしたら魔法を認識している人間だけが関わるべき問題かも知れない。修司を巻き込むのは……ちょっと違うのかも」
理解が追いついていない人間の困惑こそを理由にして突き放すような物言いに、結人は罪悪感を覚えた。
――しかし、修司はその言葉で引き下がらなかった。
「正直、君達が何を言ってるのか分からないけど……でも、僕自身はついていくべきだと感じてる」
「修司……いいのか? 確かにお前がいてくれたら助かる。だけどさ――」
「構わない。諸々の説明は不要だ。分からない言葉も君達の文脈から推測するよ」
「へぇ……流石は秀才って感じねぇ。佐渡山くん。こう言ってるんだし、同行してもらったら?」
瑠璃は促すように視線を送り、それを受けた結人は修司を見る。
(それは政宗という一人の友達を助けるため? それとも、もしかして……?)
結人は続く思考を打ち切り、決心を表情に浮かべて頷く。
「分かった、一緒に来てくれ。きっと修司の冷静さと知恵は役に立つ。……協力して欲しい」
重苦しく語った結人の言葉に、修司は薄っすらと笑みを浮かべて「もちろんだ」と快諾した。
○
「それにしても、どうして政宗はクラブとカルネに捕まってるんだ? いや、そもそも何でこんな明るい時間に行動するんだ?」
バス停の椅子に座り、結人は焦りから貧乏揺すりをしながら独り言として語った。
あれから三人は学校の玄関から駆け出し、教師が閉じようとする校門から一気に外へと逃れた。
そして三人はひたすらメリッサの自宅へ向かって走っていた――のだが、学校からメリッサのアパートまでは距離があり、時刻表によるとバス移動の方が早いと判明。
落ち着かなさを感じながら三人はバス停の椅子に腰を下ろし、走ってきたため息を切らしながら事件の発端を整理していた。
「昨日の時点で二人は政宗に接触していたと考えるべきかしら。だとしたら人混みの中にいたはずなのに、どうして捕まる結果になってるのか疑問ね」
「俺が目を離した瞬間も人目はあったはずなんだ。人混みがクラブとカルネへの対策だったはずなのに……」
瑠璃は前に進まない疑問を抱えながら、隣で同じく悩む修司を見る。
「智田くん、どれくらい話についてこられてるのかしら? 正直、さっぱりよね?」
「流石にね。でも、政宗くんは荒っぽい手段で連れ去られたわけじゃないようだね。例えば――脅された、とか?」
「脅された……?」
修司の推測に結人は思い当たる節を記憶から探る。
(政宗を脅す……となると、やはり正体に関することか。それを掴んで政宗を脅した? でも、クラブとカルネはどうやってその情報を得る?)
ノイズの多い粗削りな思考が少しずつ真実の像を見せ始め、結人は真相を掴めそうな予感を抱く。しかし、核心を持たない推測はあやふやな霞のようなもの。
結局、政宗が捕まったのは事実で、そこに至る過程を解き明かすことに意味はない。
(先に帰るって連絡をした時、政宗はカルネ達と一緒だったのかな。だとしたら、どんな想いでメッセージを送ったんだろう)
やがてやってきたバス。結人は乗り込み、座席に腰を下ろすと片肘をついて窓から望む景色を見つめる。
流れる景色は学生と仕事に向かった大人だけが欠落した、結人の知らない平日の朝。そんな光景が平然と営みを繰り返していることに、妙に結人は苛立った。