第九話「幸せの影を踏まれて」
「かはは、活動初日でさっそく見つかるとはラッキーだったぜ。悪りぃな、楽しい時間を邪魔しちまって!」
怯えるリリィの表情が心底楽しいとばかりに顔を覗き込んでケラケラと笑うクラブ。
結人の存在で脅しをかけられたリリィは仕方なく二人に同行、ハロウィンで盛り上がる駅通りから逃れて路地へとやってきていた。
人気のない場所――だが、派手に魔法少女が戦えば異変に気付いた人間がやってくるくらいには人の群れから離れていない。
(ここなら流石にこの二人も暴れたりしないはず……だよね?)
ハロウィンの喧騒を見つめ、予測を立てるリリィ。その視線を追ってカルネはニヤリと笑う。
「安心して下さい。私達はこんなところであなたと戦うつもりはありません。いえ、どこでだって戦うつもりはないと――そう言っていいでしょう」
にわかに信用できないことを語るカルネ。彼女は先ほどからずっと後ろで手を組んでおり何かを隠していた。
「戦う意思はないのです、話をしましょう。さぁ、クラブ。順を追って説明してあげなさい」
「順を追って? 面倒だけど……そうだなぁ、とりあえずアタシらはお前達のせいで魔法少女の活動を停止させられた。それは分かってるよなぁ?」
「ぼ、ボク達のせい……!? そっちが勝手に襲い掛かってきたのに!?」
「関係ねぇよ。原因は人間の介入。お前が結人って呼んでた人間のせいなのは間違いねぇだろ」
乱暴な口調で語ったクラブ。
リリィは彼女の口から「結人」という言葉が出てきたことに息を飲み、心臓が止まりそうな感覚を受ける。
(もしかしてあの時、ボクが結人くんの名前を呼んだから、それで情報を探られたのかな。だからこの状況に? ……でもそれだけで?)
下の名前が分かっただけで何もかもを割り出し、今の状況に繋がったりするのか。そんな疑問へ答えるようにクラブは続ける。
「でさ、アタシらは謹慎の間、暇だったから結人ってやつの素性を調べることにしたんだよ。あの学校の制服を着た結人って名前の人間。ある程度、絞れる情報だけどさ……でも、それだけじゃちょっと範囲が広すぎるよなぁ」
「だ、だって、まず学年が分からないんだもんね……。全校生徒何百人といる中から下の名前だけで特定って……簡単じゃないはずだよ」
「あぁ、普通はそうなんだが……アタシ、結人って名前に聞き覚えがあってな。家で卒アルを確認したんだよ。そんでもって分かった」
「それって……もしかして」
「佐渡山結人――アタシの同級生じゃん、ってさ」
クラブはニヤリと笑み、リリィは背筋を凍った指でなぞられたような悪寒を覚える。
「だから、アタシらの盾になった人間は佐渡山結人だとすぐ分かった。なら、佐渡山が普段から仲良くしてるやつにリリィ――お前の正体もいるはずだって考えるのは当然だよなぁ?」
リリィは表情に内情を出さないよう務め、クラブと視線を交えていた。
(探られてたんだ……! 謹慎だからって大人しくしてるわけがなかった。この人達の影はずっと日常の中にあったんだ……!)
震える手はギュッと握って黙らせ、ハリボテの平常心を胸に口を開く。
「口ぶりからしてクラブさんは結人くんと同じ学校じゃないよね? 部外者なのに彼が普段から仲良くしてる人間なんて簡単に調べられないんじゃないの?」
「そうだ。アタシは学校なんか行ってねぇからな。佐渡山の日常を探るなんて簡単じゃねぇ。……でもさ、最近アイツの学校に部外者のアタシらが入ってもいい絶好の機会があっただろ?」
「…………え、まさか?」
リリィは一歩下がり、そして表情に恐怖を隠せなくなっていた。
(ぶ、文化祭に来てた――クラブさんは、人間の姿で来てたんだ!)
震える手をそっと胸に当て、リリィは呼吸を整えて自分を落ち着かせようとする。
(バレてる……? きっと確信があるからこんな話をするんだ。でも、どうやって決定的な瞬間を掴んだの? そんなの……可能なのかな?)
