第八話「トリック・オア・トリート」
「すげぇ人の数だなぁ。賑やかなイベントだとは思ってたけど、実際に来ると圧倒されるよ」
「確かに……! しかも、みんなが仮装してる! ハロウィンだから当然だけど……それでも凄いことだよね!」
十月三十一日、ハロウィン当日――今年は都合よく日曜日だったため、昼下がりから結人とリリィはイベントに参加していた。
駅から続く通りを歩行者天国として開放し、仮装した人達が歩く光景は今やハロウィンの聖地と化した首都ほど大規模ではないが圧巻だった。
街のどこにいたのかと思うほどの人々が動き回り、喧騒の中で警察は立ち止まらないように促して人の流れを指揮する。そんな中を歩み、慣れない光景にきょろきょろとする二人。
結人とリリィの手ははぐれないようしっかりと結ばれていた。
「いつも歩いてる街がハロウィン一色だなぁ。着替える場所を思って家から仮装してきたけど、電車の中でも浮かなかったし」
結人は吸血鬼の仮装を行った自分の姿を見回しながら語った。
今の彼は真っ黒なマントを羽織り、口にははめ込むタイプの牙を装着。髪はオールバックにセットし、父親の服を借りてマントの中はフォーマルな感じに。雰囲気は出ているので及第点と言えた。
「正直、ボクは結人くんを待ってる時、駅から何体もゾンビが出てくるのに震えあがってたけどね」
「あぁ、そっか。リリィさんは怖いのとかあんま得意じゃないんだもんな」
「まぁね。でも、瑠璃ちゃんだったらボク以上に怖がってると思うよ」
文化祭のお化け屋敷にて修司の体にしがみついて震えあがり、顔面蒼白になっていた瑠璃を思って二人は顔を見合わせ笑う。
「高嶺といえば、このハロウィン。あいつには悪いことしちまったな。二人きりにして欲しいって無理を通してもらったわけだし」
「四人で行こうって誘ってくれてたもんね。ちょっと申し訳ないよ」
「まぁ、来年は四人で来ればいいさ。今年だけのイベントじゃないんだし、今日だって修司と二人で来てるかも知れないぞ?」
「そうだね。とりあえず、今日はせっかくのデートってことだし……楽しもっか!」
ギュッと目を閉じて笑うリリィ。思わず見惚れる結人だが――しかし、周囲から寄せられる視線に警戒心を露わにする。
魔法少女マジカル☆リリィ、その仮装としての完成度はプロのコスプレイヤーですら裸足で逃げ出すほど圧倒的である。
細部まで作り込まれた衣装、非現実的な髪色、魔女の謎のこだわりによってアニメの世界から切り抜いたような姿がそこにあった。
そして、そんなリリィを放っておく人間は少なくなく――、
「あの……すみません。それ凄い衣装ですね! 一緒に写真撮りませんか?」
と、誘いをかけてくる者が後を絶たず、結人はハロウィンというイベントに対する無知を痛感した。
(は、ハロウィンって写真撮影して楽しむイベントでもあるのか――!?)
写真に写らないリリィにとって相性最悪なイベントだと発覚。なので結人は仕方なく――、
「おっと、悪いな。この子はちょっと写真が苦手なもんで……よかったら俺と撮らないか?」
このように答えており、リリィとは対照的な完成度の吸血鬼に大抵の人間は興味を失くし去っていくのだった。
(うーん、リリィさんを守れてるから別にいいんだけど。……いいんだけど、お前は要らねぇよみたいな目はなかなかキツイなぁ)
そのようなやり取りを経て複雑そうな表情を浮かべる結人。リリィもそれを察し、気まずそうに頬を掻く。
とはいえ、基本的には二人共楽しげな表情を常に浮かべていた。
賑やかな雰囲気に身を投じ、その喧騒の一員になれること。
理性の枷を外して心から盛り上がれること。
そして、楽しさを好きな人と共有できること。
リリィの姿であるため写真には残せないけれど、思い出として新しい一ページが刻まれていた。
二人はしばらくの間ハロウィンを楽しみ――やがてパレードに疲れると、人々の流れから抜け出て駅通りのコンビニへ逃れた。
☆
「それじゃあちょっと飲み物を買ってくるから休んでてくれ。はぐれたらマズいから移動しちゃ駄目だぞ」
そう言い残して結人はコンビニへと入っていき、リリィはその背中を見送った。
マジカル☆リリィの衣装にはポケットが存在しないため、財布を入れておく場所がない。カバンを持てばいいのだが、衣装に会わないので持ち物は一切所持していなかった。
なので、リリィはお金がかかる一切を結人に一任していた。
(今日って飲み物以外にもお金使うのかな……? 今度返さなきゃ。いや、もしかしたらボクは結人くんの彼女なんだし、普通に奢られたらいいのかな?)
高校生であるため、あまり男性である結人が何かを奢ることには今日までなっていなかった。
とはいえ、結人はどう考えても好きな女の子のためなら財布の中身が空になっても構わないタイプなため、リリィも遠慮を心に誓っていた。だが、今日は甘える気持ちとなっていた。
リリィは目の前を流れていく人々をぼんやり見つめる。
皆が楽しそうに笑顔を浮かべ、声のボリュームはゲージの上限に触れる。幸せを象徴したような活気のある光景、そんな場所で女の子の姿で好きな男の子と一緒にいられる……それは去年の今頃には考えられないことだった。
(結人くんはボクに今まで手に入れられなかった全部をくれるんだね。本当に幸せ。大好きだよ、結人くん。…………って、これは本人に言ってあげなきゃダメだね!)
彼ほど気持ちを伝えるのは上手ではないけれど。
それでも今日みたいな日は――。
などと考えてる時、リリィの肩がトントンと叩かれ、
「――あの、すみません。ちょっと写真、よろしいですか?」
リリィは「すみません」を口に用意。申し訳なさそうな表情を浮かべて振り向いた。
しかし、すぐにその表情は消え失せ――絶望に満ちる。
「あら、すみません。魔法少女は写真に写りませんでしたね。それは私達がよく知っているのに。失礼しました」
小馬鹿にしたような表情と口調の女性。その服装はリリィと同じく圧倒的な完成度。そんな人物がもう一人隣にも立っており、二人は企みを含んだ笑みを揃えてリリィを見つめていた。
――そう、マジカル☆クラブとマジカル☆カルネがいたのだ。
目の前の光景が信じられず、瞳を震わすリリィ。
(え、え――え!? なんで、なんでなんで? この二人は今日活動を再開したばかりでしょ? なのに、なんで――なんでこうもあっさりボクの前に現れるの……?)
一瞬にして瓦解した幸福感。
リリィは体の力が抜けていくのを感じ、思わず後ずさり。するとカルネは一歩迫り、嘲笑を湛えて語る。
「安心して下さい、こんなところで暴れたりしませんよ。ただ、ちょっと顔を貸してもらえますか? そうしないと彼に――イタズラしちゃいますよ?」
悪趣味に弾んだカルネの言葉を受け、リリィは唾を飲んでコンビニで会計をする結人を見つめる。
結人に何をするつもりなのかは分からない。
二人に何ができるのかも、分からない。
――しかし、何だってやりそうな二人の危険性にリリィは脳内で最悪の可能性をいくつも想像し、意図も容易くカルネの言葉に従う選択をさせられる。
そして――クラブとカルネの言いなりとなって人気のない路地へとゆっくり歩み出し、楽しげなハロウィンの場からリリィは姿を消した。