そんな疑問に表情を歪めるリリィへ、クラブは意地悪に笑んで続ける。
「文化祭にアタシは乗り込んで、佐渡山を確認した。やっぱり同級生のアイツだったよ。……でも、リリィの正体を突き止めるのは無理だった」
「じゃ、じゃあ文化祭では……何の収穫もなかったのかな?」
「いえ、そうでもないんですよ。クラブは収穫がなかったと言いながら――とんでもない写真を撮ってきたんですから」
今まで黙っていたカルネが突然口を開き、そして後ろで隠していたものをリリィの前で露わにする。
それはスマホで、一枚の画像が表示されていた。
無論、それはクラブが撮影したと語る写真で――、
「……………………っ!」
リリィは驚愕と焦燥感、そして恐怖心がまとめて一気に押し寄せ――しかし、必死に堪え、叫びたくなるのを抑圧して目を震わせるに留まる。試されていると感じ、リリィは必死に感情の一切を抑圧したのだ。
「おやおや、あまり良い反応をしませんね? もっと取り乱すと思いましたが。……でも、この画像に写ってる佐渡山君じゃない方の男の子は――あなたですよね?」
見下すような視線と嘲笑を湛えて語ったカルネ。過敏に反応することは許されず、血の気が引きながらリリィは必死に堪える。
カルネが提示してきた画像。
それは――、
校舎裏で結人と政宗がキスしている写真だった。
荒くなる呼吸に従って酸素を貪ればバレてしまう。なので自然なペースを装った呼吸を意図的に繰り返すリリィ。
それだけ繕っても些細な挙動は突きつけられた真実へ肯定を示しているに等しい。だが、そんな一切を指摘することもなくカルネは続ける。
「クラブがこれを撮影してきた時、私は思いました。自分の身を挺してまで守ったのですから、佐渡山くんにとってリリィは大事なもの、恋人なのだろうと。なら、そんな彼が口付けしているのですからリリィの正体はこの――藤堂政宗くんですよね?」
そう、クラブは「結人がホモだった」と笑いながらカルネに写真を見せたが――それが決定的な判断材料だったのだ。
――だが、現段階ではカルネとクラブが提示したものはあくまで予測であり、決定的な要素を欠いている。
(……まだ、隠し通せる余地がある? 疑惑は向けられてるけど……否定しておく意味は、まだあるのかな?)
悟られないように呼吸を整え、平然を装う。
「その子とボクは関係ないよ。結人くんは誰だって身を挺して助けちゃう人であって、恋人だから彼が盾になったわけじゃない」
「あら? そうなんですか? 困りましたねぇ……当たりだと思ったんですが」
心底残念とばかりに表情を暗くし、カルネはスマホを持つ手を力なく落とす。
リリィの中にもたらされた束の間の安心――しかし、カルネはそんな緩急さえ弄んでいたとばかりにニヤリと笑む。
「じゃあ、こうしましょう。私達は今日からこの藤堂政宗くんに嫌がらせをします。あなたと関係なくたって構いません」
思ってもみないことを言い出したカルネ。リリィは理解が及ばず繕った表情を崩し、焦燥感に染める。
「――な、なんでそうなるの!? 関係ないって言ってるのに!?」
「えぇ、関係なくともやります。そうですね……まずはこの画像を公衆の面前に晒しますか。禁断の関係を公開し、藤堂政宗くんに迷惑をかけましょう」
極上のスイーツでも前にしたようにとろけた笑みを浮かべ、カルネは声高に語った。リリィは絶体絶命のピンチに全身が震え上がる。
(だ、駄目だ……! この人は困る人間が止めに来るって分かってる! 待ってる……いや、誘ってるんだ!)
あまりの窮地に眼前の光景から現実味を感じなくなっていたリリィ。夢だと思い込もうと防衛本能が働く――も、クラブの言葉が逃さない。
「バラされたら佐渡山のやつ……困るんじゃないか?」
「ゆ、結人くんが……?」
「だって、男と付き合ってるってバラされるんだぜ? きっと耐えられねーだろ」
「結人くんは……きっと大丈夫だよ。バラされたって、平然としてるんじゃないかな?」
震えながら語ったそれはリリィにとっての願望。
自分と付き合っている事実を恥とは思わず、誰からどんな目で見られようと――それこそ月並みな表現だが、世界中が敵になろうと彼は自分の味方だと。
……そう思うも、現状二人は付き合っている秘密を隠している。
そして――、
「お前、知らねーかもだけどさぁ。佐渡山って中学の頃――クラスで浮いてたんだぜ?」
「――え? 結人くんが?」
「そうだ。そんなあいつが周囲から変な目で見られる状況、耐えられるわけねーだろ?」
限界まで口角を上げて嫌味に笑んだクラブの言葉で、抱いていた願望は枯れていく。
(……そうだ。結人くん、時々友達がいなかったって話をする。それは……そういうことなの?)
ならば結人を守るためにも、秘密をバラされるわけにはいかない。そんな心情へと追い込まれたリリィにカルネは追い打ちをかける。
「単刀直入に言いましょう。リリィ、あなたにもしこの画像をばら撒かれたくない理由があるなら――私達に従いなさい」
――それは実質、正体の看破だった。